第68話 不思議な現象と未知との遭遇

「ロペス、ちょっと鋭刃アス・パーダかけて構えて」

 と言ってショートソードを逆さにしてロペスに渡した。


 ロペスはカオルの身体強化に使っている魔力のゆらぎがいつもより濃く強く見え、存在が濃い、というか威圧感があるというか、なんと言っていいかうまく言葉にはできないが、なんだかいつもと雰囲気が違うカオルに警戒して半身に構えた。

 

 いつものように半身に構えて棒を両手でも広く持ったカオル。

 正面からちょっと打ち合うにはなんとか不都合はない程度の広さの通路で向かい合って立つ。


「いくよ」

 とカオルがつぶやき、

「さあ、来い」

 といつものようにおれがいうと、十分な明るさがないなど理由はあるが、カオルの姿がかき消えたと錯覚する速度の踏み込みを行いながら左手側に右手を寄せ、長く持つように持ち替えると、水平にあの変な名前の棒を振った。

 かろうじて剣で受けると、まるでペドロの両手剣を受けた時の様な打ち込みが、握力を一瞬にして奪い去った。

 もちろん、カオルの一撃だからと油断していたのもあるが、いつもは受けていなす余裕がある。


 弾き飛ばされたショートソードはガランガランと音を立てて転がり、ロペスはぽかんとした表情で棒を振り抜いてにやりとするカオルをみた。


 カオルは「やっぱりか」

 とつぶやくと、ショートソードを拾い上げ、油断したね、と言ってロペスに渡した。


「いや、油断はしたがそれどころじゃないぞ」

 とロペスは私にちょっと文句を言う。

 なぜかはわからないが、私の打ち込みの重さが変わってしまったのだ。

 と、悩んでいる後ろで今度はイレーネの打ち込みをロペスが受けていた。

「おい、お前もか!」

 と叫ぶロペスにちら、と目をやると、嬉々として打ち込んでくるイレーネの剣をなんとか受けている状況だった。


 イレーネの攻撃は1つ1つが軽いため、いつもなら簡単に受けられてしまい、次の攻撃につながらないと悩んでいたイレーネの一撃は、他の同級生の様に受けさせ押し込むことができるのだから楽しくてたまらないらしい。


「あんまりロペスを疲れさせちゃだめだよ」

 とイレーネを止め、ロペスに受けた感じを聞いてみると、私とイレーネの打ち込みの重さは同じくらいだということだった。

 なぜか、と考えてみるが同時に魔法を使ったことが原因なんだろうな、というくらいで理由はわからないのでルイス教官になにか聞かれたらこれを聞くことにしよう。


「おまたせしました! 魔石を取り出したら気を取り直して先に進みましょうか!」

 と、明るく言うと、もう驚くことはないと思ったが、流石に驚いたな」

 とアンヘルさんが言って、ニコラスさんがうなづいた。

「でもどうですかね、時間効率は」

 とニコラスさんに聞いてみた。

 牛頭ミノタウロスの魔石は1個当たり銀貨30枚、角は1本あたり銀貨25枚で取引されるが、オーガは魔石1個当たり銀貨25枚で買い取ってもらえるので、一度に複数相手できるなら若干オーガを相手にしていたほうが良さそうな気がしてくる。

 若干を埋めるために無理をする必要がないのでどちらも相手にできるのだが。

「どうしましょうね、12階の低級の悪魔マイノール・ディーマとどっちが効率いいですかね」

「オーガと牛頭ミノタウロスだと後衛が安全なんですよね」

 とニコラスさんの談。

「たしかに。イレーネを中衛に置いて全部叩き落としてもらう必要があると思うと、オーガと牛頭ミノタウロスを相手にしてたほうが効率よさそうですね」


 ということで予定が変わり、11階で稼ぐことになった。

 私とロペスを前衛、間にアンヘルさんとニコラスさんをはさみ、殿にイレーネを置いた。

 それからまる2日、危なげなくオーガと牛頭ミノタウロスを相手にし、強敵だったのは片腕のオーガが指揮をする6体のオーガの群れに多少手こずらせられたが、通路が狭いのが幸いして無傷で切り抜けることが出来た。

 大体1時間で銀貨80枚~125枚、たまに150枚になる。

 軽く計算してみると3000枚近くになったのでいい気になって12階に行ってみたくなる。


「12階に行ってみるってのはどうですかね」

 とニコラスさんとアンヘルさんに聞いてみる。

低級の悪魔マイノール・ディーマでも狩りにいく相談かい?」

 と、耳ざとく聞きつけたロペスが大喜びでやってきた。

「相談だね」

 というと

「そういう前のめりな所はアルベルトにになくてもいいんですよ」

 とニコラスさんが呆れたように言った。

「行けると思う時に」

 と口を開いたアンヘルさんに耳打ちした。

「ちなみに概算ですけど、1人辺り金貨10枚越えていますよ」

 、と。

 ピクリ、と止まると

「行ってみてあぶなかったら戻ればいいんだよ」

 と、

 ニコラスさんは藁にもすがる思いでイレーネにも声をかけた。


「どうですか? わざわざ危険を犯すこともないと思いませんか」

 というのでニコラスさんに見えないように魔法障壁マァヒ・ヴァルを出してみせた。


 イレーネはもっと前衛に近いところで活躍したいはず。

 なんなら、ロペスとイレーネが前衛で私が中衛だっていいんだから。

「魔法を使うという魔物に興味があります!」

 と元気よく答えてニコラスさんが怯み、12階の階段近くでで試しに歩いてみることになった。


 12F

 早々に12階にたどり着き、探索していると、私の胸くらいの背の高さの人影を見つけた。

 ローブを着て杖を持った洞窟の小鬼ゴブリンだった。

 なるほどあれが小鬼の魔法使いマァヒ・ゴブリンか、失念していたのは洞窟の小鬼ゴブリンは群れるということだった。

 これがオーガに壊滅させられるパーティの油断か、と以降同じ油断をしないよう心を引き締めた。


「数が多い!」

 ロペスが前に出て魔法障壁マァヒ・ヴァルを展開した。

 7体の小鬼の魔法使いマァヒ・ゴブリンは、ギャアギャアと鳴きながら杖をかざし、炎の矢フェゴ・エクハ氷の矢ヒェロ・エクハを散発的に射掛けてくる。

 1つ1つ威力が高くないし、量も少ない。


 イレーネが前に出てロペスと共に小鬼の魔法使いマァヒ・ゴブリンが使用する魔法を打ち消しながらあれば全力か、と探っている。

「ここまで来たことありますか?」

 とニコラスさんに聞いてみる。

「ないですね、神官がここまで来ていたのはずいぶん昔の話だと聞きました」

「ではあれより少し強いものを全力だと想定しましょう、人数と対応しているのが2人なので油断しているのかもしれません」

 と言ってアンヘルさんの矢筒にシャープエッジをかけた。


 アンヘルさんは弓を引き絞り、魔法を放っている小鬼の魔法使いマァヒ・ゴブリンの手を狙って矢を放った。

 矢はまっすぐに杖を持った手を貫いた。

 手を負傷した小鬼の魔法使いマァヒ・ゴブリンは杖を持つことができず、後ろに下がっていった。

 そうなると、防御に専念するだけのものより遠距離からのアタッカーを驚異とみるのは自然なことだった。

 今まで無視されていた私とアンヘルさん、ニコラスさんに視線が向いた。

 ニコラスさんはひゅっと息を吸い込み方に力が入っていた。

「大丈夫ですよ、私が魔法障壁マァヒ・ヴァルを張りますから、アンヘルさんは引き続き矢をお願いしますね」

 と言い、かばうために前に出る。

「お願いします。」

 と、ニコラスさんが言って後ろに下がった。


 もっとも、小鬼の魔法使いマァヒ・ゴブリンの今までの戦いぶりはロペスとイレーネの守りを貫けるものではないのだけれど。

 後ろから炎の矢フェゴ・エクハを使って小鬼の魔法使いマァヒ・ゴブリンを狙って撃ってみる。

 広めの範囲のイレーネの魔法障壁マァヒ・ヴァルにあたってパリンと割れてしまった。

「わ! ごめん!」

 と叫ぶと慌てて魔法障壁マァヒ・ヴァルを展開したイレーネに怒られてしまった。

「もう! 撃つなら言ってよね」

 ほうれんそう大事。

 私は手をださないことになり、アタッカーはアンヘルさんの矢にまかせることにした。

 連続で小鬼の魔法使いマァヒ・ゴブリンの頭を貫くアンヘルさんの魔法の矢。


 撃っても撃っても防がれる魔法に頭に血が登り、逃げ時を失った小鬼の魔法使いマァヒ・ゴブリンは最後の1体になっても魔法を撃つことをやめることなくアンヘルさんに全滅させられていた。



 小鬼の魔法使いマァヒ・ゴブリンに刺さったアンヘルさんの矢と魔石を回収して反省会を行う。

「さて、反省会ですが、まず、魔法障壁マァヒ・ヴァルは範囲が見えづらいので後ろから援護する時は声を掛ける必要がありました。」

 というとイレーネが大きく頷いた。


「危険がある程度無視できるなら、私達のだれかが魔法障壁マァヒ・ヴァルを張って物理で突貫するのが早そうですね」

「そうでなければ今みたいに魔法障壁マァヒ・ヴァルを張ってアンヘルさんの矢で減らしていくのが安全で良さそうでした」

 どちらにしても小鬼の魔法使いマァヒ・ゴブリンの魔法は私達に傷一つ付けることが難しいのでどっちでもいいのですけれども。


 小鬼の魔法使いマァヒ・ゴブリンについてはもういい、次の課題は低級の悪魔マイノール・ディーマだ。

 低級の悪魔マイノール・ディーマは精神体に近しい存在である悪魔に属する生命体が受肉して精神体なのに物理攻撃もできるというこの世界に生きる生命体すべてに対しての敵として発生した。

 根本たる精神生命体に対しての攻撃力を持たない場合、表面の物理面を傷つけたところですぐに修復されてしまい、なんのダメージにもならないので魔法使いや祝福が必須になる。


 アーグロヘーラ大迷宮、10階から難易度が上がりすぎていないか、と思っていた。

 完全に隔絶されるのは12階だが、上級の神官かロペスやイレーネくらいの魔法使いがいないと話にならないというのはいくらなんでも上がりすぎていると感じた。

 それなのに地図はもっと奥の階層まで売っているのだ。

 探索できるほどのハンターやら冒険者がいた。

 でも今現在、そこまで到達することができるパーティはほとんどいない。

 質が落ちたのか、急に魔物が強くなったのか。


 考えてもわからないものは後回しにして低級の悪魔マイノール・ディーマを探し、どのくらい強いのか確認する必要がある。

 全員にハードスキンをかけ、魔法障壁マァヒ・ヴァルを出して警戒する。

 ロペス前衛、アンヘルさん、イレーネ、ニコラスさん、私の順番で進む。

 

 ロペスは少し前にイ・ヘロを置き、イレーネは頭上に配置し、私は私の少し後ろに置いた。

 ドローンの様に自動でついてきてくれるので警戒範囲が広く取れて助かる。


 しばらく歩いていると、後ろで影がゆら、と揺れた気がした。

 後ろを振り向くとイ・ヘロがきちんと光を放っていた。

 気のせいか、と思い前を向くが何もないので前を向くと、ニコラスさんが倒れていた。

「ニコラスさん!」

 慌てて抱きかかえると青い顔で気を失っていた。

「イレーネ! ロペス! 警戒を! ニコラスさんが倒れた!」

 前を歩く二人に警戒を呼びかけた。


 呼吸と脈を計る、呼吸はある、脈? 脈はあるがどう数えればいいんだ? 覚えてるのはAED使った後の心臓マッサージのやり方だけだ。

 とりあえず脈はある、きっと1秒くらいに1回くらいなのでたぶん、大丈夫だと思う。

 振り向いたイレーネは

「カオル! 上!」

 と叫び、炎の矢フェゴ・エクハを放った。

 頭上でボンボンと炸裂し悲鳴が上がった。上を見ると見たことのない生き物がブスブスと黒煙をあげてぶら下がっていた。


 驚いて思わず叫びながらニコラスさんを引っ張ってイレーネの所に逃げ込んだ。

「何あれ!?」

 というと

低級の悪魔マイノール・ディーマだろうね」

 と言ってニコラスさんを抱えた私の前に出た。

 アンヘルさんが「ニコラスはどうだ」

 というのでおそらく大丈夫です! と答えると矢筒を差し出したのでシャープエッジをかけた。


 ロペスが前に出て防御姿勢をとった。

 イレーネが魔法で攻撃し、アンヘルさんが矢を射ることで低級の悪魔マイノール・ディーマを攻撃していく。

 ロペスの動きを見ていると、魔法障壁マァヒ・ヴァル龍鱗コン・カーラの両方を使わないと守りきれていないように見える。

 そうであれば、ハードスキンしかかかっていなかったニコラスさんに攻撃が通ったのは納得が言った。

 精神体による精神への攻撃だったのだ。

 そうとわかればできることは唯一つ

「戦と知恵の神、アーテーナ、強き心と剛力を汝の使途へ与え給え

 魔の者に打ち勝つための御身の奇跡を!」

 この場にいる全員に加護を与える。


 青白い顔のニコラスも赤みがさしてきたことで成功を確認した。

 ロペスは魔法障壁マァヒ・ヴァルが削られる量が減り、イレーネの炎の矢フェゴ・エクハ低級の悪魔マイノール・ディーマの体を削る量が増えた。

 アンヘルさんの矢はシャープエッジだけの時は刺さるだけだったのだが、刺さった箇所の周りが霧散して消えていた。

 

 そうだ、これが本来のアーグロヘーラ大迷宮に挑むパーティの戦力だったのだ。

 何があったかは想像するしかないが、ハンター達から魔法と神官による奇跡を奪ったのが今のハンター達が低層階から抜けられないようになった原因だろう。

 おそらくそう遠くはないはず。

  

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