3話 イライラと操り人形の体

 幻体ファンズ・エスをかけたまま音をさせないようにするりと酒場のドアをくぐり、店内に人がいないことを確認する。

 バーテン役のアルドさんが店の椅子に腰掛けて暇そうにイ・ヘロを出して明滅させて暇つぶしをしていたので

「わぁっ!」

 という声と共に幻体ファンズ・エスを解いてアルドさんの目の前に現れ、びっくりさせるとイ・ヘロの玉がパン! と弾けて消えた。

「勘弁してくれよー」

「やるたびに驚いてくれるのが嬉しくて」

 買ってきた食料を店の氷室に放り込んで隠れ家に向かった。


 気温が高いが湿度が低いおかげで、日差しにさえ当たらなければ汗をかくほどでなく、人目を忍んで室内にこもっている私達にはありがたい気候だった。

 とはいえ、暑いものは暑いので私やイレーネ達のように魔力が多めに使える人は凍える風グリエール・カエンテを垂れ流しながら過ごして、首振りの扇風機を風を奪い合うようにここにいてくれと言われて暇な時はクーラーの様に設置された。

 ルイスさん達元教官は戦力の強化にちょうどいいと諜報を担当する者やただの職人にまで魔力の扱い方をレクチャーして回った。

 魔力を捧げた祈りでの祝福によって魔力が与えられるのかと思っていたのだけど、魔力を扱う基礎でやった持たないものに魔力を通して覚醒させるというものだけで十分らしい。


 街には意外と精巧な人相書きが出回り、ルイスさんやフェルミンを始め、ロペスやイレーネまでも表を歩けなくなってしまった。

 最初の頃は何もしなくても寝てたり遊んでいるだけでいいと気楽なもんだったが、1週間を超えた辺りから雲行きが怪しくなった。

 皆が落ち着かなく廊下をうろうろし、会議室ではチェスをするのもなんだかイライラしながら打つのを見かけるようになり、体を動かせないのがよくないのかと、隠れ家で一緒に暮らしている諜報員の何人かと近接戦闘訓練をして過ごしたりした。

 学校では武器を使った戦闘訓練が多かったので狭い所で制圧する訓練ができていなかったからちょうどいいとルイスさんが喜んでいた。


 元々隠れ家にいた諜報員達からは近接戦闘を、諜報員達には魔力を扱う訓練が同時にできた。

 刃をつぶし先端を丸くしたナイフを持ち、制圧するか首に届いたら勝利、というルールで私も参加させられ、出す攻撃はすべて読まれ、止めたと思った攻撃は見えない所からの一撃になり、流石本職は強いと舌を巻いた。

「カオルはフェイントが苦手だからな」

「得意な戦いは開幕大魔法だもんな」

「隠れて不意打ちも得意だもんね」

 ロペスやペドロ、あまつさえイレーネにまで言われて私の心は軽くくだけてしまった。

 もう無理っす、と言って断ろうとしたが苦手なんだからやれ、とやらされたお陰で少しはできるようになった気がしなくもない。


 気分転換に体を動かしていると言ってもやっぱりストレスがたまるのか、早くファラスを取り戻したいルディ達と今のままだと難しいというロペスや私との議論がだんだんと白熱し、最終的にはフェルミンとロペスが胸ぐらをつかみ合って口論をし、殴り合いに発展しそうになる。

 それを見たルイスさんが氷結の蔦エラシオン・ヒードラを素晴らしい早さで展開して二人を縛り上げたのをみて思わず流石! と声を上げオロオロして見ていたイレーネに冷たい目で見られた。


 

 私の人相書きは黒髪のロングヘアで暗めの表情で書かれていたため、ショートに切って伊達メガネをかけたり、不本意ながら少し化粧をしてもらうだけで買い出しくらいの外出なら問題なくでき、目立たないように古着屋で買ってきてもらった町民の服をこれもまた不本意ながら着て外出できるようになった。

 大人の女性はくるぶしが隠れるスカートを履くのが当たり前のようで、ズボンを履くのは男性か劇場に立つ女優くらいなものらしい。


 その日も買い物に出た日だった。

「はい、頼まれてたお茶っ葉と着替えね」

 籠から紙袋に入った茶葉と紐で縛ってある衣類を取り出してテーブルに置いた。


「外はどうだった?」

「流石に夏は暑いね、ちょっと歩くだけで汗がでてくるよ」

 自分に向かって乾いた風セレ・カエンテを浴びせながら答えた。

 

「ずいぶん楽しそうね」

 不機嫌を隠さずにイレーネが私に言った。

「おい、おれたちが出られないから買い出しに出てくれてるんだぞ」

 ロペスがそういうとイレーネはテーブルの上に出した着替えをつかむとドスドスと音を立てて部屋に戻った。

 たまにこうして直接矛先が来る時もある。


「イレーネも外に出られてなくて気が立ってるんだ」

「まあね、もうずっとでられてないもんね。ロペスは平気?」

「たまにイライラすることもあるがイレーネほどじゃないさ。手足が不自由なストレスもあるだろうしな」

 あとは私だけ外にでてるというのもきっと、口には出さないけれどもあるに違いない。


「もう少し気晴らしができたらいいんだけどね」

「髪の色とか変えるものがあればイレーネも変装して外にでられそうなんだけど」

「材料が手に入らないからな」

「だから1人だけ自由にしてたらやっぱりずるいって思うよね」

「カオルだって好きで白髪になったわけじゃないんだからな」

「口に出さないイレーネは我慢強いね」

 私がイレーネの立場だったら腹立ち紛れに白髪になって外出れてずるいっていいそうだからね。と心のなかで付け加えた。


 そう思った所でルイスさんに他にも生き返った戦士グエーラはいるのか調査してほしいとお願いした結果を聞くという用事があったのを思い出した。

「ルイスき……さんはどこかな、調べてほしいってお願いした話の結果を聞きたいんだ」

「その話ならおれも気になってたし聞いておいたよ。街に入るのは簡単なんだが、同じ名前を名乗ってるだけか本人かわからないからまだかかるそうだ。身辺調査に気づかれると確実に潰されるから近づけないんだそうだ」

 才能があって熟練の戦士グエーラと魔法覚えたての諜報員では相手にならず、血の気が多く残忍な戦士グエーラは捕まえて尋問もせずに始末してしまうんだそうだ。


 もっと早く魔力の扱いを広めていたら、こんな事にならなかったのに、と思わずにいられない。

「調査員に魔力の使い方教えても訓練できないから、移動速度も調査能力も変わらないんだよねー、時間かかりそうなのにここから出られないのも辛いね」


 時間がかかるから結果がでるまで無期限で地下の隠れてろ、というのはやっぱりたまらないよなあ、と思う。

 だからと言っていますぐ別の街に拠点を移そうと思っても今のイレーネがどの程度動けるかわからない。


 戦士グエーラを倒したことで目は元に戻ったが、まだ両手足が以前のとおりに動かず、身体強化を使ってなんとか自分の体を操り人形の様にして動かしているらしい。

 食堂に来た時のこと、ねずみが足元を走って驚いて飛び退いたイレーネが、着地に失敗してぺたん、と座り込んでしまった。

 膝から下は魔力を込めて動かさないといけないのでとっさの時は力が入らずに転んでしまうんだそうだ。

 苛立たしげに膝を叩いて立ち上がった。


 動かそうと思うとその通りに動かせるけど、とっさのことには反応が難しく、軽く戦闘訓練とかできればリハビリにもなるんだけど、地下だとそれも難しい。

 

 体を動かすだけの魔力については問題ないけれども、手足の操縦にどれくらいの集中力がどれくらい持つかということがあるのだが、リハビリができないのでぶっつけ本番でどこまでいけるか試してみることになる。

 リハビリは続けてもらっているけど、拠点を移すなら乗り物と私達の補助が必要になってくる気がする。

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