第57話IF 英雄の誕生
夜中に不審者が荷駄を狙って侵入するなど細かいトラブルはあったが
それ以外は概ね平和に過ぎていった。
侵入していたのは敵国の斥候ではなく、手癖の悪さで街を追い出された猟師だった。
弓が壊れてしまったので食料をいくばくかと弓矢でも盗んで猟をしようと思ったらしい。
まあ、よくこの人数の中に盗みに入ろうと思うものだ、と感心した。
軍に対する窃盗なので未遂でも数年の投獄か鉱山行き、悪ければ死刑になるだろう、との話だった。
連れて行くのが面倒だとその場で殺されないだけ運がいいな、と教官が言った。
馬の体力に合わせた行軍の性質上、無理のない速度で無理のない距離を歩くため、いい加減遅さに飽きてしまい、はじめのピクニック気分も抜ける。
「飽きました」とつぶやくと
「おれもだ、だからこれやりたくないんだよ」と教官が答えた。
そしてそんな行軍はあと1週間もあるのだ。
イレーネとロペスと飽きた飽きたと口々にいいながらダラダラと歩いていく。
1日1回くらいは何かしら起こるだろうと思ったが、群れからはぐれた
歩きながらリュックに道すがら食べようと思った氷砂糖が入ってるのを思い出したが、もうすぐ目的に到着するので今更か、と思って後で食べることにした。
デウゴルガ砦。
砦というよりちょっとした城郭都市のような、重厚な石の壁に囲まれた都市にたどり着いた。
「砦っていうわりに大きいですね、兵站いらないんじゃないですか」
とルイス教官に聞くと、この先にもう一つ拠点があるのでここで引き継ぎをして帰り、ここの兵站部隊が適宜必要な数を後ほど送るのだという。
なぜ都市機能があるデウゴルガ砦で用意して送らずにわざわざ離れた聖王国ファラスから送るのかというと、城壁の中での農業、畜産はすべてここで消費されてしまうため、十分な量の食料や武器防具を用意できず、かと言って城壁の外で農業をやろうにも野獣やアールクドットによる破壊工作により農業ができないのだという。
狩猟ではいつも同じ量を用意することができるかわからない。
武器防具を作ろうにも鉄もあまり取れないので送る必要があるらしい。
ずいぶん変なところに作ったもんだ。とは思うがここから先はどうやっても似たようなもんなので、開けた川に近いところに作ったほうがましなんだそうな。
ルイス教官と砦の偉い人が応接室に向かう前にイレーネが何やらルイス教官に声をかけていた。
「教官、ちょっと用事行ってきていいですか?」
「だめだ、これが終わったら食事と休憩後そのまま帰還だ」
ルイス教官は疲れからか少しきつい言い方になってしまったがこの後の任務もあるので仕方ない。と自分に言い訳をして手続きに向かった。
ルイス教官に自由が許されなかったイレーネががっかりした表情で戻ってきた。
兵站部隊の隊長とデウゴルガ砦の何某かの偉い人の間でサインをするのを眺め、可能な限り速やかに帰還せよ、という命令書をルイスが確認する。
応接室でルイス教官が手続きしてる間に、ロビーでコーヒーでも飲みながらぐでっとすることにした。
「あーあ、泊まりたかったなぁ」とイレーネが零し、まあまあ、となだめながらコーヒーを勧めた。
しばらくしてルイス教官が応接室から戻ってくると帰還命令が出ているらしい。
なる早、という話だが一泊くらいしてもいいんじゃあないかと思うが命令ならしょうがない。
どうせ身体強化して1日、2日で帰るのだから。
いや、やっぱり辛いな。
A班B班は1泊してから帰るとのこと。
上級貴族は余裕があって羨ましい。
砦から出て体をぐいっと回して気持ちを改める。
「なる早ってことだから班を2つに分ける、ロペス、イレーネ、カオル、ルディは先行組、ペドロ、ラウル、フリオは後から来い途中でキャンプするが追いついてきてもいいし、好きなときに取ってもいい」
往路で通った道をそのままなぞって復路にする。
身体強化をかけて駆け抜けるので往路と違って楽だが、1日で帰還できるほど短距離ではなかった。
その日の夜はキャンプを張る。
後行組は結局追いついてこなかった。
特に何もせずにその日は眠り、朝早く出発する。
オーガを倒した辺りまで来た時、見慣れない格好の男が3人、街道のど真ん中に立っていた。
ルイス教官がまずい、と呟いた。
「なんです? あれ」と小声で聞いた。
「アールクドットの
「なぜこんなところに」と言うと
「
士官学校の学生は卒業すると一騎当千の戦士になる。
その芽を早めに摘むために遊撃する部隊がいるのだろう。
ほとんどは実力が拮抗するものだが、何年かに1人、とてつもない実力を持った士官が生まれるため
それを警戒してやっているのだった。
「おれは
おまえらに恨みはないが禍根の元を断つため始末させてもらう!」
と、私の顔をした男が叫んだ。
あとの2人の名乗りの間にルイス教官に伝える。
「教官!
「なに! わかるのか」
「召喚前に顔を見知っています」
「そうか、そこからどうにかならないものか」
「試してみますか」
「頼む、
「そんなに強いんです?」
「おれの実力でいうとせいぜい
この中の一番の実力者で2番めか3番目、と聞き目をむいた。
「話しかけてみますから、万が一のときは逃げてください」といって前に出る。
「済まない」ルイス教官はすでに諦めているのか逃げる算段をロペスとイレーネ、ルディに伝えていた。
アールクドットの
「お? おれの前の体じゃねえか」
前に立つだけで今まで感じたことのない魔力の威圧感があった。
「おい、お前ら、ここはおれがやるから寝てていいぞ」
と仲間の
「私は大貫薫といいます」
「カオルか、おれはショウだ、さっき名乗ったな」
「その、体が入れ替わっているのですが」
「ああ、この体は具合がいいな」
「返してもらいたいのですが」
「まあ、普通はそうだろうな」
「では…」
「断る、そして殺す!」
魔力の威圧感が増した。
威圧感による恐怖でとっさに
「魔力量はあるようだが、まだ魔法の真髄に届いてねえな? やっぱりここで殺しておかないとな!」
身体強化の煌めきが見えた瞬間、思い切りふっとばされた。
受け身を取ろうとしたが体が動かなかった。
遠くからイレーネの悲鳴が聞こえる。
大丈夫、痛みはないと声を出そうとしたが声にならなかった。
イレーネはただ1人でアールクドットの
ルイス教官はここで生き残る可能性があるのはこの方法だけだ、という。
全員でかけられるだけの身体強化をかけて待機する。
失敗した場合はバラバラになってデウゴルガ要塞に戻るか、アーグロヘーラ大迷宮か聖王国ファラスに逃げ込め、という話をされ、
失敗とはカオルはどうなってしまうのか、考えたくなくて聞けずにいた。
遠くで見ているだけなのに威圧感を感じる。
これを目の前で受けているカオルはどんな威圧と恐怖に耐えているのだろうか。
なにか身振りを交えて話していると、魔力の威圧感がドンと増し
ルイス教官が「まずい! 逃げるぞ!」と叫ぶ。
一瞬身体強化の煌めきが見えたと思った瞬間、ロペス、ルディは命令に従順に一目散に走り出したおかげで見ることはなかったがイレーネはカオルの頭が胴から離れて落ちていった瞬間を見てしまった。
「カオル! カオル!」
悲鳴を上げたイレーネをルイスが抱き上げ走り出す。
自分の体を殺したアイダショウは自分で切り離した頭を見下ろした。
追わないのか、と近づいてきた仲間を足蹴にした後、まだ立ち尽くす前の体を苛立たしげに蹴り倒した。
「今日は帰る」といい、その場を後にした。
遠く離れた森の中であそこに帰ると喚くイレーネになんのためにカオルが一人で残ったと思ってるんだとひっぱたき、状況を整理してこれからどうするか考える。
おそらくだがB班のやつら、おれらをカナリアにしやがった。
そう考えているとつい口から出てしまっていたらしい。
イレーネの瞳が暗く燃えた。
「許せない」
「耐えろイレーネ、
「奴らを潰すには今はまだ力が足りない」
ルイスは自分の爪が手のひらに食い込んで血がでていることにも気づくことなくイレーネを説得する。
「今戻ってもカオルの二の舞だ、帰って親を殺しても全員は殺せない。今は耐えるんだ」
涙を揺らしながら睨むようにしてルイスの話を聞いたイレーネは大きく頷いた。
警戒をしながら森の中を通り、聖王国ファラスへと戻る。
イレーネの口からカオルの訃報を知らされたエリーは大きく目を見開き、彼女ならどんなときでも大丈夫だと思っていたのに、とショックを受け、ワモンに報告すると
「今回は運が悪かったですね」
の一言で済まされてしまい、ワモンに対しての不信感をつのらせた。
後行組も
ラウルが盾となってペドロとフリオが攻撃することでラウルの左手を犠牲にしてなんとか退かせることができた。
それからしばらくしてアーグロヘーラ大迷宮経由で帰ってきた
ロペスとルディにカオルの訃報が知らされ、仲間内で小さいながらも葬儀を行った。
さようなら
小さくてかわいい
少しがさつだけど繊細で
とても優しい
異世界から来た
大好きなあたしの友達。
それからロペスとイレーネはよく2人で消えることが増え、ロペスはカオルがいなくなった途端イレーネに乗り換えたかと陰口を叩かれるようになったが、気にすることなくイレーネと2人でカオルの残した方法で魔力量を増やし、
2人は士官学校を卒業するころには聖王国ファラスでも上級騎士に匹敵する魔力量を持つようになり、数年で英雄と呼ばれるようになった。
イレーネはその美しく金色の柔らかな髪と黒い炎を使うことから
ロペスは短く借り揃えた金髪と真っ黒になるほど緻密に紋様が書き込まれた戦斧を振るい、どんな攻撃をも受け付けない
2人はある戦場を最後に祝言をあげ、ひっそりと人々の前から姿を消した。
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IFルート
バッドエンド 英雄の誕生
57話からの分岐になります。
詳しくは近況ノートへおねがいします
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