第5話 レイの場合

 レイは久しぶりに全員揃う夕食に自然と心が浮き立つのを感じながら皆と乾杯した。

 イチが高校生までは夕食はなるべくイチと一緒にしていた。イチは中学・高校生活を私のように気楽に楽しめないだろうと思った。せめて夕食ぐらいは寂しい思いをさせたく ない。私ができる唯一のことだったからだ。


 私の母の記憶といえば、病院のベットで微笑んでいる姿だ。父は動物園に連れて行ってくれたり優しかったはずなのに、それは記憶なのか写真を見てそう思ったのか、わからない。父の記憶はスイミングスクールに通っていた5歳当時、水が怖くて泣いていた私に「辞めちまえ!」と怒鳴ったことだ。


 6歳で両親を相次いで亡くして以来、祖母に引き取られ東京で暮らしている。両親がいないことで同級生の言葉に傷ついたこともある。でも私とイチの楽観的な性格は祖母が愛情を注いで育ててくれたからだ確信している。


 私が大学生の時に祖母が入院した。その半年後、「二人ともご飯はちゃっと食べるように」と言って穏やかに息を引き取った。私は祖母の収入源を引継ぎ、今でもその恩恵を受けている。祖母は書道の先生としての収入と投資配当があったのだ。私が大学を退学せずに済んだのは、祖母が残してくれた預金や投資とニイとヨンのおかけだ。二人が下宿代として入れてくれるお金と私のバイト代はそのまま生活費になった。私は英会話教室の受付のバイトを辞め、大学の先生の紹介で大学の事務所で手伝いと翻訳のバイトを始めた。お陰で時間も場所も融通がきいた。


 幼い頃のイチは怖がりで雷や地震のたびに私のベッドに潜り込んで来た。寂しがりで私に抱きつけない時は初代家猫のミーの耳を触っていた。ミーの右耳の毛がハゲたほどだ。祖母に甘えたいが独占するようで子供ながらに気を使ったのだろう。だから甘える相手を私にしたのだと思う。中学になると、抱きつくこともなくなり高校になると超生意気になった。ムカついた私は毎朝学校に送り出す時、嫌がるイチを強引にハグをするようになった。イチは三か月で抵抗することを諦め、棒立ちでハグをされるようになった。今でも私がハグをすると一瞬構えるのがわかる。

 イチは家の事をよく手伝う。反抗期で口数が少なくなった時でさえ、やめなかった。それが不憫で申し訳なく、その健気さが愛おしかった。イチが大学生になり彼女ができたと聞いて、私たちは精神的にも生活も安定したのだと実感した。身長はとっくに私を追い越し身体は大きくなったが、可愛い弟には変わりはない。 


 全員が揃う夕食にイチも嬉しそうだ。イチは先日二十歳になりお酒が飲めるようになったが、強くはない。ヨンとニイは強すぎるのだが。

 ヨンとニイ。二人は陰と陽だ。性格は対局にあって年も違う。趣味も違う。気が合う要素が見つからないのに二人は親友だ。共通点は「真面目ではない」ところだろうか。悪戯や悪いことをする時は息がピッタリだ。

 

 「お兄様方」

 ヨンとニイはイチの呼びかけにハイボールを吐き出しそうになった。

 「気持ち悪っ」

 「イチ、変なもん食ったか?」

 「二十歳の誕生日のプレゼント、大事に使います」イチが丁寧に頭を下げた。

 この家では誕生日にちょっと贅沢な食事を皆で食べることがお祝いだった。レイはイチの誕生日は必ずプレゼントを用意していたが、二人から何かをもらったと聞いたことはない。二十歳は節目の年だからニイとヨンからもプレゼントを貰ったらしい。

 「何貰ったん?」

 イチがブランドものの財布を大事そうに見せた。

 「十六歳から誕生日プレゼントはコンドームだったからビックリした。それに高級な財布は初めて」

 私は何から文句を言ったら良いのかわからず、ニイとヨンを睨み付けた。

 「大人の嗜みを教えたんだ。でも、もう大人だからそれは自分で買え。俺たちの時は高校の保健体育で配られたよな。補習みたいなもんだ。男として。ジェントルマンとして。いや、当たり前っちゃ当たり前なことなんだけど」

 ヨンはニヤニヤし、ニイは長々と喋り続けていた。


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