144 標23話 魔のソーラーシフト計画ですわ 1


 五月になりました。

 日輪聖女ナリアムカラが王都リーザベスへソラを落とすべく太陽運行路の修正を目的としたソーラー・シフターを開始してから一ヶ月。

 繰り返される、通常とは明らかに異なる強い光のソーラー・シフトビームはそれを目撃した旅人たちの口から口へと伝えられます。

 それはすでにルゴサワールド近隣諸国では大きな噂になっています。


 現在の太陽の大きさは通常時の六分の五に対して視直径で約一.二倍。

 春だと言うのに夏の暑さのような日々が続いています。

 サンストラック領に入ったルゴサワールド公王国第一王子バンセー・オブ・ネオクラウン=ルゴサワールドはウエルス王国の危機を自ら国王へ直訴すべく、フレイヤデイ侯爵の案内で王都リーザベスへ来ていました。


 リーザベス城の南側に建つ執務宮カーラントかーりんず宮殿にある謁見の間では立ち会う貴族を減らし、信が厚い重鎮たちだけが見守る中で国王アルブデュラーの引見いんけんが行なわれています。

 謁見するのはルゴサワールド公王国第一王子バンセー、フレイヤデイ侯爵プロムナードとその第一女グローリアベル、そしてファイヤースターターです。


 広間の下座に控える四人は順番に呼び出しの声で前へ出ます。

 そして最初の、一人目であるバンセーの名前が読み上げられた時にそれは起こりました。

 他国の王太子である彼は臣下の礼をもって、それに応えたのです。

 バンセーは手のひらを見せた左手を小さくげて返礼すると前に出ます。

 そして国王のぜんでもう一度手をげます。

 これに居並ぶ貴族たち、騎士たちがどよめきます。

 バンセー王子は国王アルブデュラーに対して、自分の処遇を含む全ての判断を一任すると態度で示しました。

 命を賭して伝える言葉がある!

 王子の覚悟を感じ取った国王アルブデュラーは口を開きます。


「久しいな、バンセー殿。先月、貴国のナリアムカラ殿と再会したばかりである。二月ふたつき続けてルゴサワールドの者と言葉を交わすとはなんらかの運命を感じるな」

「国王陛下におかれましてはご機嫌麗しくおられる事、恐悦至極でございます。この再会が運命であるのならば、より良き未来を目指すものになしえたいと考えます」

「うむ。して、バンセー殿の来訪には火急かつ速やかに解決すべき問題の発生を我が国へ知らせるためだと耳にしている。その内容を教えてくれるのだな?」

「御意のままに」


 ルゴサワールドの王太子であるバンセーはアルブデュラーの目を見つめながら話します。

 これが本来の姿です。

 属国である訳ではないのですから、二人の立場は対等にしないと今後の外交上で支障が残ります。


「実はそのナリアムカラが貴国より国元へ帰る途中で魔人と出会いました」

「魔人とな?」

「御意。身のたけ二十メータに及ぶ巨人です。そしてその目的は脆弱なる種族、ヒューマの排除です」

「なんだと!」「その様な巨人が我が国の周辺に」「我等を殲滅しようとはなんという傲慢な魔人だ!」


 バンセーの言葉に広間がざわめきます。

 アルブデュラーはこれを手で制します。


「して。ナリアムカラ殿の身の安否は如何いかに」

「御心配には及びません。なんとか魔人を言いくるめて脱出する事はできました」

「それは幸い。いずれその魔人は退治せねばならぬだろうが、今はナリアムカラ殿の無事を祝おう」

こころに感謝を示します。しかしまだ脅威が去った訳ではありません」

「うむ。魔人討伐だな?」

「違います。そもそもその魔人は我々が倒せる階級の怪物ではありません」

「その『我々』には我がウエルス王国をも含むのかな?」

「御意です」


 玉座に座るアルブデュラーは顎に手を当てます。

 バンセーはルゴサワールドの王族ですから自国に不利な表現はしないでしょう。

 どこまで真実を語るのかな?

 国王はそこを値踏みします。


「ふむ。ならば貴公は、その魔人の正体を知っていると言うのかな?」

「はい、陛下。ナリアムカラの口から耳にしております」

「では教えて欲しい。その魔人の正体とは?」

「その魔人の正体とは、」


 立ち並ぶ人々の視線もバンセーに集まります。

 その言葉を聞き落とすまいと、みなが耳を澄ませます。

 グローリアベルとファイヤースターターもこの例から漏れません。


「千百年前に封印された族王会議のキクロップス族王ポリペーモスです」

「待たれよ、バンセー殿下‼︎」


 国王の前に立つ宰相アンドゥーバ公爵ウインチェスターが声を上げます。

 バンセーの発した魔人の名前は、短命種であるヒューマにとって神話に登場する存在です。

 聞き捨てなりません。

 ですが宰相ウインチェスターは許可なく口をはさんだ自分の不敬に気付きます。

 後ろに向き直って国王に謝罪します。


「申し訳ございません陛下」

「良い。ウインチェスター、続けよ」

「バンセー殿下。殿下のお言葉では、まるでエルフ神話に伝えられる族王会議のポリペーモスが現代に蘇ったかの如く聞き取れますぞ?」

「公爵。簡単に言うとその通りです」


 この言葉に広間は再びざわつきます。

 ウインチェスターは再び国王に向き直ります。


「陛下。バンセー殿下の言葉が正しいのであるなら、それは大魔王の誕生と何等変わらないでしょう。おそらくは六百五十年前に現れたファイナルカウントダウンをも上回る脅威であることに間違いはありません」

「神託にあったウエルス王国を襲う大きな災いが族王会議を意味するのであれば、それは大災害になることが間違いない。

 ファイヤースターター。そなたの知恵でこれを回避する手段は思いつくか?」


 アルブデュラーは純白のドレスに身を包んだ銀髪の少女に話し掛けます。

 少女は片手でスカートをつまんでひざを折ると、それに答えます。


「答えましょう、陛下。真実、まことに族王会議が出てくるならばこれを退ける方法はありません。我が国で例えるなら必要な戦力は竜魔王国全軍に相当しましょう。

 しかしこれがキクロップス一人だけなら救いはあります。ヤハーの神託が私を名指ししたのであれば、族王会議全員が襲ってくるとは思えません。何故ならヤハーは全知にして全能。私の助力でウエルス王国が危機を脱せるのですから敵はキクロップス一人であると確信します」

「うむ。心強い言葉だ。しかしもしも族王会議の全員が出張でばって来るならば、如何いかようにしよう?」

「答えましょう、陛下。必要なちからが竜魔王国全軍と例えても小娘一人のちからで何ができましょう。せいぜい昔のよしみで天空魔竜を呼びつけられれば満点かと思われます」

「うむ、そうか。……む?天空魔竜を呼ぶとはいかなる意味かな?」


 アルブデュラーは姿勢を正します。

 彼が知る天空魔竜とは竜魔王国の大王です。

 補足すると彼はそれ以外の天空魔竜と呼ばれる存在を知りません。


「答えましょう、陛下。言葉通りの意味でございます。それができるからこそヤハーは神託に私の名前を出したのだと思われます」

「ファイヤースターターよ、聞こう!そなたは何者だ!」

「答えましょう陛下。私はバースのエマージェンシー。その名を持つ者の一人です。現在この国にいる、たった一人のエマージェンシーの名を持つ者です」

「むー」


 その言葉にアルブデュラーは思考をめぐらします。

 竜魔王国の王となじみがある存在ファイヤースターター。

 絶対神ヤハーの神託にあるとは言え、この者を信じて良いのか?

 長考を始めた彼にバンセーが呼びかけます。


「陛下。陛下のお話しに口をはさむご無礼をお許しください」

「良い。して話とは何だ?バンセー殿」

「皆様のお話を伺うに、皆様はポリペーモスとの戦いを覚悟されているものと推察します。ですがそのご心配は不要です。何故ならポリペーモスにはナリアムカラがちからを示し、ヒューマが脆弱な種族ではない事を知らしめる事になっております」

「そうか。さすがはナリアムカラ殿。日輪聖女の名は伊達ではないと言う事か」

「驚かせる」「バンセー殿下も人が悪い」「脅威は去ったか」


 謁見の広間に立ち並ぶ貴族たちに安堵の声が広がります。

 巨大魔人との戦闘は回避された模様だからです。

 ですがバンセーは言葉を続けます。


「申し訳ありません、陛下。ウエルス王国の危機は、まだ去った訳ではありません」

「うむ?どう言う事だ?バンセー殿」

「その危機こそが私がリーザベスに赴いた理由です。リーザベスにソラが落ちます!」

「「「「なんだとー!」」」」


 ソラとは太陽神であり、そのいくさしゃを意味する単語です。

 しかし日常的には太陽そのものを意味します。

 太陽がリーザベスに落ちてくる!

 この世界でも暑さのみなもとである太陽は火の玉であると考えられています。

 バンセーの言葉を聞いた誰もがリーザベスを襲う大火災を想像します。


「騒ぐな!バンセー殿、説明を求める」

「はい陛下。ポリペーモスにちからの明示を求められたナリアムカラはソラの運行を制御して見せねばならなくなりました。その手段としてソラのいくさしゃをリーザベスに落とす事を求められたのです。

 そうは言っても魔人に脅されヒューマの命運と引き換えに一国の王都を滅ぼすなどは愚の極み。私はこれを止めるべくこの地に参りました」

「バンセー殿。ソラがリーザベスに落ちなければヒューマが滅ぼされるのではないのか?」

「いいえ。私が見たところポリペーモスはソラの運行を制御できると分かれば納得すると感じました。ですからリーザベスが燃える必要はありません」

「バンセー様。ソラがリーザベスに落ちるのは何時いつになりましょう?」

「不敬だぞ、ファイヤースターター!」

「黙れ!ファイアーアロー!」


 バンセーと国王の会話にファイヤースターターは割り込みます。

 宰相ウインチェスターがそれをたしなめますが、銀髪の少女はそれを怒鳴りつけます。

 彼に向ってファイアーアローを飛ばします。

 ですが玉座の前方、ウインチェスターのすぐ前列には対魔石と抗魔石がいくつも置かれています。

 ファイヤースターターの放ったファイアーアローはウインチェスターの目前で消失します。


「貴様!歯向かうつもりか!」「抗魔石あるかぎり貴様の攻撃は届かん!」「誰かあれ!ファイヤースターターを捕らえよ!」

「黙らっしゃい!」


 警護の騎士たちが王の前に駆け並んでファイヤースターターと対峙します。

 彼女は天井を指さしてその騎士たちを恫喝します。


「抗魔石?対魔石?愚かなヒューマどもよ。今私がこの宮殿の屋根を打ち抜いて崩したなら、落ちてくるがれきから対魔石や抗魔石がお前たちを助けるとでも言うのか?」


 広間のだれもがその言葉におびえ、後ずさります。

 ファイヤースターターはフレイヤデイ侯爵を挟んで反対側に立つルゴサワールドの王子に訊ねます。

 彼は素直にその問いに答えます。


「バンセー、話の続きよ。ソラが大地に落ちるのは何時いつ?」

「すでに八回のさいが終わり同じ数だけソーラー・シフトビームがソラに届いた。今から四十七日目に最後のソーラー・シフトビームがソラに向かい、ソーラー・シフトの運行路修正が開始する。更に二百八十八日後、主神ソラのいくさしゃはリーザベスに落ちる」

「あと、三百三十五日後だと!」「十一ヶ月後にはリーザベスが焼け野原になるのか……」「万一を考えて王都の民を避難させるべきではないのか?」「陛下!王都の民の避難準備を進言いたします」

「うむ。あと十一ヶ月だ。時間は無い!バンセー殿、付き合ってもらうぞ」

「無論でございます、陛下」

「え?ちょっと。ちょっとちょっと!十一ヶ月後って、なんの話よ!」

「ファイヤースターター、今の話を聞いておられなかったのか?あと三百三十五日でリーザベスが焼け野原になる」

「プロムナード。それ、真面目に言っているの?」

「もちろんだ。……、まさか!被害はリーザベスだけにとどまらないのか?ファイヤースターター!」

「フレイヤデイ侯爵。ナリアムカラの言葉によれば、ウエルス全土が灰になる!」

「ウエルス王国全てが⁉」「まさしく神託にあった最大の危機だ!」「国元に帰り、急ぎ避難の支度をせねば!」

「ウエルス全土?避難?みんな、何言っちゃってるのよ!」


 太陽が大地に落ちてくる。

 ファイヤースターターはそれにおびえ、恐怖を感じていました。

 しかし周りの貴族たちは彼女と温度差がありました。

 太陽が落ちてくるから避難しよう。

 一体どこに逃げると言うのでしょう。

 まるで助けを求めるようにファイヤースターターは玉座に向き直ります。


「アルブデュラー。貴方は意味が分かっているわよね?」

「どうしたのだ、ファイヤースターター。今、皆の者が話しているのは我が国を襲う最大の危機の話であるぞ」

「貴方もどこかに避難するつもりなの?」

「王が国を捨てるなど、あってはならぬ。だが、国を離れるのも選択肢の一つだ」

「離れるって、どこへ?太陽が落ちてくるのよ?」

「まさか!それほどの巨大な被害が出ると言うのか、ファイヤースターター!ならばルゴサワールド。いいや、そなたを頼ってバースでも構わぬ!」

「そうかー。これが現実なんだー」


 少女は天井を見上げて目を閉じます。

 あれ?どうしたんだろ。暑いのかな?

 目から汗が流れて止まりません。


「もう、死んじゃってもいいかなー。これがヤハーの試練。絶対神ぜったいしん様は私に何を期待しているんだろー」


 ざわめく貴族たちを無視してファイヤースターターは涙を流し続けます。

 それに注視するアルブデュラーでさえ、彼女の気持ちを察することはできません。


「チャーリー。いいでしょうか?」


 ふいに隣側、フレイヤデイ侯爵の後ろに従うグローリアベルがファイヤースターターに話しかけます。

 ファイヤースターターは顔を向けて、滲む視界でその姿をとらえます。


「今から四十七日後、ソラが公転軌道を離れたならバルカン軌道に届いた時点で大地は異常気象が荒れ狂い、マーキュリー軌道上に達したなら灼熱化した大気で全ての生き物が死滅します。つまり、残りの猶予は一月半ひとつきはん。対策はソーラー・シフトの阻止のみです。避難先は存在しません」

「そうね。この国には貴女達が居るんだったわ。まだ私は人間に希望を持てるみたい」


 空間収納から取り出したハンカチで両目を押さえたファイヤースターターは、再びそれをしまいます。

 玉座に向き直るとアルブデュラーに語り掛けます。


「陛下。まだ私は死にたくありません。ですからウエルスが何をしようと何をされようとも関係なく私は私でソーラー・シフト計画を妨害します。これはウエルス王国、ルゴサワールド、その他人間種の住む全ての国に対する侵略行為ではありません。竜魔王国に開戦の意思はありませんことをご承知ください」


 そう言うと右手のひらを胸に当てて、左手でスカートをつまみます。

 会釈する彼女をアルブデュラーは手で制します。


「待たれよ」

「なにか?」

「そなたは酒を飲める口か?」

「答えましょう、陛下。お酒の味には五月蠅いほうだと自負を持っております」

「余の手持ちに中々の銘柄がいくつかある。二月ふたつき後にはそなたの武勇伝を肴に利き酒を愉しみたいものだ」

「ふ」


 アルブデュラーの言葉をファイヤースターターは鼻で笑います。

 緩んだ笑みを浮かべると再び右手を胸に当てながら左手でスカートをつまみます。


「再会は勝利のあとで」


 ゆっくりとひざを折った純白の吸血鬼はちりになって姿を消します。

 残された人々の中からは魔人種を城内に連れ込んだフレイヤデイ侯爵の責任を糾弾する声が昇りますが、彼は最初からヴァンパイア討伐を進言しています。

 また、ファイヤースターターが彼の言葉を聞きながら気にも止めていなかった事、フレイヤデイ魔法騎士団が彼女に敗北している事が考慮されます。


(チャーリーが戻ってくるとしてどーすんだろ?いいえ、今は魔のソーラー・シフト計画を止める事が先ね)


 謁見の間を退場したグローリアベルはサンストラックへ、ルーンジュエリアのもとへ転移しました。




 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る