第70話 癒やしの奇跡と強化の真髄

「出てくる時間的に、もう少し潜ってても良さそうでしたね」

 と、いうと

「迷宮内で野宿するのはどんなに寝ても回復しきれないから疲労がたまる前に出たほうがいいんだ」

 とアンヘルさんが言っていた。


「じゃあ、このままアルベルトさんの所にいきます?」

 と聞くと

「ありがたいがいいのか? 先に風呂入りたかったり」

 とアンヘルさんが気を使っていってくれた。


「ルイス教官に帰ったのを知られる前に

 さっさとアルベルトさんを祝福して部屋に引っ込んでいてもらいましょうよ」


「お前、言い方が」

 とロペスが呆れた声を出した。


「あたしは汚れたままで人と会うのは」

 とイレーネが言った。

「これが普通の反応だ」

 とロペスが言った。


「アルベルトさん達はベテランですからね、汚れた人に会うことなんてなんでもないでしょう、そうですよね」

 とニコラスさんに言うと

「まあ、そうですが」

 と答えたがなにか言いたそうにしていた。


 迷宮前からしばらく歩き、アーテーナの鉾の宿にたどり着いた。

「いやー疲れましたね、さっさと山分けしてお風呂に入りましょう」

 といいながら宿の階段をバタバタと駆け上がりアルベルトさんが療養中の部屋に向かった。


 アンヘルさんがダムダムとノックして部屋になだれ込んだ。

「なんだなんだ」

 と驚くアルベルトさんを放置して、現状を説明した。


「まさかそんなことが」

 と驚くアルベルトさん。

 アンヘルさんが得意げな顔をしてイ・ヘロを唱え、一瞬だけマッチのような明かりが灯り、魔力切れを起こしたアンヘルさんが座り込んだ。


「たしかに、魔法だったな」

 アルベルトさんが納得した。

「一瞬で魔力切れを起こすようですけどね」

 と付け加えた。


 迷宮内で話し合った療養の旅に出る設定を言い含め、これからすぐにでも旅にでもらう、という話をして、アルベルトさんに了承を得るが、失われた魔力と奇跡の話は伏せておいた。

「さ、さっそく祝福しましょうか!」

 と言ってアルベルトさんにかけようとすると、

「せっかくなので癒やしの奇跡にしてみてはいかがでしょうか」

 とニコラスさんが言った。

「いきなり治っちゃうような変な事になりませんよね、もうお腹いっぱいなんですけど」

 と文句を言うとニコラスさんの笑顔が固まった。


「強化の祝福は切れるまで時間がかかるので癒やしの方が都合がいいのですが、万が一骨折が治ってしまったら、折れたふりをしたまま旅にでるので大丈夫ですよ」


 こんな信用できない笑顔を見たのは初めてだ。

 しかし言うこともわかる。

「じゃあ、実験しましょうか」

 と、いうとニコラスさんは嬉しそうに祝詞を教えてくれた。


 ニコラスさんと一緒に祝詞を上げると、アルベルトさんの折れた腕を光が包み、癒やしの奇跡が発現した。

「ニコラスだけでの癒やしより痛みが和らぐな、2人でかけたからか?」

 と言ってギプスの上から腕をさすった。


「では明日にでも療養の旅に出るとしましょう」

 とニコラスさんが言った。

「ご迷惑おかけします、ありがとうございます」

 とニコラスさんにお礼を言うと私達の宿に戻ることした。


 牛頭ミノタウロスの角は嵩張るのでアーテーナの鉾に引き取ってもらったので私達のリュックに入っているのは魔石だらけだ。

 あまり揺らすと魔石同士がぶつかってかけて価値が落ちるんじゃないかと今更ながら心配しながら宿ロヴェルジャへ戻った。

「そろそろファラス戻れるかな」

 荷物を置くと、イレーネが心細そうに呟いた。

「ルイス教官に聞いてみないとね」


 先に入るよ、と言ってシャワーを浴びた。

 髪の毛が伸びすぎて汚れすぎて洗っても洗っても泡立たない。

 ショートくらいまで切ってしまおうか。

 ここに来た時は肩くらいの長さだった髪の毛は背中の真ん中くらいまで伸びていた。


 ちょっとおなか痛いかもしれない。

 冷えたかなとおもい、早めにあがらなくては、とビネガーを薄めたお湯をかぶって体を洗い、これも中々泡立たなくて苦労したけれどもなんとか洗い終えてシャワー室を後にした。


 熱風アレ・カエンテで全身を乾かしながらイレーネに空いたよ、と告げるとイレーネはいそいそとシャワー室に向かった。


 汚れた制服を畳んで私服を着た。

 ここには洗濯サービスはないらしい。


 帰る理由がなくなったと思ったら、もう向こうのことを思い出すこともなくなってしまった。


 魔力がある持つ側にいるから楽で楽しい生活なんだろうけども、持たざる側に回っていたら泥水をすする様な貧乏生活か想像はしたくないが、色々不本意なことになっていたはず。


 晩御飯の時間には早いがなにかするには遅い時間なので仮眠を取ることにしてベッドに大の字で倒れ込んだ。

 仮眠するといって仮眠になったことなんて1度もないけど。


 意識が戻ったのは寝てからどれくらいたったか。

 ドアがダムダムとノックされた音で目が覚めるとイレーネの顔が目の前にあって驚いた。

 なんと勝手に私の腕を枕に使って寝ていたのに起きない自分すごいな、とちょっと笑った。

 イレーネを起こしながらドアを開けるとロペスが立っていた。

「おや、晩御飯かい?」

 と、聞くと

「それもあるが、もう少ししたらだ。それ以外があるらしいからイレーネと来てくれ」

 と言っていた。


 身体強化なしだとイレーネがいくら軽いと言っても限界はあるので、強化しながらイレーネに肩を貸して無理やり連れて行った。

 うめきながら自動的に歩くイレーネにを連れてロビーの奥の方に座るルイス教官が目に入った。

 ロペスはレディに気軽に触れられないというので私1人で連れて行ったので結構疲れた。


「お1人でどうしたんですか」

 と向かいに座ると

「ペドロたちが戻ってこないんだが何か知ってるか?」

 といって、手をあげてウェイトレスを呼んだ。

「まだ1日目の夜でしょう? 心配するほどです?」

 と聞くと

「あいつら基本日帰りだからな」

 といってウェイトレスからビールを受け取って3、とジェスチャーをした。


「あんまり酷かったんでガイドブック押しつけて7階に行かせましたよ」

 ことの顛末を説明した。

 私たちが盛り上がりすぎてアンヘルさんに怒られた話はしない。

 私はアンフェアなやつなのだ。


「なるほど、それはひどいな」

 と、いって苦虫を噛み潰したような顔をした。


 で、といって私の顔をみた。


「今回はなんかやらかさなかったか」

 ニヤリとしてそういうとウェイトレスが私たちの分のビールを持ってきた。

「なぜそう思うか聞いてもいいですか」

 憮然としていうと

「ここ最近は目を離すとなんかやらかすし、お前もイレーネも魔力の成長が著しいからな、そういう時は色々あるんだ」

 単純に気にかけてくれていただけだった。


 警戒してしまって申し訳ない、と思いつつイレーネと発現した不思議な強化について聞いた。

「やっぱりやってたな」

 嬉しそうに言った。


「なんでそんなにうれしそうなんですか」

「まあ、そんなにらむなよ、喜んでんだからな」

 はあ、と返事をすると

「それは来年やる予定の合唱魔法といってな、2人以上で唱えて魔力を混ぜて練り上げると効果が上がるんだ、だが重さは別の話しだ」

 ほう! と身を乗り出して聞く体勢になると

「身体強化の神髄と言われていてな、できる奴はできるけどできない奴はとことんできん。

 騎士身分の中でも上級騎士になる者は全員できる。」

 おれはできんから教えられんからな、と付け加えて笑った。

 結局、なぜ真髄に到達したのかはわからないままだった。


「じゃあ、自由にできるようになれば2人で1人の上級騎士になりますね」

「できるようになるなら1人でできるようになってくれ」

 あきれた表情でルイス教官が言った。


「ペドロ達も変なことに巻き込まれたのかと思って呼び出しただけだから飯でも食うといい」

 と言ってウェイトレスを呼んだ。

 心配症ですね、というと

「引率ってこともあるが、お前、そういう所に疎いがやつらも跡取りじゃないとはいえ、貴族の子女だからな」

「あ、あー、確かにそうですね、さっぱりすっかり忘れてました」

「ある程度は仕方ないとはいえ言い訳できるくらいの状況じゃないとおれも困るんだよ」

 と、怪我等の万が一の事態は特に問題がないと恐ろしいことを言っていた。


 来た時は夕飯には少し早いかな、というタイミングだったので呼んだウェイトレスにイレーネと一緒にお腹にたまるおすすめの物を、と頼んだ。

 いつのまにか目が覚めてビールを飲んでいたイレーネにいつ目が覚めたのか聞いてみたら、2人で1人の上級騎士の辺りだと言っていた。

「ほとんど聞いてなかったね」

 というと、

「後で教えてね」

 と言って残りのビールを飲み干した。


 晩ごはんを食べ終え、すっかり夜の帳も降りて宿の1階の食堂はハンター達が集まる飲み屋になった。

 装備を解いたハンター達が集まりガヤガヤと賑やかになった。

「今日は迷宮内で野営するんですかね」

 と、真っ赤な顔をしたルイス教官に聞いてみた。

 最近わかったが彼は飲む割に強くないらしい。

「さあな、それより飯持って行ってんのか?」

 と、興味なさげに言った。

 その言葉に嫌な予感がしてロペスの方を見るとロペスも同じことを考えていそうだったが、私もロペスも、もちろんイレーネも結構な量の酒を飲んでしまったので今すぐ行くぞ!ということはできない。

「どうでしょうね、水は飲めるでしょうから心配しなくてもいいかもしれませんね」

 ということにした。

「起きた時に帰ってきてなかったら気にしよう」

 ロペスとそう申し合わせて今日はペドロ達のことは忘れて普通に飲むことにした。

 我ながら酷いと思うが、もう飲んでしまったので今更気にしてもしょうがない。


 そして酔っ払った他のハンター達がテーブルの上に登り、吟遊詩人の歌にあわせてテーブルからテーブルに飛び回って踊り周り、料理を蹴散らされたハンターとの殴り合いが始まってしまった。

 酔いつぶれたルイス教官を放置してふにゃふにゃのイレーネに自分の分のビールをもたせて私はビールとつまみの腸詰めを持ってロペスの部屋で飲み直すことにした。

 二日酔いの飲み薬ポーションを一口飲んだイレーネがちょっと復活した所で久々にトランプで遊んで夜は更けていった。

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