133 標21話 太陽の花・登場!ジューンブライド聖騎士団ですわ 2


 四月になりました。

 春です。

 ウエルス王国に春が来ました。

 ルーンジュエリアの住むサンストラック伯爵領にも遅い春が来ます。

 遅いことは間違いありませんが常緑の雑草が多くて意外と緑にあふれています。


 春になると日差しが暖かくなります。

 冬の間を寒さに震えて家に閉じこもりがちだった反動からか、子供たちは日が暮れるまで外で遊び呆け始めます。

 これは肉体労働派であるサンストラック騎士団の面々にとっても同じ事です。

 冬の間はあれだけ嫌がっていた屋外訓練を我先にと競い合うように行なっています。

 見かけに反して騎士団員たちは中身が子供なのです。

 そんな騎士団員たちの中に見慣れたメイド服が見受けられます。

 その数、二名。

 エルティモテ・オーランリーバとユリーシャ・オブ・マイスタージンガー=グレアリムスです。

 第二夫人シルバステラのお付きメイドであるエルティモテはもともと武闘派の体育会系女子です。

 サンストラック家での雇用開始直後から頻繁に騎士団の訓練に顔を出していましたからこちらは分かります。

 話によると子供の頃から騎士団の訓練を覗いていたようです。


 意外なのはユリーシャです。

 彼女は諸々もろもろの事情で魔法術が苦手な姿を演じていました。

 しかしルーンジュエリアの指導によって魔法を失敗することが少なくなった。

 それどころか逆に他の追従を許さぬ使い手になった。

 これが現在の評価です。

 そして年明けに行なったお嬢様との魔法術戦を経験したことによって、調子に乗っている真っさいちゅうです。


 これで使うのが魔法術だけであればまだ話は穏便になります。

 こともあろうにユリーシャは自分の体内に住む複数の人格、特に対人戦や格闘技では歴戦の勇士である白光聖女オーロラ姫に体を預けて縦横無尽、傍若無人の活躍をします。

 この、はっちゃきメイドのとどまる所を知らない快進撃は多くの騎士団員から恐れられています。

 曰く、人の呼ぶ『潺湲せんかんのユリーシャ』誕生です。



「ファ!ジャマー!」


 ワープアウトして来たルーンジュエリアは騎士団庁舎敷地内にある運動場の脇に降り立ちます。

 見ればグラウンド内では数十組の騎士団員たちが木剣を使った打ち合いを行なっています。

 お嬢様は広場に近づいてそれを眺め始めます。

 そこに見知った顔が近づいてきます。


「よ!ジュエリア!どっした?」

「ふみ、ハイランダー様。ジュエリアはユリーシャを捜しに来ましたわ。

 ですがちょっと取り込み中のようです」


 ハイランダーがお嬢様の視線の先に目を向けると、ユリーシャはベストマンフォルテと打ち合いをしています。

 木剣と盾を構えるベストマンフォルテに対して、ユリーシャは木剣を片手両手と臨機応変に使い分けます。

 そして時には指を鳴らして相手の剣を腕やこぶしで受け流します。

 彼女はすでにピンポイントジャマーを体得しているようです。


「へーへー、城から騎士団までの移動に転移魔法術か。魔力の無駄遣いだな。

 ん?ジュエリアならわざわざ来なくても遠距離念話を使えるんじゃなかったのか?」

「念話には相手の現在位置を特定する必要があります。今日のような天気が良い日に屋外にいる筈の相手を捜すのは目視認識が簡単で手っ取り早いですわ」

「ふーん、そんなもんかねー?

 ……あとで転移術を教えろ」

「ハイランダー様がミレニアム公爵家の方でなければ否応いやおうありませんわ」

「ん-。どっかでトントンしようぜ」

「善処しますわ」


 二人並んでユリーシャの打ち合いを観戦します。


(予想外ですわ。あのベストマンフォルテが普通に剣と盾を使いこなしていますわ)


 などと驚きの声を上げたくなるお嬢様ですが、考えてみれば彼だって立派な騎士団の一員です。

 剣が使えておかしな事は全くありません。


「ところでユリーシャになんか用事か?」

「無敵兵団の若頭が来て、またユリーシャを借りたいそうですわ」

「セントラルアイルのボンボンかー。恩、売れば?」


 ハイランダーはお嬢様の顔すら見ずに軽口を叩きます。


 ウエルス王国では領地に爵位が付きます。

 宮廷貴族は国王が与えた爵位を持っていますが、これに領地は付属しません。

 一方で領地持ちの上位貴族が代官などとして任命した子爵、男爵は形式上ですが赴任先を領地として持っています。

 例えばサンストラック伯爵領内にはジェントライト男爵領を始めとする複数の子爵領、男爵領、騎士爵領があります。

 セントラルアイル子爵領はその一つになります。


「あのボンボンにジュエリアは、貸しより借りのほうが多いですわ」

「おいおい、お前の従兄だろ。言い方、悪いなー」

「従兄だからこそ人とりは兄弟同様に知っていますわ」

「ならあきらめて借りを返せ」

「ですわ。

 そうしましょ!そうしましょ!

 そうしましょったら、そうしましょ!

 山になるに、削りましょ!」


 ルーンジュエリアは能天気に曲を付けて歌います。

 セントラルアイルのボンボンと呼ばれるお嬢様の従兄は、その暑苦しい行動とは裏腹に常にルーンジュエリアの希望を都合してきました。

 これからも自分がお世話になることが目に見えているからこそ、相手の希望を叶えることはやぶさかどころか望む心意気です。


「んでだ、ジュエリア」

「ふみ?」

「今度、死合わないか?」

「それ、どんな字を書きますの?普通は『試合しないか?』と聞きますわ」

「駄目か?」

「そう言う話になると、うちの侍女たちはジュエリアの見張りですわ」

「判った。そっちはナーナーに進めとく」

「ふみですわ」


 ユリーシャ対ベストマンフォルテの打ち合いはユリーシャが勝ちました。

 騎士の礼をするベストマンフォルテとは打って変わって、ユリーシャがとるのは平民のお辞儀です。

 次の相手がユリーシャに剣舞の申し込みをしているのを見取ったルーンジュエリアは、念話魔法術でメイドを呼び出しました。

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