131 標20話 命の妙薬さらさらブラッドですわ 5
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
九歳になったルーンジュエリアはカレーライスの完成に向けて本腰を入れることにしました。
地球世界のカレーには国によって色々な傾向があります。
小麦粉を使わないインド風、小麦粉とブイヨンのイギリス風、カレー味のデミグラスソースと言うべきフランス風、小麦粉を使わない代わりに酸味を加えたタイカレー、そして日本風カレーです。
カレーライスには『インド、イギリス、フランス風。掛ければ全部、日本風』という言葉があります。
世界各国にカレーライスはありますが、注文した料理のライスにあらかじめカレーが掛けてあるカレーライスは日本だけです。
言葉の綾に感じますが、和風と日本風はかなり違う調理法です。
「ジュエリアにとってカレーライスとは何か?ジュエリアにとってのカレーライスとは何か?
これを見極めればジュエリアが作るべきカレーライスの姿が見えてきますわ」
「ほっほー。それでその姿は見えましたかな?」
ルーンジュエリアに対してサンストラック邸に務める料理長グランブルは訊ねます。
しかしお嬢様は首を横に振ります。
「カレーライスとは奥深いものですわ。今のジュエリアにはその全体像がおぼろげにさえ見えません。だから形から入りますわ」
「形からですか。最初から自分の理想を追い求めるのではなく、
「あのー、グランブルさん。ジュエリア様はそこまで深く考えていないと思います」
「いいのですよユリーシャさん。結果が伴えば『無事、これ、名馬』です」
「ユリーシャ。そう言う事ですわ」
色々と調べた結果、ルーンジュエリアが下した判断は「コリアンダーとクミンが入っていれば
インドはスパイス大国ですが、家庭の味と言うべきカレー粉に多用されるのは数種類です。
日本の家庭にはたくさんの調味料が
ターメリックはカレー色の元ですからこれは多く入ります。
しかし入れなくてもカレーには困りません。
お嬢様は無難な味としてイギリス風の作り方を選択します。
目標はインドカレーかジャワカレーですがその味を知るのは自分一人です。
これは、できた結果が美味しければ誰も困らないことを意味します。
「成る程。スープやシチューを作って、その味をカレー粉で決めればそれはカレーなのですな?」
「ですわ」
お嬢様はグランブルの言葉を追認します。
しかし前世の記憶を持つお嬢様にはこれを補足すべき知識があります。
(優秀な料理長であるグランブルならジュエリアの細かい指示がなくてもカレーライスを完成しますわ。それがどの様な進化系であってもそれはそれで素晴らしい料理になる筈です。ならばジュエリアが教えるべきは陥りやすいミスの説明ですわ)
そうお嬢様は判断します。
「グランブルにカレーライスの完成を命じるに当たって、ジュエリアには教えるべき大切な事がありますわ」
「ほう。どのような事でございましょうか?」
「それはミルクを入れても辛口のカレーライスは甘口にならないと言う事ですわ」
「ふむ。ご説明をお願いいたします」
「これまでにグランブルはいくつものカレー味料理を食べています。その経験からグランブルはカレーが、
ここが大きな間違いです」
「ふむ、判りません。どこに間違いがあるのでしょうか?
「ジュエリア様。私も分かりません。私が分かるように教えては頂けますか?」
ルーンジュエリアは言いました。
味がまろやかになっても甘口ではありませんわ。
それは大切なことを意味します。
「注意すべきはミルクの取り扱いです。
ミルクやヨーグルトを入れれば入れるほど辛さは抑えられて味がまろやかになり、辛味の陰に隠れていたほのかな味わいが顔を出します。しかしそれは大きな罠なのです。
「痛み?お嬢様、そんな話は初耳です。それは事実なのでしょうか?」
「ジュエリア様。グランブルさんが分からない事は私にも分かりません!」
「ユリーシャ、例えば唐辛子
「痛くなります」
「なぜ痛くなるのか?それは、その痛みこそが
ルーンジュエリアはそう説明します。
唐辛子を水に浸して
当然まぶたは痛くなります。
これは
だから舌や胃腸を守るためにミルクを飲みます。
あるいは料理にミルクを多く加えて刺激を抑えます。
これのどこに間違いがあるのでしょうか?
二人にはそれが分かりません。
そんな二人に対してお嬢様は説明を続けます。
「ミルクを入れれば入れるほど辛さは抑えられて味がまろやかになる、最大の問題点はここですわ。ユリーシャ。どこが問題ですか?」
「まったく分かりません!」
「グランブルですわ」
「ふーむ。
「それは目先の問題ですわ。料理を作る者はその先の結果を予想しておく義務があると言う話です。
甘口派と辛口派の二人が同時にカレーを食べる食事を想定しますわ。この時、甘口ベースを作っておいてこれを辛くする事には問題がありません。ですが辛口ベースを作っておいてこれを甘く調理すると問題が発生する。
この二つの違いは
グランブルとユリーシャは考えます。
ふと何かを思いついたらしいユリーシャが料理長に訊ねます。
メイドの言葉遣いが変わった事にグランブルは気が付きません。
「グランブル様。辛口カレーを甘口カレーにするとまずい事になる違いとは、辛み成分の有無でしょうか?」
「成る程。お嬢様が言われた中身の違いとはそこですな!さすがはユリーシャさんです。よく気付かれました」
「いいえ、これで終わりではありません。ルーンジュエリア様は味ではなく、その先を見るべきだと言われました。ですからそれが
辛み成分の含まれた甘口カレーが内包する問題点とは
「ほう、そうですな。料理人ならば食した客のその
「なにか、お心当たりがございますか?」
「ふむ。一つだけあります。それも、当然すぎて誰もが知っている当たり前の事です、
お嬢様、よろしいでしょうか?」
「ふみ?」
「辛み成分を内包する甘口カレーの問題点とは、それを食べた子供達が食後に腹痛を起こす事。いかがですかな?」
「その通りですわ、グランブル。
ミルクは舌や胃腸を保護して
「ふむ。確かに私も勘違いしておりました」
「はー。相変わらずルーンジュエリア様には常識はともかく、知識がある事は実感しますね」
「ユリーシャ。常識はともかく、とはどういった意味ですの?」
「ジュエリア様がお持ちの知識で解釈した通りです!」
ユリーシャはオーロラ姫の言葉の意味を明るく答えます。
医食は同源です。
漢方薬のような各種素材の存在を発見確認したルーンジュエリアは、一年ほど前からカレーライス再現計画を進めていました。
その集大成が完成しようとしている今、お嬢様はグランブルの手腕をユリーシャと共に調理場で応援しています。
そんな
(ユーコ。わたしです)
「ふみ?コレクト」
ルーンジュエリアの頭の中にグローリアベルの念話が届きます。
お嬢様は短縮呪文を起動して双方向回線を確保します。
(チャーリーがカレーライスの試食を所望です。開発状況の進展はどの位置ですか?)
(ふみ。もっとも一般的と思われる既製品を軸にまずまずの状態ででき上がっていますわ)
(そ。ではチャーリーにそれを振る舞いたく思います。こちらとそちらのどちらで歓待するを
(完成品をフレイヤデイの方々に紹介する手間を
(分かりました。期日は
(ふみ。
ルーンジュエリアはグローリアベルにそう答えます。
そんな会話を続けながらもお嬢様の胸には一つの疑問が芽生えていました。
それは侯爵令嬢の言葉遣いについてです。
(ところでリア様)
(なんでしょう)
(おそばにお家の方が多くいますの?)
(侍女や侍従、騎士団員で十数名ほどです)
(やっぱし)
(あによ。あにが言いたいのよ)
(お
(……。ユーコ、待っております)
あとで見てらっしゃい。
グローリアベルは会話を続けると更にからかわれるだろう事を推察して、会話を打ち切ります。
ルーンジュエリアは
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「お
「ご苦労です。
ユーコ、らっしゃい」
「お招き頂き感謝をいたしますわ、リア様。準備万端抜かりなしですわ」
「そ。じゃ、確認ね」
「「アイ・オー」」
「ぶ!」
グローリアベルとルーンジュエリアは互いに歩み寄るとハイタッチをします。
たったそれだけの事です。
周りを囲む侍女や侍従たちにはそれはただの挨拶に見えます。
ですがファイヤースターターは違います。
彼女は二人が使ったコア・イントロダクションの魔法術に気付きます。
あまりの非常識さに驚いて吹き出します。
「あんた達!
「ふみ?ただの挨拶ですわ?」
「
「いちいち言葉で現状確認するよりも楽で手っ取りばやいですわ?」
「いやー。そうだろうけどさー。普通、やる?」
「チャーリー。悩んだら負けです。わたしはそう思っています」
「あんたも当事者でしょ!あんた達二人の事を言ってんのよ!」
まずはライスの確認です。
ファイヤースターターからは、皿に載って出されるご飯の炊き上がりについて駄目出しされることはありませんでした。
次に三人はカレーソースを掛けてその味を楽しみます。
今日のカレーはとろけるほどに煮込まれた鴨肉です。
「ん-。私は中辛かなー」
「わたしもチャーリーに一票です」
「残念ですわ。ジュエリアはまだ甘口なお年頃ですわ。味はどうですの?」
「満足」
「私もこれで良いと思います。バリエーションについては調理場に一任して構わないでしょう」
「ジュエリアも同意見ですわ」
「ん-、異議なしね。今後を楽しみにしているわよ」
「期待には応えます」
「ふみ。ジュエリアもグランブルに伝えておきます」
数百年振りのカレーライスを十分に堪能したファイヤースターターは先に帰ると言い出します。
彼女はすでにルーンジュエリアたちと同様に空を経由した長距離転移を身に着けていました。
外へ出ると玄関前まで見送りについてきた二人に向かって声を掛けます。
「そうだ。ユーコたちに一つだけ聞きたいことがあるんだけどいいかしら」
「もちろんいいですわ」
「令和」
「ふみ?」
「リアは知ってる?」
「わたしも知りません。レーワとは
「知らないのならいいわ。あまり大切な事でもないし。
じゃ、またね。ワープ」
ファイヤースターターは遥か上空へと転移します。
残った二人は向き合って微笑み合います。
ところで二人には気になる事がありました。
「ユーコ。レーワって
「リア様がご存じない、この世界の事をジュエリアは知りませんわ」
「それもそうね」
ルーンジュエリアの前世が地球世界から退去してこの世界へ引っ越したのは平成二十八年です。
だからお嬢様は平成が五十年は続いただろうと思っています。
一方で
この時サヤカは一つの勘違いをしました。
地球世界とファンタジー世界の時間の流れが同じだと思い込んでしまったのです。
自分の年齢はすでに七百五十歳。
だから地球世界も七百五十年後の世界になっていると思い込んでいます。
もしも地球からの転生者が現れても自分が覚えている世界を知っている人は生まれてこないだろうとあきらめてしまっていました。
こうしてファイヤースターターはルーンジュエリアたちとの友情を確かなものにしました。
二人は彼女が飛び去った空をいつまでも見ていました。
そんなファイヤースターターが今現在
未だグローリアベルの屋敷に厄介になっているのです。
「だって私が姿を消したら陛下の招集があった時に困るのはリアのお父様よ?」
「ご協力、よろしくお願いいたします」
だ、そうです。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます