055 標10話 母に捧げる子供ハロウィンですわ 3
お嬢様一行は町はずれの小さな教会へ来ました。
創造神ヤハーを崇める大聖教会は人々の暮らしに息づいています。
基本的に町の中央には広場と商店街があります。
広場から少し離れて領主の館があるのが良くある配置です。
そして町から少し離れて教会があります。
教会の前には馬車などを停める大きめの広場があり、教会と広場の横には運動場があります。
ここの教会だと百メートル四方ほどの運動場があります。
人々は何らかの催し物がある時には、この運動場へ集まってイベントを行ないます。
運動場の横、教会との反対側には防風林に仕切られて共同墓地が広がっています。
墓地は手入れがされており通路には小石が敷き詰められています。
そして等間隔に点在する墓石の一つの前に四人の子供がいました。
この世界では土葬が普通です。
これは火葬の設備が無い為です。
木を積んで火葬を行なう方法はありますが、手足の関節を折って砕いておかないと筋肉収縮で遺体が動きます。
火葬中に遺体が起き上がるとか、ゾンビが存在するこの世界でそれを見た人達はパニックになります。
だから今でも土葬が主流です。
土葬ですから墓石は一人一つです。
もしもの事があってもすぐには墓石を準備できません。
だから空の墓が準備されており、空きが無くなると新しい墓を十二か所作ります。
何故十二個かと言うとウエルス王国は基本、十二進数です。
理由は簡単です。
高貴な血を尊ぶお貴族様たちは近親婚が多く、多指症の誕生がたまにありました。
身近な所ではグローリアベルの両手がそうであり、本人はそれを貴族の証しとして自慢しています。
女性の手は小さく指が細く短いので言われて見せられないとなかなか気づきません。
ルーンジュエリアは子供たちが持っている母親への悔いを聞き取る為に墓地へ来ました。
自分のかわりに母が事故に合った事を謝りたいのかな?とか推測していました。
しかしその必要は無くなりました。
その、四つの背中が語っています。
あれはジュエリアですわ。
お父様のお帰りを待つジュエリアの背中ですわ。
お嬢様はそう確信しました。
お嬢様の父サンストラック伯爵は総軍元帥です。
その不在は多く、長期である事が良くありました。
サンストラック家はウエルス王国建国以来の家柄です。
けれども武のサンストラックは強すぎました。
伯爵位は謀反の意思無しを示す、ウエルス国王への忠誠の証しです。
魔のフレイヤデイの侯爵位も同じ様な理由です。
ウエルス王国建国以来フレイヤデイ家へ下った王室の姫君は十数人に上っています。
ルーンジュエリアは幼少の時より父が出かける度にその帰りを待ちました。
話したい事、教えたい事、伝えたい事、父の帰りが一日延びる度にその数は増えて行きました。
母にもう一度会いたい。
みんなに残っている悔いはその一つだけですわ。
お嬢様は墓石の前の四人へと歩み寄りました。
「もう一度お母様に会いたいですの?」
「お母ちゃんは死にました」
十歳の長男はお嬢様を振り返りもせずにそう言いました。
父親から聞いた年齢は長女九歳、次女八歳、次男六歳です。
「お母様に会えるかも知れないと言ったらどうしますの?」
「お母ちゃんは、死んだんだ!」
長男の大声に残った三姉弟はぐすぐすと泣き始めます。
長男は体ごと振り返るとお嬢様を睨みつけます。
お嬢様はそれを睨み返します。
「来週。ハロウィンがありますわ」
上の二人はそれで察しました。
意味も理解しました。
だから答える事ができません。
「お母様に会いたいですの?」
「会いたいです」
長女の背中に隠れた次女が小さく呟きます。
「おかーちゃんに、あいたいよー。わーん」
次男坊は直立して泣き出しました。
ルーンジュエリアは一冊の本を思い出します。
猿の手。
人間は感情に支配された動物なのです。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「ジュエリア様。よろしいのですか?ハロウィンに出るのってあれですよ?」
ユリーシャの問い掛けにお嬢様は答えようとしません。
何故ならハロウィンとは騎士団が総出で町を警護する恐怖の一夜なのです。
確かに仮装した子供ゾンビのおかげで襲われる家は無くなりました。
子供ゾンビが本物のゾンビに襲われたと言う事故も聞きません。
けれども墓地に隣接する教会の住人は領主邸に避難し、万一の為に騎士団が息をひそめて待機している事も事実です。
何故かゾンビたちが夜通し教会の礼拝堂に集まっている事も確認されています。
やがてお嬢様は口を開きました。
「ジュエリアも昔はそう思っていました。ですがユリーシャ。化けて出たオディールと話ができてどう思いましたか?」
「正直、嬉しかったです……。嬉しかったです、とっても!」
「ゾンビもヤハーの子。ジュエリアはそれを確かめてみたいと思っていますわ」
ルーンジュエリアの側にはエリスセイラがいます。
周りには墓地から一緒に帰って来たみんなもいます。
子供たちの父親も祖父母もいます。
お嬢様の提案は大人たちにとって非常識の塊です。
賛成寄りなのはユリーシャだけです。
「そうですね。もしもゾンビたちが襲ってきたらジュエリア様が浄化すればいいだけですもんね」
「え?お嬢様は神聖魔法もお使いになれるのですか?」
ハロウィンのゾンビが最大の脅威である理由は多数で押し寄せて来る事です。
それらを浄化できるなら脅威度は大きく下がります。
「ゾンビ程度なら治癒魔法で浄化できますわ。でも、それをやったらみんなが二度とお母様に会えなくなりますわ」
「もしも娘が孫たちを襲う様なら構いません。浄化してやってください」
「大切にしなければならないのはみんなの気持ちですわ。万一に対する対策はジュエリアが手を打ちます」
お嬢様にとって魔法の分類はあまり意味を持っていません。
その威力の強弱のみに注視しています。
治癒魔法と神聖魔法はお嬢様から見るとまったく同じものです。
そしてその目的はゾンビ対策ではありません。
みんなの母親との再会。
それを温かく見守る事こそが全てです。
「それとは別にみんなには覚えなければならない踊りがありますわ」
「おどり?」
「お嬢様。それはお母ちゃんと会う上で必要なものなのですか?」
次女と長女が疑問を発します。
「ですわ。みんなのお母様は残したみんなの事をとても心配している筈ですわ。だからみんなをあの世へ連れて行こうとするんじゃないかとジュエリアは思います。
だからお母様と会った時にみんなが元気一杯な所を見せる為の踊りですわ」
「分かった!オレ、やる!」
「私もやります!」
「わたしもー!」
「ボクもやるー!」
子供たちは元気な声を上げました。
誰も死別した母と話ができるとかは考えていません。
もう一度会いたい、見るだけでいい。
ひとめあなたに。
それだけです。
「ジュエリア様。この踊りの名前はなんと言うのですか?」
ラララララララーラーララーラー、ラララララララー、
子供たちが練習する踊りを見ながらユリーシャがお嬢様に尋ねます。
い!
明るく楽しいメロディに乗って踊るそれはダンスではありません。
どちらかと言えばストレッチです。
リズムに合わせて左手を下げながら右手と右足を上げるのを四回とか、腰を曲げて足で拍子を取りながら右上や左上に流した両腕をそれに合わせて上下するとか、極めつけは腰を曲げて両腕を揃えて左右に振りながら一歩ずつ歩く。
子供たちはそれを心から楽しんでいます。
だからユリーシャもこの不思議で楽しい踊りの名前を知りたくなっただけでした。
けれどもお嬢様は困ります。
おかしな事を言うと更にその先を問われます。
だから意を決して答えました。
「ジュエリアロックですわ」
ほー。
ジュエリアロック。
ジュエリアロックですかー。
ルーンジュエリアの心とは裏腹に軽快なメロディーのその踊りの名前は決まってしまいました。
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