146 標23話 魔のソーラーシフト計画ですわ 3


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 山間部にしてはかなり広い平地にセントラルアイル子爵領はあります。

 その領都セントラルアイラにある平野の一角で模擬合戦が行なわれています。

 戦っているのは皮鎧の歩兵たち四百対四百。

 使用されている武器は木剣と槍を模して両端に布をかぶせた木の棒です。

 しかしその動きはとても模擬戦のものとは思えません。

 白熱した戦いぶりは本当の戦場にいるようです。

 幾度となく繰り返された乱戦で踏み固められた野原にはすでに原野だった頃の面影はなくなり芝地のようになっています。

 そんな敵味方が入り混じる中へ向けて一人の男が檄を飛ばしています。

 彼の名はリヴリフウテン・オブ・ヤギリーワッタ=セントラルアイル。

 ルーンジュエリアの従兄であり、セントラルアイル子爵の第一令息です。


「おらおらおらおら、甘いぞ甘い!

 さぼるなさぼるな、さぼるなってんだろ、そこ!それで真面目にやっているつもりか!声出せ、声‼︎腹から声出せ!動きを止めるな!歩くな、走れ!走れ走れ走れ走れ、走れ‼︎手を動かすんだよ、そこ!声が出てないぞ!声声声声声!さぼるなって言ってんだろ、なんで分からないんだよ、動け!動け動け動け動け動け!考えるな!体で感じろ!考えるなって言ってんだろ!

 そこそこそこそこそこ、だらだらするな!しゃきっと行け、しゃきっと。しゃきっとだ、しゃきっとだ、しゃきっとだ、聞こえてないのか?行けーぃ‼︎行け行け行け、おら、どうしたどうしたどうした!動け動け動け、声出すんだよ!そらそらそらそらそら!前がいているぞ、前だ、前前前!手が動いていないぞ、手だよ、手!手!手!手!」


 勇猛果敢で知られる歩兵師団の戦闘を見ながら彼がしているのは戦場全体の動きを低い場所から見て把握する技術の向上です。

 この模擬戦は兵士たちの訓練であると同時に各隊長や自分自身の訓練でもあるのです。

 そんなリヴリフウテンの頭の中に少女の声が響きます。

 声のぬしは彼の従妹です。


(リヴリ。今よろしいですの?)

「ん?ルーンジュエリア様か?」

(ふみ)

「ちょっと待て。

 おい、今日きょうの副官役はお前だったな。俺は目を外す。代わって檄を飛ばせ」

「分かりました。

 おい!だらだらしてんじゃねーよ!前見ろよ、前!叩かなきゃ叩かれるぞ!分かってんのか!分かってねーだろ!進め進め進め!」

「声が小さい‼︎」

「は‼︎

 進め!進め!進めー‼︎」

「いいぞ。で、なんだ?ルーンジュエリア様」


 模擬戦の指揮監督役を副官に引き継いで、リヴリフウテンは従妹に話し掛けます。

 ですが返事が返ってきません。


「ん?どうした?ルーンジュエリア様。いなくなったのか?」

(ふみ、なんでもないですわ。相変わらずだと思ってあきれていましたわ)


 念話が途切れたのかと思ったリヴリフウテンですが、答えは『ルーンジュエリアは苦笑していた』でした。


「しっかしあれだなー。こんな乱戦の中で俺一人を見つけて話ができる魔法術、うちの誰かにも教えてくれよ」

(『リヴリ』ではなくて『誰か』ですの?)

「俺の魔法の腕は褒められたものじゃないからな」

(リヴリのそう言うところが好きですわ)

「で、どーよ?」

(ロクアシティ・スキャンダラスは思うほど使い勝手が良い魔法術ではありませんわ。現に今リヴリにたどり着くまでに五人を経由しましたわ。ジャスト・コミュニケーションは相手の正確な位置が必要になるからコツがいります。信じられないかと思いますが、ジェニアお母様やユリーシャでも上手に使いこなせません)

「あの二人が駄目かよー。そしたらうちの連中じゃあ無理だな」


 単なる念話魔法を何故あの二人が使いこなせないのだろうかとリヴリフウテンは不思議に思います。

 この理由はグレースジェニアやユリーシャが悪いのではありません。

 ルーンジュエリア、グローリアベル、エリスセイラは見えない位置にいる相手と念話する時、相手の位置を確認するための探査魔法を発動させたままにしています。

 そしてルーンジュエリアの記憶を持つ二人の令嬢はお嬢様同様に双方向回線を開く癖があります。

 このため相手が見える時には念話魔法を成功するグレースジェニアやユリーシャは自分の魔法術が切れていても気づかずに会話を続けるので、三人娘以外が相手の時に二人が念話が失敗する理由を誰も気付けていません。


「で、何用だ?」

(サンストラック騎士団からルゴサワールドへの偵察派遣が決まりましたわ。バンセー殿下も同行されます。ついてはそちらで保護、と言うか軟禁されているアルフィン様にも合流をお願いいたしますわ)

「アルフィン殿に会いにバンセー殿下が来られるという意味でいいんだな?」

(ふみ)

「そうか、それは喜んでくださるだろう」


 リヴリフウテンは見た目だけは妙齢のエルフの魔法騎士の姿を思い返します。

 スリーとの戦いでバンセーとはぐれたアルフィンは相手を巻くのに手こずり、一週間ほど遅れてセントラルアイル子爵領にたどり着きました。

 先にサンストラック領に到着していたバンセーの話をもとに連絡を受けていたセントラルアイル子爵はアルフィンを足止めしてサンストラック領と連絡を重ねていました。


「でだ。ソーラー・シフトの話だが出兵はあるのか?」

(現状、待機ですわ。バンセー殿下に同行してそちらに行くのはジュエリアのほかにグローリアベル・オブ・アルベリッヒ=フレイヤデイ様、エリスセイラ・オブ・ローゼンヘレン=ジェントライト、ユリーシャの三名です)

「見事に子供ばかりだな。敵地では戦いの可能性が高いぞ。抜擢理由は?」

(転移魔法が使える四名ですわ)

「なるほど。安全策だな」


 室内と異なり屋外であるのならば転移魔法を防ぐ手段はないというのがこの世界の常識です。

 だから戦わずに逃げることを優先した偵察部隊の選抜理由はリヴリフウテンにとって納得できるものです。


ほかに我が騎士団から十数名が地上異動で偵察に出ますわ。こちらは対人戦、対魔獣戦を前提として行動します)

「アルフィン殿の話だとトロールと遭遇したそうだが、そちらはどうするつもりだ?」

(相手にせず、逃げる事になりましたわ)

「つまり、トロールから逃げられるほどの精鋭達と言う事だな?まぁ、現実的な判断だろう。これの責任者は誰だ?」

(お父様ですわ。形で言うなら陛下個人の勅命です)

「歩兵師団の出番は?」

(無い事を祈りますわ。詳しい事は会った時に。セントラルアイラへはお父様もお連れします)

「閣下が?それで到着はいつになる?」

(今夕、夕食後で構いませんかとの打診ですわ)

「今夕‼︎早いなー。転移か?」

(ふみ)

「分かった。お待ちしていると閣下に伝えてくれ。

 模擬戦、やめーぃ‼︎俺は先に帰る!あとは頼んだぞ!」

「模擬戦、やめーい!」「模擬戦、やめだ!」「模擬戦、やめろ!」


 後を任された副官や隊長たちの声を聞きながらリヴリフウテンは馬に飛び乗ります。

 そして自宅、セントラルアイル子爵邸へと駆け出します。




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 その頃サンストラック伯爵領ホークス騎士団庁更衣場で一人の青年が甲冑に着替えていました。

 彼の名はフラバ・オブ・アトロプルプレア=ルゲリー、伯爵家の第三令息です。

 フルアーマーである甲冑を一人で着こむのは大仕事です。

 一人の女性がその手伝いをしています。

 彼女の名はセフィロタス・オブ・エデンブラック=フォリキュラリス辺境伯爵家第四令嬢。

 フラバの婚約者です。


 セフィロタスは両膝を突いた姿勢で兜を取り上げると、それをフラバに手渡します。


「生きて帰ってきてね」

「偵察で死ぬ気はないよ」


 フラバは兜をかぶると留め具を首に回します。

 剣を持つと出口へと向かいます。


「じゃあ、行ってくる」

「ご武運を」


 ルゴサワールドへは人目につかないように山越えのルートを使う予定ですが、ウエルス王国内は馬で移動する事になっています。

 出発は独自の判断と言う命令でしたがフラバが外に出るとほかに四人の同僚たちがいます。

 五人は南東へと歩み始めました。

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