110 標18話 ルーン対ユリーシャ対グローリアですわ 4


 ルーンジューナに向かって左へ左へと回り込みながらも、ユリーシャは攻撃の手を休めません。

 両手を交互に入れ替えるように前に突き出して指を鳴らし続けます。


「ウインド・エクスキューション!ウォーター・エクスキューション!」


 詠唱呪文一回だけで数回指を鳴らします。

 鳴らした指の数の更に十倍以上のウインドカッターとウォーターアローが彼女の目の前に立つルーンジューナへと襲い掛かります。

 ユリーシャは自分の魔力量に自信を持っています。

 だからこそ大威力の初歩的な小手先攻撃を続けます。

 如何いかにルーンジューナの魔力量が膨大とは言え、それは普通の魔法術師と比べた時の話です。

 伝説級の魔力量を保有するユリーシャの絶え間なく続く魔法攻撃。

 それを全方位シールドで防ぎ続ける事は魔力の浪費を意味します。


 白光聖女オーロラは生前にこの作戦で数々の魔人種や魔獣を倒してきました。

 ですが、その目論見が思う様には進みません。

 ルーンジューナは全身をおおうシールドを張っていません。

 だからユリーシャの攻撃は全て彼女に命中しています。

 それにも関わらずユリーシャの攻撃魔法はルーンジューナの体に傷一つ付ける事ができずにいました。

 ウィンドカッターはカーブした軌道を描き、上下左右のみならずルーンジューナの背中にも命中しています。


「ヤ!」

「シールド!」


 一方でルーンジューナの攻撃は的確に飛んできます。

 詠唱一回で一瞬の攻撃しか起こりませんが、転移魔法で飛んでくるヤをを抑えるのですから目を離す事ができません。


「ヤー、ヒョイ、ハン」


 時たま防御をしくじっては、体の中から髪の毛をつまみ出して治癒します。


「ルーンジューナ様は先程確かにジャマーと言いました。詠唱したのですからどこかにジャマーがある筈です。

 どこに?どこにジャマーを展開しているのですか⁉」


 ユリーシャは呪文を詠唱し、指を鳴らし続けます。

 けれども彼女の攻撃は次々とルーンジューナに命中しているにも拘らず、その魔力をそぎ落としている気配が一向に深まりません。

 ユリーシャは距離を取ったままで、その動きを止めました。

 そしてルーンジューナに対して静かに問い掛けます。


「ルーンジューナ様。よろしければ今使われている魔法術を解説して頂けますか?」


 これに対してルーンジューナは攻撃態勢を解きません。

 仕方なさそうに一つ溜息をいたユリーシャは再び問い掛けます。


「ジューナ様!よろしければ今使われている魔法術を解説して頂けますか⁉」


 先程とは打って変わった明るい声です。

 これにはルーンジューナが感心した様に一つ息をきます。


「分かっていますね」

「はい!オーロラ様はできる方です!」


 白光聖女は体の主導権を持ち主であるユリーシャ本人へ返した様です。

 老若男女の区別なく知識ある者はそれを他人ひとに教える事を好む傾向があります。

 今はルーンジューナに変身しているルーンジュエリアもその例から漏れません。

 喜んで自分のメイドに魔法術の解説を始めます。


「私はユリーシャに比べてその保有魔力量は十分の一以下です。だから白光聖女様は私の魔力を浪費させる作戦をとっています。ユリーシャは、これを知っています」

「はい!」


 明るい声の返事が響きます。

 と言ってもここは山中ですがザラタンが作った平地です。

 響いた様に感じるのは、如何にユリーシャの声の通りが良いのかを知らしめているほかの何ものでもありません。


「おそらく白光聖女様は矢継ぎ早に攻撃を仕掛ける事で私に全方位ジャマーを張らせる事を画策している筈です。ほかの方々はどうか分かりませんが、私は自分が白光聖女様と同じ土俵に立てると思うほどうぬぼれてはいません」


 この世界には相撲はありませんが、よく似た競技があります。

 その競技場が土俵と呼ばれています。

 国や人種民族を問わず、力比べで押し合う競技の土俵は円と相場が決まっています。


「だからピンポイントジャマーを使っています」

「全然分かりません!ピンポイントジャマーとはどんなものですか!?」

「魔力を浪費するのは全身を同じ強度でおおうからです。ならば実際に攻撃が当たる一部分だけをジャマーでおおえばいい。

 魔力の消費効率の点から言って誰でも考える内容です」

「あのー、ジューナ様あ?それって口で言うのは簡単ですが、実行するのはもんの凄くむつかしい事じゃあないんですか?」

「既に追跡用魔法術は準備してあります。ユリーシャは私がリア様に差し上げたアステロイドチップを知っています。あんな様なものです」

「アステロイドチップとは、あの板スクロールですよね?良く分かりません。

 それでさっき使われたプロメテウス・クラッシュとダイダロス・アタックはなんですか?」


 ユリーシャの質問にルーンジューナは左と右の正拳突きを使い、身振り手振りで説明します。


「プロメテウス・クラッシュは握りこぶしの先をピンポイントジャマーでおおった正拳突きです。ダイダロス・アタックはこぶしが接触した瞬間に握りを開いてファイアーボールを撃ち込んでいます」

「あー!それでさっきロック・ジャベリンが炸裂したんですね!

 オーロラ様のお言葉じゃないですけど、次から次へとよく思いつきますね!」

「ユリーシャ。話の腰を折りますが、あれで終わりではありません」

「えええー!まだ先があるんですか!」

「ふみ。ここまでは言うなれば強攻型フォーメーションです。私は超強攻型フォーメーションの存在を知っています」

「どうもこうも、どうにもなりそうにないという感じでしょうか?」


 ユリーシャの口調が再び変わった事でルーンジューナは構えを取り直します。

 ですがユリーシャはもうしばらく戦闘の意思が無い様です。

 ルーンジューナを見つめながらも何事かを考えています。


「思う所は色々とありますが、わたくしもキティ先生の弟子です。無様な戦いをする訳にはいきません。勝たせて頂きます」

「賢者キティは白光聖女様の事をどの様に評されていたのですか?」

「そうですねー、わたくしは三人目……。たぶんわたくしは三人目だから、上手じょうずに教える事ができたとおっしゃわれていた事を覚えています」

「白光聖女様は三番目のお弟子さんだったのですか?」

「ええ、兄弟子と姉弟子が一人ずついました。わたくしは意外に出来が良い弟子だった様で、わたくしを教えた事で他人ひとに教える自信を持てたと言われていました」

「自画自賛ですか?」

「うぬぼれても良いくらいには、わたくしは優秀だった様ですよ?」


 白光聖女であるユリーシャは、未だ自身の優位を疑いません。

 伝説の聖女と話ができるとか、ルーンジューナにとっては換えようがないチャンスです。

 ついつい話し込んでしまいます。


「そうですね。白光聖女様とお話しできる機会など滅多にある訳ではありませんので、少しお聞きしてもいいですか?」

「わたくしはユリーシャですから何時いつでも構いませんが」

「いえ。人目に付くとユリーシャにあらぬ噂が流れます」

「ご配慮を嬉しく思い、感謝いたします」


 先ほどまでのユリーシャと同様に、ルーンジューナも相手が使っていた魔法について訊ねます。


「拝見した所、指を鳴らして属性魔法の増幅をしていると判断しました。では同じ側の手、例えば聖光や熱風、氷結などの複合魔法はどうされるのですか?」

「ああ、それは簡単です」

「ふみ?」

「練習すれば片手で同時に四本とも指を鳴らせます。小指抜き三本指までならすぐにできる様になりますよ?」


 そう言ってユリーシャは右手を鳴らします。

 一本だけ、二本同時、三本同時、四本同時、指の組み合わせも多様で実演します。


「なるほど。どの属性の組み合わせでも問題なく実行可能と言う訳ですか」

「ところがそうではありません。結局、一番使う指や組み合わせが一番鳴らしやすいですね」

「ああ。それには納得します」


 一番よく行なう行動とは、最も数多く訓練した行動であると言い換える事ができます。

 ルーンジューナはそれを知っています。

 それはともかく今の状態は千日手です。

 考えあぐねたユリーシャはごうを煮やします。


「どうでしょう、ルーンジューナ様。勝負をしませんか?」

「勝利条件は?」

「先に相手の膝を突けた方が勝ちです。膝を突くに準じた状態にしても勝ちです」

「つまり、吹っ飛ばされて地面に転がったら負けですか?」

「そう言う判断で間違いありません」

「判りました。受けましょう」

「ありがとうございます」


 二十メートルほどの間をあけて二人は対峙します。

 まるで西部劇の決闘です。

 実際には十メートルも開かない様です。


「ユリーシャ。銅貨を持っていますか?」

「銅貨ですか?持ち歩いておりますが?」

「では、それが地面に落ちた合図で始めましょう」

「判りました」


 物の落ちるのが合図になるのであれば石でいいですよね、とかユリーシャは考えますがそれを口には出しません。


「ルーンジューナ様。行きます」


 指で弾いた銅貨が宙を舞い地面に落ちる直前、ルーンジューナはしゃがみます。

 そして響いたのは四発の銃声です。

 両手両足を撃ち抜かれたユリーシャは自分の四肢に引っ張られる様にして文字通り背後へと吹っ飛びます。

 彼女には攻撃のチャンスすら与えられませんでした。


「ハン」


 力を入れられずに立ちこまねいているユリーシャはルーンジューナの治癒魔法を受けてようやく体を起こします。

 この勝負は相手の膝を地面に突けた方が勝ちです。

 ユリーシャは潔く自分の敗北を認めます。

 そして彼女はルーンジューナの手にある物を見ます。


「その、銀色に光る物は一体何でしょうか?」

「これは、短筒です。電磁プラグ着火式ハイドロバーストシステムを使用しています」

「また、わたくしの知らない魔法術ですか。わたくしでは勝てそうにはありませんか」


 ユリーシャは銀色に輝くジュエリアショットに目を釘付けにしたままそうつぶやきます。


「勝とうとしていないのですから勝てる道理はありません」


 もはやルーンジューナはユリーシャを見ていません。

 先に転移していったグローリアベルと大勇者一行のあとを追う為に魔法術を起動します。


「ルビーズ・リング!」


 ルーンジューナが右手を掲げると甲にきらめくルビーが輝きを増します。

 その輝きはそのまま薬指へと昇って指輪となります。

 ルビーは宝石ジュエルの名前ですが、ペットの名前にも使われます。

 ルビーの指輪が強く光ると白い光線となり空へのぼります。

 そして八方に広がり、それぞれが更に遠くで八方に広がり、それらもまた八方で広がります。

 その様にして出来上がった網目の内の一本が赤いルートに染め変わります。


「北ですわ」


 逃亡者を追跡者は見つけます。

 空を見上げるルーンジューナに、正面に立っていたユリーシャが呼び掛けます。


「ジューナ様!」

「ふみ?」

「私はベル様にお願いされちゃった訳ですから、もう一回行きますね?」

「構いませんわ、待っています。――ワープ」


 転移魔法で飛び立つルーンジューナを見上げながらユリーシャはつぶやきます。


「さて。ベル様のお力になる為にはどうすれば良いでしょうか?」


 明るい声です。

 問題を口から出すのは考えをまとめる事が目的です。

 ルビーズ・リングの指し示すルートを追ってユリーシャも転移しました。




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