第60話 らしくない二人

 食事を終えてビールという名のなにか違う物とピクルスを頼み、ちょっとお花摘みにと言って席を外したイレーネが恐ろしいものを買ってきた。

 

 53枚の手触りの良い加工がされた紙が入った厚手の紙のケースだ。

 そう、トランプだ。


 今までは借りてきたもので満足していたのについに買ってしまった。

 きっとアーグロヘーラ大迷宮の階段で寝る前にやろうとかキャンプのテントでやろうとかきっと言い出すにきまってる。


 フリオの実家! なんで売ってるの!


 いや、いつか1人で賭場にでかけて借金まみれになる可能性を考えたら

 一緒に遊んであげれば賭場に行かないと思うとこれはこれで良かったのかもしれない。

 ならば付き合おうじゃないか、と思っていくつか遊んでみたが

「賭ける賭けない以前に2人だとつまんないね」と言ってトランプを大事に仕舞った。


 夜も更けてきて飲み屋として客が訪れるようになったのでテーブルが足りなくなってきたようだ。

 2人席があればよかったんだけれども無かったので4人席に移動しようと言ってピクルスの入った器とビールのコップを持って立ち上がった。

 ハンターのパーティは大体3人~6人のパーティが多いようなので基準が4人掛けテーブルか6人掛けテーブルなのだろう。


 外から入ってきたロペスとペドロは

「いよう、お二人さん」といって勝手に座った。

 別に文句があるわけではないけど。


 そして隣りに座ったロペスに耳打ちした。

「イレーネがトランプ買ってきた」というと一瞬ひくっと引きつらせたがすぐに平静を取り戻し、覚悟は出来た。と答えた。

 きっと思うことは私と一緒だったろう。


 2人共ビールを頼み、

「せっかく4人になったんだからブラックジャックしましょう!」というイレーネの提案があったが

「ディーラーできるのがカオルしかいないのにカオルにやらせるとなんか怪しげなことするからだめだ」

 とロペスが言ったのでみんなお気に入りセブンブリッジをすることにした。

 そして怪しげなことをしていたと聞いたイレーネがじとっと疑いの目を向けてくる。

「イカサマはしてないよ、安心して」と言って笑顔でどうどう、というと

「詳しくは後で聞かせてね」とちょっと怖い笑顔でセブンブリッジの札を配り始めた。


 

 それから2時間くらい遊んでいたが、イレーネがカードを持ったままうとうとと眠そうにしていた。

 飲むペース早いな、と思ったとおりだった。


 私ももうそろそろ限界かなというところだったのでお開きにすることにした。

 イレーネの命とも言えるトランプを大事に仕舞い、ロペスと一緒に肩を貸して2階の奥の部屋へと搬送する。


 ドア前まで一緒に運んだロペスは、じゃあ、ここまでで、と言って自分の部屋にペドロと戻っていった。

 イレーネをベッドに放り投げてリュックの中から二日酔いの飲み薬ポーションを2本取り出して1本飲むと、イレーネを起こしてもう1本を飲ませた。


 明日はアーグロヘーラ大迷宮に着く。

 潜るわけではないかもしれないが体調は万全にしておきたい。

 ベッドサイドのテーブルにイレーネのトランプをおいて寝る準備をした。


 洗面所にある未使用の木の枝をもしゃもしゃと噛み砕きながらルイス教官が部屋から出てきた気配がないことが気になった。

 帰れなくなって

 木の枝が柔らかくなってブラシ状になってきた頃、少し酔いが冷めたのかイレーネが覚醒した。

「ここは…? あぁ、ありがとうね」と言って水を飲むとベッドに座って木の枝を咥えた。

「もう少しお酒強くなりたい」と言いいながら項垂れる。

「二日酔いの飲み薬ポーション飲みながら酒飲んだら?」というと

「えぇ~? それだと酔えないしお金の無駄じゃない」と言ったので、

「お金の無駄を考えるならお酒なんか飲まないほうがいいよ」と笑うとそれもそうねと言って二日酔いの飲み薬ポーションを少しだけ飲んでからお酒のむわ、と決意を新たにした。


「明日どこまで潜れるかな」と聞くと、

「ロペスの疾風の剣の調子次第かな? 牛頭ミノタウロス辺りならオーガも行けたし3人で行っても大丈夫だと思う」ずいぶんと自信がついたようで嬉しい。

「ペドロ達が来たいって言った場合は?」と聞くと

「ん~、正直遠慮してほしいね」と眉間に皺を寄せて唸った。


「すっかり酔いが覚めちゃったね」と言って下に降りていった。

 まだ飲むのかと思っていると、しばらくしてウィスキーのボトルとコップを2つ抱えて帰ってきた。

「二日酔いの飲み薬ポーション飲んでからお酒を飲むとどっちが勝つのか実験ね!」と言ってテーブルにコップとボトルを置いた。


「ほんとに貴族らしくないねぇ」と頬杖をついてしみじみというと

「女らしくないカオルといいコンビね」と言ってニヤッと笑ったイレーネに対して笑ってみせたが秘密を抱えている罪悪感がぎゅっと胸を締め付ける。

 上手く隠せたつもりだったが敏感に何かに気づいたイレーネは

「あれ? 気にしてた? ごめんね」とすごくすまなそうにいうので

「女らしくしようと思ったこと無いし、そういうんじゃないよ」と改めて笑ってみせた。

 意外とちゃんと見てるんだな、と隠すんだったらもっとしっかりしないと逆にイレーネに不要な心配をかけてしまう、と思った。


「ほんとに? なんかあったらちゃんと言ってね」と言って水割りを作ってくれたのでお礼にイレーネのコップに氷塊ヒェロマーサを入れた。


 ちびちびと飲みながらいつか言わなきゃいけないよな、と思っているとイレーネがあーっと大声を上げた。

「ブラックジャックの! イカサマ! 聞いてない!」と思い出してしまった。

「イカサマじゃない!」ときちんと反論した。


 その後、1時間近くブラックジャックのシャッフルの仕方とその対処法を白状させられた後、私はできないけど、と前置きして2枚めを取り出す方法や予め10以上のカードを減らしておくとか色々できるよ、と説明を終えた。


「そういう悪いことばっかり知ってるカオルのディーラーじゃもうブラックジャックやらない!」と宣言されてしまった。

「悪い人はいつでもカモを募集中だよ」と言ってニヤリとしてそろそろ寝ようか、と寝る準備をした。


 真っ暗になった部屋でベッドに潜り込み、ふぅーと息を吐いて寝ようと思った時

「なんでもいいから相談してね」とイレーネが小声で言った。


 突然の不意打ちに思わず心がじんわりと暖かくされてしまったことが気恥ずかしくなってしまって

「うん、おやすみ」と少しそっけなく答え意識を闇の中に溶かしていった。

 私はイレーネに甘えてばっかりだ。

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