第59話 パンと肉とビールは野菜に含むか
アーグロヘーラ大迷宮に行ける!ベッドに入り、ロペスは高揚した。
アーテーナの鉾に会えるだろうか、あれから1年近くが経ち、おれは変わっただろうか。
去年と比べて全然進歩がないんじゃあないのか?と、いわれるんじゃないかと怖くもある。
たった1回付き合っただけの学生なんて覚えていてくれているかな、と心細く思うが、よくよく考えると魔法を使わない普通のハンターにとって無駄に魔法を使いまくったカオルのことは忘れられないだろうな、と思って、安心すると共にカオルといるといつも添え物になってしまうんじゃないかと下級とはいえ貴族としてのありようを問われている気がして、カオルに対しての嫉妬心が鎌首をもたげようとしてくる。
ここで嫉妬してしまうのは貴族の矜持にかけるともいえるし友を侮蔑することになる、と自分を戒め就寝した。
翌明け方、砦の東側にある訓練等で外出する際の馬車が通れない小さい出口から皆が頭を低くして歩く中、私とイレーネは堂々と胸を張って歩いて出た。
背が低くてもいいことはあるものだ。
「念の為イリュージョンボディをかけてくれ」とルイス教官がいうので
「
いつもいつも私にやらせるけど教官がやったほうが強いんじゃないの?という疑問が頭を横切ったが上官命令の是非について考えてもしょうがないのでなかったことにした。
「街道沿いは待ち伏せがある可能性が高い、森の中を突っ切るがなるべく音はたてるなよ」と無茶を言うルイス教官を先頭にして走り出した。
先頭のルイス教官が障害物になる低木を目にも留まらぬ速度で切り開き、
ペドロ、フリオ、ロペス、イレーネ、ルディ、ラウル、私の順番で森の中を走る。
私の前を走るラウルが辛そうにふうふう言いながら「や、痩せちゃう…」とつぶやいた。
痩せるがいい。むしろここ1年でなんでちっとも痩せてないのだ。
というか痩せたくないのか?
私の中で謎は深まるばかりだった。
1日目は森の中でキャンプをする。木の間隔が広く、低木が多いので虫は気になるが木の陰に隠れられるよう地面で見つからないように一晩過ごす。
せめて座りやすいように、とルイス教官の指示で私が
今度はイレーネと2人で黒い
ルイス教官はなんでも知ってる。
炎の光がないのでこういう時に使えるとは思わぬ副産物だった。
暗くなるまで暇なので、警戒と称してみんなウロウロし始める。
適度に人がバラバラになった所でイレーネを呼び出して、魔法の研究結果の話をする。
光を曲げてステルス迷彩の様に見つからずにいられる魔法はないものか、と調べたが光属性の魔法は光るだけという認識らしく、光に干渉する魔法は無いようだった。
不可能であればしょうがない、と操作しやすくて目隠しに使えそうな闇属性を使うことにした。
魔力を闇に変え目隠しに体を囲ってみたりカーテンのように囲えないか試してみたりしたが、目立ちたくないのが目的なのに真っ黒なもやもやが立ちはだかるとどうしても目立ってしまうという問題にぶち当たった。
お花摘み中に好奇心から頭突っ込んできた人と目を合わせたくない。
研究に行き詰まり、手遊びで手のひらの上で動かしたり魔力を込めてぎゅっと濃くした所、
闇を消したわけではないのに目の前から消えてしまった。
濃くしたり薄くしたりして調べて見ると光は濃い闇にぶつかるとぶつかった闇に沿って曲がって進み、元の位置に戻る性質があるようだった。
魔力を闇として密度を上げて体にまとい、光に曲がってもらうことでステルス迷彩が実現できた。
光は避けて通るので自分自身に光は届かないし、そもそも闇の中に浸かるので目の前にある手のひらも見えないくらい真っ暗になってしまう。
主に無防備になるお花摘みのためにステルス魔法を作ることに成功した瞬間だった。
「これは…」と思わず息を呑むイレーネ。
「まだ名前がないのです。」密談をするように声を潜めて言った。
呪文無しで行使するには濃い闇を纏うのは効率が悪すぎてお花摘みのためにもっさりと魔力が持っていかれてしまうのは困る。
「カオルのいた異世界だとこういうのはなんていうの?」ふと思いついたようにイレーネが言った。
「ステロス?」なんでもない所で噛んでしまった。
「ステルス」と言い直したが遅かったようだ。
「ステロスという名前に決まりました…」悔しさでぐっと膝の上で拳を握った。
後世まで噛んだ名前が残ることが決定しがっくりと項垂れる。
「ステロス!」イレーネが唱えると黒いモヤがイレーネをもこもこと包んでいき、
黒い塊になったかと思うとすーっと消えた。
イレーネがいた辺りを触ってみるとたしかにイレーネの肩があった。
「わあ! 急に触るとびっくりするじゃない!」と言って驚いていた。
闇をまとうために周りが真っ暗になってしまうと伝えるのを忘れてた。
出してる間、ずっと魔力がジリジリ減り続けるけれども、丸出しになる不安と羞恥に比べれば大したことはない。
いや、減り方を考えると普通の人では使い物にならない気がする。
ステロスを消して感激した表情のイレーネとがっちりと握手をして収穫なし、と言ってキャンプに戻った。
火が使えないので固いパンだけをもそもそと食べる。
獲物でも取れてたら生肉を腐らせて無駄にするところだった。
そういう時はさっさと寝ちゃうに限るよ、とリュックからポンチョを出して被り、
外で寝るのも膝抱えて寝るのもいい加減慣れてしまった。
朝日で目が冷めた私は
ルイス教官はどこかに行っているらしく、カバンだけがおいてあった。
少し離れてステロスの威力を確かめるとキャンプに戻って硬いパンをもそもそと食べた。
「もう起きてたのか」どこからか戻ってきたルイス教官が言った。
「寝るのも早かったですしね、どこ行ってたんです?」と聞くと哨戒だ。と答えた。
今日あたりでアーグロヘーラ大迷宮着くかなぁ、そろそろ火が使えないのは辛い。
すぐに疲れるラウルを走らせるにはお尻に
それより問題はフリオなのだ、本当に食べてるのかと心配されるほど細く、筋肉がない。
入学当初に比べれば少しは筋肉も体力もついたらしいが。
食べても食べても太らないし、筋肉もつかないというのは想像つかないがそれはそれで辛そうだ。
空腹で運動してから食べて寝たらいいのかな。
向こうでもこっちでも食べたら食べた分きちんと肉になる私にはその悩みにはまったく共感できないが、解決方法があるなら提案してあげたい気はする。
朝から走って夕方頃、街道を外れて走ったおかげで時間がかかってしまったがアーグロヘーラ大迷宮まであと半日という所まできてそろそろキャンプかな? という時間になってきた。
薄暗くなり始めて今日もキャンプかーと思っていると、
「そろそろ大丈夫だろう、近くに街があるから今日はそこにいく」とルイス教官が言った。
森の中ばかり走ってきたのによく道がわかるもんだ、と感心した。
一応警戒して
「
「待ち伏せありそうですか?」と聞くと手で抑えられた。
しばらく周りを見渡してからルイス教官はふーっと息を吐いて
「大丈夫そうだ、いくぞ」と言って全員で改めて身体強化をかけ走りだした。
真っ暗になる前に宿場町に着くことができた。
アーグロヘーラ大迷宮まで徒歩1日という絶妙な距離にあるオヘルデという少し規模が大きい街だった。
デロール村と違って木の柵ではなく、頑丈な石を組んでできた塀に囲まれた大きな街は
夜でも出入りが自由らしく門番はいるが門に扉がないようだった。
門をくぐると馬車2台がすれ違ってもまだ余裕があるほど広い道をメインストリートに宿場町というだけあり道沿いに大きな宿が立ち並んでいた。
ルイス教官が先導し、宿を決める。
「ここがいいだろう?」と振り向いてフリオを見た。
フリオは曖昧な表情で愛想笑いを浮かべていた。
開け放たれた入り口からぞろぞろと入っていき、ルイス教官が受付でシングル1部屋とダブルを3部屋頼んでいると、ラウルの影に隠れていたフリオに
「坊っちゃん!逞しくなられましたね!」と話しかける人がいた。
坊っちゃん?と思って声の主を確認すると太ったおばさんがお盆を持って立っていた。
なるほど、実家か、と納得するとルイス教官がニヤついていた。
知っててやるとは性格悪いな、と思わず苦笑いした。
「ちょっと研修の途中で寄ることになったよ」と片手を上げた。
受付の人も坊っちゃんの先生ならサービスしときますね、と言って部屋のランクが上げられた。
もしかしてこっちが目的か?
違うな、最初にシングル1部屋とツインを3部屋と言っていた。
一番の目的は経費削減だ。
「ほい、女子部屋の鍵」と言って鍵を渡された。
いつもいつも女子扱いされることに居心地の悪さを感じる。
3階建ての木造建築の宿の2階奥3部屋がダブルで、3階がシングルの部屋なのでルイス教官と階段で別れそれぞれ割り当てられた部屋に入る。
フリオは「おれといるより実家の方がいいだろ?」とルイス教官に言われ、苦笑いで自宅の方に行った。
荷物をおいてイレーネと交代でシャワーを浴びた。
その後、カーゴパンツとセーターに着替えて客用の洗濯場に行った。
水やお湯、石鹸の販売されていて、別途お金を払うと宿の人が変わりに洗って干しておいてくれるサービスもあったのでお願いして23と書いてある木札を受け取り食堂に向かった。
まだ空いていたので6人がけテーブルの真中にどっかりと座り、適当に注文して晩ごはんにする。
フリオが来ればおすすめも聞けるかもしれないが全部おいしいよと言われる可能性もあるし家族水入らずの所邪魔しても悪いしね。
肉が食べたいとひき肉のステーキと牛肉のステーキとコッペパンにスープを頼んだ。
肉だらけになってしまった。
食事中に酒を飲まない習慣なのでまだ頼まない。
とりあえずコッペパンとスープで空腹をごまかしているとイレーネが向かいに座った。
「洗濯お願いできるっていいね」と言っていたので、パンをスープで流し込んで
「あれは全世界に広めるべきサービスだね」と返事した。
イレーネはテパさんを見つけて手を上げて呼ぶと、サラダとなにか色々注文していたが私の前にサラダがないのを見つけ、サラダを追加注文した。
「私は肉が好きなんだよ」と言ったが受け入れてもらえなかった。
テパさんはうちのドレッシングも美味しいですよ、と言われて回避不能となる。
「パンも小麦だし、肉だって草食べた動物の肉なんだから野菜だよ」と抗議する。
「じゃあ、ビールも野菜ってことで早速飲もうか!」といい笑顔でいっていたのでいつも飲み過ぎを注意する私はぐっと喉を鳴らした。
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