第42話 焦りと安堵

 6Fに続く階段まで戻ってきた。


 ハードスキンがかかっていたおかげで外傷はないように見えるし、呼吸も脈もある。

 しかし、意識を取り戻すまではわからない。


 イレーネは蒼白になって「どうしよう」と繰り返していた。


 こういう時に神官が必要になるのか、ということを改めて思い知ることになった。

 どれくらい時間がたっただろうか。


「おや、魔法の光がみえるな。」と階上から聞こえてきた。

「学生の遠征の季節だものな。」別の男の声が返事をした。


 戦斧を持った大柄な男と、長髪で弓を背負ったライトアーマーを着た男、角刈りで白衣の様な不思議な服を着た男の3人ががやがやと話しながら降りてきた人たちは私達を見つけると

「女性とは珍しい、こんにちはお嬢さん方、こんな所でどうしたんだい?」と長髪の男が言った。

「この先で仲間が石人形ゴーレムにやられて気絶してしまったので意識を取り戻すのを待ってるんです。」と答え階段で転がされているロペスを指さして言った。


 角刈りで白衣がどれ、と近づくと手を取ったり熱を測り、両手でロペスの頭を包み込むと、

「戦と知恵の神、アーテーナ、傷つき倒れた我が同胞はらからに再び立ち上がる力を。癒しの奇跡をお授けください。」と、いうとロペスの頭部を癒しの光が包んだ。

 ロペスはうぅ、とうめくと意識を取り戻した。


「あぁ! ロペス! 大丈夫!?」とイレーネが叫ぶように言ってロペスをガクガクと揺さぶった。

「大丈夫だから揺らさないでくれ、強化かかったままなんだ」と言ってイレーネを引きはがした。


 私は角刈りの白衣男に

「ありがとうございます、助かりました。」というと、

「これも神官の修行でね、徳を積む修行の最中だからそんなにかしこまらないでくれ」と言った。

「迷宮攻略中に余計に奇跡を使わせてしまったことには違いがないのですから何かお礼ができればいいのですが。」と、ロペスが言った。


「7Fは学生さんが来るような簡単な階層じゃあ、ないはずなんだがどうしてたのかい?」と聞かれ、

「魔法がそこそこ使えるので、洞窟の巨人トロールの魔石を取りに来たんです。」と答えた。


「ほう、洞窟の巨人トロールが狩れるほどに魔法が使えるとは素晴らしい! ええ、と」とロペスを見るとロペスは「ロペス、ロペス・ガルシアです。彼女がイレーネ、こっちがカオルです。」と答えた。

 紹介されとりあえず、名乗る。


「では、提案なんだが、迷宮撤退の期限がくるまで一緒に狩りをするというのはどうかな?」と戦斧をもった男が言った。

「もちろん取り分は山分けでかまわないからどうだい?」と、長髪の男が言った。


 イレーネは不安そうだが、ロペスはまあいいんじゃないか、ということでこっそり龍鱗コン・カーラとハードスキンを重ねてかけることによっていざというときの備えにする。


 アルベルトさん、アンヘルさん、ニコラスさんの3人組と計6人で狩りにいくことになった。

 戦斧の男がアルベルト、弓兵がアンヘル、神官がニコラスというらしい。

「たぶん、あと2日しか潜れないのでその感じでお願いします。」と言って、7Fへと移動を開始した。


「2日なら洞窟の巨人トロールより9Fの牛頭ミノタウロスの角と魔石を取ったほうが効率がいいな、かまわないか?」とアルベルトさんが言った。

 2日で行って地上に戻れるなら、と答えた。

 時間がないということを考慮してくれたのか、速足で7F、8Fを一気にぬけ、9Fに到着した。

 道すがらガイドブックを借りると、牛頭ミノタウロスは巨大な戦斧を持ち、力と耐久力が高く巨大な戦斧を担いで追ってくるため、容易に逃げることもできない。


 これを狩れるかが上級ハンターへの入り口、とあった。

 他出現するのは擬態する牙ミミック

 宝箱ではなく、ハンターの忘れ物に擬態して袋を開けた者を噛みついてくるらしい。

 死ぬほどの傷ではないが続けて探索できる傷にはならないため、注意すること。とあり、対処法は剣など道具を使って開けるか無視すると書いてあった。


 傷ついた状態で牛頭ミノタウロスと出会ってしまったら詰むのだろうな。


 9F


 あれが擬態する牙ミミックだ、とアルベルトさんが指をさした。

 不自然にというか、自然に、というか通路のど真ん中に汚い袋が落ちていた。

 金属棒で端に寄せて普通に通った。


 アルベルトさんが先頭、アンヘルさん、ニコラスさん、イレーネ、私、殿しんがりにロペスが付き牛頭ミノタウロスを探す。

 アルベルトさんにはイ・ヘロが好評で、いつもは片手に松明、片手に戦斧で接敵した場合、ニコラスさんに手渡ししてから薄暗い中で戦うんだそうな。

 松明係がほしくなる、と言っていた。


 牛頭ミノタウロスに出会ったのはそれからしばらくしてからのこと、折れ曲がった通路の先から柄の長い斧を持った牛マスクを被ったような2mを超えようかという大男が現れた。

 ニコラスさんが神に祈る。

「戦と知恵の神、アーテーナ、強き心と剛力を汝の使途へ与え給え、魔の者に打ち勝つための御身の奇跡を」といいアルベルトに身体強化がかかった。

 魔法では自分にしかかけられない身体強化が奇跡では人に与えられるらしい。


 神の奇跡を見て呆けている私をじっとニコラスさんが私を見てきた。

 なんですっけ? と思ったところで思い出す。

「そうでした! ハードスキン! シャープエッジ! イリュージョンボディ! ファイアエッジ! すみません!」

「忘れられてなくてよかった」とにこやかに言われた。

 アルベルトさんと牛頭ミノタウロスが斧対斧で打ち合う。


 身体強化の奇跡元々強化無しで斧を振り回せる膂力りょりょくに奇跡が乗って牛頭ミノタウロスにも負けない力が発揮された。

 力でも技でも拮抗しているアルベルトさんと牛頭ミノタウロス

 アルベルトさんが放った一撃を牛頭ミノタウロスが柄で受けて動きが止まった瞬間にアンヘルさんが矢を放つ。

 放たれた矢は察知されたのか紙一重でよけられてしまった。


「タイミングは指示するから一緒に攻撃してくれると助かる」とアンヘルさんが言うので素直にうなづく。

氷の矢ヒェロ・エクハ!」流れ弾があたってもハードスキンで防げるかな? と思って氷の矢ヒェロ・エクハを選択するとイレーネはお気に入りの黒い炎の矢フェゴ・エクハを出していたところだった。

 土の弾丸ティラ・ヴァラを選んだロペスもたぶん私と似たような理由だろう。

 急に3属性の攻撃呪文が出現したことにぎょっとする牛頭ミノタウロス

 その隙をついたアルベルトさんが牛頭ミノタウロス腹を蹴り、反動で後ろに下がる。

「今です!」とアンヘルさんがいい、アンヘルさんの矢と同時に魔法が放たれた。


 氷の矢ヒェロ・エクハ土の弾丸ティラ・ヴァラはザクザクと体中に刺さり、黒い炎の矢フェゴ・エクハはその身を焼いた。

 ぶすぶすと煙を上げながら血を流す牛頭ミノタウロスにアルベルトの戦斧が襲い掛かった。

 抵抗する力もなくした牛頭ミノタウロスはガードしようと腕を上げようとしたが上がらず頭が体から離れた。


「さすが魔法使いだな!」と一番『さすが』だったアルベルトさんがいう。

「あれを腕力で止める方が流石ですよ」と答えると

「それはニコラスがいてこそだからな」と謙遜した。

 普段からのトレーニング無しでは強化したところでたかが知れるはず。


 ロペスとアルベルトさんが魔石と角を回収し、素材の回収のコツを聞いていた。

 今までロペスは魔石を傷つけないように浅く切り開いた穴から強引に魔石を取り出していたので獲物の大きさによっては肘近くまで手を入れる必要があった。


 魔石は背中側にあるので、背骨の脇に刃を入れてから切り開けば、魔石に傷つけることなくだいぶ綺麗な状態で魔石が取り出せるらしい。

 まあ、私はやらないから覚えておくこともないが。


 手についた血をアグーラで洗い流す。

「ありがとう、やはり魔法は便利だな」とアルベルトさんが言った。

 その後、接敵と同時に魔法を使い、アルベルトさんが速攻をかけるという流れでリスクなく狩りを行った。


 2日間、9Fで過ごし、解散の日となった。


9Fから帰ろうとすると

「8Fの道わからないだろう?8Fは石人形ゴーレム牛頭ミノタウロスが出るんだ、7Fまで道案内させてくれ」と言ってくれた。

彼らの案内で7Fの階段前に到着した。


「2日間ありがとうございます。」というと

「お礼をいうのはこちらの方だ、今までギリギリで倒していた相手に楽勝で倒せるようになったのだからな、機会があればまたお願いしたい。」と言った。

評価されるのは素直にうれしい。

「こちらこそお願いします。」といい、握手した。


まるで親子差もあるような手の大きさに驚きながらアンヘルさん、ニコラスさんとも握手をするとロペスとイレーネもアルベルトさん達と握手をしていた。


「我々はアーテーナの鉾だ、困ったことがあったらハンター協会で呼び出してくれ」と言った。


では、最後に、と言い、アーテーナの鉾にいつもの4点セットハードスキン、シャープエッジ、イリュージョンボディ、ファイアエッジをかけニコラスさんの杖に光よイ・ヘロをかけて別れた。




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