013 標2話 敵は家族と家臣達ですわ 9
グワァーーーン。
木と紙筒のぶつかった音の異様さにルーンジュエリアは驚きます。
「魔法付与ですわ!」
「やはりジュエリア様は見ただけでご理解できるのですね」
硬化、強化――いえ、金属化かも知れませんわ。思い付く全てがエンチャント付与されているかも知れませんわ。
驚きのあまり口の端が吊り上がります。
貰いますわ。これはジュエリアが頂戴しますわ。
地に染まった本心が心の中からあふれます。
「次ですわ!次が見たいですわ!」
「ヤをお使いください」
「ヤ!」
「シールド!」
ヤは太さ三ミリメートル、長さ三十センチメートル程に伸長した髪の毛等を転移させて目標物に突き刺す様に埋め込む魔法術です。
主に目標物の固定や停止に使います。
ルーンジュエリアはヤでリナの右腕を狙います。
対してリナは右手に持ったスクロールを一瞬で持ち替えて開きます。
発動した魔法術はシールド。
ルーンジュエリアのヤは無効化され転移先に届く直前、リナの前に現れます。
そしてコロニーと呼ばれる伸長した姿ではなく、髪の毛の姿で床に落ちます。
そのままの流れで二人は剣を打ち合います。
「ふみ?シールドでヤは防げませんわ?転移と魔法術による変形の無効化?まさか、対魔石ですの?」
「さすがですね。ですが対魔石ではありません」
「そんな!対魔石の効果を魔法術で再現できますの!?」
「ふふっ。初見でそれに気が付きますか」
発動を停止するだけなら抗魔石でも可能です。
けれども魔法術によって変形した物を元の姿に戻すのは抗魔石ではありません。
間違いなく対魔石です。
リナはそれを魔法術で再現したと匂わせます。
ルーンジュエリアは驚きのあまり――にやにやとした笑顔が止まりません。
自然の驚異は無敵ですわ。人力でどうにかできるものではありませんわ。
だから対魔石も抗魔石も不可侵だと思い込んでいました。
ですが対魔石の効果を魔法術で再現できると言うのなら話は変わります。
人の
そしてルーンジュエリアは確信します。
抗魔石の効果を魔法術で無効化できる可能性はありますわ!
ルーンジュエリアは超速で上を向いたままリナの足元に潜り込みます。
そして真下から右の握りを突き上げます。
右手を庇ったリナが思わずスクロールを手放した瞬間、それをキサラ目掛けて打ち飛ばしました。
「キサラ‼︎」
「ジュエリア様。何を……、!」
自分の飛ばしたスクロールが拾われる気配を背中にして、ルーンジュエリアは微笑みます。
その目前に立つリナは右手にスクロールを補充します。
「リナ様。……まず一本。頂きましたわ」
「そうですか。ジュエリア様はそういう戦法を取られるのですね。スタート」
この時リナは大きな勘違いをしました。
自分は多くのスクロールを持っている。
ルーンジュエリアはそれを減らす作戦に出たのだと思い込んだのです。
ですが現実は異なりました。
ルーンジュエリアの目的はスクロールです。
そこに書き込まれている筈の魔法術そのものです。
リナはルーンジュエリアがそれを読み取れるなどとは思いもしていません。
リナは両手に持ったスクロールをそれぞれうつぼに納めます。
そしてその両手をもう一度引き抜いた時、その手の指の間には三本ずつのスクロールが挿み握られていました。
剣や他の得物では難しい、細長い巻紙だからこそできる構えです。
「スタート‼︎」
「ふみ?」
リナが両手に構えた合計六本のスクロールを起動します。
ルーンジュエリアはここで疑問を感じます。
先程は感じませんでした。
けれど三回目にはおかしいと思います。
(スクロールを開いていませんわ。何故エンチャントしてある魔法術が起動するんですの?)
考えられる理由はいくつかあります。
ですが今は調べる時間がありません。
ルーンジュエリアは可能性を確保しておきます。
今のお嬢様は魔道具コレクターです。常日頃からそうですが。
激しくぶつけ合う剣が異様な響きを奏でます。
魔法付与の効果だろうと推測しながらも重くもない木剣から鳴り響く重低音を苦笑います。
(考えられ可能性はなんですの?開かなくても起動できる別の魔法?縛り紐も怪しいですわ。リナ様はさっきあれを
考える時間が欲しい、そう叫びたくなります。
しかし紙筒ちゃんばらを続けるリナの手は止まりません。
(紐が
ルーンジュエリアはシールドを発動した先程のスクロールを縛っていた紐を探します。
落ちていません。
どこ?どこ?と目を走らせるとリナの手首に紐が巻き付いています。
(確定ですわ。ただの紐を戦闘中に拾っておく理由はありませんわ)
どうやって相手の手首に巻き付いている紐を取り上げるかですわ?
無理ですわ。
ルーンジュエリアの判断は一瞬です。
ならば未使用のスクロールを頂きますわ!
第一目標、今握っているスクロール。第二目標、うつぼの中のスクロールですわ。
リナの両手の握りへ向けて剣先を突き続けます。
「っ!これが、五段突きです、か!
「くっ!本数が邪魔ですわ!」
年齢的なものでしょうか?
八歳のお嬢様は四十四歳年上のメイドを押し続けます。
それでも相手はドラグスレイアを名乗る一流の剣士です。
全盛期を過ぎたとは言えその技は一流のままです。
「ヤ!」
「く!」
なんとかスクロールの一本へ十字型にコロニーを埋め込み、それに剣を引っ掛ける形で奪い飛ばします。
リナは自身が狙われたのでは無かった為、気付くのが遅れて防げませんでした。
「キサラ‼︎」
「ファイヤ!」
「ジュエリア様!」
「ふみ‼︎」
リナがスクロールを起動します。
床に落ちたスクロールを拾おうとしたしゃがみ込んだキサラの眼前でそれが燃え上がります。
思わずキサラは叫びました。
対峙する二人の剣が止まります。
「リナ様!話が違いますわ!下さると聞きましたわ!」
「あ!いえ、あの、」
リナの口が言い淀みます。
しかしルーンジュエリアはそこを気にしていません。
見ましたわ。確かに見ましたわ。
ファイアーの詠唱直前に縛り紐を肌に滑らせましたわ。
勝手に解けた縛り紐がスクロールを開き広げましたわ。
あれは素晴らしい魔法術ですわ。
ルーンジュエリアは自身が今知る魔法術で再現できないかと考えます。
が、今その暇は無いとその考えを投げます。
そんなお嬢様へとリナは訊ねます。
彼女の感じる違和感は容赦有りません。
いつも座学を教えているお嬢様とは別人です。
「一つお聞きします。貴女は本当にルーンジュエリアお嬢様ですか?」
「ふみ?リナ様はご存じありませんでしたか?魔法が関係している時のジュエリアはこんなものですわ」
ルーンジュエリア自身、特に隠してはいません。
これでなければサンストラックのバケモノだとか呼ばれる事はありません。
座学や武術の鍛錬では明らかに地を隠しています。
「お母様達が抗魔石をご用意した事も無理からぬ話だと、頭の中では反省していますわ」
「そうなのですか……。確かに耳にする噂が大げさで無かったとすればそのお姿こそすっきりしますね。
それでどのように反省されていますか?」
「親に心配を掛けぬよう見つからない事を重視すべきでしたわ」
「お気持ちは判りますがそれでは解決になりません」
「事実が確認できないなら解決の必要はないですわ」
「それもそうですね。
いいえ、それでは困ります」
そう口にするリナを見ながらルーンジュエリアは考えます。
今迄の太刀、振る舞いから考えてスクロール剣術の
ジュエリアの理想とする短縮呪文多用による戦術方針が間違っていないと裏打ちされたもおんなじですわ。
あとは所持していない呪文の収集。
ジュエリアはコレクタですわ。リナ様がエミッタですわ。
キサラはトランジスタグラマーですわ。
そして右手で水平に握った剣の先へ左手を伸ばしてその指を添えます。
「では続けましょうか?ジュエリア様」
「ふみ、行きますわ」
「スタート!」「ヤ!」
右で突き込み、空中に出現させたコロニーを束ねて左手で掴みます。
そして頭上から振り下ろされる紙筒をそれで受けます。
つばが無いとはいえ短剣の変わりには使える長さです。
「ヤ、シュー」
「シールド!」
そして別のコロニーをリナ目掛けてシュートします。
手で投げるより魔法術で飛ばした方が命中率は優れます。
しかし飛んで行ったコロニーは髪の毛に戻った姿でリナにぶつかります。
これでは届いたところで意味がありません。
「ウォーターボール、ウォータージャベリン、ファイヤーウォール」
「我が心全ての羽を受け流し」
スクロールの起動は詠唱呪文の全てが終わらないと発動しません。
このわずかな時間差にルーンジュエリアは救われました。
二つの水魔法は何事もないかの如くその横を通り過ぎます。
後ろのキサラが心配ですが、悲鳴は聞こえなかった事にします。
ゆえにキサラからの抗議の声など存在していません。
「っはー。やべーやべー、危ない所でしたわ」
軽口を叩きつつ、リナの前で立ち広がるファイアーウォールへ突進します。
(リナ様の左手がお留守ですわ)
目標物は手首に巻き付く縛り紐です。
ところがどっこい、そうは問屋が卸しません。
気付くと既にリナの左手は左腰のうつぼに掛かっています。
「スタート‼︎」
「ヤ、シュー」
「シールド!っひ‼︎」
ルーンジュエリアは廊下に置かれた手近な扉の立ちプレートをコロニーとして飛ばします。
シールドの力でコロニーから元に戻ったプレートにリナは驚き、それを交わします。
先程と今回の合わせて二回。
ヤは常時その姿を変え続けている魔法術です。
シュートの魔法術は飛ばす時に発動するだけです。
なんとなく対魔石のシステムが判った気になります。
「なんですか!今のはかなり焦りました」
「これが外なら矢には不自由しませんわ」
「そうですね。リアライズ!イレース!」
「あ‼︎ずるっこですわ!」
リナはスクロール一本と引き換えに八本の新しいスクロールを具現化します。
そして邪魔になって来た使用済みのスクロールを消去します。
汝の三つの願いを叶えよう。まず一つ目を願うが良い。
叶えてくれる残りの願いの数を百個に増やしてください。
目の前でこんな事をやられたら流石にポジティブなルーンジュエリアでも声は上げます。
ああ、これは切り良く逃げ出そうと考えます。
思考がぶっきら棒になっていると自分でも判別できます。
拙いですわ。緊張の糸が切れかかっていますわ。
ヤー、と唱えて左手に持つコロニーの束を床に投げ捨てます。
日頃の鍛錬は怠っていませんが、実戦の緊張感は別のものです。
睡魔に襲われる前に片付けないと不味いですわ。
その焦りが更なる精神疲労をもたらします。
お嬢様は正眼に構えた剣をゆっくりと振りかぶります。
これは現在のルーンジュエリアにとって奥の手です。
剣と握りを完全に体で隠す事でどこから振って来るか判らない様にしています。
今は力がありません。
重い剣も持てません。
それ故に早さと、手足
こんな曲芸まがいが通用するのは自分よりも剣速が遅い相手だけです。
だからルーンジュエリアは常に最速でなければなりません。
リナにもその気迫が伝わります。
両手に持ったスクロールをうつぼにしまうと一本だけを同じく上段で構えます。
上段対上段。
少なくともリナはそのつもりです。
「はあああっ!」「スタート!」
リナが振り下ろした渾身の一撃はルーンジュエリアによって左真下から打ち飛ばされました。
「キサラ‼︎」
そう叫んでは見たものの既に剣を構える気力がありません。
追撃されたら終わりかなーと考えます。
救いになるのは背中に感じる誰かが何かを拾った気配です。
放心のままで前を見るとリナが笑って立っていました。
「お見事です、ジュエリア様。あの一撃を下から迎えられるとは思いもしませんでした。良く切り替えましたね」
「ふみー、ジュエリアは疲れましたわ。リナ様。ジェニアお母様にお布団を貸して下さる様ご連絡を頼みますわ」
「はい、直ちに」
リナが扉に消えるのを見つめながら言葉にします。
「キサラ、あー。それー。早く部屋に頼みますわ。リナ様に聞かれてもすっとぼけなさい」
「かしこまりましたジュエリア様」
ふみー。疲れって一気に来るものですわ。
夢現の中でそう思いながらルーンジュエリアは、駆け寄って来たグレースジェニアに凭れかかりました。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
数日後の夕食が終わった居間で何人かが食後の紅茶を楽しんでいます。
家族の数が多いのでソファーセットは三組あります。
「パーンパーカパーーン、パーンパーカパーーン、パーンパーカパーンパーカ、パーンパーカパーーン、」
「どうしたのジュエリア?すごく機嫌がいいじゃない」
「ふみ。内職していた首飾りができましたわ」
「首飾り?見せて見せて」
「ふみー」
嬉しそうに自慢する妹は、首から外したペンダントを姉に渡します。
濃いピンクの真四角な石の中に肖像画が透けて見えます。
「うわあ、きれい。ルージュお母様の肖像画が入っているんだー」
「それだけではないですわ。右横と左横からも見て欲しいですわ」
「右と左から?うわ!何これ。信じらんないー。グレースお母様とステラお母様もいるわ!」
「ん?なんだい?ステーラ。あたしがどうしたって?」
隣の島からシルバステラが声を掛けて来ました。
「お母様お母様、見て見てー。ジュエリアの首飾りって右と左と真正面で別の絵が見えるの!」
「別の絵?ああーん?バカ娘。あんた、こんな事もできるのかい」
ラララステーラから受け取ったペンダントの石を見て、自分も欲しいと思います。
頼んだとしても断られる事は無いでしょう。
ならば何を頼むかが重要です。
「ステラ、私にも見せて下さい。これは光魔法ですか?」
「違いますわ。三枚の絵を細かく切り貼りして、あたかも三種の絵柄を持つ一枚に見える様に誤魔化しているだけですわ」
「いや、簡単に言っているけどすごい話だろ」
「つまり魔法抜きで見せているのですか?」
「ですわ」
絵柄二枚なら屏風折りで十分です。
ルーンジュエリアは三枚絵を切リ貼りで仕上げたようです。
細かく切れるのは魔法術の力です。
「我が娘ながらその知識だけでも知らない人から見ればバケモノですね」
「ん?グレース……」
「なんでしょう?」
「それが抗魔石だよ」
母親二人は顔を見合わせました。
そして二人揃って自分たちの娘を見ます。
「ジュエリア。これはいつから身に付けていますか?」
「今朝からですわ」
「午後の魔法の鍛錬の時はどうしましたか?」
「付けていましたわ」
「抗魔石を身に付けていて問題ないのですか?」
「ドラグスレイアの魔法術にいいのが有ったので解決しましたわ」
相変わらず娘の答えは明快です。
明快なあまり自分たちの希望からかけ離れているのがはっきりくっきり分かります。
二人揃ってため息を吐きます。
同時に目を合わせてご苦労さんと伝え合います。
不満があるのは親の言いつけを守る良い子です。
何が悪いのかと言い詰めます。
「ご心配なさらずともジュエリアは自室での過度な鍛錬はやめていますわ」
「いや、それは、――なんか、どーでも良くなったな」
「奇遇ですね、私もです」
「ふみ!ジュエリアは約束を守るいい子ですわ!」
「ああ、そうだな」
「安心しなさい。私達は知っています」
ルーンジュエリアがブー垂れようとしたその時、不意に横から声が掛かります。
声の主は親の言いつけを守る良い子の姉です。
「ジュエリア、それはそれとしてです。わたくし達にも同じ物を作りなさい!」
「お姉ちゃん。これは石に溝を魔法術で加工するのが意外と面倒ですわ」
「待ちなジュエリア!その抗魔石も魔法で加工したのか!」
「でないと作れませんわ」
「あー分かった。三人には希望を聞いて似たような物を頼む」
「ふみ」
「そうですね。ルージュにもそれを見せて来なさい。きっと喜びますよ」
「はいですわ!」
意気消沈する母二人を残して、良い子なお嬢様はもう一人の母の笑顔を見る為に部屋を出ました。
それに従うメイドが、ふと声を掛けます。
「ジュエリア様。今回の抗魔石の一件ですが、」
「ふみ?」
ルーンジュエリアは立ち止まります。
振り返るとはちきれんばかりの笑顔でキサラが言います。
「うち、わくわくしたっちゃ」
「それは僥倖ですわ」
サンストラック邸の平凡な日常は何事もなく過ぎていきます。
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