111 標18話 ルーン対ユリーシャ対グローリアですわ 5


「スタート」


 グローリアベルは自分の目の前の空中に木製の板スクロールを並べます。

 それは右手の一振りで終わります。

 宙に浮かぶ板スクロール、――アステロイドチップはグローリアベルの胸の高さで周りを回る輪を作ります。


「リアライズ。スタート」


 次にグローリアベルは目の前に回ってきたアステロイドチップを右手でフリックします。

 先程と同じ様なアステロイドチップを二束顕現して、左手で斜め上に投げる仕草でそれを逆袈裟に展開します。


「リアライズ、リアライズ。スタート」


 そしてまた同様に目の前に回ってきたアステロイドチップ二枚を右手でフリックし、顕現したアステロイドチップの束を、右手で斜め上に放り投げて袈裟掛けに展開します。

 一つの長大な楕円軌道を含む三つのアステロイドチップの輪がグローリアベルをうちに閉じ込めます。

 グローリアベルは自身の周りを周回するアステロイドチップを内側から確認します。

 とりあえずは対ルーンジュエリア戦の防衛準備完了と言った状態です。

 そんな侯爵令嬢に材木座ユイの勇者ガハマが問い掛けます。


「令嬢。その板がるたはなんだろうか?」

「わたし達がアステロイドチップと呼んでいるスクロールです。攻防一体の防御陣を設営します」

「やはりスクロールの代用となる魔道具か。使い勝手は羊皮紙のスクロールよりもはるかに良さそうだな」


 つくし座ヨッカの勇者イドも感心した様に話します。


「これはあの子、ルーンジュエリアがわたしに献上したものです。これを見て頂いただけで現在の状況に危機感を持って下されれば嬉しく思います」

「確かにあのお嬢ちゃんは魔法術に秀でている様だね。だけどそれだけだ」

「それが一番大切な部分です!」


 グローリアベルは大帆船座アルゴの大勇者ノートを見上げて力説します。

 ですがすぐにその意識は別のものに捕らわれます。

 三人の勇者たちがその視線を空に向けたからです。

 グローリアベルも目を上へ向けます。

 見上げた空には何本もの白い直線が幾何学的に伸びてはそれぞれが八方に分かれて網目を作っています。

 そしてその中の一本が南の空から赤く染まり始めて、四人の真上まで来ると空から降る赤い光が大勇者ノートを照らしました。


「まずい!あの子に見つかりました!お逃げください!」

「令嬢!あれはなんだ!」

「ルビーズ・リング、ルーンジュエリアの索敵魔法です。もう、あの子からは逃げられません!わたしが足止めしている間にお早く!」


 侯爵令嬢は必死の説得を試みます。

 ですが三人の勇者に逃げる素振そぶりは見当たりません。


「令嬢、一つ訊ねよう。逃げられるものなのかね?」

「それは、……」


 グローリアベルは言葉に詰まります。

 彼女は勇者たちが時間稼ぎをしてくれている間にルーンジュエリアを説得するつもりです。

 逃げ切れるかどうかで言うならば難しい事は良く分かっています。


「では、しょうがないね。僕たちもここで迎え撃つよ」

「ですが!もしも、万一にでも皆様に何かあったら!」

「なにかって?」


 大勇者ノートの言葉にグローリアベルは更に二の句を告げられません。

 熟考してみれば、如何に魔法術に秀でているとは言えルーンジュエリアはまだ九歳にも足りません。

 勇者たちなら抑えられると考えるのが常識的な判断です。


 ですがここで侯爵令嬢は思い直します。

 ルーンジュエリアが勇者たちに危害を加えることが問題なのであって、彼らが被害を受けるかどうかは全く関係ない事です。

 しかし勇者たちだってそれを理解してなお強気です。

 子供に怪我をさせてはいけない事くらいは百も承知です。


「勘違いしないで欲しいな。僕たちは曲がりなりにも勇者だ。僕は大勇者ノートだよ。

 安心していい。君の友人には怪我をさせない」

「でも」

「くどい!」


 その瞬間!グローリアベルに対して逆袈裟の軌道を持つアステロイドチップの輪が大きく動きます。

 不意の動きに勇者たちは身構えますが、アステロイドチップが反応したのは遥か遠くからの攻撃でした。

 何か小さな物が衝突したらしく、アステロイドチップの一枚が割れ砕けて地面へと落下します。


「なんだ?今のは」


 イドのつぶやきを打ち消すかのごとく、更に勝手に動いたアステロイドチップの別の輪から砕けたアステロイドチップの破片が二枚分地面へ降り注ぎます。

 グローリアベルは叫びます。


「ジュエリアショットです!空気の爆発によって金属の弾を撃ち出す魔道具です!私の後ろに固まってください!アステロイドチップが形成するアステロイドリングならジュエリアショットから皆様を守る事ができます!」


 ですが勇者たちを避難誘導しながらも、グローリアベルは鳥肌が立つ感覚をぬぐえません。


(ジュエリアショットって、ルーンジューナよね?エリスはまだなの?)


 ルーンジューナは現在のルーンジュエリアが使用可能なハイパワード形態の最上位体です。

 少なくともジューシーまでしかハイパワード化できないグローリアベルでは力、技、魔法術のいずれでも太刀打ちできる相手ではありません。

 だから心の中で、一刻も早い救援の到着を祈ります。


「令嬢。今、勝手に板がるたが動いて攻撃を防いだ様に見えたが?」

「アステロイドリングの自動防御システムです。あの子が考案したアステロイドチップ計画の防御を担当する魔法術です。相手の攻撃を感知すると自動的に板がるたが盾として動き、その攻撃を防ぎます。もちろん防ぐ事ができる攻撃には限界がありますが、ジュエリアショットを防ぐだけなら問題ありません」

「もしも消耗戦になったら?」

「ご安心ください。向こうの弾は無尽蔵ですが、こちらのアステロイドチップも無数です」

「心強いな」


 弾が飛んできた彼方の林をうかがいながらノートは応えます。

 ノート自身もほかの勇者もグローリアベルの言葉には安心できる個所を見つける事ができません。

 けれど侯爵令嬢の好意を無にする事は遠慮します。


「ですが油断はできません。ルーンジュエリアにはカメレオン・アーミーがあります。こちらに近づかれても気が付く事はできません」

「それをご理解していて、なぜ敵対なされますか?」

「ちっ!スタート!」


 突如姿を見せたルーンジューナに勇者たちは驚きます。

 しかし相対する二組の間にグローリアベルは立ちふさがります。

 片手三本、両手六本のスクロールをそれぞれ四本の指で挟み持ってルーンジューナの三足剣シザーズトライアを受け止めます。

 二人の剣戟は重く低い金属音を響かせます。

 必死の形相でグローリアベルは相手の攻撃を受けさばきます。

 けれどもルーンジューナは侯爵令嬢なんかは見ていません。

 大勇者ノートを睨みつけながら、構えも取らずに単調な剣を振り下ろすだけです。

 グローリアベルに焦りの色が深まります。


「遅い!遅いですよ、リア様」


 アステロイドリングはグローリアベルの動きをさまたげません。

 自動モードによる緻密な動きでその全てを交わします。

 一方で本来ならば敵であるルーンジューナの攻撃を全て防ぐ筈なのですが、それはうまく動きません。

 何をどうしているのか、ルーンジューナの剣はアステロイドリングの隙間をすり抜けます。


 グローリアベルの背中に立つ勇者たちは加勢しようと動きますが、逸早いちはやくそれを感じ取る侯爵令嬢の体が邪魔で加わる事ができません。

 ルーンジューナは軽々と片手で剣を振っていますが、グローリアベルは両手でやっとそれを受け止めている状態です。

 いよいよとどめの一撃が来るのでしょうか?

 ルーンジューナはグローリアベルを見つめると両手でシザーズトライアを上段に構えました。


 と。そんな時です。

 グローリアベルの顔に明るい笑みが浮かびます。

 体を少し後ろに引いて、スクロールを握った両手も下げます。

 そして大きく体を開いて右を見ます。


「あ!エリス!」

「「「「え?」」」」


 今にも手を挙げて振りそうなその笑顔に、釣られてルーンジューナも顔を横に向けます。

 それを見ていた勇者たちもそちらに人を捜します。

 その直後です。

 エリスセイラの姿を捜すルーンジューナの耳にグローリアベルの呪文詠唱が聞こえました。


「ワープ!」


 よそ見をしていたルーンジューナが勇者たちに目を戻すと、既にグローリアベルが転移魔法で連れ去ったあとです。

 苛立ちながらルーンジューナはシザーズトライアでくうを薙ぎます。

 反対側の湖畔で大きな音がしたかと思えば、数本の大木たいぼくがゆっくりと倒れます。

 大地の上で転がり暴れる大木たいぼくは轟音を響かせます。


「相変わらず小賢しいですわリア様。今一歩の所で一歩の罠に自分が掛かるとは思いませんでした。

 考えてみればここにセイラが居る訳がありません。セイラに向けて絶対に出る筈がない、あの笑顔で気付くべきでした」


 誰もいなくなった湖畔にルーンジューナは一人立ちほうけます。


「逃げてはいませんね。この付近に隠れているのは判っています。草の根を焼き払っても見つけて御覧に入れますわリア様。カメレオン・アーミー」


 ルーンジューナは再び姿を消しました。

 かつてルゴサワールドでエリスセイラが目撃した、エルフの使った透明化魔法。

 それによく似た魔法術をルーンジュエリアは既に実用していました。

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