081 標14話 至高の贈答品シューパロ甘瓜ですわ 5


 季節は既に冬と言っても良い時期です。

 故に日暮れは早く、ルーンジュエリアが夕食の為に食堂へ向かった時には外は暗くなっていました。

 ウエルス王国の常識には自転や公転、地軸の傾きと言った概念はありません。

 だから夏の昼は長く、冬は短い理由をこう説明されています。


 一日の長さは同じです。

 ですが夏の陽は高く、冬の陽は低い位置にあります。

 だから夏の陽は冬の陽よりも昇り降りに余計な時間が掛かります。

 陽の出ている時間が長いのだから夏が冬より暖かいのは当然の事です、と。


 グローリアベルはチェルシーを連れてサンストラック領へ転移魔法で遊びに来ています。

 彼女の事ですから出かける先は家臣に告げている筈です。

 ですがお泊りになる事までは言っていないと思われます。

 お嬢様は自分と並んで、少し横先を歩く侯爵令嬢に状況を確かめます。


「リア様。お家の方にご連絡はお済みですの?」

「ありがとうユーコ。先程エリーゼリアお母様にコレクトをして、許可を頂いております」


 コレクトは遠距離通話魔法の短縮呪文です。

 自分が所在地を特定確認できた相手と念話ができます。

 通話魔法術なのになぜコールではなくてコレクトなのかと言えば、お嬢様はコールと言う単語の汎用性からその使用を控えたのです。

 分かり易く言うともっと良い魔法術ができた時の為に、その名前を確保してあるのです。

 一方コレクトは自動的にコールを連想し、尚且つそれ以外を思い付きません。

 それが短縮魔法術コレクトの名前の由来です。


「ふみ?エリーゼリア様に措かれましては驚かれませんでしたの?」

「とても驚いていました。これは事前に母へ耳打ちしておかなかったわたしの不手際です」

「なんか、リア様のお姫様モードに付き合うとジュエリアも可憐に振る舞ってしまいますわ」

「それは良い事です。続ける様に勤めなさい」

「ふみですわ」


 二人の後ろに従うユリーシャとチェルシーはその会話に耳を傾け、微笑みます。

 そして令嬢たちは食堂の両開き扉の前に立ちました。


「もし。グローリアベル様でございます」


 ユリーシャの声で中に控えるメイドたちが二つの扉を同時に開きます。


 メインの肉料理とサラダが終わり、残り三品はゼリー、フルーツ、ジュースです。

 そのメインとなる材料は当然の如く至高の贈答品シューパロ甘瓜です。

 お嬢様にとってはあいにくですが、今日は最愛の父であるポールフリードは不在です。

 シューパロ甘瓜を一緒に食べられない事を残念に思います。

 が、代わりと言ってはなんですが今この席には半年ぶりに帰宅した二人の兄がいます。

 そして可愛い妹たちマリアステリナとエリザリアーナもいます。


(お父様がお出かけなのは遺憾ですわ。けれどもお兄ちゃん達に食べさせてあげられる事がジュエリアの悲しみを慰めてくれます。そしてテリナとリアナが驚き喜ぶ笑顔は、ジュエリアにはこれを見る義務がありますわ)


 お嬢様はそれを確かめたくて食事中にも関わらず家族の顔を見回します。


「ジュエリア」

「ふみ?」

「わたくしも居ます」

「お姉ちゃん、なんの事ですの?」


 姉ラララステーラの言葉にお嬢様は戸惑います。

 掛けられた言葉の意味に気付けません。


「気付いていないの?口に出していたわよ」

「あ!」


 お嬢様は慌てて指で口元を隠します。

 左右の壁際に控えるメイドたちは違う意味で口元を隠します。


「ひがむなステーラ。あたし達も忘れられている」

「ひがんで等おりません」

「ではジーグ。忘れられていない俺達はジュエリアお勧めの甘瓜を楽しもう」

「はい、兄上」


 テーブルを囲む皆の前には両手付きのスープカップに入ったオレンジ色のゼリーが置かれています。

 サンストラック家の者が知る限りにおいて今迄お嬢様が出した料理が美味しくなかった事はありません。

 ですがどれだけ美味しいと言われても所詮は甘瓜です。

 ラララステーラはまあまあの期待を持ちつつ妹に訊ねます。


「ねえ、ジュエリア」

「はいですわ」

「なんで甘瓜なのに橙色なの?」

「黄色や緑色以外の甘瓜もあると言う事ですわ」

「ふーん。そうなんだー」


 ラララステーラはスープカップを傾けます。

 その豊潤で甘い香りは予想以上に食指が動かします。

 全員が期待を込めてゼリーをスプーンですくいます。


「「おいしいー‼︎」」


 思わずマリアステリナとエリザリアーナの声が重なります。

 お嬢様の魔法術であれば前世で食べた既製品のゼリーを顕現できます。

 ですがそれをやってしまっては、のちのちに調理長であるグランブルが困る事になります。

 ですからルーンジュエリアはグランブルの作った試作品十種類の中から二品だけを選びました。

 今食べているゼリーはそのうちの片方です。


「これがゼリー?いえ、ゼリーなのですよね。まるで果物を食べている、……。違いますね。私はこの様な果物を知りません。ではやはりこれは果物ではなくてゼリーなのですか?」

「叔母様。素材の良さはもちろんですが、これは配合と手際の話だと考えます。グランブルのたゆまぬ努力を誉めるべきでしょう」

「分かりました。ジュエリアの記憶を持つベルがそう考えるならそう言う事ですね」

「恐れ入ります」


 話し込む叔母と姪の横では二人の奥方様が感想を述べ合います。


「いやー、参ったな。サンストラックに嫁入りして心底良かったと思ったのはこれが初めてだよ」

「あら?ステラはいつも後悔していたの?」

「考える暇さえ無いってやつだな。ルージュもそうだろ?」

「わたくしは、ジュエリアがここまで立派に育ってくれて嬉しいってだけね」

「食べ物よりも娘か?」

「まーね」


 ゼリーの器が下げられて替わりに並ぶのはフルーツです。

 サントダイスとジーグフリードの二人には二分の一玉、奥方様たちと令嬢たちにはカットされた物が皿に盛り付けられています。


「本日の果物はただいまお召し上がりになられたゼリーの材料に使われた甘瓜となっております」


 執事長セラフィンの声が目の前のメニューを説明します。


「うん。これは美味うまい!」

「ジュエリア。美味しいぞ!」

「お兄ちゃん。蟹とどちらが美味しいですか?」

「うーん、蟹だな」

「これ、ダイス。ジュエリアをからかってはいけません」


 正すグレースジェニアの声も楽しそうです。

 お嬢様は心からの喜びにあふれた笑顔で息子たちに目を向ける第一夫人を見て、その心も喜びに満たされます。


「ジュエリアお姉ちゃん、とってもおいしい!」

「とおってもおいしーっです!」


 妹たちの喜びの声はお嬢様の笑顔を十割増しに引き上げます。


「ねえジュエリア。この甘瓜が美味しすぎるから何も言ってないけど、さっきのゼリーってこれと同じくらい美味しいんじゃないの?」

「ですわ。お姉ちゃんが言う通り、強すぎる甘味を削ってある分だけさっきのゼリーの方が美味しいかも知れませんわ」

「そうよね。この甘瓜は美味しすぎて口が曲がるけど、さっきのゼリーは幾らでも食べられる気がするもの」


 最後の締めは飲み物です。

 いつもなら紅茶を選ぶ奥様方も今日だけはシューパロ甘瓜のジュースです。

 たかがジュースと思うでしょうが、そのコップ一杯にメロン何玉分が含まれているのか?

 メロンを直接食べるよりも甘くて当然なのです。




 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




 翌朝、サンストラックで朝食を終えたグローリアベルは帰宅の準備に取り掛かります。

 とは言っても転移魔法で移動して来たのですから、身一つだけの移動です。

 夜が明けて世界が明るくなればすぐにでも帰る事はできました。

 しかしそこに、貴族としての付き合いが出て来ます。

 一晩自宅に泊めた他家の令嬢を朝食も取らせずに出立させたとあってはサンストラックの外聞が良くありません。

 かと言ってだらだらと遊び呆けては侯爵令嬢が両親に怒られます。

 間を取って朝食後、すぐに帰宅する事となりました。


「リア様にお願いがありますわ」

「ん?」

「次に馬車で来られた時には、問答無用でジュエリアの左手首を切り落して頂きたいのですわ」

「何?サンストラック騎士団を相手した時みたいにザンでもする?」

「方法はリア様に一任しますわ」


 グローリアベルはルーンジュエリアにレーザーライトの短縮魔法術を提示します。

 ですがお嬢様にとっては手段などは二の次です。

 実行してもらえる確約こそを望みます。


「リア様はご存じないお話ですが、実はジュエリアは姑息で愚劣な人間ですわ」

「いや、良く知ってるし」

「ふみ!何故ご存じですの⁉」

「だってユーコの記憶を持ってるもの」

「ですわ。ですから問答無用でジュエリアの左手首を切り落して頂きたいのです」

「――分かった。行くわよチェルシー。ワープ」


 侯爵令嬢はお嬢様に理由を訊ねる事なく、その願いを聞き届けます。

 訳を話さないのは、それをしない事が好ましい状態である。

 彼女はそう判断しました。

 見送りの列に会釈するメイドを連れて侯爵令嬢は転移しました。


 そしてルーンジュエリアは次の一手を行動します。

 ジュエリア・ハイパワード化計画の実行です。

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