第69話 未知の力とピクニック気分

 アンヘルさんがニコラスさんを担いで11階に続く階段へ逃げてきた。


 階段にニコラスさんを座らせ、意識を取り戻すのを待って、反省会をした。

「ニコラスさんに加えられた攻撃は受肉した肉体による物理攻撃と精神体による精神への攻撃です。」と、状況の確認し、皆が頷くのを見た。

「物理攻撃はハードスキンで守れましたが、精神攻撃は魔法障壁マァヒ・ヴァルでないと守れないようです」


「不思議だったんですよ、大迷宮という名前がついているのに低層階で急に難易度が上がりすぎてると思いませんか」というといまいちピンときていないようだった。


「7階ですら神官の祝福や魔法の身体強化があって初めて対等に渡り合えるじゃないですか、まったく無くしてやれますか」というと

「まあ、無理だろうな」とアンヘルさんとロペスが言っていた。


「売ってるガイドブックは30階まで売ってるのは見ましたが、今15階まで行けるパーティってどのくらいいます?」とニコラスさんとアンヘルさんに聞いてみると

「ここ最近で一番深く潜れているのは上級の神官と、左腕が肘から先がない元軍人がいる6人組のパーティで14階だ」と、思い出しながら答えてくれた。


「不思議ですよね、30階までの地図を書いた実力を持った人たちは今どこで何をしていて、その後に続く人がいないのはなぜでしょう」

「いつからアーグロヘーラ大迷宮を攻略できるハンターはいなくなったのでしょう」

 そういうとみんな押し黙ってしまった。


「後もう1つ疑問なのですが、ガイドブックに書いてありますよね、低級の悪魔マイノール・ディーマには物理攻撃はあまり効かないため、聖別した武器や魔法での攻撃が推奨される、と。聖別というのはどうやるんですか?」と、聞くと

「聖別は儀式用の部屋に入り、香を炊いて祈りを捧げるのですよ」と言って自分の中の聖別とガイドブックの聖別の違いに気づいた。

「この場でできる聖別がある、と」

「そうですね、私もそう思います」


「まとめると、昔のハンターは魔法を使い、神官が未知の祝福を与えられていた。

 しかし今ではそんなものは存在せず、自然に廃れたのか、何者かが意図的に情報を隠蔽していったのか、というところでしょうかね?」


「ま、疑問については目をつけられない程度に調べるとして。

 目下、我々はあまり深く潜る実力はないという体で、目立たないように気をつけましょう!」と、いうと

「カオルにだけは言われたくないな」とロペスに言われ、反論しようとしたところでみんなに笑われてしまったのでしょんぼりと肩を落とした。


 低級の悪魔マイノール・ディーマに対する対応方法がわかった所で、もう1度12階に挑戦するかどうか、という話しになる。

 天井に張り付く低級の悪魔マイノール・ディーマに驚いてしまったということもあるのだけれど、まだまともにやりあってないので感触は確かめておきたいという気持ちもある。

 

 痩せぎすの男の様な体に体のサイズには合わない大きさの強大な手足を持ち、ヒヒの顔にライオンの様なたてがみを生やした3メートル近い黒い生き物が真上に張り付いていたらきっと驚く。

 だれだって、驚く。


 12階へ進み、低級の悪魔マイノール・ディーマを探す。

 小鬼の魔法使いマァヒ・ゴブリンはロペスとイレーネがささっと片付けてしまえるので、やはり魔物の強さと必要スキルのバランスの悪さが目立った。

 ペドロ達はきっと7階くらいで苦戦してそうだが、まっすぐここに来れるなら余裕で稼げるんだろうけど、11階までにいるのが良くないね。と思って一人で納得した。


 ペドロ達は今現在、5階にいて苦戦中だった。

 手加減をして鬼蜘蛛ジャイアントスパイダーの頭だけを潰さないと爪はともかく、高く売れる糸が取れないためだった。


 警戒していると低級の悪魔マイノール・ディーマはすぐに見つかった。

 どうやら天井からぶら下がって不意打ちするのは彼らの常套手段の様で、見つかると諦めて降りてくる。

 降りてきたあとは、魔法は使えないようでその高身長と大きな手、そして生えている爪を生かして引き裂くか、突き刺すようにして攻撃してくる。

 

 ロペスは成長したものでゴーレムに気絶させられて以来、身体強化なしでとか生身の力だけで戦うなんて無謀な真似をすることがなくなった。

 痛い目をみていい勉強になったようだ。

 

 遠距離攻撃がないと思えば後ろを気にしなくてすむのでロペスやイレーネたちと交代で1体1で戦ってみる。

 身体強化と龍鱗コン・カーラ魔法障壁マァヒ・ヴァルをかけ、普通のヌリカベスティックで叩いてみると、ある程度の強さを超えると破壊することができた。

 肉体的な破壊だけでは痛みがないの様子で、すぐに再生させ襲いかかってくる。


 切り裂きは鋭刃アス・パーダをかけたヌリカベスティックをぶつけて破壊すると、子供の悲鳴の様な声を上げて怒りに燃える瞳で私を睨みつけた。

 鋭刃アス・パーダをかけた一撃では痛みはあるようだがすぐに再生し、心臓めがけて爪を突き刺そうと爪を伸ばす。

 伸ばされた爪をヌリカベスティックで砕き、耳障りな子供の悲鳴のような声を上げる。

 聞いてるだけで不快感が増し、心がざわついてイライラしてくる。

 醜悪な頭を潰し、声を止めようとしたが砕かれた頭の根本、首の中から声が聞こえた。

 頭が再生されそうだったのでやたらめったら叩きつけてダメージを蓄積させていった。

 受肉はしたが、正しい意味で肉体をもたたないため、存在を消された低級の悪魔マイノール・ディーマは魔力の濃い魔石となってカラン、と転がった。

「タフなだけで弱いな」とつぶやくと

「カオルの説がしっくりくるね」とイレーネが言った。

「仮設だとしてもルイス教官に相談するのもまずそうだな」とロペスが首をひねった。

 一通り試してみて、わかったことは、ワモンが言っていた神話の通り、魔法はと戦うためにあるのだということを実感し、それなしでは12階を超えられないということがわかった。

 

 山分けを固辞するニコラスさんに低級の悪魔マイノール・ディーマ小鬼の魔法使いマァヒ・ゴブリンの魔石を半分押し付けて11階へと続く階段へ戻ってきた。

 律儀に分けたいという話ではなく共犯者としての自覚をもってもらうためという目的なのだけれども。

「でも売るのは目立つのでいざという時まで我慢してくださいね」とお願いした。


「いざというときの魔石を除いて、旅費と治療と滞在にかかるお金は大丈夫そうですか?」と聞くと

「お金の問題はもういいのですが、魔力を持ったと思うと宿に帰って練習と研究をしたくてたまらないのです」と、瞳に熱い思いをにじませながらニコラスさんが言った。


 確かに前の稼ぎと合わせるとしばらくは遊んで暮らせるくらいは稼いでしまったし、表向きに今潜れる限界まで到達してしまっているだろう、個人的には13階で出没するという蜥蜴人ラガ・ルノが気になるのだけれども。


 ガイドブックにはアーグロヘーラ大迷宮の最初の難関、近接戦闘にすぐれ魔法防御力の高い鱗に覆われた異形の戦士、経験の浅いうちは逃走方法を用意して挑むといい、と書いてある。


 いままで散々苦労させられた気がしたが最初の難関までたどり着いてなかったと思うと、好奇心が刺激された。

「13階の蜥蜴人ラガ・ルノが気になるのだけど、見てみない?」と聞くとロペスが

「たしかにどのくらい強いか気になるな」と目を輝かせた。


「おい、お前ら、へらへらしてるが少し調子に乗り始めてないか?」とアンヘルさんに肩を掴まれた。

 へらへらなんか、とロペスが言おうとしていたので止めて首を振った。

 私もロペスもイレーネも調子に乗って緊張感をなくしていた。

 それでもピクニックかと言わないアンヘルの優しさを感じた。


 迷宮内で口角が上がっているという馬鹿さ加減を自覚し、上がっていた気分が落ち着いた。

「1体ならいいだろうが、複数出てきたらどうするんだ、オーガとちがうんだぞ」と、言われたしかに、と思い直す。

「これ以上進みたいならおれらはここで降りるからな」と言った。

「すみません、もう言いません」と言って頭を下げた。


 まだなにか言いたそうなロペスを隅っこに引きずっていった。

 思ったより落ち着いていて忘れていたが彼はまだ血気盛んな10代だった。

「最悪の事態を想像するとして、ロペス、近接戦闘がロペスより上で、私の魔法が効きづらい蜥蜴人ラガ・ルノが、1体なら全力で戦って倒せばいいけど、2体出てきたらどうするつもり?」と聞いてみる。


「あのなんか強くなるやつを使えれば」と、食い下がってくる。

「なんで発動したわからない効果を狙って、ぶっつけ本番? 本気?」というとぐっと言葉に詰まった。

 それに私もイレーネも今日のような強化をしたとしても、今度は近接戦闘能力が足りてないのだ。

 変に食い下がってくるロペスに妙にイライラした挙げ句、私もムキになって行きたければ1人でいけという言葉を寸前で飲み込む。

 本当に行ってしまったら後悔するのは私だ。


「カオルもあんまり追い詰めるものじゃないですよ」

「ロペスもそんなところまでアルベルトに似なくていいんですよ」とニコラスさんに諌められた。

 ロペスは似ていると不意打ちを突かれ、嬉しいような複雑な顔で私とニコラスさんを見比べた。


 心の中のザワザワしたものを押し殺して落ち着いた。

「切りいいですし、今日はこのまま帰りましょう」ニコラスさんが手をパンと叩いて言った。

「アルベルトも勢いがついてくると中々帰りたがらなくて面倒なんですけどね、そのせいで骨を折ったので今度からはおとなしくなるといいのですが」

 というと、ロペスの顔が引き締まった。

 いい指導員を手に入れた。


 その様子を腰に手を当ててふんぬ、とため息を一気に吐き出して気持ちを切り替えた。

「カオル? 大丈夫?」とイレーネが恐る恐る聞いてきた。

「ん? 大丈夫だよ? なんで?」と聞くと

「なんかいつもと違って感情的になってたみたいだったから」と言っていたので

「そうだった? 疲れたのかな?」と言ったがそういえば私もムキになってたな、と思い出した。

 まあ、いいか、と思って帰り支度をして戻ってから分ける時間が取れるかわからないので、魔石と角を山分けした。

 その後、ニコラスさんが身体強化の祝福をかけて駆け足で帰還した。


 5階を通って4階に行く途中、楽しそうな叫び声と剣戟のような音が聞こえた。

 イ・ヘロを消してみると、路地の向こうからイ・ヘロの明かりが見えた。

「大丈夫です、おそらく同級生でしょう」と、ニコラスさんにいうと、気配を消して覗き込んだ。

 思ったとおりペドロ達と犬人コボルトが戦っていた。

 しかし、戦い方がおかしい、ペドロが片手剣を使ってまるでフェンシングの様に左手を背に回して楽しそうに戦っていたのだ。

「あれ、なんだと思います?」とアンヘルさんに聞くと、

「あれが士官候補生が煙たがられるやり方なんだが、楽に戦える所を見つけるとそこで遊び始めるんだよ」

 命がけで来てるハンター達にしてみれば、騒ぎながら戦うものだから魔物も集まって行ってしまいうので、このフロアまでしか来れない駆け出しから慣れてきた頃のハンターは貴族のボンボンめ、と恨みをつのらせ煙たがられていく。


 なんかすみません、とアンヘルさんとニコラスさんに言って、ペドロ達を止めに行く。

 イ・ヘロをかけ直して彼らに近づいていく。

「ここでアホみたいに騒いで楽に狩れるなら7階に行って洞窟の巨人トロールの魔石でも取りに行きなよ」

「カオルか、アホみたいとはなんだ、これでも新しい戦い方を模索中なんだ」と言い訳をした。

「だったら盾くらいもちなよ」と近づくと、1歩下がった。


 ん? と思い1歩近づくと、同じ距離だけ下がった。

「いや、その、すまないが」と言われて思い出した。

「そういえば5日くらいお風呂入ってなかったわ」

 汗まみれで、空気の流れの悪い場所で連泊、そりゃあ、臭いわ。


「とはいえ! ここが限界のハンター達もいるんだから、ちゃんと狩場を開けて戦い方の模索ができるくらい楽なら7階に行って強敵と戦って模索しなさいな!」

「でないと汗まみれで抱きつくよ!」とくわっと威嚇のポーズを取ると


「それはそれで」と言いかけたので睨みつけて黙らせ

「ほら、7階までのガイドブック貸してあげるから、行った行った」と追い払った。


「またせちゃってすみませんね」と言ってアンヘルさん達の元へ戻った。

「カオル、いくら冗談でも淑女が抱きつくというのは」とロペスが小言を言おうとしていたので

「私は淑女じゃないからね」と言って今度はロペスを黙らせた。

「これでこそカオルよね」とイレーネは妙に納得し、大迷宮脱出に向けて走り出した。


 大迷宮を出たのは日が傾きかけてはいるがまだまだ明るい時間帯だった。

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