080 標14話 至高の贈答品シューパロ甘瓜ですわ 4
季節はもうすぐ冬です。
ウエルス王国の片田舎、サンストラック伯爵領でも朝晩は冷え込む様になってきました。
毎年、初雪は昼に降ります。
山肌から登る水蒸気が上空の冷気に冷やされて雪となるのです。
この為かどうかは分かりませんが、冬の初めに根雪となる程の雪が積もるのも昼の間が多いのです。
朝になったら雪が積もっていると言うのは冬に入り、夜明けが完全に冷え込む様になったあとです。
ルーンジュエリアはグローリアベルと部屋で歓談していました。
と、窓の外で音がします。
おそらく誰かが肘掛け窓の手すりを棒で叩いているのでしょう。
ユリーシャが窓を開いて下を覗き込むとラララステーラと長い棒を持ったクラウディアが立っていました。
お姉ちゃんが姿を見せていない妹に声を掛けます。
「ジュエリアー。雪よー」
階下に会釈したあとでユリーシャはお嬢様に呼びかけます。
「ジュエリア様。ラララステーラ様です!」
「ふみ?」
お嬢様と侯爵令嬢が窓から顔を出して外を見下ろします。
ラララステーラは窓を見上げたまま優雅にスカートを摘まみます。
お嬢様たちが望んだ外にはあるかないか、見えるか見えないか程の白い物が舞っています。
サンストラック領の初雪は、地面を白くする事はありません。
例年、雪が大地を覆うのは初雪から二週間以上あとになります。
お嬢様はお姉ちゃんに小さく手を振ります。
ラララステーラもルーンジュエリアに小さく手を振ると去っていきました。
お嬢様たちも窓辺を離れたのでユリーシャが窓を閉めます。
初雪は見て、それで終わりです。
雪なんてものは毎冬、見飽きる程見ていますからのんびり眺めているなんてドラマの様な事は現実には行ないません。
「寒くなって来たとは思っていたけどもう冬ね」
「歳前には大雪がありますわ。雪かきが大変ですわ」
雪かきで実際に行なう作業は雪を掘って道を作る様な感じです。
そして跳ね飛ばした雪を山に積む作業です。
雪かきで一番問題となるのは雪投げ場、つまり雪を捨てたり仮置きする場所です。
道路の広さを馬車で例えると、片側一車線は町の所々に雪山が築かれて片側が通行止めになります。
片側二車線では外側一車線ずつを潰して片側一車線として使用します。
ですがそれは王都などの住宅密集地です。
ホークスは住宅密集地でも家がまばらですから余裕で雪捨て場に困りません。
どうしても困った場合のみ馬車で町はずれへ捨てに行きます。
「お兄ちゃんたちは運がいいですわ。雪とぶつかったら帰って来られませんでしたわ」
「いや、大雪はまだ早いよね?」
「サンストラックはフレイヤデイより豪雪地帯ですわ」
「んー。そんなに多いの?」
「ジェントライトよりはかなり少ない位ですわ」
「基準が全く分からないわね」
「四十サンチですわ」
「ああ、負けた。うち、二十サンチ無い」
二人が言い合う降雪量は一晩とか一回です。
冬季になると日中の一日中、四回五回と雪跳ねる日が多くあります。
雪が降っても馬があるから問題ないとは言えません。
何故なら雪が深すぎて足が抜けなくなります。
雪が降れば馬を歩かせないと言う選択肢は存在するのです。
「そう言えばインゲン醤油はどうなってるの?」
「リア様の稲穂から取れた白カビが麹かどうかに掛かっていますわ」
「食べたんでしょ?わたしが貰った記憶だと可能性大になってるわよ?」
「試作した甘酒は美味しく頂けましたわ」
「なら、来春が楽しみね」
「試作ですからそれ程作っていませんわ」
「黒カビ醤油は?」
「量産していますわ」
「それで構いません。よこしなさい」
「ふみ」
ルーンジュエリアは考えます。
リア様からモチ米候補の種もみは頂戴していますわ。
それと引き換えで醤油を渡してもジュエリアの方にお得感がありますわ。
モチ米で作った日本酒が味醂です。
これをお酒とするか調味料とするかは父であるポールフリードと要相談です。
一方でグローリアベルは思考します。
彼女には醤油に対する執着なんてありません。
美味しい調味料が増えて、食の広がる事だけが望みです。
「ユーコ。酒酵母と糖化カビの違いってなんなの?」
「麹カビは澱粉を糖に変えますわ。酵母は糖をアルコールに変えて特定のアルコール度数で発酵を停止します」
「じゃあお酒が酢になるのはどうして?」
「アルコール度数が低いから発酵を継続しているだけですわ」
お嬢様は相談相手が居ないから自分一人で手探り状態です。
間違いを指摘してくれる細菌学の権威なんてこの世界にはいません。
「麦酒の場合は麦芽の出す成分が澱粉を糖に変えるのよね?」
「麦芽が育つために麦の中の澱粉を糖に変える酵素を生成しているのですわ。哺乳類の乳児が母乳を固体に変える酵素を胃袋から出してチーズを消化するのと同じ話ですわ」
「醤油はお味噌の上澄み液なんでしょ?」
「ココアとチョコレートの関係ですわ。別製品へと進化したけれども元をたどれば同じ物です」
「同じ麹カビで日本酒と醤油の両方ができるのはなんで?」
「材料が澱粉かたんぱく質かの違いだと考えていますわ」
日本酒の場合は味噌と違って、たんぱく質と脂質の存在は大敵です。
醤油の場合はアルコールが含まれた状態で出来上がります。
「ふーん。やっぱ試験実験確認かー。頑張ってね、ユーコ」
「ふみ。リア様のみ心のままに」
お嬢様はスカートを摘まみました。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
極北の陸の孤島モエール・キャットシー獣王国は喜びに満ち溢れていました。
まるでお祭りの真っ最中の様です。と言うか、お祭りそのものです。
それは二人の勇者の活躍を讃えるものでした。
猫獣王オロロンルートが治めるモエールは鎖国が掟です。
しかしそれは海からの侵略に対する警戒です。
気高い岩肌を越える山道やけもの道は封鎖どころか監視すらされていません。
山道が未開なのですから食料の調達は主に海産物です。
ところが最近その海には巨大な魔獣魚が出没していました。
その名はマッドアングラー、アンコウの魔獣変化だと推測されます。
全長二十メートル強の巨体で小さな漁船などは一飲みにします。
モエールの人々は食料の不足で本当に困っていました。
そこに二人の勇者が現われます。
地球世界では占星術等、夜空に輝く星の神秘的な力を利用したものが数多くあります。
そしてこのファンタジー世界にもよく似たものがあります。
その一つが星座の力を利用する勇者です。
星門守護者・スターゲーターと呼ばれています。
今回活躍した二人の勇者は、銀色の髪を持つ
彼らの活躍によりマッドアングラーは倒されました、と言うより釣り上げられます。
大物の魚らしく最後は電気ショッカーで気絶した所をモリで捕獲されました。
人々は勇者の健闘を称え、現在はアンコウ鍋祭り三日目です。
「しかし、なんだなー。アンコウって言うのは初めて食べたが皮や骨どころかエラまで食えるんだな」
ガハマはバリバリと軟骨をかみ砕きます。
アンコウの軟骨は包丁でスライスできる軟らかさです。
この店のアンコウ鍋は塩味ですが、身から出汁が出ています。
あまりの美味しさにこの上は無いと思ってしまいます。
汁に溶けだした脂も臭みは無く上質の逸品です。
「うむ。下手な魚だとその臭いでぶどう酒が喧嘩するんだが、それも無い。と言うか言わないか、モエールには麦酒が無いのかよ。これは絶対あっちの方が旨いぞ!」
「そいつは間違いないな」
ははははは、と勇者たちは笑います。
と、イドがガハマの背後を指さします。
「おい、客だぞ」
「ほう。こいつは珍しい」
食堂の入り口に金髪の戦士が立っています。
中を覗き込み、きょろきょろと人捜ししていたのは
彼はイドが挙げた手に気付いて店内に入ります。
そして四人掛けのテーブル席、ガハマの隣に座ります。
店員の猫耳美少女が寄って来たのでノートはイドの勧めたぶどう酒とアンコウ鍋を注文します。
「捜したぞ。まさかモエールまで来る事になるとは思わなかった」
「ん?どうした?」
「ウエルスで何かあったのか?」
ノートの言葉にイドとガハマが反応します。
「俺一人では勝てない。手を貸してくれ」
「相手はなんだ?」
「竜魔王国のバロンだ」
「あちゃー」
「分かった。鍋喰った後でな」
モエールへの山道は雪の道でした。
モエールからの帰り道に使う温石代わりに、腹の中へ鍋を詰め込む三人です。
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