第67話 常にやらかしている気がした
「じゃあ、アンヘルさんの青春も聞きましょうか」と私がいうと、アンヘルさんは決まりの悪い顔をして考え込んだ。
「そんな面白い話なんかねえんだよな、平民の猟師が村の友達とハンターになるなんて日常茶飯事だしな」
と、ちょっと暗い顔をした。
そういえば、ここは命が軽い世界なんだった、聞いてはいけないことを聞いてしまった。
「聞いちゃいけないことでしたね、すみません」と謝ると、
「いいさいいさ、んで、色々あってアルベルトに会って、あっちこっちうろうろしてたらニコラスに会って、実入りがいいから大迷宮で稼いでるって感じだな」
色々はあまり多く語りたくない過去なんだろう。
「そしたらこんなのをみつけちまって、今までの3人でやってきたって自負と自信が吹っ飛ぶったらありゃしないわな」と言って笑った。
「なんか、すみません」と元はと言えばロペスのミスが発端だったな、と心のなかで薄く笑った。
「お前らから見てもカオルはとんでもなさそうだしな」
「わかりますか、そうなんですよ」と、言った。
いくらなんでも私だって傷つくこともあるんだぞ! と心のなかで叫んだ。
「で、ちょっと見てもらいたいものがあってな」アンヘルさんが真面目な顔に戻って言った。
「なんでしょう」と答えると、なにもない手のひらを見せた。
なにもないがなにかある、そして私とロペスには見覚えがあるものだった。
手のひらから立ち上るゆらゆらとした、熱されたアスファルトから立ち上る熱気のような無色透明な
やっちまった。と、俯いて両手の中指でこめかみをぎゅっと抑えてどうしたらいいか考える。
「やりましたね!」とロペスは興奮しているが、なぜ魔力が出るようになったかの心当たりは無いらしい。
どうにか自然に目覚めたことにできないか、と逡巡し、いい案が思いつかないのでそっと目をそらした。
アンヘルさんは私のほっぺたをわしっと掴んで目線を合わせると
「心当たりが無いのなら
「
貴族の面倒さを怖さをアンヘルさんに伝えないといけない。
「私も聞いたばかりの話なのですけどね、貴族の魔力に対するデリケートさについて中々想像つかないと思いますが、たまたま目覚めた平民は放置できるんです。数が少ないので。」
「でも、簡単に目覚める平民がたくさん生まれるとなると彼らのプライドを刺激してしまうんです。」
「そうすると、私は下級魔法使い製造機として取り込まれてアンヘルさんとニコラスさんは経過観察するために取り込むか拒否されたら殺すしかなくなるんです、私も貴族じゃないので色々漏れるとまずいんですよ」というと
「ですから、目下警戒しないといけないのはここにいるロペスとルイス教官なんです」と言って、すい、とロペスを指差した。
指を差されたロペスがぎょっとした顔をした。
「なんでおれが! イレーネはいいのか!」
「イレーネはどちらかというと貴族である立場を捨てたいと思ってる方なので大丈夫なのですよ、ロペスは仲が悪いとは聞いてないし、独立する時にいい感じに地位もらえるかもしれないからそこんところの意思確認はしておきたいんだよね」
「と、いうわけで心の友になったばかりでこういうことになるというのはとても悲しいことですが」と言ってアンヘルさんに目配せすると、アンヘルさんは悪い笑顔で弓に手をかけ、私は悲しそうな顔でヌリカベスティックに手を伸ばした。
「まてまてまて! 言うわけ無いだろう、友を売って贅沢な暮らしをしたい男だと、本当におれのことをそう思うのなら今すぐ殺してくれ」ダークグリーンの瞳がまっすぐに私の目を見て言った。
自分を守ろうとしすぎた上に調子に乗ってロペスを傷つけてしまった。
「すまない、調子に乗った。傷つけるつもりはなかった、試すような真似をしてごめん」と言ってヌリカベスティックから手を離した。
「カオルの不安もわかるし、しょうがないさ、でも今回だけだからな」と言った。
「あんたいい男だよ」と言って肩を叩くと苦笑いを浮かべていた。
「あとでニコラスさんにもこっそり確認しましょう、見えたらちゃんと説明しないといけないので」と確認をお願いした。
「イレーネにもルイス教官にはいわないように口止めをしておかないといけないな」
「ということでアドバイスはできるのですが、立場上あまり深く教えてあげられないので魔力を当てにした行動は控えてください、魔力の枯渇で死にますから」というアドバイスをした。
「ちょっとまっててください」と言って、ロペスを引っ張って内緒話をする。
「魔力の基礎までなら教えていいと思う? 1年か2年でやめて治安維持隊に行く人もいるよね」と聞くと、
「たしかにそうだな、1年でやることくらいなら教えてもいいかもしれない」と勝手に判断した所でニコラスさんが起きてきてみなさん、早いですね、と言ってあくびを噛み殺していた。
「おはようございます、ニコラスさん。アンヘルさんのこれどう思います?」と言うとアンヘルさんが得意そうに魔力を出して見せた。
手のひらの上を見て固まり、アンヘルさんの顔を見て、自分の手のひらを見た。
「やっぱり出せますか」たまたまアンヘルさんだけが目覚めたという線は消え、私の祝福の影響が確定した。
イレーネに火が入ったので、アイドリングをしてエンジンが温まるまで魔法についてニコラスさんとアンヘルさんに知ってる範囲で教えることにした。
とは言っても最初のときにやっていた様に体から切り離した魔力を炎と化して浮かせる、という最初にやったやつだ。
そして、魔力があるのなら使えそうな、魔法、レンチンを使ってもらう。
マグカップに
「手をかざしてレンチンと唱えると水が温かくなりますよ」と言って実践してもらう。
レンチンとニコラスさんが唱えると、マグカップに入っている水は少し熱いお風呂くらいの温度に温まった。
アンヘルさんもやってみたが、同じくらいの結果だった。
ニコラスさんの方が少しだけ魔力がある様子。
「あれ? 私のときと違うな」と、ロペスと一緒に首を捻る。
「どうなったんだ?」とアンヘルさんがいうので
「食事がすべてカラッカラの干物になって新しく用意してもらいました」と答えると
「さすが、規格外は違うな」といって感心していた。
「イレーネもそうだったので最初の量が違うんですよ、きっと」というと、ロペスも
「確かに、使用人にやってもらっていたから初めて自分でやった時は干物にしたな」と言っていた。
士官学校に入るのはみんなそんなもんらしい。
「あれ気まずいよね」と士官学校あるあるをした。
「この魔力量だと身体強化すると危険です、掛けた瞬間に倒れます」とニコラスさんに言う。
「たしかに、レンチンでちょっとふらつく感じがしますね」と初めて魔力を使った感想を言った。
炎と化した魔力を20個程だして火の玉をぐるぐる回してみせると、
「最低でもこれができるようになるまで実践しないでくださいね」と言って魔力の扱いについて終了することにした。
「あとはアルベルトさんですね」というとなぜかロペスも一緒に祝福をかけてあげてほしいと頼み込んできた。
急に3人共魔力に目覚めるという怪しさ満点のこれをどう誤魔化そうと頭を悩ませると、エンジンが温まったイレーネが起きてきた。
「おはよう」と言ってふぁーとあくびをすると、硬い黒パンをガジガジとかじっていた。
「あ、おはよう」とイレーネに挨拶をして、考える。
「目覚めたときに一緒にここにいなきゃいいわけだな」とロペスが言った。
なるほど、たしかに目覚めたよーと言って迷宮から帰ればなにかあったと思われるが、目覚めたよーと言ってよそから帰ってきた時に私がいなければなんの問題もない。
「では、条件としてアーテーナの鉾の皆さんには療養の旅に出てもらいます、できればなるべく遠くに」というと、ニコラスさんが
「私の故郷まで療養の旅に出ることにしましょう、
「そして魔力を操る練習は宿の個室以外では行わないと約束してください」
「あとは、一人だけ魔力に目覚めた設定の人を決めてもらってその人以外は使えないという体で活動していただきたいです」
イレーネがいそいそと10階に向かって上がっていった。
「それはアルベルトを魔法使い役にしたとして、アルベルトが使ってる様に見せて私が使うのであれば問題はありませんか」とニコラスさんが言う。
「ないですね、詠唱さえ見られなければ問題は無いと思いますし、魔力が増えれば身体強化と祝福の重ねがけができるというメリットを考えるとアルベルトさんがちょうど良さそうですね」
「あとは目覚めてくれない場合はアンヘルさんかニコラスさんのどちらかにしましょうか、という話がまとまればこの話は解決ですね」
「じゃあ、おれだな」とアンヘルさんが言った。
「矢の強化に魔法は必要だが、祝福には魔力はいらないからな」というとニコラスさんもそうですね。と同意したのでこれで解決といえよう。
という所で、イレーネも朝ごはん等を終えて出発する準備が出来たようだったので、ニコラスさんとアンヘルさんが魔力に目覚めた話と、私が祝福ができるようになったという話はルイス教官には秘密にしてね、と言って11階へ向かった。
11F
ここはロペスとイレーネと私にしてみれば9階と変わらないのだが、アーテーナの鉾にしてみれば緊張感あふれる危険なフロアらしい。
適当に流して12階へ行くことにすると、4体のオーガの群れと出会った。
と、言っても兵站のお手伝いしたときのようにきちんとしたリーダーのいる群れではなく、そこらで発生したオーガ同士が一緒にいるだけのようだ。
武器も持たず分担もせずに狙いたい獲物に向かって一目散に突撃するようなオーガは今の私達の敵にはならない。
つまり、私とイレーネに向かって2体ずつ。
アンヘルさんは大丈夫か、と後ろでいうが、広くない通路で連携の取れないオーガなんて1体も2体も変わらない。
せっかくなのでイレーネと二人で身体強化をかけ、前に出た。
「あ、剣返して」と言ってオーガから目を離さずに腕を伸ばすとロペスが私の手にショートソードを渡してくれる。
「
不可思議な現象に困惑して見ていると、一人でかけるより少し強い気がした。
「あたしからいくよ!」とイレーネがいい、頷くとイレーネは一気に飛び出してオーガに襲いかかっていった。
オーガは武器を持たないため1体はイレーネに殴りかかり、もう1体は掴みかかろうとした。
殴りかかる手を左手で上に弾き、頭を下げて大きく踏み込んで胸に
もう1体のオーガに対して振り向くと掴みかかる手を切り上げて切断し、後ろにいたオーガに向かって蹴り飛ばした。
私の所に戻ってきたイレーネは
「今日の身体強化いつもより効いてるみたい、さっきのやつのせいかな」と言って私と交代した。
確かにいつもより身体強化が強いというか、単純に強くなったという感じじゃないんだけど、なにか違う感じがした。
あっというまに仲間がやられてしまった衝撃と怒りで雄叫びを上げイレーネに襲いかかろう走り出すオーガに飛び蹴りを放つ、不意打ちとはいえ、体重差は倍近くありそうなものなのに、私に反動を残すことなくオーガを弾き飛ばし壁に衝突させた。
「おおおお!?なんだこれ!オーガが軽い!」
巻き込まれただけのオーガが起き上がり私に向かって駆け寄ってくる。
いい加減、撤退のし時ではないのかな、とおもうがその判断をするほど冷静でもないし、経験もないのだろう。
逃げるという選択肢を忘れ、怒りのまま襲いかかってくるオーガに対して、私は上段に構え、一刀の下に切り捨てた。
片腕を失ったオーガはほうほうの体で逃げ出したので、見逃して私達に今何が起きてるか確認する必要があるね、とロペスとイレーネに言った。
なぜかかかった妙な身体強化はそれ以降発動することがなく、なぜ起こったのか、と首を捻るばかりだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます