054 標10話 母に捧げる子供ハロウィンですわ 2


 エリスセイラと共に事故現場を訪れたルーンジュエリアは、崩れた崖を上から覗き込みました。

 トウモロコシ畑の崖が崩れたと知ったお嬢様は崩れた土が畑に覆いかぶさったと思い込んでいました。

 けれども、いざ現地を査察してみると畑は崖の上にあります。

 子供たちの母親は大雨が終わった所で畑へトウモロコシを取りに行って雨水で緩んだ崖の崩れに巻き込まれたようです。

 お嬢様は引力魔法でトウモロコシだけを数本ずつ掘り出すと崩れた先に積んでいきます。

 そして最後に積み上がったトウモロコシを持ち上げて空間転移魔法で繋げたホークス川の水を掛け洗い、泥を流します。


 見ている畑の持ち主たちは引力魔法で庭に積み上げられたトウモロコシを目の前にして胸を撫で下ろしました。

 家族だけで手入れしている段々畑です。

 整地した平らな畑は夢のまた夢です。

 そもそもの耕地面積が狭いうえに畑の修繕も必要です。

 目の前の作物を回収できるか腐らすかは冬越しを見た上でも大きな話でした。

 泥をかぶった所で実は家で食べればよいだけの話です。

 葉や茎をこれだけ使えるだけでも飼料としては大きな違いです。


「お嬢様、有り難うございました。とても私方だけではできる事でありませんでした」

「構わないですわ。次の時にジュエリアがいるとは限りません。今回は運が良かったと喜ぶべきですわ」


 と言い終えた所でお嬢様は自分の失言に気付きます。


「あ!この度はご愁傷さまです。運が良いと言ったのはジュエリアの配慮が足りませんでしたわ。お許しください」

「いいえ!もったいない。そう言って頂けるだけでもお嬢様の様な方に来て頂けて嬉しく思います!」

「ふみ……。それで子供たちはどうですの?」

「母親の死んだのがつい先週ですからね。上の子たちは逆に俺に気を使ってくれます。ですが、あいつが死んだのはやっぱり大きいです。一番上は自分のせいだと思い込んでいる様です」


 父親は俯きます。

 お嬢様もしばらくは言葉を掛けられずに間が開きます。


「何故ですの?」

「あの日、昼飯にトーキビを茹でるって話になったんですが、一番上が取りに行こうとしたら妻に止められてあいつが自分で行ったんですよ。

 だから息子は自分がみんなの母親を殺したようなものだと考えているようです」

「親が死に、子が死にそして孫が死ぬ。その目出度さを子供に理解しろと言うのが無理な話ですわ」

「お嬢様!」


 ルーンジュエリアの言葉を聞いた老人が声を上げます。

 お嬢様は驚いて息を飲みつつその顔を凝視します。

 相も変わらず尾々り屋のお嬢様です。

 マナーを無視した突然の声掛けにはいつまで経っても慣れません。


「――そうですな、そうですな。娘は親不孝だが親としては立派だった。

 有難うございます。儂は立ち直れそうです」

「え?いえ……、あ!崩れた崖の修復もジュエリアがやりますわ。積めるような大岩はありませんの?」

「岩でございますか?」

「ふみ。どう考えても人が運べないような大きい物がいいですわ。ジュエリアは魔法術が使えるから場所が遠くても大丈夫ですわ」

「ああ、それでしたら向こうの林に山から崩れた岩がございます」

「案内を頼みますわ」


 そして畑の裏手にある林の奥へと進みます。

 粘土の山肌は泥が湿気っていて下からは水が湧いています。

 締まりが悪くて動く山の様です。

 山が動くとは崩れやすい山の意味です。


「しかしー。お嬢様を見ていると私たちの無力を感じますね。私達では何もできません」

「それは魔法を使えない人間は無駄だから不要だと言う意味ですわ。

 人は自分ができる事だけすればいいのです。自分ができる事をやらないような人間でなければ自分を卑下する必要は全くありません。

 ジュエリアはそう考えますわ」


 ルーンジュエリアは魔法術で空中に浮かべた大岩を見つめたままで答えます。

 面倒だからと一度に三個運んでいるので事故が起きないように岩から目を放す余裕がありません。


「あのー、お嬢様?」

「ふみ?」

「お嬢様は何歳でございますか?」

「八歳ですわ。貴方の子供達だって貴方が知らないだけで十分に大人かも知れません。

 分かり易く言うと、隣の畑はうちの畑よりも豊作だ、ですわ」

「ははは、まったくです。そう願いたいものですな」


 例によってお嬢様は相手が自身の優秀さに感嘆したのだろうと考えます。

 けれども親にとって一番可愛くて大切なのは自分の子供です。

 他人の子供である自分の方が優秀だと言ってはいけません。

 人間は感情に支配されている動物なのです。



 お嬢様と男爵令嬢はお昼を御馳走になります。

 とは言ってもここは農家です。

 今が時期の茹でトウモロコシに舌鼓を打ちます。


「ふみ。茹で方が足りませんわ」

「お口に合いませんか?申し訳ございません」


 家長らしい老人が謝罪の言葉を口にします。

 老人と言っても五十前後。まだまだ働き盛りです。

 一世帯に三から四世代が同居しています。

 一軒の家に十人以上の家族が当たり前のように暮らしています。


「これは仕方がありませんわ。トーキビほど茹で方が難しい野菜はありませんわ」

「ルーンジュエリア様。トーキビの茹で方が難しいとはいかなる意味でございましょう?トーキビほど簡単に食べられる野菜は無いと存じますが?」

「セイラ。誰が茹でても食べられるから難しいのです。多くの人は今食べているトーキビが美味しくないのはこのトーキビがたまたま美味しくないせいだと考えるのですわ」


 エリスセイラの問い掛けにお嬢様はトウモロコシを回す手を休めます。


「トーキビを茹でる時に水から茹でるか、お湯から茹でるか。ですが大切なのは火力と茹で時間です」

「それは初めて耳にしてございます。如何いかなる違いが生まれるのでございましょう?」


 これはエリスセイラが知らなくても不思議は全くありません。

 その違いは複数の人が調理したトウモロコシを何度も食べて、初めて気が付く話です。


「家族が多い下々は交代で茹でるものと考えます。この時、誰々が茹でたトーキビは美味しいと思う事がある筈です。

 水から茹でたトーキビは湯が沸いた時点で食べられます。お湯から茹でても早い人は五分で茹で終わります。問題はこの時点でトーキビが美味しく食べられる事です。

 けれどグラグラと吹きこぼれるお湯の中でニ十分以上茹でたらどうなるのか?

 粒の中の粉っぽさは無くなりねっとりととろける食感になりますわ。そして草臭さは全く消えさります。これが美味しいかどうかは次に食べるときに確かめるべきですわ。

 そして塩味を付けるなら水煮を茹で上げた後に塩水の中を転がすだけで十分です。食べるだけなら塩味を付けなくても問題ありません。

 そうは言いますが塩を多くしたお湯の中でニ十分以上強火で茹でたトーキビがどれほどまでに美味しいか?それを食べたらジュエリアの言葉の意味が分かりますわ」


トウモロコシに塩味を付ける話だけで言うのならおにぎりの様に食べる時に手に塩水を付けて塗り付けるだけでも美味しく頂けます。

 ですが塩を入れたお湯で茹でたトウモロコシの味は青臭さが減少します。


「そう言えばセイラ。このトーキビは食べやすいですが食べやすいトーキビとは誉め言葉ですか?けなし言葉ですか?」

「申し訳ございません。トーキビが食べやすいを理解できません」


 トーキビを軽んじる者は人生の一部で大損をしている。

 お嬢様はそう信じています。


「けなし言葉ですわ。

 知っての通りウエルスではトーキビを下前歯で引っ掛けて外して食べます。だから一列目が食べやすいのは実付きが悪いトーキビですわ」

「ふむふむ。確かにその通りでございます」

「一列目がぐちゃぐちゃになるトーキビ、一列目を指で外さないと食べられないトーキビ。とても食べづらいトーキビとは最大の誉め言葉ですわ」


 そして再びトウモロコシを回し始めます。

 トウモロコシの粒を下前歯で引っ掛けて外します

 実は包丁でそぎ落とすように噛みついて食べるほうが粒の中の甘味を感じる上で優秀なのですが、お嬢様は意外と貧乏性です。


「ふみ?みんながいないですわ」

「申し訳ございません。あいつの墓の所へ行ったようです」

「近くなんですの?」

「いえ。ですが息子たちにとっては距離なんか関係ありません」

「葬式に縁遠いジュエリアには察する事が難しいですわ」


 食事を終えたお嬢様一行は妻を失った夫の案内で墓地へと向かいました。

 ジェントライト領はある意味地元です。

 のんびりと散歩がてらに畑の視察も行ないます。

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