第3話 ロリ娘怒らせる×男の娘に負ける×お姉さんに甘える

「ななな、なに!?」


 よく見ると、褐色の頬が若干赤くなっていて、目をパチパチとさせている。なんでだ。


「なにって、ルミィのおかげで"ラノベがないなら自分で作ればいい"という当たり前のことに気づけたことに対するお礼だよ。それ以外に何があるんだ」


 あれ、なんだろう。なぜかはわからないが嫌な予感がする。

 ついさっきまでのワクワクが嫌なドキドキに変化してきたぞ。


「……ふぅん」


 頬だけじゃなく顔全体が赤くなってきているように見える。目つきもどんどん鋭くなっているような……。


「いつまでルミィの手握ってんの? ばか」

「す、すみません」


 俺は慌てて手を離し、椅子に座った。

 思わず敬語になってしまうほどに眼力が強い。というか怖い。

 ルミィは後ろを向くと早歩きで机を半周し、勢いよく来客用の椅子に収まった。


「……」

「……」


 数秒程の沈黙。空気が重い。

 椅子を元に戻しルミィの方を見るが、顔は見えない。

 ルミィは若干斜めに椅子をズラし、足を組みながら肘置きに肘をついて横を向いている。

 理由はわからないが明らかに不機嫌になっているな。やれやれ。仕方ない、ここは伝家の宝刀『天気の話』で空気を変えてやろう。


「それにしても、今日はアレだな。暑いな。つまり、天気がいいってことだ」

「ん」


 いいぞ。こちらには全く見向きもしていないがとりあえず声らしきものは返ってきた。掴みは良し。

 後はシャレの効いたセリフでも言えば和やかな空気になるだろう。


「ルミィも暑いんだろ? さっき手を触ってる時、手汗凄かったしな! 水の魔術でも使ってるのかと――」


 ガタンッ。

 ルミィがいきなり立ち上がった。


「部屋、戻る」


 小声でそう言うと、ルミィは小走りで店舗部分より奥にある階段の方へ行ってしまった。その姿を目で追うと、ポニーテールが言葉の代わりに怒りを表現するかの如く揺れ動いていた。


「何怒ってんだ、アイツ」

「……まったくもう、カオルさんはダメダメなお兄さんですね」


 店先から声が聞こえたので視線を向けると、可愛らしい同居人であるファルくんが残念そうな表情をしながらこちらに歩いてくる。


「ファルくん、おかえり。って、今の見てたのか?」

「見てましたとも。聞いてましたとも。ひょっとしたらチューしちゃうかも、って思ったのに。残念で仕方ありません」


 ファルくんはそう言いながら机の前まで来ると、背中につけている矢筒と弓を外して机の上に起き、先程までルミィが座っていた椅子を丁寧に定位置へ戻してゆっくりと腰掛けた。


「チューて。俺はルミィのことをそういう対象として見たことはないぞ」


 あんなロリを変な目で見るような輩だと勘違いされては困る。アンナさんのことを変な目で見ている自覚はあるが。


「えぇー? その割には悪い目つきで、イヤらしく、全身を舐めるように見てたじゃないですか」

「ファルくん、目つきが悪いのはそういう顔の造形なんだよ? それに、イヤらしく見ていたつもりはないよ?」


 俺がそう言うと、ファルくんはクスクスと笑う。こういうところはルミィにそっくりだ。顔はあまり似ていないのに、姉弟というのはどこかしら似ている部分があるもんだな。


 ルミィはダークエルフと人間のハーフだが、ファルくんはエルフと人間のハーフ。二人は父親が同じで母親が違うらしい。

 つまりエルフやダークエルフに手を出しまくっている変態親父が二人の父親ということなのだろう。なんて羨ま……けしからん親父だ。そんなことを考えていたら、ファルくんが何か思いついたような顔をした。


「それなら、再現してみましょうよ。カオルさんがルミィ姉さんをどんな目で見てたか」


 ファルくんは楽しげにそう言うと、スッと立ち上がって俺の真横までゆっくりと回り込んできた。


「再現? って……そういうことか」


 いや、そもそもなんで再現するんだろうか。ルミィの動きを再現すれば俺がイヤらしい目でファルくんを見るとでも思っているのか。

 心外だよファルくん。俺は絶対にそんな目で君のことを見たりしないというのに。


 まぁいいさ。付き合ってあげようじゃないか。これは俺の誇りを賭けた勝負とも言える。

 俺はルミィの時と同じように体を椅子ごとファルくんの方を向けて、左手で頬杖をついた。さっきと違う点があるとすれば、俺が勝利を確信した表情をしていることだろう。


「さっき言ってたラノベってなんですか? もしかして……えっちなやつ、ですか?」

「そ、そうだなぁ」


 再現だって言ったのに微妙に違うじゃないか。

 なぜ切なそうな眼差しを向けてくるんだ。この手はなんだ。なぜその小さな左手で俺の右手を触っているんだ。ルミィは触ってこなかったぞファルくん。ズルいぞ。


 だが、一つだけ決定的な違いがあることを忘れちゃいけない。ルミィは女の子であり、ファルくんは男の子だということだ。

 悪いが俺は女体だけが好きなんだよ。この勝負、もらったな。


 ジィッとファルくんを視る。全身を上から下まで舐め回すように観る。

 身長はルミィと同じくらいだ。キラキラと輝く黄金の髪。前髪は眉に届く程度で、見え隠れする小さなおでこが愛らしい。ルミィよりも角度の低いエルフ耳にすこし髪がかかっている。後髪の長さは肩に毛先が届く程度で、全体的に毛先がクルンッとハネている。儚い少女のような印象を抱かせるやや大きい目と青い瞳。ルミィに似た鼻。柔らかそうな唇。少年っぽさと少女らしさが入り混じった顔立ち。エルフの血が濃いのか、白い肌。


 細い首筋から目線を少しずつ下げていくと、薄く浮き出た鎖骨、胸板がチラリと見える。なぜか胸元に深い切込みが入っている服。緑を基調としつつ茶色の線なども混じったエルフの弓使いらしい服なのに、ところどころ踊り子の服のような感じもする。肘が露出してしまう程度の袖の長さ。しかもなぜか両肩の部分にも切り込みがあり、小さな白い肩を露出させている。流石にヘソが出てしまうほどの丈ではないが、防御力が低そうなことに変わりはない。


 視線の魔境探窟は下へと赴く。ピッチリめに履いているそれはルミィと同じもののようだ。こっちは目に優しい緑色だが。そこから伸びる白い脚。ルミィより筋肉はあるだろうに、なぜかルミィよりも細い太もも。膝の部分まで隠れる茶色のロングブーツにはいくつか緑色のラインが入っている。ブーツのせいで少し見えにくいが、膝下あたりにチラッと見えている黒くて肌が透けて見える布。ストッキングのようなものも履いているようだ。


 俺にショタ趣味はないが、これはなかなかどうしてえっちと言える。


 ――ハッ。


「……ほうら」


 ファルくんが急に顔を近づけてくる。


「イヤらしいじゃないですか」


 俺の右耳に、弱々しい女の子のような声色で耳打ちをしてきた。


「イヤらしいのはどっちだぁ!」


 いつの間にか指が絡まっていた右手を慌てて振り上げて右耳を抑え、左手の頬杖を解いて椅子ごと少し後ろに下がる。


「あはははっ。 カオルさんったら顔が赤くなってますよ? 僕はルミィ姉さんじゃないのに、変なお兄さんですねっ」


 白い歯を見せながら弾けるような笑顔で笑っている。

 これがファルくんの恐ろしいところだ。

 今のファルくんはつい数秒前とは別人のように普通で明るい美少……年。だが、時々さっきのようなモードに入る。

 ルミィは背伸びをして『大人の魅力』とやらを演出しようとするが、ファルくんは天然というか、魔性といった言葉が似合う。


 よく考えたら、ファルくんは男の子じゃなくて男の娘だ。だからこれは敗北ではないし、男の子に興奮したわけじゃない。ギリギリセーフだ、うん。


「とりあえず、ルミィのことをちょっぴりイヤらしい目で見てしまったことは認めよう。あ、ひょっとして……ルミィのやつ、それで怒ってたのか?」


 ファルくんに対しても少し不純な気持ちを抱いてしまったが、バレていないようだし黙っておこう。

 しかし、普段は"セクシーな女性"になりたがっているような言動をするクセに、ちょっとエロい目で見られたくらいで怒るとは。常時パンツが見えそうな程の超絶ミニスカートを履いておきながら階段を上る時に必死にスカートの後ろ側を抑えている女子のようだ。微妙に例えが違う気がするが、まぁいい。


「えぇ……カオルさん、本当にわからないんですか? 『他の皆が読まなくても』なんて、姉さんにしてはかなり素直で直球なセリフだったと思いますよ」


 ファルくんは机に寄りかかるようにしながら呆れ顔でそう言ってきた。


「あぁ、それも嬉しかったぞ? ルミィ一人でも読んでくれるなら俺はありがたいからな」


 俺の言葉を聞くと、ファルくんは口をもにょもにょと動かし、眉を上げたり下げたりひそめたりと、なんだか言葉で表しにくい表情をとり始めた。これは呆れているのか、なんなのか。

 数秒程可愛らしい百面相を演じたかと思うと、ファルくんは軽いため息をつき、


「女の子の気持ちもわからないのに、ラノベなんてやつが書けるんですか」

「はぅあっ!?」


 刺さった。言葉のエクスカリバーが俺の心に突き刺さった。

 でも、冷たいセリフを吐き捨てるように言う男の娘もアリだな。


「し、仕方ないじゃないか。俺はつい最近まで、女性の知り合いすらロクにいなかった男なんだぞ」


 我ながら情けなくなるようなセリフを言いながら、ファルくんの瞳から少し目を逸らしてしまう。

 ますます心が痛い。自分で追い打ちをかけてしまった。


「……しょうがないお兄さんですね。そのあたりは僕がちゃんと教えてあげますから。だから、そんな悲しい顔しないでください」

「おぉ! 流石ファルくん!」


 前言撤回。やっぱり優しい言葉をかけてくれる男の娘の方がいい。心の傷が癒えてゆく。


「それに」


 ファルくんは机に寄り掛かるのをやめ、こちらを向いて後ろ手を組むポーズをとった。


「もしつまらなくても、ルミィ姉さん……と、僕だけはちゃんと読んであげますからねっ」


「ファルくん――」


 俺は立ち上がり、女の子のように軽くて小さな体をそっと抱き締めた。


「ありがとう、嬉しいよ」

「ぁ……もう、ルミィ姉さんの時に同じことをしてくれればよかったのに」


 胸の前でほんのりと頬を染めたファルくんが、少し不満げな顔をして俺の顔を見上げている。

 数秒にも満たない感謝の抱擁を終え、俺はファルくんの肩を掴みゆっくりと離れた。


「今のは男同士の友情のハグだからな。それに、こんな恥ずかしいことルミィにはできん!」

「男の人を抱くのも、わりと恥ずかしいと思うんですけど……カオルさんって、ちょっと変わってますよね」


 自らの顎に右手の人差し指を軽く当ててクスッと笑うファルくん。いちいち仕草が女の子らしい。

 というか『抱く』とか誤解を招くような表現はやめなさい。これは熱い男の友情、ハグくらい普通だろう。もうちょっとくっついていたかったな、とか思ってないぞ。断じて。


「ま、今の行動に免じて、ルミィ姉さんには僕から上手いこと言っておきますよ。カオルさんからじゃまた変なことになっちゃいそうですから」

「なんと! ファルくんは地上に舞い降りた天使か……?」


 ウメコ、見ているか?

 これが女神のあるべき姿だぞ。いや男の娘だけど。


「もうっ! そんな風に褒めたってもう何も出ませんよ」


 そうだろうか。俺にはその眩しい笑顔の上に天使の輪が出ているように見える。


「それじゃ、僕も部屋に戻りますね。今日の夜か、遅くても明日の朝にはルミィ姉さんの機嫌も直っているでしょうから、安心してください」

「あぁ、頼むよ。ファルくんも依頼お疲れ様。また後で」

「はいっ。それにしても、ラノベってやつを読むのが今から楽しみです。早く書いちゃってくださいね!」


 そう言いながらファルくんは机の上に置いた矢筒と弓を持ち、階段の方へ向かう。

 その姿を視界の端に捉えながら俺は椅子に座り直す。


「俺だって初めて挑戦するんだから、そう早くは書けないよ。準備だってあるし……?」


 あれ?

 そういえば、この世界では紙ってどういう扱いだったかな。貴重品ではなかったような気がするが。

 冒険者ギルドに行った時に見た掲示板には少しくすんだ灰色の紙っぽい依頼書が貼ってあったし、この店にも同じような紙を使った帳簿が机の中にある。もしかして大量に生産できる仕組みが確立されているのか。

 どうなのだろう。元の世界でも紙がどう作られているかなんて具体的には知らないが、洗浄だの漂白だのといった工程がいくつもあることくらいはわかる。

 あっちじゃそういう技術ができたのはいつくらいなんだったか。世界史の授業をちゃんと受けておけばよかったな。

 ここは大体中世くらいの文明レベルなんだから、生産する技術があってもおかしくはない、のか?


 ダメだ。また細かいところが気になる悪癖が騒ぎ出している。こんな時は素直に聞いてみればいい。


「ファルくーん、文章を書く紙って貴重なのかなー?」


 俺の位置からだと左斜め後ろ方向。既に居住部分の廊下を歩いているファルくんの姿は見えない為、少し大きめの声で話しかける。


「えぇー? 紙なんてアンナさんに複製魔術で作ってもらえばいいじゃないですか」


 思ったよりまだ近いところにいるみたいで、普通の声量で返事が返ってきた。


「そっか、ありがとう」


 それにしても、複製魔術なんてものがあったのか。

 まぁここは異世界なんだし、元の世界の常識で考える方がおかしいのだろう。


 ファルくんの口ぶりから察するに、複製魔術とやらはリスクのあるような魔術ではないようだしお金もかからなそうだ。でも、ファルくんやルミィには使えない魔術といったところか。

 ここは一つ、アンナさんに甘えてみよう。

 アンナさんが依頼に出かけたのは二日前。確か、早く終われば二、三日で帰ってくると言っていたっけ。


 なんだか、たった一日で急速に新しい道が出来上がっていく感じがする。

 案外、物事が大きく変わるきっかけなんてこんなものなのかもしれないな。


 固い背もたれに背中を預け、店の天井を見上げる。

 ルミィから貰ったワクワクとした気持ちが、また少しずつ胸の奥から蘇ってきた。

 色々と壁はあるだろうが、一つだけ確かなことがある。

 物語を書く前から二人もの優しい読者がいるということだ。


 それにしても――


「客、来ないな」


 俺は目を閉じて、脳内プロット作りを開始した。

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無力な俺は異世界でライトノベルを執筆する~異世界に転移したのにチートスキル無し!?それでも世界を変えられるはずだ。異世界にはないライトノベルを執筆することで!~ ポニポニ/東城一輝 @ponitekyou

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