第75話 努力と根性とポーカーフェイス

「さ、魔法障壁マァヒ・ヴァルを出して!」

 右手に魔法障壁マァヒ・ヴァルを張って半身に構えた。


 嫌そうな顔をしてルディが立ち上がって構える。

 ルディがよろめくまで続け、魔力回復の飲み薬ポーションを飲ませて繰り返した。

 遠くからやり取りを眺めているロペスとイレーネが

「カオル怒らせるとめんどくさい」

 と、陰口? を叩いているのが聞こえた。

 

 そう、私は最高にめんどくさい奴なのだ。

 

 腰にぶら下がっている魔力回復の飲み薬ポーションを全部飲み終わり、ルディを気絶寸前まで追い込んで今回の努力の強制を終えることにした。

「ずっとこれをやってきたんだからね!」

 と、ふんっと鼻息を吐くとルディは項垂れた。

 

 ここまで疲労させてしまったらもう今日は無理だろうから休憩のために帰ろうか、と言うと何もしていないイレーネとロペスは不満そうだった。

 思わず苦笑いしてしまい、2人の有り余る元気を消費させようと思い、

「2人で行ってきなよ」

 と、送り出した。

 

「悪かった」

 と、ルディが言った。

「わかってもらえればいいよ」

「どれくらいこれをやってたんだ?」

「1年の夏か、秋頃だったかな、だから1年ちょいで、ロペスは秋の終わり頃か冬くらい教えたからそろそろ1年経つね」

「そんなにか…」

 そう言って天を仰いだ。

 

「僕もできるだろうか」

「ファラスに帰ってからなら地下が使えるんだけどね、ここにいる間は7階でやろうな」

 そう言って親指を立てるとルディの表情が柔らかくなった。


 元々私より戦えているはずなんだから魔力を増やせば私なんかより強くなるよ、と慰めたり他愛のない話をしている間にロペスとイレーネが帰ってきた。「おつかれー」

 と、手を上げ2人を迎えた。

 楽しそうに手をあげて挨拶を返したイレーネの笑顔に胸がちくり、と痛んだが気にしない。

「満足した?」

 と、聞くと、まあまあだね。と答えたので帰ることにした。

 予定の滞在よりだいぶ短くなってしまったが、ルディの成長につなげることもできたので良しとしよう。


 迷宮を脱出してみると、真っ暗だった。

 丸1日くらい潜っていたように感じていたが、実はそんなに長々と潜っていたわけじゃないらしく、通りには思っていたより人が多く赤ら顔をして肩を組んだハンター達がふらふらと歩いていた。


「早く晩ごはんにしよう」

 ロペスはよほどお腹が空いているのか、ルディと一緒に大股でのしのしと歩いていってしまった。

 私とイレーネはしょうがないね、と笑って身体強化をかけて追いかけた。


 宿に着くとほぼ席が埋まっていたが、奥の方に4人席がちょうどよく空いていたので席を取って、ビールを4人分と腹にたまるつまみを頼んだ。


 届いたビールで乾杯すると、ルディは改めてすまなかった、と謝った。

「1年もああやって魔力を枯らしながら増やしていたとカオルに聞いた、才能でも特別なわけでもなく努力によってここまでの魔力を身に着けていたとは思いもよらなかった。」

 そう言って頭を下げた。


「わかってくれればおれからは言うことはないさ、な?」

 ロペスはそう言って、いい笑顔でイレーネを見た。

 私と一緒にいるせいで変な人扱いされているイレーネも、おそらくまっすぐに努力を認めてもらったことは初めてだろう。

 喜びの感情が溢れて思わず涙目になってぐっと奥歯を噛み締めて我慢していたのが見えて私も嬉しく思う。

 

 花嫁修業と言って色々と強制され、やりたいことはやらせてもらえず、諦めさせるためだけに士官学校への入学が許可され、努力して力をつけたと思ったら私と一緒にいるせいで変なやつの仲間扱い、よくよく考えるとイレーネが可哀そうな人生を歩んでいる気がしてきた。

 いや、変なやつ扱いされる私だって可哀そうだと思いませんか。


 イレーネは嬉しそうに頷くと

「これからはあたしも努力を強要するからね!」

 と、照れ隠しで憎まれ口を叩いていたが、ルディも嬉しそうに笑って

「あぁ、よろしくたのむ」

 と、握手をしていた。


 その後もダラダラとワインやビールを飲んで、ウェイトレスが持ってきたじゃがいもとベーコンのバター炒めや、ペンネと見たことのないきのこの炒めものを食べながら吟遊詩人の歌に耳を傾けてた。


 どうやら異国の英雄譚のようで、どんなものかと思って聞いてみると、アールクドットの戦士は強いぞ偉いぞというプロパガンダの歌だった。


 勢力を拡大しているアールクドットにいれば平和で豊かな生活ができるとか、並ぶ国はいないとか、戦士たちの楽園だとか。

 聖王ランス様のもとにいれば幸せが約束される。

 今戦士たちを集めているのは争いのない世界を作るために世界を統一するのだ、と言ったところで呑んだくれたハンターたちに袋叩きにあって店を追い出されていた。

 袋叩きに参加していないハンター達は歓声を上げ、拍手で見送った。


 向こうでもそういうやたらと勢力を広げたがる国はあったが、陸続きだと何をされるかわからないのが不気味だ。


 追い出されたプロパガンダ吟遊詩人の代わりに駆け出しの吟遊詩人が、その戯曲を初めて聞く私にもわかるくらい間違えっぷりで、250年前の魔王と戦った英雄達の英雄譚を爪弾くのを聞いた。


 イレーネにこの話知ってる? と聞くと、当時のファラス第3王女騎士姫レオノールが魔力の煌めきをまとって異世界の英雄と共に魔王を打倒した話が素敵なのよ! と演劇の解説を延々と聞いた。


 魔力の煌めきという所に引っかかって詳しく聞いてみると、舞台衣装に魔石が使われていて動く度に光の粒が弾けてキラキラしてすごくきれいなんだと熱く語っていた。


 貴族向けの劇団は貴族がパトロンになっているのでそういう衣装も作れるらしい。


「昔、劇場に連れて行ってもらった時からずっとレオノールに憧れててさ! 剣を振るって英雄になりたかったんだけどね、戦うのってもっと華やかだと思ってたのに、まさかこんな泥臭いとは思わなかったよ」

 と、萎みながら自嘲的に笑った。

 

「英雄譚なんてそんなものだし、まだ学生だからね、本番は2、3年後だよ」

「少しでもいい待遇でいけるようにがんばらないとな」

 と、ルディと話していたロペスが話に入ってきてイレーネとルディの顔を見て微笑んだ。

「もちろんよ! だから今日の所はトランプやりましょう!」

 唐突に取り出したトランプに、またか、と思うロペスと私、ぎょっとするルディ。


「カオルにディーラーやってもらうとなにかされそうだからロペスにお願いしたいの」

 まだ信じていてくれていないようだ。と苦笑いをする。


「そろそろ信じてくれてもいいんだよ」

「うさんくさーい」

 と言ってロペスにカードの束を渡した。


 ロペスがやったことがないルールのゲームがやりたい、と言うので

 4人ならババヌキでもいいだろう、とルールを教えながら何回かやってみると、ポーカーやらで遊び慣れているロペスは比較的表情を隠すのがうまかった。


 ルディは思ったことが全部表情にでているが、意外なことにイレーネの感情の隠し方は堂に入ったものだった。


 最初の頃は前のめりで全部出ていたのだが、感情が読まれていると察すると背筋を伸ばしてカードを扇のように持ち軽く微笑んで視線を一点にとどまらせないようにするようになった。

 初めて貴族らしい一面が見られた気がしてちょっと見直した。


「カオルは貴族でもないのに感情読ませないようにするの上手ね」

 と、優雅に微笑んだままイレーネが言った。

「働いてたら色々あるもんよ」

 

 ゲームを進めていくうちにルディもなんとか表情を隠そうとして試行錯誤していたが、酒も入っているのでぐだぐだになってしまっていて、それはそれで楽しそうだった。

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