082 標14話 至高の贈答品シューパロ甘瓜ですわ 6
サンストラック邸でのお泊りから帰宅したグローリアベルは自室で机の前に座っていました。
この机は学習用に使われていますが、まるで執務室か何かの様にベランダへの扉を背にして入口の扉に向いています。
これは外を見られなくする事で気を散らす事が無い様にする配置です。
時刻は午前十時ごろ、侯爵令嬢はおやつのかき氷を食べています。
ウエルス王国には、節約をしても暖房費だけはけちらない習慣があります。
煌々と暖炉の火を燃やし、夏よりも暑い部屋で薄着をし、暑さを我慢できなくなったら窓を開けて外の空気を取り込む。
それがウエルスの冬の暮らしです。
ウエルス王国民は夏よりも冬場の屋内でこそ氷菓子を食べるのです。
かき氷を食べながら、グローリアベルは別れ際にルーンジュエリアが願った内容について考えます。
「問答無用でジュエリアの左手首を切り落して頂きたいのですわ」
確かに親友である伯爵令嬢はそう言いました。
ですから譲り受けた知識、記憶を検索して繋がりを持ちそうな話題について探します。
しかしそれは見つかりません。
だったらどうしようか、と親友のやりそうな事を考えます。
けれどもそれすら思い付きません。
こういう時はプロファイリング調査です。
まずはお嬢様の性格について考えます。
ルーンジュエリアの一番変わっている所は思考です。
ものの考え方があからさまに一般的ではありません。
嘘を吐かず、建て前で行動する、普通に考えてそんな人が居る訳はありません。
ですが彼女の記憶を持つ侯爵令嬢はその理由を知っていました。
親友は前世の記憶に引きずられているのです。
つまりお嬢様の前世がそう言う人でした。
ルーンジュエリアの前世はあまり健康ではありませんでした。
不健康な人は日々を生きるので精一杯ですから嘘を言う余裕がありません。
だから考えずに済む行動指針として建て前で行動します。
それが長期に及ぶと自分の意志と建て前の境目が自分自身にも判らなくなります。
「――理由が、無い……」
ここまで考えたグローリアベルは大きな事に気が付きます。
ルーンジュエリアは健康そのものです。
そして誰よりも多くの事を行ないます。
つまり不健康な人のように嘘を
今のお嬢様は前世の記憶に引っ張られています。
これはお嬢様の根本的行動指針である「嘘を吐かない、建て前で行動する」が、すぐにでも宗旨替えされる可能性があると言う事です。
「遅い。遅すぎる!
今更気付いてもどうにもならないじゃない。もう誰にもユーコは止められない!」
突然の声に、壁際に控えるレアリセアとエリーナが侯爵令嬢へと目を向けます。
ですが彼女たちの主人は考え事を続けています。
もしもユーコのたがが外れたらどうなるんだろう。その時フレイヤデイは残るんだろうか?
そう考えるグローリアベルから乾いた笑い声がこぼれます。
「守らなきゃ。ユーコの心はわたしが守らなきゃ」
そんなお姫様の独り言が何を意味するのか。
それは周りの誰にも分かっていません。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
(ユーコ)
「ふみ?コレクト」
自室でお茶を飲んでいたお嬢様に侯爵令嬢の念話が届きます。
ルーンジュエリアは一度驚いて目をつむります。
ユリーシャはそんなお嬢様へと目を向けます。
(グレース叔母様とお話ししたいのでユリーシャを貸しなさい。先触れを頼みたいの)
(お受けしますわ。ご許可を頂けたらユリーシャからご連絡を差し上げて構いません?)
(そうしなさい)
(ふみ)
「ジュエリア様。いかがなされましたか?」
目を開けて自分を見たお嬢様へユリーシャは訊ねます。
今では良くある事なので、侯爵令嬢からの遠距離通話魔法であろう事は察しがついています。
「リア様からコレクトですわ。
ユリーシャ。リア様がジェニアお母様とお話ししたいそうです。先触れに行きなさい」
「先触れですか。さすがはベル様です。私なら直接声を掛けて訊ねてしまいそうです!」
「その通りですわ。ジュエリアもそこまでは気が回りませんでしたわ」
「今の時間だとグレースジェニア奥様はお部屋でしょうか?」
「ふみ。お許しを頂けたならリア様へのご報告も頼みますわ」
「はい、分かりました!失礼いたします」
メイドはモデル立ちで主人へ挨拶すると部屋を出ます。
それを見送ったお嬢様は紅茶の続きを楽しみます。
「もし。ユリーシャです。グレースジェニア奥様はご在室でしょうか?」
「お入りください」
「失礼いたします」
開かれた扉にいざなわれて入室すると、ソファーにグレースジェニアが座っていました。
ユリーシャに対して問い掛けて来ます。
「私に用ですか?」
「はい!グローリアベル様が遠距離通話魔法術でお話をしたいそうです。よろしいでしょうか!」
「ベルが?」
「はい!」
少しの間、間が開きます。
しかし考え込むほどの内容ではありません。
すぐに答えは返ります。
「分かりました。待っていると伝えて下さい」
「はい!失礼いたします、コレクト」
答えたメイドはグレースジェニアの前で棒立ちになります。
やがてその目が開きます。
「グレースジェニア奥様!すぐにグローリアベル様からのお声が届きます!」
「そうですか」
暫くするとグレースジェニアは黙りこくります。
ユリーシャはもしもの用事に備えて、その会話の様子を見守ります。
「ユリーシャ」
「はい!」
「
「はい、分かりました!失礼いたします!」
退室するメイドを目で追いながらグレースジェニアは考えます。
何故今更馬車なのでしょうか?
自分の姪が転移魔法術を使える事は知っています。
また何かを持って来るのでしょうか?
そんな風にとらえます。
「ジュエリア様。
「
「はい!」
ルーンジュエリアは覚悟を決めます。
(ジュエリアがやろうとしている事はとても危険な実験ですわ。でも、もしも何かあってもリア様ならきっとジュエリアを止めて下さいますわ)
侯爵令嬢はお嬢様にとって親友です。
期待と信頼を持っています。
相手が期待通りの行動をとってくれると疑いません。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
その日、お嬢様はグローリアベルの到着を今か今かと待ち構えていました。
不意に部屋の戸が叩かれます。
「ジュエリア様。グローリアベル様が馬車でお着きになります」
門番の伝達をユリーシャから耳にします。
お嬢様は、テーブルの上に準備してあるグローリアベルへ見せる予定の装備へと目を向けます。
それは一組のフィンガーレス・レースグローブです。
その甲に当たる部分には右手用にだけ一個の赤い石が組み込まれていました。
直径三センチほどの魔力石、いわゆる魔石です。
お嬢様は自分の魔力を魔石でパワーアップし、それを親友に見せる予定なのです。
急いで手袋を付けると玄関へ向かいます。
侯爵令嬢を直接出迎える為です。
「来たわ」
「お待ちしておりました」
「ん?」
ルーンジュエリアはドレスを摘まみます。
グローリアベルはその仕草を見届けます。
「ですがお早い御来邸で驚きました。昨日の今日です」
「んー。更に良いのを作ったんで自慢しに来たの」
「え?」
「これよ。インベントリー」
グローリアベルは空間収納から二振りの剣を取り出します。
その鞘は刀の様に反りを持ちながら幅広で先がありません。
これにはお嬢様もその姿を予想する事ができません。
自分の親友がどんな剣を作ったのか、期待に胸が膨らみます。
「拝見させて頂けますか?」
「もちろん。思う存分評価しなさい」
お嬢様は受け取った剣を鞘から抜きます。
それは刀でした。
ですが趣味に走った刀です。
「これは!これがリア様のご趣味ですか?」
「ふふふーん、ムーンクレインよ。いい剣でしょ。
自分が百パーセントの満足をするなんて思いもしなかったわ」
グローリアベルが自慢するムーンクレインとは逆刃刀です。
ここまでなら良くある話です。
切っ先が無くて鬼刃があります。
なたで薪を割る時に、すっぽ抜け防止で付けてあるストッパーに良く似ています。
その目的も鉈と同じです。
脂が付いて切断能力が落ちても
それが理解できるからこそ、お嬢様はあきれ果てます。
ですが今日は自分にも相手に見せるものがあります。
「それでは次はジュエリアがリア様にお見せする番です」
「ん?なんか見せてくれるの?」
「これです!キャリア・アップ!」
お嬢様は両手の拳を、甲を向けて相手に見せます。
侯爵令嬢は一瞬でレースの右手袋にはめられた宝石が魔石である事を見抜きます。
「お見せします。ハイパージュエリア」
そのまま両腕を揃えて右真横へ延ばします。
そしてそれを大きくゆっくりと真上へ向かって回します。
両手の先が天を指さした所で一度止め、そのまま下ろした二本の腕で自分の右前と左前に一つずつ円を描きます。
そのまま高く飛び上がります。
伸身で十回以上きり揉みしたお嬢様が地面に着地した時、その姿は変わっていました。
レースが編み込まれた真っ白なハイネック、ロングスリーブのドレス姿です。
髪はほとんど透明と言って良い程に薄いベールで被われています。
その麗しい十七歳の令嬢は左腰から斜めに大きく右手を振り抜いて叫びます。
「ルーンジューナ!」
右手に持っていたブーケが空高く放り出されます。
そのまま令嬢は魔法術の呪文を詠唱します。
「インベントリー、シザーズトライア!」
空間収納から長剣を取り出すとそれを両手でくるくると回します。
次に自分の前に突き立てて叫びます。
詠唱?
お姫様の知るパワード・ルーンジュエリアは魔力量の関係で魔法術が使えません。
驚くグローリアベルの前でルーンジューナはパワード化していながらも魔法術を使います。
「ザン!」
ハイパワード・ルーンジュエリアの誕生です。
左右前方に伸ばした両手からレーザーライトが放たれます。
それは前庭の大きな石を切り裂き、破壊します。
一連のデモンストレーションが終わったルーンジューナはグローリアベルに向かってドレスを摘まみ
「そんな……。ジューナに変身して、それで尚且つ魔法術が使えると言うの?」
「はい、リア様。これで私達二人の夢が叶います」
「夢?」
「国母となり、ウエルス皇帝妃となる。私達二人の夢です」
「素晴らしい」
グローリアベルは恍惚の笑顔を浮かべます。
これで念願の夢がより現実のものへと近づいた。
ルーンジューナの顔を見つめながら歩み寄ります。
「素晴らしいわ、ユーコ!これで私たち二人は無敵よ‼︎」
「「「「きゃあー!」」」」「「「お姫ぃ様!」」」
カチッ。
ルーンジューナのすぐ前までグローリアベルが歩み寄った時に小さな音がしました。
二人のドレスが血にまみれます。
目撃した家臣、メイドたちから悲鳴が上がります。
「ベル!貴様ー‼︎」
「ベル?あなた誰なの?」
手首が切り落されたルーンジューナの左腕の中から、魔石が一個押し出されて地面へと落下します。
それは手袋に装着されていた石よりも二回りほど大きな物です。
右手の手袋に飾られていた魔石は目先を逸らす為のダミーだったのです。
ですがグローリアベルはそんな事は気にしません。
油断なくルーンジューナの顔を観察します。
自分の親友ならば埋め込んだ魔石は一個の筈です。
けれども二個目を追加している可能性が無いとは言い切れません。
それを見定める必要があります。
「その夢はわたしの夢。あなたの夢ではないわよ、ユーコ」
「え?リア、様?パラ」
グローリアベル化していたルーンジューナはルーンジュエリアの姿に戻ります。
これも記憶混濁の副作用かなー。
侯爵令嬢はそう考えます。
「あー、これがわたしの本性かー。わたしも用心しなきゃあなー。
で、ユーコ。成功していたとしても手首を切り落して良かったの?」
「ありがとうございました。成功していたのならやり直せば良いだけだから問題ないと考えていましたわ」
「そ。じゃあ、いいのか」
取り合えず、急いで今日しなければならない事が決まりました。
二人でハイパワード化計画の反省会です。
オブザーバーにはユリーシャとメイド有志たちの参加を募る予定です。
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