142 標22話 危機を招く脱走者ですわ 4


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 ルゴサワールド公王国王都ブロッサムロードの都市中央にあるサラ・ブレッド城。

 そこは平野に築かれた城でありながらも、ジューンブライド城に負けず劣らずの広大なバラ庭園に囲まれています。

 早春から晩秋まで咲き続ける数々のバラは美しく、王都の民の公園として憩いの場になっています。

 あまり知られてはいない話ですが、このバラ庭園に咲く数々のバラは庭師たちの人工交配によって作り出された傑作です。

 良い血筋だけを選び抜いた結果、サラ・ブレッドの名にふさわしく全ての品種にはたった三本のハマナスのいずれかの血が流れていると言われています。

 そのサラ・ブレッド城でナリアムカラはジューンブライド公弟こうてい当主バオラ十四世として公王に謁見していました。


「うむ、分かった。バオラよ。そなたを新たなるジューンブライド公爵家当主として認めよう。先代同様この国への変わらぬ忠誠を期待する」

「ありがとうございます、陛下。公弟こうていはルゴサワールドの盾。この身をもってこの国を守りましょう」

「頼むぞ」


 当然の事ですがルゴサワールド公王の耳には今回のバオラ十三世死去に関する概要が届いています。

 ですが如何いか公弟こうていとは言えジューンブライド家は自らの家臣である公爵家の一つにすぎません。

 家督の相続が問題なく届け出されている以上、公王であっても口を出すことははばかられます。

 ジューンブライド家の乱は良くあるお家騒動の一つにしか過ぎないのです。

 まして新当主となったバオラ十四世ナリアムカラは日輪正教教徒たちから神と呼ばれる聖女です。

 ここはおとなしくバオラ十三世の死を悼もうと公王は考えます。


「してバオラよ。そなたの考えるこれからを聞きたい。ジューンブライドを如何いかに治めるつもりかね?」

「陛下。私は見ての通り、娘です。婿を取ろうにも聖女としての務め上それが遅れる事は明白でしょう。ですから早々に公爵家当主の座を弟に譲ろうと考えております」

「む?それは弟の子を養子とし、その子に次代を譲っても構わぬのではないのかな?」

「いいえ。それでは周りの家臣たちにあらぬ期待をいだかせる事となりましょう。ですから私は中継ぎの当主であり、来年には弟が成長していることを期待するものです」

「そなたはそれで良いのか?」

「それが私の考える、今の予定です」

「そうか……」


 ルゴサワールド公王は隣の椅子に座る妃と目を合わせます。

 左前に立つ宰相とも目を合わせます。

 そして公王は考えます。

 ナリアムカラが早々に隠居するなら、何ゆえに父であるバオラ十三世を殺したのか?

 これが疑問として残ります。

 公王側の推測としては彼女が公弟こうてい当主と聖女の立場を利用して王太子である第一王子バンセーとの婚姻を願い出るものと考えていました。

 聖女が次期公王妃になるのであれば、公王家としても大きな問題はありません。

 最悪の想定は公弟こうていによる反乱です。

 そして彼女がバオラ十三世を殺す理由として最有力とされているのが魔人種との結託による反乱です。


 公王は宰相とは反対側、自分たちの右前に立つ騎士団長へ目を向けます。

 ルゴサワールド国家騎士団、通称薔薇の騎士団。

 他国では大将軍位相当となる騎士団長は、その騎士団の呼び名をもじって人々から薔薇の騎士と呼称されています。

 本題に入られたし!

 騎士団長は公王に目で合図します。


「ところでバオラよ。ここ数日ソーラー・シフターより光が立ち昇っているのだが、この理由を訊ねても良いかな?」

「ソーラー・シフトビームですか?」

「そうだ。四日おきに昨日さくじつで三回目。ソーラー・シフターの光はこれまで月初めの一日ついたちだけであった。それが昨日を数えて今月はすでに四回目。しかも昨今の三回は有り得ない程にまばゆく強い光であったとか。これは石舞台近辺で姿が確認された巨大魔人と関係があるものなのか?」

「巨大魔人、ですか?」

「うむ。そう言う報告を耳にしておる」

「左様ですか」


 南スクリーン大山脈、いいえグラスホッパー大山脈が間近にそびえ立つルゴサワールドでは魔人種の往来もたまに見かけられます。

 ですがバオラ十三世の死と巨大魔人種の目撃が同時に起きれば、そこには何かしらの策略があるのではないかと勘繰るのが人の常です。

 公王側に立つ重鎮たちはこれをナリアムカラ謀反の状況証拠と見なしていました。

 ですが公王の見る限りでは彼女の目は自分を見ていません。

 ルゴサワールド公王国すら目に入っていないように感じられます。

 聖女は何を見ているのか?

 公王はナリアムカラを見据えます。


「陛下。これだけは信じて下さる様にお願いいたします。

 例え他国が滅びようとも、私はこの国とこの国の民は守ります」

「この国の民は、守るのか?」

「手の届かぬ全てを守れるほど、私は力を持っていません」

「その言葉を信じても、良いのか?」

「御意です」

「分かった、信じよう」


 公王の前に立つ宰相と国家騎士団長である薔薇の騎士は驚きの目で自分たちの王を振り返ります。

 何故なら、信じるという言葉はナリアムカラに対して行動の自由を認めているからです。

 謁見前の打ち合わせでは拘束、あるいは軟禁に落ち着かせる手筈でした。


「では次の話だ、バオラ。ジューンブライド城へ向かったバンセーとアルフィンの行方が知れん。何か、知る事はないかな?」

「殿下であればウエルスへ向かった事を確認しております」

「ウエルス?そなたはその目的を知っているのか?」

「殿下は私よりも更に広いお心をお持ちです。両手の指の隙間からこぼれる全てを拾い上げようと遁走されております」

「それに間違いはないな?」

「間違いありません。私ではできぬ事ですから、うらやましく感じております」


 この言葉にもおそらく嘘はない。

 公王は王子の身を案じると共に、その無事を安堵します。




 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




 木々は深く、山肌は険しいさんちゅうの崖にもたれて彼は眠っていました。

 それはどれだけの年月としつきなのか。

 崩れ落ち、自分の体にかぶさる土砂を掛け布団にして彼は眠り続けています。

 彼は身長二十メートルにも及ぶ巨大なトロールです。

 そしてその全身をフェイスガード付きの白い全身鎧、いわゆるフルアーマーで覆っています。

 白い巨人、白銀しろがねの巨人です。


 季節が移り替わる中で、彼は何度もまどろみの中の意識を捕まえます。

 しかしそれは徒労に終わります。

 寝落ちで始まった熟睡は二度寝三度寝、百度寝二百度寝と続いていたのです。

 その長い時間の中で彼の体は、いつしか完全に土に埋もれていました。

 そんな彼の頭の中で声が響きます。

 念話ではありません。テレパシーです。


(お寝坊さん。朝ですよ。もう起きる時間ですよ)

「誰だ……?わしを呼ぶのは、誰だ!」


 白銀しろがねの巨人は頭の中で声を上げます。

 しかしその目は未だに開かれていません。


(ふふふ。貴方のお父上に勝ったサーシャと言ったら、思い出しては頂けますか?)

「サーシャだと?……サーシャ、……サーシャ。合州王国のサーシャか?」

(安心しました。そのご様子だとお父上から私の事を耳にしているようですね。それでは、お父上と私との約束の話もご存じでしょうか?)

「約束の話とは随分と久しい。父からは聞かされている。が、貴様は本物のサーシャか?生きておったか?」

(貴方がたトロールと同じに考えられては困ります。私はヒューマですよ?当の昔に一回死んでいます)

「ほう。甦ったと言う訳か」

(少し違いますね。幸運な事に前世の記憶を持ったまま生まれ変わったと言って理解して頂けますか?)


 トロールの巨人はサーシャと名乗る女性の声に親しみを感じます。

 それは絶えて久しい父の話題を聞けたからだろうと考えます。

 彼は自分がその声に心を開き始めている自覚を持ちます。


「して。わしになんの用だ?念願の祖国を取り戻すための手伝いを頼むとでも言うか?

 父が快諾した約束だ。それを果たすうえで、わしには何も支障はない!」

(いいえ。その件はしばらく置いておきます。

 貴方にお願いしたいのは、その前準備への助力です。そちらへヒューマとエルフの男女二人連れが向かっています。彼らがあと二ヶ月間程ウエルス王国へ向かえない様に足止めをお願いいたします。その二人は私にとって結構大切なお方ですのでお怪我はさせぬように手を抜いてください)


 サーシャ。つまりナリアムカラにとって大切な存在は次期公王である第一王子バンセーだけです。

 かと言って片方だけを無傷と言えば、アルフィンへの攻撃にバンセーが巻き込まれる可能性を否定できません。

 と言うか、間違いなく巻き込まれるでしょう。

 だから二人とも無傷でと願います。


「心得た。その代わりと言ってはなんだが、いずれはわしとの手合わせを願うぞ。

 くくく。サーシャ殿は我が父を叩きのめした剣豪。今すぐにでも手合わせしたくて、腕が鳴るわい!」

(叩きのめしたなどとは聞こえが悪い。あの時はたまたま私が勝利できただけですよ)

「はっはははっは。たまたまで負ける様では、蒼の死神も大した剣士ではなかったと申されているようなものだな」

(恐れ入ります。ですが私は生まれ変わっておりますので前世の様な荒ぶる剣を振れる自信はありません。ただし。魔法術を使っても良いのでしたら既に前世を越えている自覚はあります。それでもよろしいでしょうか?)

「構わん。久し振りに父の話ができて今日きょうは気分がい!

 して、目的のヒューマたちは今いずこだ?」

(スリー様の前方二百メータ程です。立ち上がればすぐ目の前の大地に見つけられるでしょう)

「判った!うおおおおおおおおおー‼︎」


 白銀しろがねの鎧の巨人スリー・アッシュラッド・トロールは気合を入れて立ち上がります。

 かなりの重量がある筈のフルアーマーでさえただのパジャマ同様です。

 完全に体を覆い隠すほどにかぶさった土砂。

 これをはねのけて立ち上がる事など、人間ならばできません。

 しかしトロールであるスリーには障害にすらなりません。

 冬場に掛ける三枚重ねの冬布団のほうがよほど重いとばかりに弾き飛ばします。

 立ち上がると同時に背中の両肩から翼のようなものが広がります。

 これは背後からの攻撃を防ぐオプションです。

 スリーは背負しょった大剣を右手で引き抜くと、更に勝ち鬨とも呼べそうな大声を叫びます。

 そのスリーの腹部で大きな爆発が起きます。

 更に胸から太ももまでにかけて幾つもの大きな爆発が発生します。

 未確認の相手から受けた連続攻撃でスリーは足を滑らし、もんどりを打って背中から転倒します。

 そして動きを止めました。


「やったか、アルフィン?」

「分かりません。この程度のファイヤボール連射で終わってくれるような相手にも見えません」

「ああ。それには同意するが、これで終わって欲しいものだな」


 バンセーとアルフィンの推測は正しく、起き上がったスリーは二人が目指す道をふさぎます。

 三日ほどの逃走劇の果てにおとりとなったアルフィンがバンセーを逃がし、たった一人で第一王子はサンストラック領へ逃げ込みます。

 名を明かさぬ客人を不審に思いながらもサンストラック家の好意によって第一王子はルーンジュエリアと再会します。


「詳細を明かす事はできぬが、ウエルス王国に危機が迫っているのだ!」

「へー。それはたいへんですわねー」


 棒読みで答えるルーンジュエリアですがバンセーへの敬意を持っていない訳ではありません。

 長距離念話で呼び出されたグローリアベル、エリスセイラ、そしてユリーシャの四人でバンセーとの密談が開始しました。

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