第4話 ヨンの場合

 ヨンは七月のお盆に珍しく有休を取った。この時期の休みは妻帯者が優先なのだが、祖父の法事のため一日だけ有休を取ったのだ。

 三人兄弟の真ん中の俺が一番父の性格を受け継いでしまっている。似た者同士なだけに反発した。反抗期が終わったからと言って特に仲の良い親子になったわけではない。真面目な兄と愛されキャラの弟に挟まれた団らんは今でも窮屈だ。そして親戚の集まりは俺にとって地獄のような時間だった。


 家に帰るとホッとする。もちろん実家ではない。すり寄ってきたミータを肩に乗せ冷蔵庫を開け麦茶を出した。冷蔵庫の中はいつも作り置きのおかずでいっぱいだ。

 「レイは料理の腕をあげたよな」

 ヨンの独り言に答えるようにミータが鳴いた。


 俺がレイやイチと知り合ったのはニイがこの家に下宿をした時だ。ばあばは俺をいつも歓迎してくれた。家出した時は俺の母に電話をし、ニイの部屋に布団を持って行くように言っただけだった。

 ニイとは家が隣で家族ぐるみの付き合いだ。当然、兄弟皆がニイとは幼馴染だが、スイミングスクールが同じで特に俺と仲良くなった。運動嫌いで気難しい兄よりいい加減なニイの方が気が合った。


 俺は高校卒業後すぐに一人暮らしをした。大学は実家から通えたが、家賃は小遣いやバイト代で払うからと強行した。この家には大学生になっても夕食をご馳走になり泊まることもあった。ばあばが亡くなった時イチがレイの本当の弟ではない事を知った。ニイがこの家に残ると聞いて、俺もここに引っ越してきた。二人が気になったからだ。


 ここでの生活は俺を健康にした。朝食なし、コンビニ弁当やカップラーメンの食生活が一変したからだ。イチが高校を卒業するまで、朝からガッツリ丼飯が出て、夜は時間に不規則なニイと俺のため温めて食べれるものが用意されていた。

 イチが大学生になり、レイの料理も変わった。夕食の時間が全員不規則になりメインから副菜まで作り置きの料理が増えた。


 俺はレイとイチを可哀想だと思った事はない。こんな状況でもイチは反抗期があり、突っかかり不貞腐れながらも、レイを思いやっていた。レイはイチに学生らしい生活を過ごしてほしいとだけ思っているようだった。言い合い、仲直りし、泣いて、慰め合う、男だけの兄弟ではありえない。羨ましかった。


 俺は子供の頃から身体が大きく、運動もしたので年子の兄を身体の大きさも体力的にもすぐに上回った。一般的に兄弟喧嘩すると兄が怒られるのだが、我が家は違った。常に俺が手加減しろと怒られた。高校に入りボクシング部に入った。水泳部がなかったのと、トレーニングが楽しかったからだ。だが家族は心配した。母は怪我を、兄弟は俺が強くなることを。ゆいつ父は高校教師で柔道部の顧問だったため俺にボクシングの才能がないことが分かっていたのだろう。ボクシングも柔道の受け身と同じだと言い、大量の湿布をくれた。


 当初、イチも俺と二人になると緊張していた。イチの様子を見て、ニイがニックネームなんだから全員呼び捨てでいいと、気軽に話せるきっかけを作ってくれた。

 俺は反抗期のイチに筋トレやランニングに付き合わせ、ボクシングを教えた。人には上手く説明できない不満や不安からくる苛立ちを発散させるには身体を動かす事が一番だと経験上知っていたからだ。レイは俺の兄弟と違ってボクシングを嫌がらなかった。むしろ、自分がやりたがったので俺は誕生日にグローブをプレゼントした。家にあるサンドバッグを一番使っているのはレイだ。

 イチの反抗期がすぐに終わったのはレイの想定外の行動と運動神経の良さだと思う。

 「レイが自分より強い男としか結婚しないと言いだしたらヨンが責任とってよ」と言ったイチの言葉を思い出して赤面した。



 誰かが帰ってくるまでまだ時間がある。シャワーを浴びるついでに風呂掃除でもしてやるか。

 ヨンは余計なことを考えてしまったと薄く笑い、肩でくつろいでいたミータを下ろした。

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