第77話 冷え性対策と最後の夜

「なにがご入り用でしょう」

 オールバックの店員は営業スマイルで迎えてくれた。


「このくらいの大きさでなるべく薄い金属板があれば4枚、欲しいんですが」

 指で楕円形を作って見せながら聞いてみる。

 イレーネと私の分、2枚2セットだ。


「革鎧の補強用の鉄板より薄いようですね、少し費用が発生しますが、加工いたしますが、少しお待ちいただいてよろしいでしょうか」

 かまいません、と答えると受付の店員は奥に引っ込んで手ぶらで帰ってきた。

「少し叩いて薄くしているので店内でお待ち下さい」

 そう言って頭をさげ、7、と書いてある木札をだした。


 そういえば飲み薬ポーションも買っておきたいな、と思って見てみると5級より上のものは扱っていないようだった。

 ハンター相手に商売するなら6級くらいは扱ったほうがいいと思うのだが。

 6級から値段が跳ね上がるから使用期限も考えるとしょうがないのかもしれない。

 そんな話しをしながら待つこと10数分、7番のお客様と声がかかったので受付に行き、鉄板を受け取って大銅貨4枚を支払った。


 薄く叩き伸ばされた金属板を改める。

 魔力もインクを載せれば問題ないし、大魔法に耐えるような耐久性も必要としていない。

 

 買った鉄板を持って部屋に戻り、二人でキリキリと紋様を描いていく。

 微弱に魔力を吸い上げる回路を刻み込んだ。


 微弱、とはいえ吸い上げた魔力がそのままの量で熱風アレ・カエンテの回路に通ってしまうと、火傷をしてしまう可能性がある。


 規定量以上の魔力はカエンテにして無害な形にして消費する。

 もっと魔力の扱いがうまくなっていたらいい具合に出力を調整できるのだろうけど。


 イレーネに規定量以上の魔力についての回路の解説をするとほほー、と感心して自分の物に刻み込んでいた。


 そうして、両足分作成し、ブーツの中にいれて使ってみる。

 魔力を通さないと金属なので冷たい。

 身体強化を徐々に強めていくとつま先に温風が吹き付けられ中々に暖かくていい。

「いいんじゃない? イレーネはどう?」

「もっと熱くてもいいかもしれないね」


 カエンテ熱風アレ・カエンテが同時にでる量の魔力を流す。 暖かさが薄まってはみ出したぬるい風がズボンの中に吹き出した。

 つま先だけなくズボンの中まで暖かいのはありがたい。


「ためしに外歩いてみようか」

「そうだね」

 二人で外にでて雪かきされている表通りと、雪かきされていない宿の裏側に回って雪を蹴ったりしてみる。

 十分な暖かさだと思ったのは雪の冷たさでぬるくなってしまうし、カエンテが出ると冷風になってしまった。


「冬の寒さを軽く考えてたね」

 そう言い合って部屋に戻って熱風アレ・カエンテの温度を上げる。

 少し熱いかな? くらいの温度で出るようにし、カエンテの出力を弱くするよう調整したら満足のいく結果となった。


「スカートじゃ使えないね、めくれちゃうよ」

 そう言ってイレーネがズボンの裾を持ち上げて見たりしながら温風が足を温めてくれる感じを楽しんでいた。


 それから2日後、日がてっぺんを超えて少し傾き始めた頃、ルイス教官の部屋に全員集合しろ、との話で集められた。

 ルイス教官が嬉しそうにしている時はきっと良くないことが起こる印象がある。

「よく来た、いいニュースと悪いニュースがあるがいいニュースから言おうか、ファラスに帰れるぞ」

 そう言うと、木箱からコートを取り出した。


「悪いが勝手に部屋に入らせてもらった、これはイレーネのだな」

 ダッフルコートをイレーネに渡す。

「これはカオルの…変な上着だな」

「ポケットが沢山あって便利なんですよ」

 上着を受け取って言った。


 その後全員が冬用の上着を受け取りルイス教官の言葉を待った。

「まあ、悪いニュースというのは察していると思うが、明日出発するということだ、死ぬほど寒いから準備してこいよ」

 

 一つ聞いていいですか、とちょっと手を上げると、おう、と返事をされる。

「結局、ここまで帰るのが遅くなったのって雪を待ってたってことでいいんですか」

「そうだな、アールクドットは雪が降らないのと秋口にこっちに来ていることから、雪用の装備はもっていないと判断した。

 おまえらだけじゃなくて上級生も、ククルゴやらデウゴルガ要塞から動けなくてな、全員が動けるようになるのが雪を待つのが一番だった」


「なるほど、安全が確認されたってことですね」

「そうだ、身体強化で行くから半日もあれば着くだろう、キャンプの用意はしなくていい、では解散だ」


 そう言って部屋から追い出されたので、皆でロビーに行き遅めの昼ごはんにした。

「今年のクリスマスはなくなりそうだな」

 ふっくらとはしていないがそんなに固くないパンとスープを食べながらペドロが言う。

 確認なのか、無念を伝えたいのかわからないがだれとなくため息を付いた。


「あたしもカオルもクリスマスなんて関係ないからね、去年と同じよ」

「去年は何をして丸くなってたんだ?」

 ちょっと意地悪な笑顔でロペスがイレーネをからかった。

「なんにもしてません!」

「そりゃあ、丸くなるな」

 そう言って笑われた。


「でも今年は魔力増やせるしね、帰らなくていいのはいいことだよ」

 ルディは短期間で魔力が増えたため、まだまだ増やしたくてしょうがないんだろう。


「帰って治癒してもらったらおれも特訓に加わらせてくれよ」

 慣れてくると目の前で使われた魔力がどのくらいの量かわかるようになってきた。

 たった数日でも離れている間に、みなぎる魔力量が桁違いに増えていたのだから、自分も、とペドロは目を輝かせて言った。


「あぁ! やろう!」

 ルディが嬉々として答えてくれたので私が出動することはなさそうだと安堵した。

 

 昼ごはんを食べたので、一旦部屋に戻って荷造りをすることになり、ぞろぞろと自分の部屋に向かって移動する。

 

「さて、帰るにあたって泊まりもないし買うものってあるかな?」

「んんー、一通り揃ってる気がするんだけど」


 制服を着て、上着を着て、制服の上からカーゴパンツを履いてもっこもこになってみる。

「カオルの世界では当たり前なのかもしれないけど、制服の上からズボンを履くのはどうかなって」

 イレーネが遠慮がちに言った。

「私の世界でも変だから安心して、でも2枚履いてるってわかんないでしょ?」

「そうだけど…」

 と、一言言いたげだった。


 剣を背負ったままではポンチョが引っかかって着れないので腰に履くことにした。

 フル装備にしてみて気づいたのは手袋がないということだった。

「もう無理だね」

 大迷宮前には今から女性物の手袋を売ってたり作れる場所はない。

 女性は基本的に外で作業しないし、貴族ではない女性は着飾ったりしない。

 だからファラスにいたとしても防寒に使えるようなしっかりしたものは注文しないと用意はできない。

 

「ま、ポケットにでも入れてなんとか凌ごう」

 という結論になり、頷き合った。


 明日の装備を確認し、制服姿になったら晩ごはんの時間だ。

 パスタと芋料理と腸詰め以外はそんなに美味しくない宿での晩ごはんも食べ納めだ。


「明日からやっとちゃんとしたものが食べれるね」

 まだ飲みだすには早い時間なのでイレーネが声を潜めて言うと

「イレーネはビールさえあればどこでも構わないだろう?」

 と言ってロペスがジョッキを上げて乾杯した。

「まあ、そうなんだけどさ、昼間は飲まないからやっぱり食事の選択肢は多いほうがいいよ」


 しばらく最後の食事を楽しんでいるとラウルとフリオが

「ぼくらはそろそろ寝るよ」

 と言って部屋に帰ってしまった。


 この先のことについて本人の口から聞けていないので

 もっとがんばろうとか寂しくなるねとも言うことができず、なんとも言い難い気持ちで部屋へ帰る彼らを見送った。

 

 いつのまにか飲み屋状態になった宿のロビーで手元のビールを抱えて黙り込んでしまった。

「おい、坊主共!酒飲んで沈み込むたあ、酒の作法に反するってやつだぜ

 おまえらあれだろ?士官学校のやつらだろ?」

 そう言って酔っ払いがロペスに絡み始めた。

「わかるかい?おにいさん!今日は大迷宮で死んだ友達の命日だったんだ

 そういう時はこんな気持ちになるもんだろ?」

 と、よくわからない話しをし始めるとよっぱらったハンターが感極まって

「ああっ!ああっ!わかるぜ!聞いてくれるか!」

 と、ロペスと語り出し始めるとロペスは絡んできたハンターに椅子を勧めた。

 ハンターから話しを聞き始めると同時にテーブルの端に寄ってハンターとロペスと同じテーブルについた人達、という状態にした。

 普段は中身は年上だから、と思っていてもこういうときの対応で地頭の良さが出るもんだなぁとつい、感心してしまった。

 あとでなにかお礼をしよう。

 

「ねえ、カオル! あのハンター巻き込んでトランプしましょう!ディーラーはカオルにまかせるから!」

 酔いが回りつつも声を潜めて巻き上げようとするイレーネの目の輝きに若干引きつつ

「あれは結構みんな知ってるもんだから逆に巻き上げられちゃうよ、そんなことするくらいならトランプで遊ぼうか」

 イレーネをなだめて最後の夜を過ごした。

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