076 標13話 リア様補完計画ですわ 7


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 まだ外が暗い時刻にお嬢様は目覚めました。

 今日はお嬢様が自身の父親から記憶を譲り受けた二日後、フレイヤデイ侯爵一行が帰路に着く朝です。

 グローリアベルは既に昨日、転移魔法で帰宅しています。

 お嬢様は自分に記憶障害が起こる可能性よりも、親友である侯爵令嬢にトラブルが起きるかどうかを不安に感じています。

 安静という名目で十分なお昼寝をしていたお嬢様は未明だと言うのに二度寝する事が叶いません。

 取り合えずベッドに横になったまま目を閉じています。

 密やかな声が聞こえてきたのはそんな時でした。


(ユーコ)

「ふみ?コレクト」


 お嬢様は遠距離通話魔法の短縮呪文を唱えます。

 ジャスト・コミュニケーションの機能は原始的なハム通信やトランシーバーと同じです。

 通話の方法は発信と受信を交互に行ないます。

 では会話する二人が共に遠距離通話魔法を起動した場合はどうなるでしょうか?

 二回線同時使用ですから同時発信が可能になります。

 ここまでが魔法術の使い方になる訳ですが、お嬢様が魔法を起動した理由はそんな事ではありません。

 びっくりしたので呪文詠唱してしまったのです。


(リア様ですの?)

(ええ。

 そうだ。わたしの侍女達をここまで送ってくれたそうね。お礼を言っておくわ)

(お構い不要ですわ。それでジュエリアにご用ですの?)

(そ。ちょっとユーコに聞きたい事があったんだけど、ユーコの声を聞いたら他の事を聞きたくなったかな?)

(ジュエリアに答えられる事なら何でもお答えいたしますわ)


 侯爵令嬢はお嬢様と同じ記憶を持っています。

 だから思い出す、――分からない事を検索する事はできます。

 けれども経験による知識ではないので思い付く――応用する事ができません。

 お嬢様は侯爵令嬢がヒントを求めて来たのだと思いました。


(ちょっと覚えている記憶を洗い出していて気付いたんだけど、ユーコが作った魔法術の名前について教えて欲しいの)

(はいですわ)

(有名作品の設定や台詞・タイトルとかを、さも自分のオリジナルの様に使い回すのって中二病の典型的な症状で、あっちの世界だと恥ずかしい事なんでしょ?)

(ふみ?)

(ユーコはそれについてどう思っているの?)


 ルーンジュエリアは考えます。

 ですが侯爵令嬢への返事は意外に早く届きます。


(ジュエリアはまだ八歳のお子様ですわ。そんな難しい事は分かりませんわ)

(もうすぐ九つよね?)

(ジュエリアは八歳九ヶ月の幼児ですわ)

(小学校低学年は幼児じゃないでしょ?)


 グローリアベルの追及にルーンジュエリアはいらちます。


(なんで向こうの世界の常識で話をするんですの?)

(あっちの世界の方が正しい常識じゃない)

(多指症の事実を知った時はさおになってたくせに)

(この世界では貴族のあかしでーす)

(この世界ったってウエルス及び近隣周辺諸国だけですわ)

(それがこの世界の全てでーす)

(それっぽい名前を引用して使う事に面白さを感じませんの?)

(悪いわねー。面白いとか面白かったって記憶はあるんだけど、実体験が無いから二次元は理解できないわ)

(リア様はそれぞれの作品のストーリーとキャラを思い返すべきですわ。お話はそのあとです)


 いくらでも新たな知識が湧き上がる侯爵令嬢は相手をからかいたくて仕方がありません。

 まずったかな?

 相対あいたいするお嬢様は公爵令嬢に自分の記憶を渡した事を後悔すべきかと悩みます。

 しかしこの嫌気が差す様な現実こそ、お嬢様が求めていた世界である事も事実です。


「ジュエリア様。起きておられるのですか?」

「ふみ?」


 グローリアベルとの言い合いに熱中するあまり、お嬢様はベッドで体を起こしました。

 それを足元で控えていたユリーシャが気付いたようです。

 会話が続いていますので、お嬢様はメイドを左手で制します。


(どしたの?)

(ユリーシャに話しかけられましたわ)


 メイドの名が出た事で公爵令嬢の話題が変わります。

 その内容も、公爵令嬢が知らなかった情報についてです。


(ねえ、ユーコー)

(ふみ?)

(ユリーシャは本当にオーロラ姫なの?)

(ですわ。コレクトを教えればリア様ともお話しできますわ)

(んー、悩むわねー。教えない方が安全じゃないかなー)

(何故ですの?)

(ユリーシャはオーロラ姫なんでしょ?教えるのはまずくない?)

(あー。リア様は錯覚の罠に掛かっていますわ)


 相手は何も変わっていません。

 変わったのは自分が相手を見る目です。

 ルーンジュエリアは他人の言葉等と言う、あやふやなものを基準にして行動しません。

 建て前こそが我が意であると王道をかっします。


(そか。ユーコは人物評価にマイナス無しだっけ?)

(ユリーシャは何も変わっていませんわ。変わったのはリア様だけですわ)

(そだね。ん、分かりました。ユリーシャにコレクトを教える事を許します)

(駄目ですわ)

(ん?なして?)

(ジュエリアはユリーシャの主人ですわ。一方ユリーシャはリア様のご親友です。ジュエリアが教えるのとリア様が教えるのでは意味がまったく違いますわ)

(そよね。んー、やっぱりユーコはわたしの師匠に相応しいかもね)


 実際にはどちらでも同じだと思いますが、お嬢様は様式美を大切にします。

 格式に重きを置きます。


(ありがとユーコ。お礼を言っておきます)

(ふみですわ)


 会話が終わります。

 ルーンジュエリアは自身の中二病問題をうやむやにできた事で胸を撫で下ろします。

 そして考えます。

 ジュエリアは胸を撫で下ろす途中で引っかかるものが欲しいですわ。

 女子として生まれた以上、大きくは邪魔ですから望みませんがある程度、実母ルージュリアナと同じ位は欲しいものだと考えます。

 魔法術があるのですから全身整形は可能ですがそれでは何か、負けた気がします。

 前世の記憶でものを考えると、お嬢様は男の考え方に引っ張られてしまいます。

 女性として考えるなら整形は化粧の一つです。

 とか思いにふけっているとメイドから声が掛かります。


「ジュエリア様。何かされていたのですか?」

「リア様と語らっていましたわ」

「あ!そんな事もできるんですか!」

「ふみ」


 ユリーシャにとってグローリアベルは親友です。

 遠距離通話ができるならしたいと思うのが当然でしょう。

 オーロラ姫の記憶を受け継いだユリーシャにできるのは見て聞く事だけです。


 不意に部屋の窓が全て開きます。

 カーテンが吸い出されるように外へ向かってはためきます。

 ユリーシャは思わず立ち上がってそれを見つめます。

 ルーンジュエリアが驚いていないせいで、大した事は無い様に思えるのが救いです。


「なんでしょう?」

「リア様ですわ」

「え?」


 窓の外が、上方から少しずつ明るくなります。

 全身を光に包まれた少女がゆっくりと降りて来ます。

 階段を下る様に一歩ずつ空中を踏みしめています。

 その少女は窓のすぐ前まで来ると、日本語特有の高く低くのアクセントで声を掛けて来ます。


「ハロー」

「ベル様!その魔法術は一体……」

「んー。ユーコのやりそうな事を真似してみたんだけど、結構おもしろいわね」


 グローリアベルは両足を揃えてジャンプします。

 そして窓のすぐそば、お嬢様の寝室の中へ着地します。


「それで、キサラは相変わらずね」

「いえ。十分に驚いています」


 そうでした。

 お嬢様の見張り番として、この部屋にはもう一人のメイドが居たのです。

 口数の少ないメイドは、グローリアベルのルーンジュエリア化を目撃しました。

 だからこう思います。


(あちらの侍女たちもこれから大変ですね)


 紫がかった東の空にはようやく赤みが差してきました。

 三日目の朝が始まります。

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