第66話 私が帰る理由

 このまま9階で牛頭ミノタウロスを狩っていてもいいのだが、効果的なダメージを与えられないアンヘルさんと、やる気のない私達ではロペスの負担だけが多いという話になった。

 丁度いい相手であれば私達とシャープエッジをかけたアンヘルさんの矢で負担も分散できるだろうとニコラスさんがいうので、11階か、12階へ行こうと言う話になった。


10F

 重量級のみが出現するフロアでは長居してはいけない。

 7階はまだ出現率が低いのか同時に現れることはまれだったのだが、10階では石人形ゴーレム洞窟の巨人トロール牛頭ミノタウロス、彼らの出現率が上がり、それぞれ徒党を組んで協力して襲ってくるわけではないが、獲物を取り合って喧嘩することもない。

 いっそ食べるのが目的なら奪い合って三つ巴を狙えるのだが、石人形ゴーレムは排除したいだけで、牛頭ミノタウロスは戦いたいだけで食べるつもりなのは洞窟の巨人トロールだけなのでどいつもこいつも戦闘を見かけると大喜びで参戦してくるのだ。


 そして、この辺まで来ると地図代も馬鹿にならない。

 アーテーナの鉾は9階までの地図はもっていたし、そこから先はまだ必要がない上、アタッカーが療養中なので余計な出費は抑えたいだろう、ということで私達の方で10階~12階までの地図を買った。

 計銀貨46枚、もうすぐ金貨に届きそうだった。割り勘で良かった。と胸を撫で下ろした。

 

 低層階の様に通り魔の様に出会い頭に魔物を排除して進むことは難しいのでイリュージョンボディをかけて慎重に進む。

 幸い、石人形ゴーレムを見かけたくらいで通り過ぎることが出来た。

 

11F

 群れを作って徘徊するオーガと牛頭ミノタウロスが徘徊する11階は調子に乗り始めたハンター達に教訓として死を与えるという。

 9階で物足りなくなったハンター達のパーティは、すでに9階で危なげなく狩っている牛頭ミノタウロス牛頭ミノタウロスより弱いオーガしか出ない11階に移動しようという話になる。


 カオル達くらいの殲滅速度が出せるのであれば、9階でも全く問題がないのだが、9階で行き詰まった末にオーガの群れがいる11階なら効率が上がるだろうと思う身の程知らずは、少し値段は下がるがオーガの魔石を一度に複数個得ることができると思い移動を開始する。


 欲の皮をつっぱらせたハンター達は、群れを作る魔物の厄介さと、パーティで牛頭ミノタウロスを1体圧倒した所で群れ対群れではまったくもって勝手が異なるということを失念する。


 そして、才能があるハンターは、冒険の途中で身体強化に目覚めることがある。

 もちろん、意図的に魔力を目覚めさせ、伸ばし方を知っている貴族達や士官学校に入る様な大商人と違い、目覚めたばかりだと量も少ないし、最大値の増やし方も知らなければ、それが魔力だと気づいていない場合すらある。


 ここまで来て牛頭ミノタウロスを圧倒したハンターは無意識のうちに身体強化を使い、牛頭ミノタウロスを1対1で圧倒し、より弱いオーガならば余裕を持って狩れると誤解して前衛1もしくは2で群れに対して立ち向かうのだ。


 ガイドブックにも前衛は3人以上を推奨とし、資金に余裕がなくメンバーの補充ができない場合は9階での狩りを継続することをおすすめする、とも書いてある。

 ここで普通のハンターの全滅パターンは2種類、魔力に目覚めて身体強化が出来てしまった場合、魔力の枯渇によりアタッカーが気絶して戦線が崩れる、もう1つは身体強化が使えない場合、複数のオーガに対して対応しきれず、アタッカーから殺され、戦線が崩れる。


 カオルたちの様に9階で金貨十数枚稼げるようなハンターはそうそうおらず、だれでもなれるハンターという職業は基本的に金欠なのだ。

 実際に、ペドロ達は5階の鬼蜘蛛ジャイアントスパイダー洞窟蛇ダンジョンスネークに苦戦しているのだから。


 11階へ向かう階段で休憩を取ることにした。

 なんだかんだで5時間近く稼働しっぱなしで食事も満足にとっていなかったことに気づき、アドレナリンが出ているのか、イレーネやロペスはまだ行けると意気揚々としているが、ニコラスさんとアンヘルさんは行けると思っている今のタイミングで休憩を取るんだ、と彼女らを抑えていた。


「カオルも行くというと思ってたよ」と、アンヘルさんが言った。

「私は基本的に何もしたくないので休憩は5分おきだっていいですよ」と言うと、

「その案には異論はないが5分はとりすぎだな」と笑っていた。


 宙に浮かせた大きめのアグーラに水袋やマグカップを突っ込んで飲みたい分汲んでもらう。

 しょっぱくて硬い干し肉の端っこを揉むように噛んで唾液でふやかして噛みちぎり、口の中がしょっぱくなったタイミングで味のない固いパンを水でふやかして胃へと押し込んでぐったりする。


 あごの筋肉を酷使する食事が一番疲れる。

 身体強化は歯が折れそうなので怖くて使えない、もしかしたら一緒に強化されるのかもしれないけど。


 カセットコンロみたいなのがあればもうちょっと食事もましになるんじゃなかろうか。

 迷宮内だと干し肉からでる塩と出汁で干し肉を柔らかくして食べれるだけか、鍋も持ち歩かなきゃいけないし、高いし需要なさそう。

 勝手に考えて勝手にがっかりしていると

「いいこと思いついたって顔したあとがっかりしてたけど、どうしたの?」とイレーネに聞かれた。

 まさか全部表情に出てるとは思わなかった。


「お湯を沸かしてちょっとした料理ができる魔道具があれば干し肉も柔らかくしてスープも飲めるしいいかなと思ったんだけど、それだけのために買う人いないなって思ってね」

「あーこれ硬いもんね」と言って犬歯で噛み付いて引きちぎった。


 階段に座り込み軽く頭を下げると軽く眠気が来た、と思ったが起きていられないような眠気に変わった、思ったより魔力使っていたか。

 そんなそんなことはないはず、と思ったがどんどん強くなる眠気は目眩のように目の前がぐるぐると回り、焦点を合わせることすら許してくれない。

 きっと眼球がブルブル震えて気持ち悪い顔してるだろうな、と思いつつ、ほんとに気持ち悪くなってきたのでちょっとだけ、と思って眠気に抗うことをやめた。


 どのくらい眠っていたか、目が覚めると真っ暗だった。

 別に照明がないのだから真っ暗なのは当たり前なのだけど、起きた瞬間、目の前の手すら見えないというのは意外とぎょっとする。

 ぼんやりと光るイ・ヘロを出し、バキバキになった体を伸ばしてみんなが寝ていることを確認し、10階へ戻ってステロスの威力を確かめる。


 再び階段へ戻ってくると、思ったより寝ていたようで、ずいぶん頭がすっきりした。

 マグカップにアグーラ氷塊ヒェロマーサをかけ冷たい水で目を覚ます。

 アグーラだけなら浮かべておくだけなのだが、氷塊ヒェロマーサも一緒に使うとなると全部に魔力を通して維持する必要があるので出来ないわけではないが、面倒で効率が悪い。


 最初に起きたのはロペスだった。

「起きてたか」と、小声で言って隣にすわった。

「最初に寝たからね」と、小声で返し、アグーラ氷塊ヒェロマーサをかけたマグカップを渡した。

「いいのか? 借りて。すまんな」と言って一気に飲み干し、喉を潤すと

「そのためのマグか、帰ったらおれも買うことにしよう」と言って、アグーラを出すと、その中にじゃぼんとマグカップを入れてぐるぐると振り回して洗って返してくれた。

 汚水というほど汚れていないのだけど、汚水は階下に放り投げ捨てていた。


 みんなの邪魔にならないよう、10階の方へ登ってみんなが起きるまで石人形ゴーレムは結局どうしたら現戦力で倒せるか、という話をしていたが、ヌリカベスティックが効かない時点で今のままでは無理だろうな、という結論にならざる負えなかった。


 11階は通り過ぎるとして、12階ではどうしようか、と役割を相談する。

 12階では低級の悪魔マイノール・ディーマ小鬼の魔法使いマァヒ・ゴブリンがでると書いてある。

 長い月日を生きた洞窟の小鬼ゴブリンが魔力を得ると魔法を行使することができるようになると言われているが、迷宮内では小鬼の魔法使いマァヒ・ゴブリンのまま生まれてくる。

 長い月日を生きた経験がないので脅威度はだいぶ下がるらしいがそれでも魔法が使えないハンターたちには脅威となる。


 低級の悪魔マイノール・ディーマは異界で力を得た悪魔が魔力を持ってこちらの世界に受肉したもので、物理攻撃はあまり効かないため、聖別した武器や魔法での攻撃が推奨される、と書いてあった。


 ロペスはやっぱり前衛で魔法障壁マァヒ・ヴァルを展開しつつ近接を警戒する。

 私とイレーネは魔法障壁マァヒ・ヴァルを展開し、近接戦闘をするには迷宮内は狭いので中衛とする。

 私とイレーネの新しい戦い方であるステップを踏んで撹乱しつつ隙を伺うのには不向きだと判断した。

 私はともかくイレーネにはなるべく実践で経験を積んでほしいんだが。


 後衛はアンヘルさんの魔法の矢で、回復にニコラスさん、と。


 毒をもつのはあまりいなそうだが、解毒と簡単な傷の治療はできるらしい。

 ぜひ祝詞を教えてもらいたいものだ。


「カオル」ロペスがぽつりと呟いた。ん? と返事をすると

「帰れる方法がわかればこっちの生活を捨てて帰ってしまうのかな、と思ってな」と。


「帰れれば帰るか、と言われるとその前にこっちでしなきゃいけないこともあるんだけど」

「しかしそれが終わってから帰りたいと思うか、と言われると、どうだろうな。」

「たった2年でイレーネとも仲良くなっちゃったし、ロペスともこうして話をする仲になってしまったしな、今ウィスキーでもあればいい酒が飲めそうだ」と笑ってみせると、ロペスは喉になにか詰まったような、苦しげな表情を浮かべた。


これは茶化していいもんじゃなさそうだ、と改めて思い直した。

「すまん、ちょっとだけ帰る努力はするかもしれない、イレーネとロペス連れて向こうにいけるかもしれないからな」


「急に知らない世界に連れてこられる色々を知ってるのに連れて行くとはどういうことだ」とロペスが笑った。

「向こうは魔法はないが命の危険がないし、勉強さえすればこっちより楽しく楽に暮らせるぞ」と、誘うと

「でもこうやって迷宮に潜ったりして冒険できなくなるのはつまらないかもしれないな」というと、それはちょっと寂しいかもしれないな、と思った。


「おれはカオルにこんなこと頼める義理もないかもしれないが、できたらこっちに残ってほしいと思っている」

「それはまたどうして?」

「カオルとは、その、イレーネともそうだが、一緒にずっとパーティを組んで行ければ、と思っているんだ、だから、その、な」と言って照れてごまかした。

 そうか、そこまでロペスがいい友達だと思っていてくれているとは思わなかった。

 ありがとう、と言おうと思うと、喉がひゅっと締まって言葉が出てきてくれない。

 ロペスにはイレーネと一緒に面倒ばかりかけて申し訳ないと常々思っていたので素直に嬉しい、と言いたいのだが、一つだけ言っておかなければいけないことがある

「両手に花とか思ってたら張り倒すからな」と言って笑った。

 私はいつかちゃんと自分の体に戻るんだからな。


「とはいえ、向こうに帰っても実はそんなことを言ってくれる様な友達もいないし、両親はもういないし、家族があるわけじゃないからな、いや、友達がいないわけじゃないからな、そこは誤解するなよ」言ってて悲しくなってきた。


「向こうではこっちでいう魔道具を作る仕事をしていたんだけどな、仕事なんて朝、家を出ると帰りは真夜中なんだ」終電で帰っていた頃を思い出して暗い気持ちになった。

「そうか、向こうで仕事までしているのか、だったらなおさら帰らなくても平気なのか?」

「私一人抜けてどうにかなるならその仕事は私がいたって遠くないうちに破綻するさ」と笑ってしまった。

 なんだ、帰る理由がもうないじゃないか。

 30年近く過ごしてきた世界の薄っぺらな人生に心のなかで涙した。


「カオルがしっかりしてる所があるのはそういうことをしているからなんだな、抜けてるところも多いが」といってくっくっと小声で笑った。


「だから、ロペスとイレーネがそういうならこっちで暮らすことも考えてもいいかもしれない」

「心の友だな」と言って握手を求められると階段の下からアンヘルさんが起きてきた。


「青春だな」

「すみません、起こしてしまいましたか」というと、

「だいぶ寝たから大丈夫さ、心の友よ」と言って笑った

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