第76話 折れる心と冬の寒さ
しばらくは迷宮の9階でイレーネとロペスは
私とルディは8階に登る階段前で
迷宮潜る際に何度かラウルとフリオも誘ったがそんな深くまでなんか行かないよ、と一度も来ることはなかった。
きっと彼らはファラスに帰ったら治安維持隊への移動を志願するだろう。
騎士階級ほどでないにしろ、治安維持隊でも魔力持ちともなればそこそこ給与もいいらしいから、比較的安全な就職先としていいだろう。
毎年のことなのかルイス教官も迷宮に潜れ、ということもなく、おにいさんと弟分の様な感じで、食事に行ったりイレーネからトランプを借りて遊んだりして過ごした。
それでも2、3日に1回は腕をつったままのペドロと3人で、ペドロのリハビリがてら4階の
そうしているうちに1ヶ月が過ぎ、ちらほらと細かい雪が降る季節になった。
その間もルディは迷宮内で魔力切れを起こしては回復を待ち、また魔力切れを起こすスパルタ式魔力強化のおかげで
ルイス教官にどうなっているのかと詰め寄ってもまだ許可がでないがもう少し待ってろ、と言われた。
もう少し、といわれても早くしないと冬になってしまうと装備も足りなくなるし帰れなくなるんじゃないか、と心配になった。
それから季節も完全に冬になり、かなりの量の雪が積もった。
そろそろ注文したものが出来上がる頃だったので、暇にしているイレーネと一緒に訓練用の制服を着て鍛冶工房に向かった。
私はいつでも持ってるポンチョを着て中で
前を閉じて
迷宮前のメインストリートはハンター達や商人総出で馬車も通れるようくらい雪かきがされていた。
しかし、メインストリートから外れた通りは商人が店から表通りに出るために足で雪をかき分けて進んだ獣道の様な道ができていた。
「まったく、歩きづらいったらありゃしない」
「支給されたのがブーツでよかったね」
ブーツといっても冬用ではないので雪の中を歩くと一気に冷え切ってしまってつま先が痛い。
「ごめんくださーい」
と、声をかけて工房に入ると赤子を抱いた女将さんが受付にいた。
女は度胸を地で行くような恰幅のいい人だったが、赤子がいるということはそんなに年はいっていないのかもしれない。
赤ちゃん冷えないかな、と思ったがものすごいぐるぐる巻にされているのできっと大丈夫なんだろう。
「あ、いらっしゃい、できてるよ」
そう言って奥に入ると、お嬢ちゃんがきたよ、と声をかけた。
イレーネはキョロキョロと店の中に飾っている剣を見ながらうろうろし始めた。
中から商品を持ってきてくれるのを待ちながらイレーネと一緒に剣を眺める。
「そちらのお嬢さんもカオルちゃんと一緒に女だてらにハンターやってんのかい?」
女将さんがイレーネに聞いた。
女だてらにいらっと来た私はつい
「あ、そんなに気にしなくてもいいけど、彼女は貴族です」
と、わざわざ言ってやったら女将さんの笑顔が張り付いたまま固まった。
「もう! やめてよ、自分でも忘れてるんだから!」
私の服を引っ張って注意してから
「親は貴族でもあたしは貴族じゃないので、気にしないでくださいね!」
と笑顔で女将さんにいうが女将さんもじゃあ、大丈夫だね! とはならなかった。
私も修行が足りないな、と心のなかで反省した。
そうこうしているうちに奥から注文した布にくるまれた包みを持った親父さんが現れた。
「おう、待たせたな」
カウンターに包を広げ中から私が注文した手甲とチェインメイルが出てきた。
私の体に合わせたチェインメイルと手甲を試着してみると、注文していない部分があった。
「嬢ちゃん、剣より拳のほうが得意そうだったから手甲の指の所に鋲付けといた」
「そういえば最初に魔物化した猿、倒したのもカラテパンチだったもんね」
「得意じゃないし、これからは剣が得意になるはずだよ」
「本当か? ためしにこれ振ってみな」
と、面白がって親父さんが私に刃の細いロングソードを渡してきた。
ルディに教えられてきた基本の素振りを身体強化強めにかけて振って見せると、
「思ったより振れててつまんねえ」
と、言われたので
「私もなかなかやるもんでしょ!」
と得意になっておいた。
そのあとにあたしもあたしも、とイレーネも振ってみたがやっぱり私より振れているので
「私は平和主義者だから直接戦うのは苦手なんだ」
と、言い訳をして思わず苦笑いをしてしまった。
こういうのは着慣れておいた方がいい、という親父さんのアドバイスの元、この時期は直に着ると寒いからな、と作ってくれたアンダーシャツを着てからチェインメイルを着て調整してもらい、その後、サイズが変わったら脇の下と脇腹の金具で胴回りを、腹と背中にある金具で長さが変えられる、と調整の仕方を教わった。
手甲の方は注文外の鋲があるくらいで指出しの手袋だと思えば特に問題はなさそうだったが、こっちの方の調整は簡単にはできないから、面倒くさいだろうが、持ってきてくれ、と言われた。
調整中はイレーネは女将さんと一緒に女将さんの子供を抱っこしたりして待っていたが、よくよく話しを聞いてみると親父さんは30代入ったばかりで女将さんは20代なかばだった。
見た目より老けて見えることに驚いたが、私のことは13歳くらいだと思ってた、と言われた。
まあ、どんな見た目だろうと私の体じゃないしな。
それより見た目より幼く見えるのならロペス経由で相手されたのも女だからという話ではなく保護者だと思われたのかもしれないと思うと、それはそれで複雑な気持ちになった。
チェインメイルの上から制服とポンチョを着て
「ありがとうございましたー」
と、挨拶をして工房を出る。
お昼にちょうどいい時間だけど、中途半端にどこかに寄ってしまうと、つま先が大変なことになるので、イレーネと一緒に雪をかき分けて宿に帰る。
宿につく頃にはつま先も冷え直し、一旦部屋に戻って
「このつま先の冷えはなんとかならないかな」
「作るしかないね」
ここの宿は主食といえばパスタしかないようだ。
固いパンよりは美味しいので全然いいのだが。
冬の寒さへの対策を練らないと冬の間ここから動けない恐れがある。
おどろおどろしい色の謎のきのことベーコンのパスタと紫色のトマト味のニョッキを食べながらどういう物があればいいか頭を捻った。
魔石を使うと厚みが出てしまうので使用者の魔力を使う必要がある。
足を暖めるには靴の中に入れる必要がある。
足を燃やすわけにはいかないので火を使うわけにはいかない。
ありそうでないのがただ熱が出るだけの魔法だった。
「レンチンはどうかしら」
と、イレーネがいうが、レンチンは向こうと同じように水分子を振動させるものだったら弱くても怖いので使えない。
人の体の水分子は振動させていいものじゃないはずだ。
「どう弱くしても一部分だけやけどを負うような物になる気がするね」
と、答えた。
「やっぱり
「それなら簡単だし、作ってみようか」
と、言って最後の一口のニョッキを食べ終えて追加の腸詰めと食後の紅茶を注文した。
いつもいつも腹八分でやめようと思っているのにバッチリ十分まで食べてしまった。
腸詰めは余計だった。
パンパンになったお腹を抱えてイレーネと2人で金属の板を探しに
表通りの大きな店に向かった。
ここは鍛冶職人を雇いながら消耗品も売っているため、言えばなんとなく出してくれそうな気がしたのだ。
「ごめんくださーい」
と言って、ドアを開けると受付にいたオールバックの20代半ば位の男が営業スマイルで
「何がご入用でしょう」
と言って迎えてくれた。
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