014 標3話 お姉ちゃん育成計画ですわ 1


 暗くなりました。

 夜のとばりが落ち切っています。

 照明用のランプの油がもったいないので子供は寝ている時間です。

 カーテン付きのベッドの上に金髪ロングの八歳になる少女が寝転がっています。

 右へ左へ寝返ります。


「うだうだうだうだうだ」


 青いネグリジェです。


「うだうだうだうだうだ」


 ネグリジェと言っても子供が着る物です。

 色っぽさなど有りません。

 単なるワンピースの寝間着です。


「ジュエリア様。何をなされているのですか?」


 扉の近くで椅子に控えていたメイドが声を掛けました。

 お嬢様の朝は早いのです。

 健康の為にも早く寝ついて欲しいと思っています。


「うだうだしていますわ」

「見た通りですね」

「うだうだうだうだうだ」


 ルーンジュエリアはまたうだうだし始めました。


「うだうだうだうだうだ」


 天井を見上げてつぶやきます。


「お腹がきましたわ」


 お夜食はいけない。

 子供は決められた時間に定期的な食事をする事で生活にリズムができ、健康を保つ。

 偉い人は言いました。

 健全な精神が健全な肉体に宿ればいいなあ。

 みんな、頑張れよ。(男子校限定)

 だからルーンジュエリアは我慢します。

 

「うだうだうだうだうだ」


 お夜食を我慢します。


「うだうだうだうだうだ」


 時間が無駄ですわ。

 今後の計画を練りましょ。


「青カビのインゲン醤油はパンのカビで試作済ですわ。味噌は熟成中と。黒カビのインゲン醤油ができ次第、味の良い方をお味噌より先に量産ですわね。川魚魚醤は随時試作と。クモノスカビのインゲン醤油は試してみる価値ありですわね」


 お醤油は万能調味料です。

 ですがルーンジュエリアは満足できる味にはならず、試行錯誤を繰り返しています。


「うー。なんでお塩が高いんですの?海に行ったら幾らでもありますでしょうに。

 少量輸送は人件費がバカにできませんわ。」


 塩しかないのは難点ですが、塩が無いよりはましです。

 ある昔話に出てきた王様は塩が掛かっていないステーキを食べて泣きました。

 それくらいお塩は大切です。

 きっと脂身が多かったんですね。

 赤身ならお塩無しでも、それはそれで美味しく食べられます。


「ふみー。ちゃんとした麹が欲しいですわ」


 味噌も醬油も、味醂も日本酒も麹です。

 麹が有れば甘酒もできます。

 甘味としても優秀ですが、それだけではありません。

 甘い調味料ができます。

 糖化の工程は全て同じです。

 でしたらどの糖化菌を使っても甘酒ができませんか?

 普通はそう考えます。

 答えを言うなら――できます。


 けれども、そこには大きな問題があります。

 好みと志向の問題です。

 人としてそこを譲る訳にはできません。

 でも何も無いよりはよほどましです。

 ルーンジュエリアは妥協点を模索します。


「何はともあれ砂糖醤油。みたらしは置いとくから昆布は要らない、っと」


 うー。

 煮物はともかく昆布こんぶのお吸い物は飲みたいですわ。

 あれなら塩味でも全く気になりませんわ。

 とろろ昆布こぶはともかく、昆布こぶ茶の作り方は確立したいですわ。


「小豆餡!あれは必要ですわ。」


 あんこは甘味の代表です。

 大雑把に言うなら豆のジャムです。

 砂糖が無くても他の何かで代用できます。

 正直に言って砂糖ではなく塩味とかだし汁で煮込んでも美味しい食品です。


 そうは言っても和菓子のあんことは全く別の料理になったら本末転倒です。

 かと言って食が広がる事は素晴らしい話です。

 ルーンジュエリアは二兎を追って三兎を得るつもりです。


「白あんはインゲンがあるから良しとして。ああ、花豆か虎豆が欲しいですわ。いや、あれもインゲン豆ですわね。だったら黒餡はささげで」


 やはりあんこは重要です。


「砂糖は栽培する必要ないですわ。精製加工のみを領内でやって、黒砂糖を仕入れて黄砂糖を出荷すればトントン。我が家だけが白砂糖を楽しんでもいいですわね。糖蜜は領内消費で終わらせると」


 糖蜜はメープルシロップの代用にでも使いましょ。


「タバスコは要らないしラー油は済み。陳皮山椒、南蛮は有りましたわ。カレ-粉の材料は自然薬師に発注中と。完璧に漢方薬でしたわ」


 科学が発展していなくても民間療法はあります。

 その発達を阻害しているのが魔法の存在です。

 あちら立てればこちらが立たず。

 難儀です。


「胡椒、カカオ、コーヒーは発見済み。ココアが無いとソースができないのは盲点でしたわ。できの悪いコンソメにコーヒー入れたらデミグラス。ココアを入れたら中濃とんかつウスターソース。トマト入れたらケチャップと」


 突っ込まれても気にしません。

 美味しければ正義です。


 不意にルーンジュエリアの声が高まります。


「お味噌!必要ですわ!ハコダテとアサヒカワはともかく、サッポロは一番ですわ!味噌、砂糖、獣脂、玉ネギ。かん水はかしが一、ならがニ番目と」


 これで海が近ければ苦りがありますが、サンストラック領はかなりの内陸です。


「石灰って食べても大丈夫なんでしょうか?こんにゃくには使っていましたわよね?」


 ラーメンはアルカリ水で練ったうどんです。

 さて、うどんとスパゲティは何が違うのでしょうか?

 正解は――名前が違います。


 団子、麺、パスタ。

 すべて穀物の粉を水で練った物です。

 ただし、発酵工程は含みません。

 発酵させると別の料理になります。


 餃子は麺料理です。

 芋団子がパスタにある事は有名です。

 普通に考えて世界中で同じ料理に同じ名前が付く事の方が異常です。


「薄力粉は晒し小麦粉、強力粉はグルテン添加で対応。まさか中力粉しかないとは思っていませんでしたわ」


 ルーンジュエリアは品種の分別指示を領主である父にお願い済みです。


「お餅が食べたいですわ。馬鈴薯澱粉でかさ増しとか、芋餅、大根餅には泣きますわ。なんで澱粉に二種類もありますのよ。白胚なら米麦雑穀、なんでも来いですわ。ああ、他人ひと頼みがつらいですわ。でも自分でやったら出来っこありませんわ」


 魔法でパパパーは、今のルーンジュエリアには夢物語です。


「ピーナツみそー」


 不意につぶやきます。


「お味噌の油炒めじゃありませんわよ。落花生みたいな脂質が多いお豆で仕込んだお味噌ならインゲン味噌より美味しいんじゃないかと思うだけですわ」


 日本酒だと油分は醸造の大敵です。

 発酵工程で油は邪魔な気がしますが美味しくなければ失敗の経験値に組み込めば良いだけですわと考えます。

 そしてベッドの上で両足を交互に蹴り上げて遊びます。


「やっぱりお夜食ですわ。キサラ。行きますわよ」

「はい」


 メイドがルーンジュエリアに短いマントを羽織らせます。

 防寒よりは女子らしく寝間着を隠す意味が強いです。


「相変わらずジュエリア様は独り言が多いですね。今日の熟考はお料理と食材ですか?」

「ふみ。キサラも一度食べたら分かりますわ」

「作って下さいね」

「善処しますわ」


 ルーンジュエリアはメイドが開いたドアを通り抜けます。

 ふと廊下で立ち止まると木窓を開けて夜空を見ます。


「キサラ。夜空がきれいですわ」

「はい」

「季節と星座が合いませんわ?」


 物心ついたルーンジュエリアが星空で最初に探したのは極星でした。

 これはすぐに見つかりました。

 ですが方位が分かりません。

 あれはヒルダかサウザーか。

 手っ取り早くキサラに聞くとポラリスの様です。

 ふみ?

 自転と公転が地球と同じだと知ってルーンジュエリアは安堵します。


「水金地火木……違いますわね。バルカン、マーキュリー、ヴィーナス、ガイア、ヤハウェイ」


 ルーンジュエリアは知っている星の名前を並べます。


「マーズ、フェイトン、ジュピター、サーターン」


 そもそもここは太陽系なのでしょうか?

 王国の総軍元帥でもある父に尋ねたところ、……バルカンがありました。

 常識が音をてて崩れます。

 いえ。

 ルーンジュエリアが言う常識はこの国の常識ではありません。

 星の名前は単純に第一番、第二番と並べているのと同義です。

 ただの思い出にある妄想です。


 ルーンジュエリアは星空に思いを寄せます。


「ウラヌス、ネプチューン、プルートー、プロメテ、ジュピターツー。

 うー。うるとらひかりで沖縄かー。死ぬ前に一度行ってみたかったですわ」


 星を見上げてルーンジュエリアは考えます。

 どうしてジュエリアだけ、頭がいいんですの?

 考えている内容はともかく、美少女が星空を眺めて思いをせる。

 大変絵になります。

 キサラはうっとりとお嬢様に見とれています。



「ふみ?」

「こんばんは、ジュエリアお嬢様。また四食目ですか?」


 調理場に潜入すると料理長が居ました。

 食材在庫のチェックでしょう。


「グランブルがここに居たのは都合がいいですわ。火盗改めをお願いします」


 火盗改めとは調理後の火の確認と、使用された食材量の確認です。

 調理場担当も予定を組んで食材を手配しているので、確認は大切です。


「都合いいも何も、私はここで寝泊まりしていますからねー。さっさと食べて寝て下さいませ」

「グランブルが冷たいですわ」

「ジュエリア様。それでは温かい物をいかがでしょうか?」

「お嬢様。暑い時期に温かい物を食べて汗をかくのは健康の為にとてもいいそうですよ」


 んー、それは違うんじゃないかな?

 ルーンジュエリアは考えます。


「厨房でのつまみ食いですわよ。ふみー、キサラ。ハコダテを食べてみますか?」

「喜んで。それで、どのような料理でしょうか?」

「塩味の出汁スープに茹でた小麦麵を入れますわ」

「ほう。また新しい味ですかな?ご相伴に与かってもよろしいでしょうか?」


 ジュエリアお嬢様がありきたりな料理を作るはずがない。

 料理長はそれを知っていました。

 料理の名前を聞かれて調理法を答える。

 それはつまりそう言う事です。

 自分たちの知らない料理に二人の期待が高まります。


「許しますわ。ではグランブル。三人分の出汁スープと小麦粉、乾燥グルテン、あと竈の灰水を濾して上澄みの準備を」

「灰水ですか?食器の片付けでしたら後で私がやっておきますが?」

「ふみ?ああ、灰水で練った小麦麺を打つのですわ。グランブル。麺打ちもお願いします」

「かしこまりました。んー、分かりませんね。何か変わるのですか?」

「味が変わりますわ」

「味?グランブルさん、味が変わるそうですよ」

「おー。それはいい」


 味が変わる。

 漠然とした表現です。

 しかしそれは一つの事を断言しています。

 貴方達二人はまだ食べた事はありません。

 そう言っているのです。


 二人の胸は膨らみます。

 膨らみ過ぎてお腹が減った気がします。

 キサラは自分の胸のサイズが二つ上がった気がしています。


「んで、今日のお出汁はなんじゃらほい?」


 石造りの領主屋敷の中には多くの人が寝泊まりしています。

 夜食のみならず、急な用事の時の為にも下準備がされてあります。


「鳥骨です。青首ガウガウの薄目味ですね」

「なーんだ、雄ですの」

「雌は美味しいですからねー。明日の材料にとってあります」

「まあ、お夜食に贅沢は言いませんわ」


 オスとメスのどちらが美味しいかは個人の好みになります。

 メスの肉はオスよりも柔らかいのが普通です。

 ですが子や卵を産むと栄養が消費されてオスの方が美味しいと言う判断になります。

 今の時期はメスの方が美味しいようです。




 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




 この季節、領都ホークスでは朝四時位には明るくなります。

 ランプの油がもったいないので日の出で起きて、日の入りに眠ります。

 ベッドのカーテンを開けるメイドにルーンジュエリアは声を掛けます。


「新しい朝が来ましたわ」

「お早うございます、ジュエリア様」

「ふみ、キサラ。希望の朝ですわ」

「はい。今日もお天気は良くなりそうですね。外で仕事ができるのは助かります」


 ルーンジュエリアはベッドから降りると開け放たれている窓から外の景色を眺めます。

 うっすらと明るくなっています。

 着替え終わった頃には完全に明るくなっているでしょう。

 うー。またお寝坊してしまいましたわ。

 朝が早くなると起きる時間に追いつけませんわ。

 チュンチュンと鳥がさえずっています。

 鳥インフルエンザは無いので雀が群れを成して数多くいます。

 今日も暖かくなりそうです。


「着替えます。手伝いなさい」

「はい、ジュエリア様」

「うー。お着替え一つに介助を願うとか。人として駄目になりそうですわ」

「お貴族様でしたら誰でも行なわれている事です。お慣れください」

「ゆりかごから墓場まで安泰安寧が続くのでしたら個人家名など必要ありませんわ」


 貴族だからと言って生活が一生保護される訳ではありません。

 家を放逐されることはよくある話でした。

 ウエルス王国だと貴族の名前は次の様になります。


 個人名・オブ・個人家名=共通家名


 何らかの理由で家を出た貴族は共通家名が無くなります。

 個人家名が苗字になります。

 万一の時の準備が最初からしてあるくらい、昔だと良くある話でした。

 今は形式として残っています。

 個人名は父親。

 個人家名は母親一人で名づけるのが一般的です。


「ふみー。キサラ」

「はい、なんでしょうかジュエリア様」

「なんでヒューマの名前は魔法語基準なんですの?」

「昔の流行りが今でも続いていると聞いております」

「その割に呪文の詠唱は普通語ですわ」


 魔法術の起動には呪文の詠唱が必要です。

 魔法術者が起動すると、魔法術が発動します。

 理由は分かっていません。


 魔法語は魔法術創世記に使われていた古代語です。

 対して普通語は現代で使われている言葉の意味です。

 主にウエルス王国周辺で使われています。

 区別が必要な時はウエルス普通語等の言い回しをします。


 魔法語が使われていた時代に魔法術は編み出されました。

 ならば魔法術は魔法語の呪文詠唱で行なうものであると普通なら考えたいです。

 実際の魔法術は普通語で呪文詠唱されて発動します。

 気にしたら負けなのかもしれません。


 ルーンジュエリアはキサラに問い掛けます。


「キサラもエング系魔法語は知ってますの?」

「そうですねー。単語位でしたらそれなりには判ります」

「愛、おぼえていますか?」

「ラブです」

「日常的には使わないですわよね?」

「まったく使いません」

「良く分かりませんわ」

「んー。言われてみればそうです。考えた事もありませんでした。

 習慣である事は確かですが、どういう理由で始まった習慣なのでしょうか?」


 だらだらとどうでも良い事を話します。


「まあ、いいですわ。おいおい調べましょ。ああ、裾は無い物で頼みますわ」

「ジュエリア様は女性なのですからもっと肌をお隠し下さい」

「ジュエリアは八歳の子供ですわ」

「八歳は十分に淑女です。駄目ですよ」

「ふみー。鍛錬の時だけ、男の子になりたい、ですわ」

「無理ですね」

「ふみー」


 希望したホットパンツは却下されました。

 これから朝食までの三時間。

 朝の鍛錬です。



 朝食のメインはヒレソテーベーコン巻。

 ヒレソテーもベーコンもウエルス王国名産の羊肉です。

 付け合わせは人参とジャガタライモです。


「リアーナ。人参も残さず食べなければいけませんよ」

「ぶー。お母たま。わたし人参きらい」


 第三夫人、実母ルージュリアナの言葉にエリザリアーナがぶーたれます。

 まだ五歳です。


「リアナ。人参は美味しいですわよ。ほら、ジュエリアお姉ちゃんは人参を美味しく食べますわよ」

「ぶー」

「ジュエリア。こちらへいらっしゃい」

「ふみ?」


 母に呼ばれたルーンジュエリアはとことこと歩み寄ります。


「なんですの?ジュリアナお母様」

「ジュエリア。頭を出しなさい」

「ふみ?」


 言われるままに頭を下げます。


「よしよし」

「ふみ」


 ルージュリアナはルーンジュエリアの頭をなでました。

 賢く見えてもまだ八歳の女の子です。

 母に頭をなでられて嬉しくない訳がありません。


「よしよしよし」

「ふみ!ふみ!ふみ!」


 ルーンジュエリアの興奮は高まります。

 ついつい調子に乗って甘えます。


「抱っこー」

「まあまあ。ジュエリアは甘えっ子さんですね」

「ふみー」


 母の膝に横座って頭を撫でられる。

 至福の時です。


「リアーナ。人参を残さず食べたら母が貴女の頭をなでてあげますよ」

「ふみーん」


 この時の為に自分は生まれてきたんだ。

 お嬢様は何も考えずになごみます。


「ジュエリアおねえちゃんの」


 むくれたエリザリアーナがつぶやきます。


「ジュエリアおねえちゃんの、っばかー‼︎えーん」

「ふみー!」


 まさか自分にお鉢が回って来るとは思いませんでした。

 エリザリアーナは泣きながら食堂を飛び出します。


「リアナ、ふみ、リアナ、ふみ」


 ルーンジュエリアは慌てます。


「ジュエリア。安心しなさい。リアーナは後で母がさとしておきます」

「いえ、あの、いえ、あの」


 母も大切ですが妹はもっと大切です。

 何故なら自分はリアナのお姉ちゃんです。


「申し訳ありませんお母様。リアナの所へ行って参ります」

「いいですよ」

「お父様。お母様方。失礼いたしますわ」


 廊下へ出たルーンジュエリアは妹の部屋へと走ります。

 お姉ちゃんが悪かったですわ。

 お姉ちゃんを嫌いにならないで!

 ルーンジュエリアの心が叫びました。

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