4話 引っ越しと感傷

 ある夏の朝。

「おい、拠点移すぞ」

 身支度を整えて朝食を取るために食堂兼会議室に向かうと、珍しく二日酔いにならずに朝食を食べていたルイスさんが機嫌良さげに言った。

「急ですね」

「調査も正直行き詰まってて時間がかかりそうだし、黄金の夜明け団がそれなりの大きさになってきたし戦力にできるように訓練もしたいしな」

 いつも酒を飲むのに使っているジョッキサイズのマグカップにアグーラを入れるとぐいっと飲み干した。

 


「イレーネもそうだが、他のやつらも何ヶ月も引きこもることになっていて気が立ってる。なんとかしないと立ち上がる前に内部から崩壊ってことにもなりかねないところまできてるわけよ」

「特にイレーネは体を動かす練習もしなくてはいけませんしね」

「ああ、そうだ」

「どうせ荷物なんてたいして無いだろ? 脱出は今日の日没後、闇に紛れて街から抜けることにした、行き先はバドーリャだ」

「わかりました。イレーネにも伝えておきます」

「ロペスにお前とイレーネはいつものとおりだな、あとはルディ。ペドロはフェルミン達と。おれらは残りを連れていくことになる」

「ルイスさんたちの負担大きいですね」

「魔法が使えないだけで経験は豊富だから見つからなきゃそうでもないんだな、それが」

 伝えることだけ伝えると、じゃあ準備があるから、と言ってどこかに行った。


 そして自分の分の朝食を食べている最中にイレーネが来たので伝えるとほっとしたように微笑んだ。

「やっとこの薄暗くて狭い地下から外に出れる! 世界がが輝いて見えるよ!」

 本当にうれしそうにぐっと手を握り空を仰いだ。


「行き先はバドーリャだってさ、行ったことある?」

「名前を聞いたことある程度だね。あ、前から思ってたんだけど、ルイスさんって呼ぶのなんか気持ち悪くない?」

「私もそう思ってた」

 思わず笑ってしまったけどイレーネもそう思っていたらしい。

 ひとしきり笑ってからイレーネがもじもじしながら言いづらそうに口を開いた。

「なんか、外出れないからって八つ当たりしちゃってごめん」

「ちゃんとわかってるから大丈夫だよ」

 そう言ってニッと笑ってみせた。

 こういう所で器の大きい所をみせていきたい。


 私達がここを発ってから人相書きが出回ってて逃げ出す方法がない素顔のアルドさんや情報収集をしてくれていたが正体がバレ隠れ家にこもっているティトーさんが、秘密基地の後片付けをしてからルイスさん達と隠し通路を通ってスラムへ逃れてうまい具合に逃げるらしい。 

 そのために最初に脱出する私達がスラムの壁に近い空き家から外に出る穴を掘って門を通らずに脱出できるようにする。



 荷物の整理をした所、鞄に前何本か作った最後の9級の飲み薬ポーションを見つけた。

 そういえば、いれっぱなしだったな、と開けてみる。

 きゅぽん、と小気味良い音と共に嗅いだことがない恐ろしい臭いが溢れ出し、冷やして置かなければいけなかったことを思い出した。

 なんともいえない悪臭が夏に多めに作ったカレーを棚の上に置いたことを忘れ、茶色かったカレーが緑色になっていたことがあったという苦い思い出をフラッシュバックさせる。


 間違って蓋が開いて悪臭を漂わせながら歩くことにならないか心配になりながら改めて蓋を閉じて布をかぶせ、抜けないように紐でぐるぐる巻きにした。


 後は食料もほしい。しばらく困らない程度に。

 変装して外に出る時は、『ファラスから逃げてきたスラムの近くに住みついた家族』という設定で暮らしている。


 いつもいくパン屋に行き、いつもの安くて少し硬い棒パンを大量購入する。

「いつもいつもいっぱい買うねえ」

「父も母も働いてますからね。食べ盛りが多くてこれでもすぐなくなっちゃうんですよ、その癖買い物は手伝ってくれないし」

 困ったふうに笑って肩をすくめて見せる。


「そうかい、じゃあこれはおまけしとくよ」

「ありがとう、多めに買いだめして置きたいんであとでもう1回来ます」

「あっはっは、またおまけしないとね」

 籠と布の袋いっぱいにパンを詰めてもらって隠れ家に帰るために歩きだすと今度は肉屋に声をかけられた。

「嬢ちゃん! うちの干し肉もどうだい!」

 愛想笑いをしながら干し肉を追加で購入して隠れ家に戻り、もう1度買いに言って倍の量のおまけをもらってやっとの思いで買い物を終えた。


 4人分の3日分くらいの食料を用意できたので出発の準備をする。

 制服はもういらないだろう。

 作った服はオーバーサイズで作ったが成長したのか少しちょうどよくなった。

 ファラスが滅ぶ前にエリーにスポーツブラを頼んで持ってきてもらえて助かった。

 エリーはどうしているか、無事だろうか。


 遠征した後に帰還の報告した時にほっとしてくれた笑顔を思い出す。

 魔力もあって優秀な召使いならひどいことにはならないだろうと希望的観測をして。

 もう少しだけ、待ってて、と。


 さようならが言えてなくて、行方が知れなくて、ちょっと感傷的になってしまったが、ここでこうしていても仕方がない。

 不要になった制服を畳んでベッドの上に置いておいた。

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