145 標23話 魔のソーラーシフト計画ですわ 2


「ファ、ジャマー」


 ホークスに建つサンストラック邸上空に転移アウトしたグローリアベルは玄関前に降り立ちます。

 逆噴射用のファイアーボールの轟音を聞きつけた警備の騎士たちが駆けつけてきます。

 頻繁に転移で降りてくる三令嬢とはっちゃきメイドのためにサンストラック邸中庭には専用離着陸場が設けられています。

 それを無視して侯爵令嬢が玄関前に降り立つ!

 これが何かの緊急事態を意味するだろうことは騎士たちの目から見ても明らかです。

 なにせルーンジュエリアならともかく、あの聡明で常識と良識あるグローリアベルがそんな突飛な行動をとったのです。


「ユーコに用事です。案内しなさい」


 破壊したばかりの玄関前広場を魔法術で修復、地ならしした侯爵令嬢は駆け寄ってきた騎士にそう告げます。

 そして続いてやって来たメイドに付いて邸内に入ります。

 侯爵令嬢を先導しながらルティアナはグローリアベルに話し掛けます。


「グローリアベル様、何かあったのでしょうか?しばらく前にファイヤースターター様が来られてルーンジュエリア様とお二人で何事なにごとか話し合われているところです」

「チャーリーが?エリスは来ていますか?」

「いえ。エリスセイラ様は来られていません」

「そうですか。事は緊急かつ重大です。ユーコかサンストラック伯爵の説明を待ちなさい」

「かしこまりました」


 やがて二人は二階にある一室の扉の前に立ちます。


「もし。グローリアベル様です」


 ルティアナの言葉にユリーシャは室内側から扉を開きます。

 侯爵令嬢が中を覗き込むとちょうどファイヤースターターがソファーから立ち上がったところです。


「ごめん。急ぐから」

「構いません。ごきげんよう」


 純白の少女は振り向きもせずに侯爵令嬢へ別れを告げます。

 彼女が左腕越しに見せる右手に離して立てた二本指を見て取ったグローリアベルは、ファイヤースターターやその先に立つルーンジュエリア同様にスカートをつまみます。

 ちりになって消える友人を見送りながら部屋の中に入ります。


「「アイ・オー」」


 ルーンジュエリアに歩み寄ったグローリアベルは彼女とハイタッチをします。

 情報の共有は終わりました。

 いよいよ状況確認の開始です。

 と思ったらお嬢さまは軽口から会話を始めます。


ちりになって部屋を出るのって、歩くよりも早いんですの?」

「気になるんなら聞けばいいでしょ。淑女が走るのははしたないから、そんな姿を見られないように消えるんだと思うわよ?」

「ふみ。確かにリア様のおっしゃる通りですわ」


 ソファーに腰掛けた侯爵令嬢は出された紅茶に口をつけます。


「で、チャーリーは何しに来たの?」

「ジュエリアの魔法術が必要だって事でしたのでアステロイドチップを渡しておきましたわ。事後承諾になった事をお許しください」

「理由は察せますから構いません。アステロイドチップを渡したと言うのは良い判断でした。

 チャーリーからはどこまで聞きましたか?」

「どっかの誰かが空間座標の二点一致に失敗したせいでこの宇宙全体が三次元と異次元の間に巻き込まれたらたまったもんじゃないと言うところまでですわ」

「その話題から離れなさい。的確な表現過ぎて嫌気がします」

「この世界の大人は全く役に立たないと言うところまでですわ」

「仕方がないじゃない。それがこの世界の常識なんだから。

 かく言うわたしも、もしかしたら焼き尽くされるのはウエルスだけで済むんじゃないかとか思ってもいます。それがこの世界の常識であり、せいある全ての存在は太陽がこの大地よりも大きいなんてあり得ないと信じています」

「どちらかと言うとジュエリアには魔法でソーラー・シフトができると言う方が眉唾ですわ」


 ルーンジュエリアはこの世界で生まれたこの世界の住人です。

 けれども彼女が持つ常識は地球世界のものに大きく影響を受けています。

 何よりもその本人が地球世界の常識を利用して他者に大きく差をつけているのです。

 この事実を知るグローリアベルもルーンジュエリアから受け継いだ地球世界の常識を神聖化しています。

 ですが侯爵令嬢がお嬢様から知識を受け継いでまだ半年足らず。

 グローリアベルはファンタジー世界の常識も重用しています。


「魔法術でソーラー・シフトか。多分と言うより間違いなくできるわよ」

「ふみ。それが本当らしいからファンタジーは嫌いですわ」

「奇遇ね。わたしも今日から嫌いになりました。ん?爆発?」

「呼んでいたセイラが到着したようですわ」


 グローリアベルは屋外での爆発音に耳を傾けます。

 彼女の到着音を耳にしていたルーンジュエリアはエリスセイラが着いたのだろうと判断します。

 会話が途切れたことを幸いに、二人の横に立つユリーシャが割り込みます。


「あのー、ベル様?ジュエリア様?ソーラー・シフトで太陽がリーザベスに落ちて来たくらいでこの大地すべてが消え去るというのは確かな事なんですか?」

「分かりません。どちらの可能性が正しいのかで、もめているところです」

「でもベル様。空の上にあるソラはあんなに小さいんですよ?」

「ユリーシャ。あなたも知る通り、遠くにある物は小さく見えます。ソラはわたし達の想像以上に大きいのです、筈です」

「ジュエリア達はその大きさでもめているんですわ」

「分かりません。いくら遠くてもあんなに小さいんですよ?スクリーン大山脈のほうがよっぽど大きいです!」

「オーロラ姫もそう思う?」

「はい、グローリアベル様。わたくしもそう思っています。

 ソラが落ちてきた時に発生する被害はメテオ・インフェルノの十数倍。大きくてもせいぜい数十倍ではないでしょうか?

 リーザベスが滅びると言われたところで怪訝さをぬぐい切れません」

「地面に太陽を落とすなんて馬鹿な事をした人は今までいないでしょうから分かりません」

「実はジュエリア達が知らないだけで、過去にいたとか有り得そうで怖いですわ」

「だからそう言う本当にありえそうな話は禁止です!」


 たたかれるノックの音に壁際に控えていたルティアナは扉を開きます。

 入ってきたのは予想通りエリスセイラです。


「エリスセイラ様が来られました」


 ルティアナは三人のいるソファーまで男爵令嬢を案内します。

 そして再び扉横の壁際に戻ります。


「遅くなって申し訳ございません」

「エリス。ユーコとアイ・オーする?」

「そんな恐れ多い事は一度で十分でございます。すでにわたくしは一回、そのあふれる知識を下げ渡されてございます」

「ならわたしとする?」

「嫌でございます」

「気に入らないわね。はっきり言う」

「どうも。してコレクトで連絡を受けたソーラー・シフトとは事実なのでございますか?」

「そうらしいわ。あんたはどう考える?」

「たとえ温度が二兆度であったとしても、それが小さな火の玉であればカラータイマーを割るのがせいぜい。問題はソラの大きさではなく、被害が出る事かと。太陽の大きさの真偽は天文学者にでも任せるべきだと存じます」

「ふみ。セイラの意見が正論ですわ」

「そね。それで大人達とは見解をすり合わせればいいか」

「ジュエリア達は、より大きな被害が出る可能性を前提に対策を絞るべきですわ」


 グローリアベルから記憶の提供を受けたルーンジュエリアは先刻の状況を思い返します。

 バンセー王子がウエルス国王に拝謁した時の様子です。

 広間にいた全ての人たちは太陽が落ちても避難先がこの大地上に存在すると信じていました。

 これはファイヤースターターの言葉と一致します。


「なら、どうやってソーラー・シフトを止めるかよね?」

「それはソーラー・シフターを破壊するのが一番早くて簡単ですわ」

「そね。ユリーシャ。ソーラー・シフターを壊して何か問題は出そう?」

「ソーラー・シフターのさいは五穀豊穣が目的だとメッセお姉さまから聞いています。実際、日輪正教が誕生する以前から太陽は存在する訳ですから問題はないかと」

「ただの豊作祈願祭でございますか」

「それでソラの軌道を変えるとか……、非常識ですわ」

「魔法術の恩恵を最大限に受けているあんたが言うな」


 グローリアベルはティーカップの中身を一気にあおります。

 ユリーシャは慣れた手つきでカップを差し替えます。


「バンセー様とフレイヤデイ及びサンストラックの方々にはどの様な提案をされるおつもりでございますか?」

「普通に考えて、子供は出るな!よね?」

「それは領軍や騎士団が動くか否かで違うかと?」

「表立って動かす訳にはいきませんわ。ルゴサワールドと戦争になりますわ。日輪正教最大のさい施設であるソーラー・シフターを王国軍が壊したら血みどろの戦争に突入ですわ」

「内々に隠れてやるしかない訳よね。問題はー、ユーコのヤハーで破壊できると思う?」

「話を聞く限りでは無理ですわ。ソーラー・シフトビームを放射できる時点でなんら防御システムの無いただの石段とは思えません。だから行って、見て、それからでないと判断も決断できませんわ」

「お父様達の会議の結果が分からないと打つ手なしかー」


 ルーンジュエリアは人差し指で頬を叩きます。

 グローリアベルは常にティーカップを持ったり置いたり、いじり続けます。

 エリスセイラはティースプーンを回します。

 ユリーシャはメイドですから両手を前で重ねて待機を続けます。


「転移魔法が使えるジュエリア達四人なら斥候はできますわ。問題は斥候したあとの現地判断ですわ」

「エリス。ユリーシャ。転移魔法術でルゴサワールドへ当日中の往復は可能?」

「片道がせいぜいでございます。魔石ボルトを補給できるなら三往復は可能かと」

「わたくしはルーンジュエリア様よりも一往復多くお考え頂いて結構です」

「そか、愚問だったわね。わたしは一往復かな?あとはお父様達待ちね」


 ルーンジュエリアよりも一往復多い。

 これは何度でも可能、を示す意味なのでしょう。

 魔石ボルトの補給は無い前提で考えたほうがいいわね、と言うグローリアベルの言葉に全員がうなづきます。


「そう言えばさー、ユリーシャ。ソーラー・シフターからソーラー・シフトビームが出る仕組みって知ってる?」

「ああ、それでしたらメッセお姉さまから聞いた事があります。ソーラー・シフターの石舞台の下にオーラちからを集めるエネルギー吸収プラントがるそうです」

「「「エネルギー吸収プラントが、る⁉」」」


 ソファーの横に立つユリーシャの顔を見上げた三人は、はしたなくも令嬢らしい振る舞いをかなぐり捨てます。

 背もたれにだらしなく、体を深く預けます。


「もうー。あと出しじゃんけんはやめてよー」

「もしかして魔獣退治でございますか?」

「それが魔道具である事を祈るばかりですわ」

「そね。ゴーレムだったら……、うれしいわね」

「申し訳ありませんグローリアベル様。今のは重要な情報でしたでしょうか?」

「選択肢が増えた事は間違いありません」

「厄介事も増えてございます」


 やはり現地確認が必要ですわ。

 お嬢様の言葉に三人は首を縦に振ります。

 ソーラー・シフターの石舞台の下にオーラちからを集めるエネルギー吸収プラントがる。

 新たな課題ができました。

 日輪正教の宗教的な最高建造物であるソーラー・シフターの破壊は公王国との開戦の発端になりかねません。

 ソーラー・シフターを壊さないで済むなら別の手段を探るのが賢い選択に思われます。

 つまり石舞台の中に潜入する必要がありそうです。

 王宮で会議を続ける父親たちの判断を待つと決めた三人の令嬢たちはお茶会を続けます。

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