077 標14話 至高の贈答品シューパロ甘瓜ですわ 1
前王都である副王都グレートワッツマンは王家直轄地になっているロンリウルフ公爵領にあります。
ここは先代国王による遷都の際に領地入れ替えの形で公爵領になりました。
なぜこの領地替えが簡単に終わったかというと、ロンリウルフ公爵は国王が保有する複数の爵位の一つだったからです。
そして建築物群を壊すのはもったいないと言う事で旧王城はそのまま残して騎士団が駐留しています。
そこから南を目指す騎士の二人組がいました。
サンストラック伯爵第一息子サントダイス・オブ・グレスティーン、十五歳とサンストラック伯爵第二息子ジーグフリード・オブ・マリアティーン、十二歳です。
二人は休暇の日を合わせて、揃って里帰りする途中です。
兄が務める近衛騎士団は王都リーザベスにあります。
彼は副王都グレートワッツマンに立ち寄り、第三騎士団勤務の弟と合流して故郷サンストラック領領都ホークスへと馬を走らせます。
時刻は昼。
ロンリウルフ公爵領を抜けてオーギャル伯爵領に入った所です。
今夜はフレイヤデイ侯爵領で一泊して明日の昼過ぎにホークス到着の予定です。
これが夏ならば野宿でも良いのですが、秋もだいぶ深まっています。
少しのお金を惜しんで、寒さで体を壊しては元も子もありません。
まずは街道の開けた空き地で馬を休めて食事にします。
良い場所はみんなが使用するため踏み固められて、自然に手入れされた広場が出来上がっています。
旅の昼食、つまり携帯食は固いパンと干し肉、そして水です。
水の質が悪い所ではワインなどの酒を飲む地方もありますが、水質が悪いとは汚れた水ではありません。
石灰分などが多すぎてお腹を壊すことを意味します。
湯冷ましにすると多少沈殿してくれるので水質が改善されます。
ワインを水代わりにするのは生水と湯冷ましの区別が面倒だからです。
ウエルス王国周辺は湧き出る水が飲料に適していて、湧かさなくても飲むことができます。
彼らが食べている固いパンはライ麦パンです。
酸味を感じますが癖になる味です。
「兄上。ジュエリアがガルーダの盾を破った話はお聞きになりましたか?」
「いや初耳だ。そうか、ジュエリアがあれを壊したのか」
サントダイスは二番目の妹であるルーンジュエリアを思い出します。
妹はやんちゃでおてんばです。
その妹がガルーダの盾を破壊したと聞いて嬉しくなります。
弟であったなら自分の片腕になってくれただろうとその才を惜しみます。
ですが実在する弟は話を続けます。
「違います、兄上。ジュエリアはハイランダー様を殺したのです!」
「何ぃ!彼が死んだと言うのか!」
これには長男坊も驚きます。
ガルーダの盾にはペナルティーキャンセラーが付与されています。
ハイランダーが死ぬ事などあり得ません!
「それも違います。当然ハイランダー様は生き返りました」
「そうか、そうだよな。ハイランダー殿はガルーダの盾をお持ちなのだから死ぬ訳がない」
「そのハイランダー様がしばらくの間死んでいたそうです」
「んん?意味が分からないな。ガルーダの盾はペナルティーキャンセラーが付与されているからどんな致命傷でも立ちどころに治癒されるはずだ?」
しばらくの間死んでいた?
ハイランダーの武勇伝はいろいろ耳にしていますが、これは初めてのパターンです。
どう言う事なのかと弟の言葉に耳を傾けます。
「我が家の王都別邸に所用で立ち寄られたハイランダー様から直接聞いた話ですが、ガルーダの盾が粉砕されたので蘇生が終わるまでに時間が掛かったのだそうです。
ちなみにサンストラック騎士団には緘口令が敷かれましたので父上に確かめる事もおやめ下さいとの事です」
「そうか。
ん?緘口令が敷かれているのにハイランダー殿はお前に情報を漏らしたと言うのか?」
「ご本人のお言葉によれば自分が死んでいる間に父上の勅令があったらしく、俺は何も聞いていないとの事です」
ここは笑うべきなのだろうな。
サントダイスの知るハイランダーはそう言う男です。
「彼らしい話だが、ならば何故ハイランダー殿は緘口令を知っているんだ?」
「騎士団内の雰囲気だそうです」
「あー。それなら納得だが、それで済む話ではないな」
「取り合えず兄上とお会いするまでは緘口令の存在を確認しないと言われておりました」
「そうか、楽しみだな。では帰路を急ぐ必要があるな」
長男坊であるお兄ちゃんは笑います。
家に帰る楽しみが増えました。
そこでふと考えます。
妹はまだ八歳で、ハイランダーとの体格差は大人と子供です。
一体どうやって勝った?やはり魔法か?
とりあえず弟が知っているのかどうかを尋ねます。
「だが、そうか。ジュエリアはどうやってガルーダの盾を破ったのか。
ジーグ。ハイランダー殿から詳細は聞いたか?」
「申し訳ありません、兄上。残念ながら時間がありませんでした。
しかし彼の言葉を信じるなら相当に驚く方法だった様です」
「そうか、」
やはり本人に聞くしかないか。
明日の帰宅が楽しみです。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
いつもと変わらない、いつものルーンジュエリアが鍛錬場としている川原です。
いつもとは変わりませんが、以前とは違っています。
貴族の令嬢に付き従っている筈の護衛の従者が見当たりません。
急用がある時は転移魔法で帰るからと言われたエルバドルがお嬢様とユリーシャを置いて馬車で帰ってしまうのが最近の日常です。
とりあえずは迎えに来てくれる誰かが無駄足を運ばない様にと、馬車が来るまで鍛錬は続けます。
そして今、お嬢様はゴーレムジュエリアとの真剣によるハンデ戦を行なっていました。
「おーっほっほっほっほっほ」
『はっはっはっはっは。我こそは大魔導ラッシーである』
お嬢様は既に、ゴーレムジュエリアと対戦しても負けはしないところまでは実力を上げていました。
そうは言っても相手に必ず勝てる実力を持つとは、並大抵の事でありません。
石橋を叩いて割って、「ああ、壊れた。やっぱり渡らなくて良かったですわ」と自己満足する程に慎重派なお嬢様は一回くらい勝つ事よりも常に負けない事を目指します。
ルーンジュエリアは日常的に必ずできることを重要視します。。
大魔導ラッシーに進化して、頭上に魔獣ラッシーを載せた不安定な体勢で剣戟を続けます。
「実力上位者を相手にしたバランス感覚向上鍛錬」こそが今週の目標です。
先週の目標は「廊下を走らない」でした。
ついつい走ったゴーレムジュエリアとの追い掛け合いをルージュリアナお母様に見つかって怒られた事が原因です。
突然、三人から少し離れた川原で爆発が起こります。
「きゃあ!」「ふみ?」「おーっほっほっほっほっほ」
驚いたユリーシャと驚いていない他二人が爆心地に目を向けると、ちょうどグローリアベルとチェルシーが着地したところでした。
「ハロー」
「ふみ」
来客の挨拶にお嬢様はズボン、貴婦人ゴーレムはスカートの横をつまみます。
メイドはおへその上で手を重ねて頭を下げます。
右足を引いたモデル立ちです。
侯爵令嬢はまずお嬢様の頭上を見上げ、次に貴婦人ゴーレムへと目を向けます。
「ふーん、オールスター勢揃いね。で、あなたがゴーレムジュエリアかしら?」
「おーっほっほっほっほっほ」
「そしてあなたがラッシー、と」
(……魔力量、は大した事、ないが手、強いな)
「そう?ありがと」
そんなグローリアベルにユリーシャが話しかけます。
相手は親友ですから侯爵令嬢は無礼を気にしません。
「ベル様。雰囲気が何か変わられましたね」
「そっかな?けど自分でも戸惑いを感じる事があるのは事実かな」
「んー。魔法語を多用する話し方はまるで魔族のようです」
「ふみ?魔族は魔法語を日常会話で使いますの?」
「はいジュエリア様!もちろん魔族だって日常会話には普通語を使います!だけど魔法語の単語も頻繁に使うんですよ?」
「知りませんでしたわ」
「ユリーシャが言うんだから、それは正しいのよね?きっと」
「はい!」
明るい声のメイドをおいてお嬢様は先を続けます。
「それで?リア様。今日のご用件は
「んー、一振りいいのができたから自慢しに来たってとこかな?」
「自慢ですの?」
「インベントリー。これよ!」
「うわー!」
侯爵令嬢は空間収納魔法で取り出した剣を鞘から引き抜きます。
その素晴らしさ、美しさにユリーシャは声を上げました。
「初めて作ったにしてはかなりの物でしょ?存分に褒め讃えていいわよ?」
「拝見してもいいんですの?」
「許すわ」
ルーンジュエリアは受け取った刀の
「なんじゃこりゃー!」
「見れば分かるでしょ?日本刀よ?」
そんなグローリアベルを無視して、立てて寝かせてその造りを吟味します。
そして思いを零します。
「――十振り目、」
「いっ!」
思わず一歩引いた侯爵令嬢へと目を向けます。
右手に持った剣を左手のひらにぴたぴたと当てながら、その感想を語り始めます。
「ジュエリア達の様な子供が日本刀を打てる訳がありませんわ。全米の鍛冶屋さんが泣きますわ」
「ああ成る程。そう言う風に使うんだ」
侯爵令嬢は相手の言葉を気にしません。
ですがお嬢様も相手の言葉を気にしません。
「大体これは日本刀ではありませんわ。そのくせ鍛造であるって所が
「あのー、ジュエリア様?そのレイピアを見せて頂けますでしょうか?」
お嬢様の後ろに従うユリーシャが願いを口にします。
まだ横からしかグローリアベルの打った剣を見ていないので興味津々です。
津々浦々ではありません。
「リア様?」
「かまいません、渡しなさい」
「ありがとうございます、ベル様」
剣を受け取ったユリーシャは先程のルーンジュエリア同様に立てて寝かせて刀の造りを吟味します。
「ユリーシャはそれを見てどう思いますか?」
「私がどう思うかって聞かれても私には、
そうですねぇ。わたくしは似た様な物を見た事があります。形は全く違いますが、ドワーフが鋼から打ち出した刃がこの様な鋭さを持っていました。ですが……、何か違和感を感じます。この剣は鋼ではありませんね?」
「ユーコはどう思う?」
ユリーシャの回答を耳にした侯爵令嬢はお嬢様に問い掛けます。
「ステンレスに見えますわ」
「ほぼ正解。鉄にニクロム線を重量パーセントで三割混ぜ込んだわ。クロムがかなり少ないけど、まあ構わないでしょう」
「ニッケルが多すぎますわ」
「錆びるのやだもん」
「ニッケルが入れば錆びませんわ」
いいえ、錆びに対して重要なのはクロムです。
「ん?錆びるかどうかは鉄の含有率で決まるんじゃないの?」
「ふみ?そう言われるとそんな気もしますわ。けど四百番台は、」
「サンマルヨンとヨンマルサンの違いは?」
「ニッケルですわ」
「鉄が十五パー違うでしょ?」
お嬢様の前世は本職ではありませんでした。
ですから覚えている記憶は大雑把です。
けれども規格自体も大雑把です。
詳細は各企業の秘密です。
「ですがヨンマルサンは磁石が付きますわ。問題が生じたら基本に戻ってナナ、ニー、イチかイッテンゴでー、硅素イッパーは必要な筈ですわ」
「あ!シリコン忘れた。クロムってどう入手するの?」
「ニクロム線を溶かしたら、先に蒸発するのはクロムですわ。無理ですか」
「あー、しゃーないから諦めよう」
概念を知っていても実践できるとは限りません。
この世界では科学の話をする相手が見つかりません。
「
「ん。三層構造の三徳包丁を見本にしたわ。違いは炭素の含有量になってます、の筈です」
「高圧プレスでのかしめ結合に見えるのは思い過ごしですの?」
「合ってるわよ。試作品だから冒険してみました」
ああ、これ包丁ですわ。
お嬢様は自分が不可解に感じていた部分に納得できる答えを見つけました。
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