143 標22話 危機を招く脱走者ですわ 5


 バンセーの話を聞いた四人は悩みます。

 何故なら、話を聞く限りでは日輪聖女が無敵だからです。

 そしてルゴサワールドの王子であるバンセーは日輪聖女のちからの詳細を他国の人間である四人に話すことを躊躇しています。


「良く分からないわねー。あの日輪聖女が自分めがけて襲ってきた浮遊破城砕を押しめて操騎士を返り討ちにしたんですよね。

 殿下。どうやって?」


 グローリアベルがもっともな疑問を口にします。

 しかしその内容はルゴサワールドの国家機密です。

 バンセーには答える事ができません。


「済まぬ。それは……、言えん」

「それじゃあ、陛下への口利きは無理よね」


 バンセーはウエルス国王になら包み隠さず話すと断言しています。

 しかしそれは、それ以外の人間には話せない内容が存在するということです。

 侯爵令嬢は、其処そこが分からないと自分が父に口利きしても無理だろうと考えます。


「ふみー。いっそジュエリアが行って魔法術でどうにかできれば話は早いですわ」

「無理だ!魔法は一切通用しないのだ!」

「ふみ?何故ですの?」

「それは……」

「バンセー殿下。それが大切な事であれば教えて頂けないならどうしようもございません」

「殿下。魔法は通用しないって、何故なぜ?」

「それは、だ、」

「よろしいでしょうか?」

「許します」


 五人の中でただ一人平民である侍女のユリーシャが発言を求めます。

 言葉遣いから言って、今はオーロラ姫のようです。


「バンセー殿下。当代の日輪聖女様はテリトリー・ディスペルをお使いになられるのですね?」

「そなた!なぜそれを!」

「申し遅れました殿下。わたくしは白光聖女の末裔ユリーシャ・オブ・マイスタージンガー=グレアリムスと申します」

「そうか、そなたが」

「ユリーシャ。テリトリー・ディスペルとは、どんなものですか?」

「かつての日輪聖女メッセージ様はテリトリー・ディスペル『マジック』で二分五十七秒間、有効範囲内の全ての魔力の存在を打ち消しました。これは自分も魔法術を使えませんが、相手にも魔法を絶対に使わせないと言う恐るべき魔法術です」


 ユリーシャはお姫様モードのグローリアベルの問いに答えます。


「つまり、剣と腕力の勝負になるって事ですの?」

かもめいしが使えないなら無敵のゴーレムも無力って事でございますか」

「それなら話は簡単ね。剣で行きましょ」

「いや、それでは駄目なのだ!」

「何故でございます、殿下?」

「ナリアムカラ様の闘い方に理由があるのですね?」

「ん?どゆ事、ユリーシャ」

「殿下。そうなのでございますか?」

「それは……、言えんのだ!」

「もしかしたら、このような戦い方ではありませんか?ねーんーりーきーぃ」

「ユリーシャ!そなた!」

「バンセー殿下。もう一度申し上げます。わたくしは白光聖女の末裔です」


 ユリーシャの瞳が燃えると同時に、バンセーの前に置かれていたティーカップが浮き上がって彼の前で円を描くように飛び回ります。

 第一王子はこれを目にして言葉が出ません。

 残る三人もこれを目にして、言葉が出ません。

 あきれて、開き直って、不貞腐れます。


「あのー。この世界は剣と魔法の世界でございますよね?」

「セイラ。向こうがチートで来るならジュエリアのチートは全く問題ナインですわ」

「あー、困った。超能力って、どー対処しろっちゅーのよー」

「ベル様!それは簡単です!」

「ふみ?」

「手があるのでございますか?」

「簡単ですよ!日輪聖女様の超能力を打ち消す、反対の超能力を使えばいいんです!」

「マイナス超能力!ユリーシャ、あなたはマイナス超能力を使えるのね!」

「ん-。マイナス超能力と言う表現がふさわしいかどうかは分かりませんが、日輪聖女様の超能力を打ち消す事は可能です」

「そなた、そんな事ができるのか⁉」

「はい!なんてったって私は白光聖女様の末裔です!」


 得意気に胸を張り、ユリーシャは自分の胸元に指先を当てます。

 これで状況ははっきりしました。

 グローリアベルは考えます。

 まだ日輪聖女がウエルス王国に対して何をしようとしているのかは不明ですが、それは謁見の場所ではっきりするでしょう。

 あとはバンセー第一王子をリーザベスヘお連れするだけです。




 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




 グレートハマジーャヤ・アンド・シカリーグランビーチ合州王国は加盟六ヶ国からなる連合国です。

 しかし建国時の合州王国はその名前が意味するように、たった二ヶ国の連合王国でした。

 サーシャの祖父はその王位に連なる王太子でしたが国を追われ、今は亡き大帝国の騎士となっていました。

 数百年に及ぶ繁栄を極めていた大帝国でしたが、その頃には国力衰退の一途をたどり地方から順に分離独立が起こっていました。

 サーシャの祖父に続き、父も大帝国の騎士として働いていましたが魔獣討伐の任務で大けがを負い死線をさまよっていました。

 怪我そのものもそうですが、魔獣の毒に体を冒されていたのです。

 まだ八歳であったサーシャは働きに出ている母に代わって父の看病を続けていました。


「サーシャ。……すまん」

「父上。そう思うのでしたら今日も元気でいてください」

「……すまん」


 体を自由に動かすこともできない父の余命が少ない事を知っているサーシャ笑顔で笑い掛けます。

 すでに彼の父の目は魔獣の毒で見えなくなっています。

 ですが、声を聞けばその表情は分かってしまうものです。

 サーシャは溢れる笑みを父に向け続けます。


 ですが彼の父も自分の死期が近いことには気づいています。

 愛する息子へ最後の願いを託します。


「……サーシャ。父はもう駄目だ」

「お気の弱いことを」

「サーシャ。男なら夢を持て。王となれ。父がなしえなかった夢。奪われた祖国の再建を」

「体をお拭きしますね。お湯を汲んでまいります」


 サーシャの祖父は国王崩御の混乱で王位を奪った叔父に追われて、大帝国の辺境に落ち延びていました。

 その祖父もすでになく、サーシャは今、父も失おうとしています。

 お湯を汲み、部屋に戻ったサーシャは、父が粗相をした臭いに気付きます。

 そしてこれが最後となる、体を濡れ手拭いで清め始めました。



 王都邸の自室で椅子にもたれていたナリアムカラはそんな幼少時の出来事を思い出していました。

 横に控えるハニービーは、肩を回し頭を振るナリアムカラに訊ねます。


「ナリアムカラ様。どうかされましたか?」

「夢を見ていました」

「夢ですか?」

「はい。父上……、私にとって父同様のかたの思い出です」

「ナリアムカラ様にとってお父上同様のかたですか。その様な方がいるとは存じ上げませんでした」

「構いません、古い話です。昔々の話です」


 ナリアムカラは窓の外を眺めます。

 空と庭木を見つめます。


三歳児みつごの魂百歳ひゃくまで、とはよくぞ言ったものですね」


 小さい頃の思い出は老いてもして忘れることはできない。

 父の今際の言葉はサーシャにとって呪いにも等しいものです。

 死して、生まれ変わってなおサーシャはそれに縛られ続けています。


 ナリアムカラは右手を持ち上げます。

 その細くしとやかな指が美しい手のひらと手の甲を交互に返し、何度も見つめます。

 それからその指先で柔らかくつややかな左右の頬を何度もたたきます。

 椅子に深く背をもたれかけると、目を閉じて上を向きます。


 彼女にとって前世の記憶の中にある父との思い出は事実です。

 その父の最後の願いは自分にとってなしえなければならない宿命の様なものです。

 しかし現在の体はその王族たる正当性を示す血脈に連なる存在ではありません。

 ましてや継承権優位に立つ男子ですらありません。

 この体で前世の父が願った、母国を取り戻したとしても自分は正当な後継者なのでしょうか?

 ナリアムカラはつぶやきます。


「おれは女だ」


 ウエルス王国滅亡まで、あと三百四十四日です。

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