092 標16話 ホラー男爵の冒険ですわ 4


 自分の前に立つ青い鎧の巨人。

 その姿を目にしたバロンはそこで違和感を感じます。

 自分が知っている蒼の死神は百戦錬磨の勇士です。

 けれども今、自分の目の前にいる巨人はなにかこう、若い気がします。

 バロンは肩に座るロッドを地面に降ろして遠ざけます。


 青い巨人は巨大な剣を大きく構えるとバロンに振り下ろします。

 その剣筋の素晴らしさに驚いたバロンはシナノでその剣を受け止めました。

 それはかつて同じ様な蒼い巨人と対戦した経験から判断した対応です。

 その剣の重さにバロンは驚きます。


(重い。この力はまさに勇者のもの!)


 剣を受け止めたバロンはこの巨人が未知の巨人である事に気付きました。

 しかしそれと同時にバロンはもう一つの事にも気が付きます。


(確かに重い。だが、惜しむらくは握りが甘い。腰が入っていない)


「とあーっ‼︎」


 巨人の剣を跳ね飛ばしたバロンは自分を見下ろす相手に問い掛けます。


「良くは似ている。しかしお前は決してゴセンではない。お前は誰だ?」

「ほう。そこもとは父をご存じか?」

「父だと?」

如何いかにも。拙者の名はフジ。蒼い死神ゴセンの子にして静かなるイチゴウの弟、素晴らしきスリーの兄なる痴れ者」

「いいや、お前のその力は武人のもの。惜しむらくはその体が万全であればと」

「ふふふ。それは拙者の未熟が所以ゆえん。それを見破るとは、そこもとには到底勝てそうもない」


 見た目ではまったく分かりません。

 けれどもその剣を受けたバロンはフジの不調を見抜きます。

 それは小さな物でした

 彼の利き腕である右手小指先の欠損です。

 それはかつて行なった対戦において相手の剣が当たった際に失われたものです。

 その立ち合い自体をフジは恥とはしていません。

 両者共に正々堂々と力の限り闘ったからです。

 ですがその結果としてフジはあとに響く傷を負いました。

 彼はこれをおのが不覚と恥いていました。

 その思いを見抜いたバロンは彼をこう誘います。


「ではもう一合、試すか?」

「なに?」

「お前の目の前にはお前自身が決して敵わぬと思う儂が居る。剣を振るうに、それ以上の理由は必要あるまい」


 フジはしばらくの間動きませんでした。

 おそらく目を閉じて考え込んでいたのでしょう。

 再度動き出した時、フジは自分を見上げるダークエルフたちにこう言います。


「済まないなお前たち。これは拙者の私闘ゆえ、目をつぶっていてくれ」

「いいえフジ様。御存分に剣でお戯れ下さい!」

「うむ」

「そう言う事だロッド。しばらく待っていてくれ」

「うん。いいよ、おじさん。頑張ってね!」

「ああ、任せろ」


 観客たちは二人から距離を取ります。

 峠の高低差もあり、バロンの立ち位置はフジの腰の高さです。

 両者共にちょうどよい位置と考えている様です。


「いざ!」


 フジが叫びます。


「尋常に!」


 バロンは応えます。


「「勝負‼︎」」


 そして両者の声が重なります。

 大きく振り上げてから下ろされたフジの一撃をバロンは寝かせた剣腹で受け止めます。

 既に一度受け止めている剣からシナノへの信頼は確固たるものです。

 シナノが打剣を受けて折れる等と言う疑念は微塵たりとも抱きません。

 次にフジは左胴を打って来ます。

 腰の入った力強い一撃です。

 これで聞き手の握りが完璧ならば受ける事は難しいだろう。

 避けるで一杯。

 そう考えながらバロンはその胴打ちを下から打ち跳ねます。


 そのままフジの大剣にシナノをからめ、振り上がる反動を使って相手の頭上へ回ります。

 両手で握るシナノをてこに、相手の大剣を踏み台にしてその頭部へと剣腹を振り下ろします。

 バロンの目的は立ち合いですからフジを殺す必要はありません。

 ですがバロンの振り下ろした剣筋は八つ。

 自身のスキルとシナノのスキルアップで三十二筋の斬撃が一瞬の内に振り下ろされます。

 兜への攻撃、大量の面打ちを受けたフジは轟音をたてて頭から背後に崩れました。


「「「「「「フジ様ー‼︎」」」」」」

「案ずるな。怪我すらしておるまい」


 ダークエルフたちは慌てて崖を下りフジの元へと走ります。

 そして心配そうにその巨体を取り囲みます。

 そこへ歩み寄ったバロンは青い巨人を担ぎ起こすと、背中を崖にもたれさせるようにして座らせました。

 バロンの横へと走って来たロッドも青い巨人を見上げます。

 ようやく意識を取り戻したフジは語ります。

 未だ崖を背にして座ったままです。

 頭を強く打ったので大事を取っています。


「世話になったようだな、礼を言う」

「なーに。儂も剣の馴らしができた。お相子だ」

「して。そこもとは何用でこの山に入って来たのか?」

「うむ。山の民に囚われている男を譲り受けたいと思ってきた」

「ああ、あの男か」


 青い巨人は離れた山影へと目を向けます。

 おそらくレイガンはそちらの方向に居るのでしょう。


「特に何かする目的ではない。この時期は山への立ち入りを制限している故、入山すると暫く不自由になるぞ!と脅しているにすぎぬ」

「町の者の話では怪我をしていると言っていたが?」

「ああ、手当てはしている。誰かあの男を連れて来てくれ」

「「はい!」」


 ダークエルフの内、二人ほどが先程フジの目を向けた方向へと駆けて行きます。

 どうやら無事に事は片付いたようだ。

 バロンはその事に安堵します。


「実はもう一つ頼みがあるのだが、儂は急ぎホロビナイ水海へ道を抜けたい。通してもらう訳にはいかぬか?」

「入山禁止の掟は拙者の姿を人目に晒したくない事が目的。そこもとであれば問題は無かろう」


 別れの時が来ました。

 バロンたち三人。

 ロッドとレイガンはバロンとの別れを惜しみます。


「行くのか?どうしても」

「ああ」


 レイガンは町へ戻り救出してくれた礼をしたいと願います。

 ですがバロンは先を急ぐ身、それを丁寧に断ります。


「そうか。礼に一杯くらいは驕りたかったんだがな」

「もしもがあるならそれは次の機会に頼む」

「分かった。俺が言うのもなんだが、道中には気をつけてな」

「おじさん!元気でねー!」

「おう!」


 バロンはアストラル山地でのイベントをクリアしました。

 ゲームではありませんから手に入ったのは感謝の言葉だけです。

 しかしバロンはそれで善しと考えます。

 何故なら目的はジュニア王女の探索だからです。

 一つの旅は終わり、また新しい旅が始まります。




 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




 勇猛バロン将軍は旅を続けます。

 現在位置はヨウガンドウム台高地から数えて二つ目の峠、竜魔王国東方の水晶鉱石国家ガリアロデーズはここまでです。

 ここから先はウエルス王国フォリキュラリス辺境伯爵領となります。

 バロンは歩き続ける道の先におかしな物を見つけます。

 と言いたいのですが、実は全くおかしくはありません。

 何故ならそれは何処にでも生えているマスシプーラ・ローパーです。

 目測で全高は一メートル半近く、それが道の中央に生えています。

 ……。


(いや、絶対におかしい。ローパーは魔獣だ。それなりの大きさに育つには一年二年では足りぬ。

 しかも歩いている道は行き交う人の多さゆえに、馬車なら余裕で通れる幅が出来上がっている。そんな山道の真ん中に植物魔獣が生えている。普通ならこれほど大きくなる前に誰かが退治してしまっている筈だ)


 そう推測するバロンに油断はありません。

 そんな彼にローパーが問い掛けます。


「ははははははははは。貴様がバロンだな?」

「む?」


 バロンと対峙する相手のマスシプーラ・ローパーは外周に輪生するサラセニアを思わせる袋葉が極めて小さくなっています。

 これに対して内周に輪生するハエトリソウの様な葉が大きくなっています。

 これまでバロンが目にしてきたマスシプーラ・ローパーは袋葉を腕の様に使っていました。

 おそらくこ奴は捕虫葉を腕の様に使うのだろう。

 当然の如くバロンはそう考えます。


 突然バロンの足元の地面から何かが飛び出します。


「なに!」


 バロンの顔目掛けて飛び出して来たそれは一振りの剣でした。

 それは目標を外れると同時に引き戻されて地に潜ると、再び別の場所から飛び出してバロンを狙います。

 良く見ればその剣の握りを捕虫葉が掴んでいます。

 剣を振るっているのはおそらくあのローパーです。

 当然の様にバロンは相手目掛けて走り出します。

 ですが疾走するバロン目掛けて次々と剣が地中から飛び出します。

 近寄れずに立ち止まったバロンはこの時に気付きました。

 剣を握った相手の捕虫葉六枚程が自由自在に伸縮しているのです。


「ははははっ、我が名はクラウドアトラス。貴様の人生を最後の章へといざなう者よ。

 バロン。ここは通さねー」

「ほう。儂を最後の章へ導くとでも言うのか?」

「ははははははははは。貴様がシンディの元へ行くのは、色々と不味いんだよ!」

「なんだと?どう言う事だ!」

「教える訳がねーだろ。ははははは」


 バロンはイエローデビルことアニー・マスシプーラ・ローパーと出会った時に大きな失敗をしていたのです。

 アニーは人が良かったせいもあって、問われるままにシンディとベンハーの情報をバロンに渡しました。

 けれども彼と別れた後で、ふと思います。

 あれ?教えて良かったのか?みんなに危害が及ぶってねーよね?

 そもそもあのバロンって誰?

 そんな時に遊びに来た自分の姉妹であるクラウドアトラスにその弱音を漏らします。

 だからクラウドアトラスは動きました。

 要はバロンが居なければ、みんな今まで通りに安全です。

 そしてクラウドアトラスは意外な程に剛の者でした。


「ははははっ、我が剣は蛇剣。我流ゆえに誰にも読めぬ。ははははははははは」

「浅かったわい」


 ローパーは植物魔獣です。

 当然関節はありません。

 クラウドアトラスの剣技が我流である事はある意味当然です。

 なんとか相手に近づいて剣戟を繰り返すバロンですが、クラウドアトラスの技の前に押し戻されます。

 最後に放ったシナノの五段突きですら捌かれてしまいます。

 しかし相手の強さを感じ取ったのはバロンだけではありません。

 対するクラウドアトラスもその強さに驚愕していました。

 だからと言って今は弱みを見せられません。

 強がりを込めてほざきます。


「やるな、バロン。並の相手だったなら最初の一撃で死んでるんだぜ、はははは。フライ!」

「なにい!ローパーが空を飛ぶだと!」


 クラウドアトラスは魔法術を使いました。

 確かに魔法を使うローパーがいてもおかしくはありません。

 けれどもクラウドアトラスはバロンが初めて知った魔法術を使うローパーです。


「ははははっ。俺はフライイーターだ。空を飛んで何がおかしい?ははっ、ははははははは」


 わらい声を上げながら、クラウドアトラスは空の彼方に消えて行きます。


(おそらくフライマスターとでも言いたかったのだろう)


 バロンはその空の先を見続けながら剣を収めます。




 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




 王都リーザベスからボーヨー峠へと向かう山道を大勇者一行は歩いていました。

 ノートがバロンと闘った場所へ戻って何かの手がかりを探そうと言う目的です。

 そんな三人は小高い崖の上から声を掛けられます。


「ようようノートさんよー。ちいっといいかい?」

「ローパー!」


 クラウドアトラスの姿を見つけたイドが腰の剣に手を掛けます。

 ですがノートは彼を手で制します。


「俺に用かな?ローパー」

「はははは。あるよあるよ大有りだよ!」

「待てノート。ローパーと言えども魔獣、話す必要はない」

「おーおー言ってくれるねー。俺に勝てるつもりかい?」


 イドは剣を抜いて崖を駆け上がります。

 対するクラウドアトラスは二本の剣でこれを迎え撃ちます。


「手加減はせぬぞ」

「したらてめーの負けだ!ははははっ」

「なんだ!あいつ。剣裁きに一点の曇りもない!」


 二人を観戦するガハマはイドに勝るとも劣らぬローパーの技の切れを恐れます。

 イドは勇者の一人です。

 彼と剣を合わせられるのですからクラウドアトラスの実力は勇者に匹敵すると言う事です。

 ですがノートは別の場所を見ていました。

 クラウドアトラスは他に四本の剣を使い、その手元と言うか葉先で遊んでいます。

 だからノートは自分の剣を二人の間に投げ込み、その対戦を終わらせます。

 納得しかねる顔のイドとは別にクラウドアトラスの目はノートに向けられます。

 ノートもそのローパーを見上げます。


「勝ち負けなんかどーでもいい。俺の話を聞く気にはなったかあ?」

「聞こう」

「バロンはディアバスに向かっているぜ。奴の始末はあんたに任せるよ大勇者様。はははっ。フライ!」


 言うだけ言うとクラウドアトラスは飛行魔法で飛び去ります。

 ローパーが魔法術を使う?

 しかし残された大勇者一行はそんな事など気にも留めません。

 相手が勇者の一人と互角の腕である方が、よほど重要な情報です。

 そして今はその相手がもたらした新たな情報について吟味します。


「ディアバス、子爵領だったか?」


 この世界の観光は骨休みが目的です。

 疲れる為に観光地へ行くとか、本末転倒な事は行ないません。

 湯治の街ディアバスはお湯に浸かってだらける事が売りの観光地です。

 ウエルス王国には入浴の習慣がありませんので、泳がない温水プールと言う扱いになっています。


 これは幸いとでも言うのか?と三人は考えます。

 ディアバス子爵領はノートたち一行が目指すボーヨー峠と同じ方向です。

 違いは一つ、途中で道を分かれた川の対岸です。

 クラウドアトラスに教えてもらわなければすれ違っていたところです。


「行くのか?」

「危険だ。どう考えても罠だ」

「相手の方から来てくれるんだ。やれる時にやるべきだろう」

「そうか」

「そうだな。これもヤハーの導きかも知れぬか」


 大勇者ノートはバロン将軍との再戦を予感します。

 前回は自分一人でしたが、今回は信頼できる二人の戦友が一緒です。

 人間種の繁栄と平和を願い、その決意を新たにします。

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