079 標14話 至高の贈答品シューパロ甘瓜ですわ 3



 箱馬車で帰宅したルーンジュエリアは、馬が止まると同時に扉を開けて飛び降ります。

 今日は天気が良いので玄関フードはたたんでいます。

 とことこと向かって走る玄関前には久しぶりに会う二人の兄がいます。

 お嬢様たちの馬車を見つけた誰かが耳に入れてくれたのでしょう。

 彼らはわざわざ上から二番目の妹を出迎えてくれたようです。


「ジーグお兄ちゃーん!ダイスキお兄ちゃーん!」


 お嬢様はおかしな順番で兄達を呼びます。

 次男であるジーグフリードが長男であるサントダイスよりも先に名前を呼ばれました。

 この理由はお嬢様が上の兄を呼ぶ時の愛称に問題がありました。


 二年ほど前になりますが、ジーグフリードは父ポールフリードに直訴しました。

 私の名前を変えて下さい!

 ジーグフリードは訴えました。

 兄だけが「大好きお兄ちゃん!」と呼ばれるのはずるいです!僕だって大好きって言われたい‼︎

 これには両親たちも困り果てます。

 そこでルーンジュエリアはサントダイスの許しを貰いジーグフリードを先に呼ぶようになりました。

 彼にはこう聞こえるのです。

 ジーグお兄ちゃーん!大好きお兄ちゃーん‼︎

 以来、四人の妹たちは兄達をこの順番で呼ぶ様になりました。


 ルーンジュエリアはサントダイスの胸に飛び込みます。

 彼は十五歳の若き騎士です。

 三十キログラムにも満たない少女の体当たりなんて軽くいなします。

 自分のフライングボディアタックを受け止められた妹は大好きなお兄ちゃんの胸に左右の頬を何度もこすりつけます。


「ふみーぃ」


 一頻り兄の逞しい胸を堪能したお嬢様はその腕に抱かれたままで左を見ます。

 そこには下の兄であるジーグフリードが立っています。

 ルーンジュエリアはサントダイスの胸から離れるとジーグフリードに向かい立って言いました。


「お兄ちゃん、行きます!」

「良し、来い!」


 上の兄と違ってジーグフリードはまだ十二歳です。

 お嬢様のフライングボディプレスを不意打ちで受けたら転んで潰れてしまいます。

 だから準備万端、覚悟を決めて妹の突進を向かい受けます。


「ジーグお兄ちゃーん!」

「ジュエリアー!」


 たった半年の別れでしたが、下の兄はその間にも成長を続けていました。

 お嬢様の体当たりを真正面から受け止めます。

 更に時が過ぎて来年になれば余裕をもって妹を抱きしめられるでしょう。

 けれども騎士見習いであるお兄ちゃんにはそんな慢心など抱いていられる余裕はありません。

 何故ならお嬢様はまだ八歳です。

 九歳になったお嬢様の突進を受け止める為にも日々の精進を続けようと心に誓うのです。


「久しいですね、サントダイスとジーグフリード」

「これはグローリアベル様。御無沙汰をしております」


 サントダイスの言葉に合わせて二人揃って侯爵令嬢へ騎士の礼を捧げます。


「構いません。二人の健やかな様子を見られて嬉しく思います」

「「は!」」


 今度は二人揃って踵をぶつけます。

 これにお嬢様が微笑みます。


「お兄ちゃん方、固くなり過ぎですわ」

「ん。まあ、こんなもんでしょ。行きましょユーコ」

「ふみ。ではお兄ちゃん方、またあとで」

「ああ」

「じゃあな、ジュエリア」


 お嬢様は公爵令嬢に付き従って家の中へ入ります。

 箱馬車で迎えに来たガルガントの話によると兄たちは帰宅したばかりですので、両親たちへの挨拶が控えている筈です。

 それよりも自分の出迎えを優先してくれた兄たちの気遣いにお嬢様は心が温かくなるのを感じています。

 その気持ちは来客であるグローリアベルも同じ様です。

 歩きながら振り向いてお嬢様に話しかけます。


「良いものを見ました」

「ふみ?またリア様がお姫様モードに入っていますわ」

「何度でも何回でも言うけど、本当に姫よ」

「あっと驚く意外な事実ですわ」

「驚かないから。意外でもないから」

「ご安心ください。ジュエリアはその程度の事、良く存じていますわ」

「だから安心できないのよね」


 このお嬢様は一体自分のどこを見せて安心しろと言っているのでしょうか?

 たった一歳の差でも自分にとってはもう一人の姉に見えるのでしょう。

 親友に甘えています。


「うふ。二人の土産話が楽しみね。いいのが耳に入ったらわたしにも教えなさい」

「ふみですわ」

「王都かー」


 侯爵令嬢は遥かな都を思います。

 遊びにでも訪れたくなったのでしょう。


「そう言えばユーコ、なんでまた急にシューパロ甘瓜なんて持ち出して来たの?」

「取り合えず目先はフレイヤデイ侯爵へのお礼ですわ」

「ああ。うちにもくれるんだ」


 先日の『グレアリムスの奇跡再現実験』ではフレイヤデイ侯爵家の方々に二泊三日ものお手間を取らせました。

 お嬢様はこのお礼は絶対にしなければいけないと考えています。


「そして冬の雪まつりが終わるまで王都で遊ぶつもりですわ。その時に王家へ持ち込むつもりですわ」

「何。いつから行くつもりなのよ」


 自分の親友が物見遊山を計画していると知った侯爵令嬢は訊ねます。


「それはフレイヤデイへ行ったあとで決めますわ。

 ジュエリアが集めた情報ではフレイヤデイであるリア様とサンストラックであるジュエリアが王子妃になる事はかなり難しいですわ。だからまずフレイヤデイ侯爵にお知恵をお借りします」

「ユーコのお父様は総軍元帥だもんねー。かなり厳しいかしら」


 これは王国内貴族の力関係が左右される大問題です。

 根回しの必要があります。

 他の貴族家だって、自分の娘を推挙しようと動き回っている筈です。


「側室であるジュエリアには策があります。問題は正室であるリア様ですわ」

「ん?ユーコの策って何?」

「国王陛下に大元帥を兼務して頂きます」

「なーる。こう言う時、あっちの知識って役に立つわね」


 現在のウエルス王国軍最高指揮官は総軍元帥であるサンストラック伯爵です。

 ですが国王陛下が大元帥になればサンストラック伯爵はウエルス王国軍のナンバーツーに格下げです。

 これが認められれば貴族たちへの言い訳ができます。


「だから難しいのはリア様ですわ」

「大丈夫よ。わたしにだって策はあるわ。これよ」

「ふみ?」


 グローリアベルはお嬢様に指を広げた両手のひらを見せます。


「この国で六本指は貴族の証しです。近隣諸国が十進数を使う中で何故ウエルスは十二進数なのか?これこそがわたしの持つ最大の武器です」

「それで、行けますの?」

「逆ね。この指があるからこそわたしは第一王子妃を諦めないで済んでいるのよ」

「では、お夕食まで会議ですわ」


 それぞれのメイドを従えた二人の令嬢はお嬢様の私室へと向かいます。

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