075 標13話 リア様補完計画ですわ 6
庭のテーブルで休む第一夫人の元へ、シオンに先導されたルーンジュエリアがやって来ました。
退屈をこじらせていたお嬢様はこれ幸いと母の元へと馳せ参じたのです。
もちろんメイドの話を聞いて心配になり、グローリアベルの様子を聞きに来た事は内緒です。
グレースジェニアは娘本人の登場に、ああやはり何かやりましたね、と察します。
「ジェニアお母様、お呼びですか?」
「貴女が直接来たのですか?別に呼んだわけではありませんが、ベルについて尋ねたい事があります」
予想していた内容ですからそれを気にする事はありません。
ですが親友の身を案じるお嬢様は自身の不安解消を先決と行動します。
「それは構いませんわ。所でリア様のご様子は大丈夫だったでしょうか?」
「ぶっ飛んでいましたよ。まるでいつもの貴女の様に」
「はぁ……心の許容範囲を逸脱した、とかそんな感じになったのでしょうか」
「心の許容範囲を逸脱。ああ、そんな感じですね。
自分が知っている知識を自慢したくてたまらない。だけどこれ、どうしよう。でしょうか?」
話を聞く限りでは体の不調は見受けられなかった様です。
お嬢様はこれを聞いて安心します。
「申し訳ございません、お母様。悪気があったわけではありません。それにこれはリア様もご理解した上でご納得された事です」
「まあ、それは良いのですけどね。具体的に何をしました?」
「リア様にジュエリアの持つジュエリア自身に関する記憶の全てを差し上げました」
「へ?」「「はあ?」」
「ふみ?」
グレースジェニアとリナ様、ブリジッタが驚きます。
何故ならお嬢様がそんな事をできるとは思っていませんでした。
これにはお嬢様もびっくりします。
他人の記憶を読み込めるなら他人に記憶を与える事もできると言うのがお嬢様の常識です。
あくまでも自分と他人の常識をすり合わせる事が不得意なお嬢様です。
「貴女が言う事ですから、その言葉通りの意味なのですよね?」
「ですわ」
「本当にそれをしたのですか?」
「ジュエリアの知る全てを教えるよりも簡単で正確だと判断しましたわ」
ため息をつきながらグレースジェニアは考えます。
これはいつもの事の延長です。
驚く必要はありません、と。
「ついでにリア様の知るご自身の記憶の全てを頂戴いたしましたわ」
その瞬間ルーンジュエリアの左頬が音を発てました。
ハッとして母の顔を見つめると相手の顔も同じ様な表情をしています。
思わずグッと来てしまいますが、そこでパッと目覚めます。
相手の心情を察したお嬢様にフッとした笑みが浮かびます。
母の顔は後悔が先立つのか、困惑した表情をしています。
「許しなさい。謝罪をします」
「ふみ?お気持ちは分かりますので気にはしませんわ」
お母様のお気持ちを読めなかったジュエリアは愚か者ですわ。
だから自分の母を攻める気持ちはありません。
ですがグレースジェニアの困惑した表情にはもう一つの理由がありました。
「それは……、フレイヤデイの全てを貴女が手に入れたと言う事ですか?」
「ふみ」
「ふー。ベルめ、悪魔に魂を売り渡しましたか」
グレースジェニアにとってお嬢様は自分の娘です。
ですがいつかは嫁としてサンストラックを出ていきます。
一方フレイヤデイは自分の実家です。
けれども自分は今やサンストラックの人間です。
フレイヤデイよりもサンストラックを優先するのが正しい姿です。
なんとか自分の心を抑え込もうと尽力します。
「ですが、――そうですね。貴女と同じ力を手にしたのならばベルに損は無いと言う事ですか。それもいいでしょう」
「違いますわ、お母様」
お嬢様は自分の家族に隠し事をしません。
だから思い違いを正します。
「リア様の魔力量ではジュエリアの知識を使いこなせません。已然ジュエリアの一人勝ち状態ですわ」
お嬢様は自分の母に嘘を吐きません。
あるのは忘れ事だけです。
その記憶を手に入れただけでお姫様はウエルス王国内では二番目になったのですが、お嬢様はそんな事を知りません。
「ですがご安心ください。リア様はそんな些細な事をお気にしておりませんわ。もっともっと先をご覧になっておられます」
「そうでしょうか?」
「ふみ」
そして母を慰める言葉を探します。
その理由は簡単です。
このお嬢様は母の笑顔を見る事が大好きだからです。
「今のジュエリアはリア様の記憶の全てを持っていますわ」
「信じましょう、貴女の言葉……いえベルを」
「リア様に代わって感謝の心を差し上げますわ」
自分の母に部屋に戻って安静に寝ているよう言い付けられたお嬢様はその笑顔を見て喜びます。
足取りも軽やかに自分の寝室へと向かいました。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
自室のベッドで眠っていたグローリアベルは目覚めます。
外はまだ暗い夜明け前、例え夏至の頃だったとしてもまだ陽は頭すら出していない時刻です。
体を起こしてドアの方を見ると壁際にチェルシーが座っています。
昨日のうちに帰って来たのか、それとも自分が二晩眠りこけたかと考えていると、主人の目覚めに気付いたメイドから声を掛けられます。
「お早うございます、お
「お早う。早かったですね。どうやって帰って来ましたか?」
「ルーンジュエリア様がわたくし達三人を転移で連れて来てくださいました」
ん?三人?じゃあエリーナも帰って来てるのね。
主人である自分が自宅に居るのですからお付きメイド全員が返って来ている事について不思議とは思いません。
後でルーンジュエリアにお礼の手紙を書こうかと考えます。
そこでふと思います。
転移ができるのですから自分が直接お礼を述べに行った方が用件は早く済みます。
かと言って隣の部屋に行くように、他家を気軽に訪ねる事は貴族の常識として好ましくありません。
「ユーコって意外と気が長いのね。こんな面倒くさい事を良く我慢できているものだわ」
自分がやった方がどう考えても早く終わる作業があります。
それをわざわざメイドに頼むとか、これ迄の自分はそれを気長に待っていましたが今ではそれを待っていられる自信がありません。
これもルーンジュエリア化の影響なのかと推測します。
その一方でやりたい事が幾らでも溢れるように湧いてきます。
知識を持つとはここまで生活が楽しくなるものでしょうか?
何でもかんでも自分でやりたくなってしまいます。
けれども時刻はまだ夜中です。
だから自分が今、一番したい事を考えます。
やりたい事に順番を付けて並べる作業です。
そうは思ったのですが、今すぐにやりたい事と言えば一つしか思いつきません。
「
材料にする鉄は騎士団に申し付けて壊れた剣を差し出させます。
炭はリアライズで良いでしょう。
ああ、炉とふいごも必要ですが、金台が無いと打つ事もできませんね。
作業場所には庭の隅に小屋でも建てましょうか。
まずは一振り作る事が始まりです。
不足している道具や材料はそのあとで洗い出しましょう。
お姫様は目蓋を閉じて夜が明けるのを待ち続けます。
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