091 標16話 ホラー男爵の冒険ですわ 3


 いかに山が遠く見えるとは言え、バロンは歴戦の勇士です。

 昼を過ぎた頃には山を登り始めます。

 同行する少年の気持ちを落ち着かせようと、だらだら観光案内を依頼していましたがもう良い頃合いかと判断します。

 バロンは自分の肩に腰掛けているロッドへ声を掛けました。


「坊主。腹は空いてないのか?」

「レイガンおじちゃんが助かったら一緒に食べるから大丈夫です」


 少年は大分バロンに打ち解けて来ています。

 だからバロンはようやく肝心な事を訊ねる事にします。

 この少年がレイガンを助けたいと思う訳です。


「そう言えば理由を聞いていなかったな?」

「理由?」

「うむ。坊主がレイガンを助けたい理由だ」

「助けてもらったからです」

「ほう。詳しく聞いてもいいか?」


 二時間ほどの無駄話でしたが、功を奏していたようです。

 ロッドに固さを全く感じません。


「去年、山へ遊びに行った時に熊と出会ったんです。おじさんは知っていると思うけど熊と出会ったら背中を見せたら駄目なんです。走って逃げたら絶対に追いつかれます。木にも登れますから上は駄目です。

 人間が勝てる方法はただ一つ、坂道を駆け降りるだけですが子供のぼくでは途中で怖くなるから追いつかれるのが目に見えています。

 熊は自分より小さい動物であるぼくにゆっきりと近づいてきました」


 怖くなるとは疲れてしまうと言う意味です。


「そんな時にレイガンおじちゃんが助けてくれました。斧と鉈をぶつけた大きな鉄の音で追い払ってくれたんです。熊はゆっくりと遠ざかって行きました」


 バロンは考えます。

 音に驚いただけで逃げたと言う事は、熊はそれほど空腹ではなかったと言う事です。

 ですがロッドのような小さな子供ではじゃれつかれただけで大怪我を負います。

 アマガミされて味見でもされようものならば間違いなく死にます。

 その点から言うとレイガンがロッドの命の恩人である事は間違いありません。


「だけどぼくには分かりません。なしておじちゃんは危険を冒してぼくを助けてくれたんでしょう?」

「レイガンには聞かなかったのか?」

「訊きました。でも、笑って教えてくれませんでした。ぼくが大人になったらきっと分かるよって言っていました」


 成る程、そう言う事か。

 バロンは合点が行きました。


「いいか、坊主。男なら危険を顧みず、死ぬと判っていても行動しなければならない時がある」


 ロッドはバロンの顔を見つめます。

 その言葉に耳を傾けます。


「負けると判っていても闘わなければならない時がある。レイガンはそれを知っていた。ただそれだけだろう」

「そうなんですか?ぼくにはまだ難しいです」

「レイガンが言っていたのだろう?大人になったらきっと分かるぞと。それまで待つ事だな」

「んー。良く分からないけれど分かりました」


 山頂には低い雲がかかっている様です。

 もやはやがて霧になります。

 不意にロッドは大きく首を振って周りを見渡します。


「おい。どうかしたのか?」

「いや、あの。変な話声が聞こえたもんで」


 山道は霧が深くなりました。

 ロッドは諦めきれないのか、霧の向こうを覗き見ようと首をきょろきょろと振り回します。


「確かに聞こえたんだけどなー」

「ははは。山の民がいよいよおいでになったと言う事だろう、ふん!」

「わ!」


 突然バロンが剣を振り上げました。


「坊主!しっかり儂に掴まっていろ!」

「うん!」


 バロンは剣を振り回し続けます。

 チンチンと何かが剣で弾き飛ばされます。

 その方向は一方ではありません。

 前後左右からスリングショットの放つ玉が飛んできます。

 バロンは初めて見るパチンコ銃の攻撃を捌き続けながらも推測します。

 これはロイが言っていた木のしなりだけではない。もっと違う何かで飛んできているぞ!

 周りの霧の中に人影が浮かんでは消えます。


(九人、いや十人!)


 山の民の狙いは正確です。

 ですがバロンの剣には通じません。

 業を煮やしたのか、山の民たちは呪文の詠唱を始めます。


「貫け、ファイヤーアロー!ブリリアントレッド!」

「貫け、ファイヤーアロー!バーニングブラウン!」

「貫け、ファイヤーアロー!デンジャラスシルバー!」


 バロンを囲む山の民の内、三人程が撃ったスリングショットの玉はそれぞれの色の尾を引きながらバロンの前で衝突します。

 そして突如出現したファイアーアローが絡み合う三つの色の尾を引きながらバロン目掛けて飛び込んできます。

 ファイアーアローの輝きが辺りを照らします。

 その時バロンは初めて自分を攻撃する山の民の姿を確認しました。

 彼らは黒い革の上下を着こんだダークエルフたちです。


(そうか。エルフが森の民、ハイエルフが深山の民。ダークエルフが山の民だったな)


 バロンは自分たちを襲うファイアーアローを剣で切り裂きます。

 ですがその攻撃はダークエルフ三人がかりの魔法術です。


「まずい!しくったか!」


 バロンの剣は根元近くで折れてしまいます。

 それを見たのか、そんな事は最初から関係ないのか、別のダークエルフ三人が次の魔法術を詠唱します。


「焼き尽くせ、ファイヤーボール!プレイングイエロー!」

「焼き尽くせ、ファイヤーボール!ゴーストブラック!」

「焼き尽くせ、ファイヤーボール!ストリームスカーレット!」


 次の三人組が撃ったスリングショットの玉はそれぞれの色の尾を引きながら衝突します。

 バロンの眼前で出現したファイアーボールが絡み合う三つの色の尾を引きながらバロンに迫ります。

 どうやらメンバーの組み合わせは無関係で、誰でもいいから三人居れば魔法術での攻撃ができる様です。

 最初に魔法術の名前を叫ぶのはお互いの情報を共有する為なのでしょう。

 けれどもこれは敵に対しても攻撃内容を教えているのも同然です。

 このような戦闘方法では、相手のダークエルフたち等はバロンの敵ではありません。

 かと言って自分の剣は折れてしまいました。

 そしてその肩にはロッドが居ます。

 ならばもう一振りの剣を使うしかありません。


「インベントリー」


 バロンはスキル剣シナノを取り出します。

 絡み合う三色の尾を引きながらファイアーボールがバロン向かって迫ります。

 ですがバロンにためらいはありません。

 数十段にも及ぶ突き技を受けた強大なファイアーボールは、あっという間に霧散します。

 バロンはそのまま前方に立つダークエルフの元へ走り寄って背後から腕をひねり上げます。


「ピロテース!」

「大丈夫よ、アスタル」


 バロンが取り押さえたダークエルフは若い女性でした。

 エルフが美形揃いである事は有名ですが、ダークエルフだって美形揃いな事は変わりがありません。

 おそらくはハイエルフの老若男女も美形揃いなのでしょう。

 腕を背中で固められたピロテースは科を作ってバロンに微笑みます。

 今のバロンはヒューマの男に変身しているので、自分の媚びを含んだ艶めかしい仕草で魅了できると考えている様です。

 ですが髭モジャ冒険者はそんな事を気にしません。

 さっさと用事を済ませてしまおうと考えます。


「すまんな。少々教えて欲しいものがある」

「何が欲しいと言うの?わたし?」

「確かに実用性の高い衣装だな」

「機会があるなら確認する?」


 色仕掛けを諦めないピロテースの姿勢に感嘆を覚えながらもバロンは答えます。


「儂としてはもらえるものならレイガンの身柄を頂きたい所だ」

「それは無理よ」

「駄目だ!おじちゃんは絶対に返してもらうんだ!」


 ロッドが叫びます。

 周りのダークエルフたちはスリングショットを構えたまま、狙いをバロンから離しません。

 一触即発です。

 その時、霧深い峠に太い声が響き渡りました。


「双方とも退けーぃ!」


 その声と共にバロンの側には頭上から青く巨大な手刀が落ちて来ます。


「遂に出て来たか。蒼の死神」


 峠の上に立つバロンの目前には青い面付き兜をかぶった巨大な横顔が現われます。

 そして彼に向かって振り向きました。

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