6話 積み重なった歴史の臭い

 あまり騒がれたくないのになにがあったかと表に出てみると、隠し通路を抜けた先は6畳ほどの薄暗い空の倉庫の中だった。

 小さなイ・ヘロの光に照らされた半裸の女性と着衣の男が叫び声をあげているのを困った顔で見ているロペスとルディ。

 

 私とイレーネが隠し通路から出るとうんざりした顔でロペスが言う。

「無人のはずだったが勝手に入り込んで連れ込み宿と勘違いしてるやつがいてな」

「じゃあ、さっさとでようか」

 この倉庫が貧民街の端にあるためか、それともこの男女のせいか。

 山の方にある公衆便所と生ゴミを混ぜたような臭い、不潔で耐え難い臭いに汗と時間が経った汗の臭いが充満していて、えづくのを我慢しながら急いで出ろ、とジェスチャーした。


「壁の中からこんな所に小綺麗な奴らが出てくるなんざろくな理由じゃねえな?」

 元は白かった布が灰色というか茶色というか不思議な色に染まったシャツを着た若い男は、妙に小綺麗な服を着た4人が壁から出てくるのはおかしいと閃いたようで不潔な臭いを漂わせてロペスの前に立ちはだかった。

貧民にカモフラージュする目的で着たこの小汚い服は、本物の貧民には十分上等できれいな服だったようだ。


 そんなことしたら命がいくつあっても足りないよと心のなかでアドバイスをして気を抜いた瞬間、えづいてしまった。

 バカにされたと思ったのか、汚い風貌に似合わないよく手入れをされたナイフを取り出して私に向けて怒りと殺意を放った。

「てめえ、召使いかなんかしらねえがバカにしてんだろう」

 ロペスのイ・ヘロの光がきらりと反射する。


「刃物なんて出してトラブルはゴメンだよ」

 女の方は慌てて服を着て巻き込まれないように端に寄った。

 ロペスは何も考えていない様にためらいのない素早い足運びで男の元へ向かうと突き出されているナイフを持った手をどけて、右足で男の足を払いながら、右手で頭をおさえ、足と反対方向に払った。


 隠れ家でやっていた型の確認のような訓練は思いがけない場面で活躍することになる。

 ロペスの身体強化が少しだけかかった投げとも足払いとも言えない技は男に受け身を取らせる余裕を与えることもなく、倉庫の床に叩きつけ意識を刈りとった。


「大丈夫、何もしなければなにもしないよ」

 ルディが女の方にいうと先頭に立って倉庫から出た。


 倉庫の外は篝火すらなく、点々と家から漏れる明かりでなんとか道が解る程度だった。

 光量を落としたイ・ヘロの光を先頭にルイスさんに指定された壁を目指して移動、おそらくここだろう、という場所を見つけた。


 石造りの家と隙間だらけの木造の家の間、人1人が通れる隙間があった。

「やろうか?」

「カオルにゃ無理だな」

 声をかけてみると、ロペスから無理だと言われてしまった。

 私が一番体が小さいんだから私が一番いいんじゃないのと思って覗いてみると、色々な歴史が積み重なって異臭を放っていた。


「奥にトンネル開けてもらってもここの上通るの無理」

 思わず袖で顔を覆ってしまった。

「おれもここには足を踏み入れたくないな」

 ロペスも苦々しい顔をして鼻を覆った。


「しょうがないな、おれがやるよ。ロペス達は離れててくれればいいから」

 離れてルディが多めのアグーラの塊を建物の隙間に放り込んだ。

 奥の壁にぶつかったらしく、バシャ! と水が弾ける音がしてしばらくすると、奥からこの隙間の歴史と水が流れて出てきた。

 それを何度か繰り返して何も流れてこなくなるのを確認して隙間に入る。


 建物と建物の間を照らすと地面と壁の汚れはこびりついて流すだけでは落ちなかった。

 なんでこんな裾が揺れるスカートなんてものを履かせられてるんだ、と憤りながら裾が壁につかない様に慎重に、1歩ごとに背中に悪寒を走らせながら、靴から飛沫を飛ばさないようにそれはそれは慎重に奥に進み、地霊操作テリーア・オープでロペスが通れるだけの穴を、土と石で作った壁に穴を開けた。


 壁の外で出て思い切り伸びをして開放感に思わずくぅと声を漏らす。

 足元の感触からくるぶしほどの高さの草が生えた場所にでたようだ。

 町の外の明かりになるものは星の光しかなく、かと言ってイ・ヘロなんて使おうものなら街の見張りに見つかってしまうので、深く見通す目ディープクリアアイズを使って誰かに見られていないか確認した。


 町の外では見張り以外に出くわすのはなにもアールクドットやエルカルカピースの人間だけじゃない。

 中型犬や大型犬サイズの野良犬達は私と目が合うと唸り声を上げた。


 リーダーらしき大型犬と取り巻きの4頭が正面、あと何頭かが壁から出てきた私達を取り囲んだ。

「数が多いのと吠えられると人が来るかもしれない」

 ロペスとルディが相談する。


「イレーネ、走れる?」

「たぶん、でもわからない」

 訓練はしたけどあくまで訓練、実践を想定した練習なんてしてきてない。


「イレーネは援護を、カオルとルディは両脇を。おれは正面の5匹をやらせてもらう」

「火と音はたてないようにね」

 ルディが私とイレーネをみてニヤリとして言った。

「わかってるよ」

 イレーネはむっとしたように口を尖らせると念のために龍鱗コン・カーラをかけた。

 私も苦笑いをしながら魔力による身体強化をかけ、両手の手甲の調子を調べるように拳部分を軽くうちつけた。


 こちらからみて右翼側の野良犬に構えをとった。

 異様に筋肉が盛り上がり、牙を向いて威嚇をする野良犬が4匹。

 その牙も街の中で餌をもらっていたやせ細った犬の牙とは比べようがないくらい大きくするどい。

 まさか、と思った時、イレーネが言った。

「この野良犬魔物化してる!」

 

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