標五章 九歳・春 日輪聖女ナリアムカラ編

132 標21話 太陽の花・登場!ジューンブライド聖騎士団ですわ 1


 ルゴサワールド公王国の建国は古く、今より八百年前となります。

 戦争による国名や国境線の書き換えと引き換えは多くなく、乱世と言う程には起こる戦争の数も多くはありません。

 どちらかと言うと民衆の生活にとって問題となるのは魔獣の暗躍です。

 当時のルゴサワールド大公爵領は今は亡き大帝国の国境を守る砦の役を担っていました。

 しかし私設軍隊の増力は謀反を疑われる都合上、辺境地域への駐留は小規模数であり領民たちは獣災に苦しめられていました。

 そして時のルゴサワールド大公爵はこれを解決する目的で自領の独立を宣言。

 五回に渡る反乱衆討伐軍の攻撃を討ち返し、かつての母国と結んだ講和条約を皮切りに周辺国と和を結んでルゴサワールド公王国の建国が宣言されました。

 この時、大帝国との講和内容にルゴサワールド大公爵の隠居が含まれていたためにルゴサワールド公王国の初代公王には建国の矛と呼ばれた彼の第一令息ビオンノーヤが即位しました。

 また、建国の盾と謳われた第一令嬢はジューンブライド家に降嫁して公弟こうていを創設。

 他の兄弟姉妹と共にルゴサワールド公王国の地盤を固め盤石の体制を創り上げたと伝えられています。

 この逸話を基にしたのかルゴサワールド周辺諸国では矛盾といえば『ともに大切であり、甲乙つけ難いもの』と解釈されています。


 太陽神ソラをあがめる日輪正教は古くから存在していましたが、そのさいを行なう女性たちは全て日巫女ひみこだけでした。

 日輪正教に現れた最初の聖女、初代聖女はルゴサワールド建国の盾と謳われたバオラ一世・ジューンブライドであると記録されています。

 そして今日は四月の一日、日輪正教では毎月恒例になっている月頭のさいが行なわれようとしています。


 この世界において太陽は太陽神ソラと同じソラの名前で呼ばれていますが、太陽とは太陽神ソラであると同時に太陽神ソラの駆る戦馬車をも意味します。

 そしてその戦馬車が毎日無事に東から西へソーラー・シフトするのは日輪聖教の祭祀さいしで捧げられる生け贄のちからあってと信じられています。


 高さ四十センチメートル直方体の角石を階段状に積み上げて建造された石舞台はソーラー・シフターと呼ばれています。

 高さ八メートルの位置にあるその広場の大きさは百メートル四方。

 頭を切り取ったピラミッドのような形をしています。

 二百メートルの間を空けて二基のソーラー・シフターが広場の中に鎮座しています。

 その中央にはテーブル代わりに石の台が置かれ、口輪をはめられた羊があおむけに縛り付けられています。

 西のテーブルには西側、東のテーブルには東側に一人の男と二人の日巫女ひみこが控えています。

 東西に並ぶ石舞台から離れること三百メートルの北側場所にコントロール・タワーと呼ばれる石舞台があります。

 こちらは高さ十メートル、広さ五十メートル四方で北寄りの端に高さ十メートルの小さなピラミッドが積まれています。


 コントロール・タワー広場の南端には日輪正教の大神官トリスタン大主教が二つの石舞台を見える位置に立っています。

 日輪正教では大神官は階級を表し、大主教は役職を示します。

 神官大主教よりも大神官主教のほうが身分は高くなります。

 トリスタンは優雅に回れ右をすると自分の後ろに立つ二人の貴人に対して、胸に右腕を当てて一礼します。


 一人は赤短髪白肌中年の男性です。

 玉座に腰掛けるその男こそジューンブライド公弟こうてい当代当主バオラ十三世・ジューンブライドです。

 そしてその横に立つブルーペクトライトのロングストレートにラピスラズリの瞳を持つ白磁肌の少女こそ公弟こうていバオラ十三世の第一令嬢にして第二十一代日輪聖女ナリアムカラ・オブ・ナスティム=ジューンブライドです。

 この日、ナリアムカラは第二十一代日輪聖女を襲名し、その最初の公式行事として太陽神ソラに羊を捧げる監督を任されていました。


「バオラ様」


 トリスタンのつぶやきとも思える小さな声が聞こえたのか、バオラ十三世は重々しく一度頷きます。

 それを確認した大神官大主教は再度深く一礼します。

 そしてもう一度踵を返して南にある二つの石舞台へと体を向けます。

 両手を左右斜め上にかざすと声を張り上げてさいの開始を宣言します。


いーのーちーさーさーげーよー!」


 トリスタンの合図と共に二人の男たちはそれぞれが担当する羊の命を太陽神へ捧げます。

 口輪をはめられた羊たちは啼く事もなく息絶えます。

 それと同時にソーラー・シフターがまばゆく光り始めます。

 犠牲となった羊を中心にそれぞれの石舞台から一本ずつ、合計二本の巨大な光束が太陽に向かって放出されます。

 羊の命と引き換えに太陽の運行を管理する。

 そんな夢物語のような言葉さえ、現実に存在するソーラー・シフトビームの輝きを目にしたならば否定する根拠を失ってしまいそうです。

 ここはルゴサワールド公王国。

 剣と魔法が支配するファンタジー世界なのです。



「見事です、トリスタン!」


 務めを果たした大神官大主教に背後から明るく美しい声援が送られます。

 その声のぬしは日輪聖女ナリアムカラです。

 トリスタンは体ごと後ろを向くと、うやうやしく一礼します。

 その顔を上げた先では祭祀さいしの終了を確認した公弟こうていバオラ十三世が席を立つところです。

 ナリアムカラはトリスタンに明るい微笑みを授けると、父のあとを続こうとします。

 が、ふと立ち止まると遥か彼方へ目を向けます。

 その方向にあるのは闘技場です。

 そしてその中央にそびえるのは一本の巨大な柱です。

 ナリアムカラは、バターブロンド色の巨大な柱に目を奪われたままつぶやきます。


「神、か……」


 貴女が神か?

 かつて自分の従兄であるバンセー・オブ・ネオクラウン=ルゴサワールドにそう言わせた少女の影を見ます。

 日輪聖教では主神ソラを太陽と呼びます。

 ゆえにルゴサワールドで神と言えば普通は聖女の事になります。

 それは公弟こうていに生まれた、太陽神ソラに仕える日巫女ひみこの一人である彼女にとってはとても重い言葉でした。

 そして今、ナリアムカラは日輪聖女となりました。

 どうしても従兄が出会った少女を見てみたく、思いが溢れます。


「ナリアムカラ様。如何いかがなされました?」


 後ろに控える女性聖騎士の一人が声を掛けます。


「バンセー殿下のお言葉を思い出していました」

「もう一人の聖女候補ですか?聞けば日輪正教の教義も知らぬ様子でしたとか、お考えすぎです」

「親愛なるハニービー、忘れてはいけません。バンセー殿下はあれでも公王家第一王子にして、それに役不足なお方なのですよ?」


 あのですね、ハニービー。

 ナリアムカラはそんな意味を込めて答えます。

 ダメ出しをされたハニービーはそれに答えます。


「ナリアムカラ様は神なのです。神が二人いても支障はないと考えます」

「親愛なるハニービー。ルゴサワールドには、神は二人もいらないのです。違いますか?」


 そんな事はありません、ハニービー。

 ナリアムカラはハニービーの言葉を頭から否定します。

 ハニービーはその心を感じ取ります。


「そうですね。わたくしが間違っておりました」

「かまいません。参りましょう」

「はい」


 そう答えながらもハニービーは考えます。

 目を向けるのは二つのソーラー・シフターの先に整列する五つの正六面体です。

 その大きさはそれぞれ共に一辺が二十メートルの巨大な姿です。

 中央に赤、そして左右に黒が二つずつ。

 七十メートルの距離を置いて横一列に並んでいます。

 その五つの立方体自体が破城槌であり、ルゴサワールド公王国の誇る攻城兵器です。

 これさえあれば他国の聖女など、少しも怖くはない。

 ハニービーは自国の聖女の背中に続くと、コントロール・タワーの広場をあとにします。




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