無力な俺は異世界でライトノベルを執筆する~異世界に転移したのにチートスキル無し!?それでも世界を変えられるはずだ。異世界にはないライトノベルを執筆することで!~
第2話 現状整理×生意気な同居人×突然の転機
第2話 現状整理×生意気な同居人×突然の転機
俺がこの世界に召喚されてからもう三十日くらいは経っただろうか。ウメコにこの〈ストヴァストニカ〉という町に転送されてからというもの、毎日が戦いだ。
「さて、やるか――」
左右から近づいてくる荒くれ者共の視線を感じながら仁王立ちし、目の前を通る奴らの足元を睨みつけながら仕掛けるタイミングを計る。気温の高さに加えて緊張しているせいだろう、額に汗がじんわりと浮かび上がってくるのがわかる。
もう少しだ。今見えているトカゲっぽい足が視界から消えたら仕掛けよう。
目を細め、胸の前で組んでいる腕に力を入れる。
いや待て、音はどうだ。集団に攻めてこられたら敗北は避けられない。近づいてくる足音をよく聴かなければ。
――大丈夫そうだ。仕掛けるなら今しかない。
「寄ってらっしゃい見てらっしゃい、最先端の魔装具はいらんかえぇぇ……」
ギリギリ通行人に聞こえるか聞こえないかといった絶妙な声の大きさで呼び込みをかける。
よし、これで今日のノルマは達成したと言えるだろう。
これ以上外で日差しを浴びたくないので颯爽と振り返って店内に戻る。店内の奥にある机の裏手に回り、木製の椅子に腰を掛けると、やや冷たい机の上に突っ伏して脱力した。
さぁ今日も脳内で暇を潰すとするか。脳内会議。無双夢想。思春期男子の健全な妄想。どれでもいいが、今日は脳内状況整理から始めよう。
この俺こと
頼れる人も場所もなく、そもそも見ず知らずの人に頼るコミュニケーション能力もない。そんな俺のことを巨大な愛で包みこんでくれた女主人であるアンナさんの店だ。
一階には店舗部分とアンナさんが使う部屋があり、ニ階の居住空間には六つも部屋がある。(といっても物置部屋が多い)この世界での基準はわからないが、ストヴァストニカで見かけた他の店と比べても結構大きい店。
そんな立派な店を持つアンナさんは凄い力を持つ魔術師で、体内の魔力を上手いこと変換(俺にはよくわからないが)することで本来の力以上の魔力を放出できる装備〈魔装具〉の超一級品を創れる貴重な存在らしい。
生活費を稼いだり魔装具の素材を集めたりする為に危険な魔獣を狩る依頼を受けて出かけることが多いので、その間の店番として住み込みで働かせてもらっている。
俺が来るまでは喋る人形を創り出して店番にしていたが、出先で激しい戦闘になると人形が消えてしまう為困っていたとのこと。普通の人を雇うと極一部の危険な魔装具の力に魅入られてしまう可能性があるので雇わないとかなんとか。その点俺には魔力が全くないから安心というわけで。
さて、そんな凄い恩人に――訂正。そんな好みの歳上タイプで豊満なお胸と見事なくびれと魅惑のお尻が同居している反則黄金比ボディを持つ麗しく凄い恩人に『時々お客様を呼び込んでくれるくらいでいいのよぉ』と言われれば、即座に「アンナさんの為になることなら俺はなんだってしますよ」とキメ顔で応えてしまうのが男というもの。
ただ、道行く人々に大声で呼びかけるなどという高等コミュニケーション技能を俺が身につけていないのも事実。
そういうわけで、数人にギリギリ聞こえるか聞こえないかの声量で呼び込みを行うというのが俺が自分で定めたノルマだ。
そもそも、アンナさんをイヤラシイ目で見る為に来る野郎やアンナさんが持つ知識を求めて来る魔術師の客がそこそこいるので、俺が店番をしている時点で呼び込みの効果にはあまり期待できない。事実、呼び込みに反応して店内まで入ってきてもアンナさんが居ないことに気づくと舌打ちをして踵を返す客が何人かいた。
結果、こうして机とイチャつきながら暇を潰す日々を送っているというわけで。
元の世界でどれだけスマホやインターネットに依存していたのかと、身に沁みる。
この世界には娯楽と言えるようなものがほとんどない。というより、俺にとっては娯楽ではないようなものが娯楽とされている。
音楽。踊りや舞。酒宴。そういったものがこの世界での娯楽。いや、元の世界でも人によってはメインの娯楽だっただろうけれども、バリバリの現代っ子かつ陰の者である俺にとっては娯楽と呼べるものじゃない。貴族や王族なんかはチェスのようなボードゲームをやるみたいだが、今のところこのストヴァストニカでそれっぽい道具を見たことはない。
そして、この世界の一般的な考えとしては「暇なら修行するか魔術の勉強をすればよくね?」みたいな感じらしい。そりゃあ、魔術やら奥義やらが実在する世界では修行をして新たな力を身につける事自体が楽しいだろうとは思う。でも俺には魔力が全くない。魔術や奥義なんてものとは縁が全くない存在なんだよチクショウ。
俺の唯一の趣味であり最愛の娯楽だった読書を求めて、何回か図書館的な施設に行き様々な書物を読み漁ったが、歴史書や魔導書ばかりだった。
子ども向けのお伽噺があったかと思えば、実在する魔獣の恐怖を子どもに伝える為の物語や実在する勇者の逸話。読む価値もないという程ではないが、物語を楽しむ為の書物というよりはこの世界の現実を学ぶ為の勉強道具という感じだ。
英雄の残した名言みたいなものはあってもキャラクターのセリフはほぼないし、堅苦しい文章ばかりで教科書を読んでいる感覚にしかならなかった。
せめて――
「ラノベがあればなぁ」
「ラノベってな、あ、に」
この頑張って色っぽい感じを出している声は。もう戻ってきたのか。
「なんだよルミィ、もう依頼を終わらせてきたのか」
気怠げに上半身を起こすと、目の前に生意気な同居人のルミィが居た。来客用の椅子に腰掛け、机の上に両手で頬杖をついている。
俺が脳内世界にダイブしていたせいなのか、ルミィが音と気配を殺して近づいてきたからなのか、全く気づかなかった。
「そこは『ルミィお姉ちゃんおかえりなさい』でしょ」
「そこは『ただいま戻りましたお兄様』だろうが」
「えぇー? ルミィの方がカオルの五倍以上生きてるのに?」
ルミィはクスクスと楽しそうに笑い、いつものように俺をからかってくる。
ルミィは人間とダークエルフのハーフ。いわゆるハーフエルフってやつだ。長命種族だから、見た目はロリっ子のくせに九十九年も生きているらしい。
しかし、五倍以上生きていようがなんだろうがお前のような銀髪褐色ロリ娘をお姉ちゃんなどと呼ぶわけないだろうに。心の中でそう呟きながらルミィの背後へと視線を移す。
む、もしかして一人で帰ってきたのか。
「おい、ファルくんはどうしたんだ?」
ファルくんの名前を出すと、ルミィは拗ねるようにして口を尖らせた。
「カオルはいっつもファルのことばっかり……ファルならギルドで依頼達成の報告中ですー」
ルミィは机から頬杖を外してそっぽを向き、そっけない口調になる。
俺の五倍以上生きてるくせに五歳児みたいなわかりやすさだなコイツ。お子様度合いで言えば俺だって負けていないが。
「そうか。まぁ、無事に済んだみたいで何よりだよ。失われるかもしれなかった命を助けたんだし、ホントルミィは偉いよな」
当社比三百パーセントくらいの優しさを込めて褒め言葉を唱えるとルミィはこちらを向き、ニパァッという擬音が幻聴で聞こえてきそうな程に満面の笑みを浮かべた。
ちょろロリ。
「そりゃあ? ルミィはとっても優秀だしぃ? 偉いのは当たり前って感じだけど、褒められて悪い気はしないわよん」
「調子に乗るな」
「と、こ、ろ、でぇ」
ルミィは立ち上がると、吐息混じりの声を出しながら机の向こう側から回り込んで真横に来る。俺は体を椅子ごとルミィの方を向け、左手で頬杖をついた。
「さっき言ってたラノベってなに? もしかしてぇ……えっちなやつ?」
ニヤニヤとしながらルミィが詰めてくる。「えっちなラノベがあるんなら読みたいわ!」と言ってやりたいところだが我慢だ我慢。
しかし、少し返答に困る質問だな。ラノベ自体は決してえっちなやつではないのだが、俺はえっちなラノベでも大好きなのだから。
「そうだな――」
ジィッとルミィを視る。全身を上から下まで舐めるように観る。
身長は百四十センチちょいくらいだろうか。毎日手入れしていることが伺える艶のある銀髪。前髪は少し長く、デコと少し尖った耳はやや隠れ気味だ。背中に少し届く程度の長さの後髪はゆったりめのポニーテールに姿を変えている。やや切れ長の目と赤い瞳。少し高い鼻。小さな唇。幼さと大人っぽさが入り混じった顔立ち。ハーフエルフだからなのか、やや薄めの褐色肌。
細い首筋を辿っていくと、小さいながらも確かな膨らみを感じさせる胸に行き着く。ピンポイントに胸の部分だけ覆っているプレートのような胸部装甲の防御力がどれほどのものはわからないが、それ以外の部分は完全に布製だろう。頼りない薄さで肩から垂れ下がる黒い布だ。袖はなく、丈はヘソが完全に出ているくらいには短く、バンザイしている状態で服の下から手を差し込めば簡単に引っ剥がせそうである。
視線の冒険は華奢なくびれを経過してさらに下を征く。ピッチリめに履いているそれは短くて黒色。デニムショートパンツとかいうやつに似ていて、上の服よりは硬そうな生地に見える。そこから伸びる褐色の脚。細めの体型にしてはやけに太ももがムチッとしていて肉付きが良い。太ももとは対象的に膝から下は頼りない細さだ。足首から下を覆い隠す靴はなぜかガッチリとした装飾が施されていて、ルミィが身につけているものの中で一番装甲が厚い。普通上から順に装甲が厚いものだろうに。
俺にロリ趣味はないが、これはなかなかどうしてえっちと言える。
「……だ、黙ったまま見つめないでよ! なんかえっちぃよ!」
――ハッ。
少し意識をもっていかれていた。俺の好みではないというのに、それでもなお魅入られてしまう程に完成度の高い造形をしている。恐るべし、銀髪褐色ロリ娘。
ルミィが頬を染めながら胸とへその辺りを手で隠している。ふん、そんなあざとい仕草をしたところで俺の好みは変わらないぞ。それにえっちなのはお前だ。
「悪い。少し神の創造物の美しさについて考え込んでいたんだ。そうだな、ラノベっていうのは……ルミィのようなやつが活躍する物語を楽しむ本のことだ」
嘘ではない。少なくとも、ファンタジー系のラノベならルミィのようなキャラはよくいた。
「ルミィみたいな可愛くて強い女の子が活躍するってことは……英雄譚?」
ルミィは自らの頬に右手の人差し指を当てながら首を傾げている。
自分の可愛さと強さを自覚している強者のセリフとポーズだ。決して本人に悪気はないのだろうが、もし俺が女性に生まれていたなら間違いなく嫉妬心を燃やしているだろうな。
「いや、堅苦しい英雄譚とかじゃなくてもっと気楽に読める感じの物語だよ。非現実的な世界で魅力的な登場人物達が活躍するんだ。人物のセリフとかもいっぱいあってだな――」
言っていて気がついたが、この世界ならそういう物語に満ち溢れているんじゃないのか。異世界なんだから百万人に一人くらいは勇者みたいな奴が生まれていそうだし、俺以外にも異世界から転移してきた奴が大勢いるかもしれない。
それなのに、なんで誰も『よーし、このスゲェ冒険を気楽に読めちゃう本にしちゃうぞ!』みたいなノリにならないんだ。なぜ毎回『偉大な英雄の伝説を此処に記す――』みたいになるんだ。
もしかして、この世界にとってそういう冒険のような話の全てが”実在する人物のノンフィクション”だからなのか。英雄の話を書物にしよう、そうなった時に『もっとサクッと読めるようにしません?』なんて言ったら不敬罪にあたるのかもな。なんか勝手に納得。
まずい。話の途中で思考の世界に迷い込んでしまってルミィを少し放置していた。が、何も言ってこない。
「へへへ……魅力的、かぁ」
こちらはこちらで変な世界に飛んでいたようだ。何やら腹の前あたりで両手の指先を交差させ、モジモジと動かしている。
「ルミィ、聞いてるか」
「ひゃいっ!」
声をかけると、ルミィはビクッと体とポニテを震わせる。
全く。人と話している時に他のことを考えて呆けるとは。これだから最近の九十代ハーフエルフは。
「とにかく、俺はもっと緩い感じの文章で綴られた物語が読みたいんだよ」
「ふ、ふぅん……それがラノベってやつなんだ。えっちな道具の名前だと思ったのに」
なぜ少し残念そうな表情をするのか。まるで、週間連載の健全漫画を読んでいる時に『普段は凄くエロいのに最近シリアス展開続きでエロが足りてないんだよな』ってなった時の俺みたいな表情だ。
「まぁ、ラノベの中にはちょっぴりえっちなやつがあったりなかったりするが、えっちな道具ではない!」
というか、店の机に突っ伏しながら「えっちな道具があればなぁ」と独り言を呟くような奴だと思われてたのか。お前の中の俺を殺してくれ。
「んー、イマイチよくわかんないけどさ、そういうのがないならカオルが書けばいいんじゃないの?」
「俺が……?」
何を言うかと思ったら。
俺はただの読者で、小説の執筆なんてしたことはない。何度か趣味の範囲で書いてみようと思ったことはあるけれど、プロットだけ作って力尽きてしまうことばかりだった。
それに、わからないところをネットで調べることもできないこんな環境では無理に決まっている。
でも、なんだろう。何か、胸の奥から湧き上がってくるモノがある。
「うん。カオルが書けば、それを読んだ人がまた書いてくれるかもしれないじゃない?」
「俺が書いたラノベを読んでもらえる……」
――ドクン。心臓が跳ねる。
「そうよん。もし他の皆が読まなくても、その、あの……ルミィだけは、読んであげるから」
――この感情は。この衝動は。
「ルミィ」
俺は立ち上がり、ルミィの小さな手を取って両手で包み込んだ。
「あ、えっ? カ、カオル……?」
戸惑いの表情を浮かべるルミィを真剣な眼差しで見つめる。
心からの感謝を伝えよう。
「ありがとう」
お前のおかげだ。俺は今、この世界に来てから初めて、初めて心の底からわくわくしている。
やってやろうじゃないか。
異世界でライトノベル執筆を――!
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