第2話 ニイの場合
「明日行くんだろう?暑いから車借りるか?運転手になるぞ」
ヨンはハイボールを一気に飲み干すと言った。優しいと思われるのが恥ずかしいのか、ヨンはこういう時いつも無愛想だ。
「ばあばに会いたいから皆で行くか」
ニイの一言で明日の墓参りは全員で行くことになった。
「ばあばのちらし寿司が食べたい」イチがポツリと呟いた。
俺は「肉うどん」だな、とニイは心の中で言う。この家に来た日にばあばが作ってくれたのが「肉うどん」だ。
この家はレイの亡くなった祖母の家だ。
彼女は両親を早くに亡くしたレイと知人の子のイチを育てた。イチが来た一年後、俺は高校二年生の時にこの家に下宿した。父が大阪に転勤になったが大学受験を考えて俺だけ東京に残ることになり、両親がレイの祖母にお願いしたのだ。一人暮らしの家に彼女を連れ込むとでも思ったのだろう。まぁ、間違ってはいないから、そう思われても仕方がない。でも、それが健全な高校男子だ。
レイの祖母は書道の先生で俺の母が生徒だったこともあり親しくしていた。お互いの家の事情はよくわかっていたようだ。
当時俺は一人暮らしができないとわかり、落胆していた。今時下宿とはカッコ悪い。実家の隣に住むヨンには隠す事ができなかったが、学校の友達には下宿していることは言わなかった。
簡単な引っ越しが終わり両親を見送った時、意外にも寂しくなった。そんな時にばあばが食べさせてくれたのが、「肉うどん」だった。薄味の出汁に甘辛く煮つけた牛肉と長ネギをのせたものだ。感傷に浸るように食べたと言いたいところが、実際はそんな環境ではなかった。イチは小学校低学年わんぱく盛り、レイは生意気な中学生だったのだ。俺には妹が一人いるが、この日から妹と弟が増えた。レイは俺の実の妹とすぐに仲良くなり、俺よりも大阪の家に泊まりに行っていた。
この家での生活は思った以上に快適だった。
ばあばは礼儀に厳しい人だったが俺を子供扱いせず、自分の意見をきちんと伝えることが初めて一緒に住む自分たちには必要なのだと言った。おかけで俺は実家にいる時より喋る羽目になった。ばあばは勉強や学校のことより友達を連れてこないことを心配し、ヨンが俺を訪ねてこの家に来ることを心から喜んでいた。ヨンは自宅から自転車で20分かけ定期的に来るようになった。
俺は無事大学生になり念願の一人暮らしを始めたが一年でこの家に戻った。いつでもご飯を食べに来ればいいと言ってくれたが、不思議と勉強もはかどるし、何より居心地が良かったのだ。一年間思い切り遊び、時間の使い方がわかったことも戻るきっかけになった。
ばあばはレイが二十一歳の時に病気で亡くなった。
俺は社会人になっても、そのままこの家に住み続けた。レイとイチが心配だったからだ。特にイチはまだ中学生だった。大学生になって一人暮らしをしていたヨンがこの家に住むようになったのはこのすぐ後だ。ヨンがこの家に来た理由は俺と同じだと思う。
俺は恋人ができても、この家を出る事を考えるほどの女性は…過去に一人だけいた。その女性の面影を頭から振り払い、会話に参加する。
「レイのちらし寿司は甘さが足りないんだよ」
「砂糖を入れる時は躊躇するな」
イチの発言にニイが追い打ちをかける。
「俺はレイの味、好きだけどな」
ヨンはレイを擁護した訳ではない。酸味があるものが好みなのだ。今もハイボール用のレモンをそのまま食べている。
「妊娠したか?」ニイがヨンの腹に手を当てた。
「パパですよ」
レイの絶妙なタイミングでの一言に皆笑った。ヨンも「やめてくれ」とは言ったが怒ることも忘れ笑っていた。
「俺はヨンのことが昔から好きだぞ」ニイが調子にのり、ヨンの顔を撫でた。ニイは昔からこのやり方でヨンを怒らせる。
「触るな。元ボクシング部の実力を試してみるか」
ヨンが凄んだ低い声にミータがレイの膝に飛び乗った。
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