第2章 レジスタンス編

1話 髪を切った私と地下組織

 2つの意味で地下に潜って最初の夏が来た。

 魔力の暴走によって真っ白になってしまった私の髪は夏になっても黒髪が生えてくることはなく、白いままだった。

 前なら返す前にこんなことになってしまってどうしようと思うところだったけれど、元の持ち主はこの体ごと私を殺すつもりだということなのでその心配はいらなくなった。

 なんなら坊主にだってしてしまってもいいはずだ。


「ねえ、髪切ってほしいんだけどできるかな」

「やったことないし、あたしまだ手とか細かく動かせないから変になるかもしれないよ」

「動かす練習だと思ってくれて大丈夫だよ、適当に短くしてくれたらいいからさ、どうせ失敗しても伸びるし」

「えぇ~? あとで文句いわないでね」

 地下には姿が写せるような大きな鏡がないのでイレーネを監視することもできず、内心失敗したかとハラハラしながら任せた。


「短くするなら最初にばっさりといかないとね。えいっ」

 ショートソードに鋭刃アス・パーダをかけて私の髪を束ねると大体このくらいの長さロブにして、と指定した首の後ろあたりで髪が切れる音がした。

 その後、はさみであれ?あれ?という不安を掻き立てる声を聞きながら丸刈りか角刈りを覚悟する。

 動かす練習だと言った手前、ちゃんと切れているか聞きたくなるのをぐっと飲み込む。


 意気揚々と持ってきた鋏も大きな裁ちばさみ、散髪用の物なんてこの世界にはない。

「そんなに肩に力をいれないで、気楽にね」

「大丈夫、力、抜けてる。ただちょっと柔らかくて細いから難しいだけなの」

 どう見てもそうは見えないが、髪をとかしては怖怖こわごわと刃先を入れることを繰り返し、1時間ほどかけて散髪が終了した。

 鏡を渡してもらって見てみると、思ったより短くショートボブなった。

 ちょっと毛先がバラバラだけどだいぶ軽くなったしこんなもんだろう。



 ──そして夏までの間、アールクドットの統治に耐えられなくなったファラスに住む人たちがツテや噂を頼りにエルカルカピースに潜むレジスタンスの元に訪れ、彼らは口々に言った。

「もうこの国はだめだ」

「アールクドットから来たやつらが見かけた人をさらって奴隷にする」

「貧民街のやつらが怪しいクスリやってあちこちで強盗をするようになった」

「治安維持隊のトップがアールクドットのやつに変わって機能しなくなったから抜けてきた」

 だから、レジスタンスによって国を取り戻そう。と。


 レジスタンスのリーダーの名前はフェルミン・レニー。

 正しく呼ぶならフェルミン・ファラス・レニー。

 聖王国ファラスの直系で三男、正しい血筋でレジスタンスの旗印。

 今のファラスに見切りを付けた人達がアールクドットに見つからないようヒッソリと集まってくる。


 頼ってこられたからといって全員を受け入れられるわけではない。20人も入れば隠れ家はあっという間にいっぱいになってしまうから。

 隠し部屋から酒場を覗き、既知の顔であれば別に接触をしてレジスタンスを組織しようとしていることを告げて仲間になってもらう。

 ここで引き入れた者は後の活動の下地を作ってもらうために、北に広がるボーデュッガ砂漠を越えたバドーリャという都市でハンター組織を結成してもらい、こちらで断った人たちの中から大丈夫そうだ、と判断した者を向かわせた。


 そうでないただの食い詰め者に関しては身元がわからないので断るしかない。

「家がやつらに取られたんだ、もうファラスに戻れない!」

「アールクドットのやつらに妻をさらわれた、取り戻してくれ!」

 酒場で叫ぶ彼らを迷惑そうに追い出し、酒場のマスター役の……アルドという老人に変装した男は数少ない店の客に迷惑料として安い酒を振る舞っていた。

「すまないね、最近はどこの酒場も何の店かわからないまま来るやつらが増えててね」

 バドーリャにいけばこっちにいるよりいい暮らしができるはずだとアドバイスできればいいんだがな、と付け加えた。


 ファラスが落ちてたった数ヶ月のうちにファラスとファラスの支配下にあった都市は様変わりしてしまった。

 貴族が住む区画は貴族の処分と追放によって空き家になった家にアールクドットから来た戦士グエーラが住むようになり、街中で見かけた婦女子をさらい、店に並ぶ商品を自分の物の様に持っていく。


 商人はどうせアールクドットにもっていかれるなら、と商品に損害分の値段を乗せまともに買い物をする市民の負担が大きくなり、なんとか暮らせていた者は盗みや物取りをするようになった。

 そして、ファラスを治めることになったアイダショウが思いつきで消費税を導入したため、市民の生活は値上がりと合わせてより負担が大きいものとなっていった。

 商人は売上をどんぶり勘定で管理していたものも多かったため、売るときは取り、納税する時はごまかす様になる。


 元々貧しかった者は空腹を紛らわせるために食べなくても平気になるという怪しげなクスリを使い、それすら買えないスラムの住民がクスリ欲しさに商人区画で暴力事件と強盗事件を起こすようになったが治安維持隊がその仕事をまっとうすることは少なかった。


 治安が良く、平和だったファラスの今を訴えるために、市民階級に落とされた元貴族の幾人かが抗議に向かったが行方不明となり、問い合わせた家族へは要望を聞き、納得して帰っていただいたという返事のみで捜索されることはなかった。


 黒ずくめの諜報員からファラスの現状の話をみんなで聞きながら、アールクドットの目的はなんなんだろうか、と疑問に思う。

 ただただ荒らして吸い上げる旨味も捨て荒野になったら帰っていくんだろうか。

 ロペスやイレーネ達は許せないと怒りを露わにしているが、私やルイスさん達は首をかしげる。

 弱体化していくなら外敵を呼び込んで自領の守りが薄くなるだけでいいことなんか一つも無い気がするのだけれども。


 同時に、再起するために組織するレジスタンスの活動拠点となるバドーリャについても話を聞いた。

 バドーリャはその先にあるアレブラムという湾岸都市とファラスの貿易品が集まる中継地点として発展した歴史を持つ街で、アレブラムからの荷物は砂漠越えをする準備をするため、ファラスからの荷物は砂漠を越えて一息つくことができる宿場町らしい。


 元々はアレブラムに住めなくなった人々がオアシスの周りに人が集まっただけの集落だったのだが、ファラスから人が来たことにより貿易のための都市になっていった。

 ボーデュッカ砂漠を大きく迂回していくこともできるが、砂漠では野盗は潜めないが砂獣がおり、迂回路では魔物や野獣、野盗がいる。

 どちらの道も襲われる可能性がある上に迂回路は砂漠を超えるより時間がかかってしまうので十分な水を持って砂漠を越えていく者が多い。


 先の通り、ルイスさん(教官を外して呼ぶことに未だ慣れない)が人を使ってバドーリャで黄金の夜明け団という名前の表向き普通のハンター組織を作らせた。

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