第38話 突入1日目と命の軽さ

 そうとう疲れていたのか、イベント補正で早起きすることもなくぐっすりと眠った。


 ブラックジャックは少し負けたが私の総取りと言ってもいい結果になり、

 ロペスはまあ、そういうこともある、という感じだったのに

 ギャンブル初心者のイレーネは完全に頭に血が上ってしまって取り返すまでやる勢いだった。


 彼女にギャンブルを与えてはいけない。


 そう、ギャンブルは紳士の遊びなのだ。



 洗面所でイレーネに借りた石鹸を使って髪を洗う。


 まったく泡立たなくて気持ち悪かったが3度目の洗髪でやっと泡が立つようになった。


 そしてギシギシになってしまった髪に宿のおばさんに売ってもらったビネガーを少し薄めてなじませる。


 そうすると石鹸によって広がったキューティクルが閉まってギシギシが直るのだ。



 熱風アレ・カエンテでわしわしと髪を乾かして服を着てチェックアウトの準備をする。


 宿賃は前金なので鍵を受付に返すだけで済むが、

 出る前にイレーネに石鹸の返却とビネガーのおすそ分けにいかなくては。


 イレーネの部屋のドアをノックするとうめき声が聞こえた。


 しばらく待つとゆっくりとドアが開き、

 青い顔をしたもう1歩で下着姿になってしまうイレーネが出てきた。


「ちょちょちょ、外出る格好じゃないでしょう」と言ってイレーネを奥に押し込んだ。


 ベッドにうなだれるイレーネの様子を聞いてみるとやっぱりただの二日酔いらしい。


 とりあえずコップに氷と水を出して飲ませる。


 ほんとに色々残念な美少女だ。


「まあ、ただの二日酔いで安心したよ、外出てるから」


 とため息交じりに言ってイレーネの部屋を出る。



 受付に鍵を返し、表にでる。


 そういえばロペスに声をかけるの忘れていた、と思い歩き出した。


 朝食はなににしようか。


 パンが山積みになっている屋台の前に立ち、適当に4つ買う。


 ビニール袋も籠もないのだった。しょうがないので左手に3つ抱えて食べながら歩く。


 日本のパンより水分が少なく、歯ごたえがあるので口の中の水分が持っていかれる。


「おや、カオルじゃないか、イレーネはどうした?」


「二日酔いでつぶれてるからおいてきたよ、どうせ朝ごはん食べられないだろうし。」


 と言って並んで歩き始めた。


 宿の近くのカフェでお茶を飲んで待つことにした。


 というか、ロペスはここで朝食をとっていたらしい。


 宿から見えやすいテラス席に座り、

 既に買ってしまったが持ち込むのも申し訳ないので紅茶とパンを注文する。



 もそもそとパンを食べこれからのスケジュールをロペスと考える。


 今日を含めて残り5日、おそらく帰りは1日あれば十分に帰れるだろう。


 4日分の食料を持ち込むことにする。


 荷物の整理をしていると青い顔をしたイレーネが宿屋から出てきた。


 私達を見つけ重い足取りで寄ってくる。


「お酒がなかなか抜けなくてごめんねぇ」と言って席に着いた。


 店員を呼んで野菜の入ったスープと、私とイレーネの紅茶、麦粥を頼んだ。


「ダンジョン攻略2日伸ばそうと思って」というと、


「帰りは1日で十分だろう?」とロペスが補足した。


「おお、荒稼ぎするんだね」とちょっと元気を取り戻した。


 しばらくして注文した食事をとりながら色々と妄想しているようだった。


 捕らぬ狸の皮算用といいましてな、とイレーネの様子をみた。



 水分と糖分を補給して元気になったイレーネはバンと机を叩き、

「いざ行かん! あたしたちの冬の贅沢のために!」と立ち上がった。


 今でももう結構稼いでいるのだけど、いちいち言ってモチベーションを下げてもしょうがないので黙っている。


 意気揚々と先頭を歩くイレーネについて大迷宮の入り口に行く。



 道中、武器屋で私用の魔力をよく通すという金属の棒を買う。


 剣は丈夫にするために幅が広く作られているため、重い。


 未だに斬るのが嫌なので軽くて丈夫な棒がちょうどいいのです。



 ■5日中1日目



 馬車が入れそうな大きさの大迷宮の入り口に躊躇なく突入するイレーネを止めて


 いつものフォーメーションに戻り頭上に光よイ・ヘロを掲げ身体強化した状態で移動を開始する。


 奇襲への警戒のためにハードスキンを全員にかける。



 しばらく進むと汚い服を着た4人組の男が道をふさいだ。


「貴族のぼっちゃん達よぉ、金目の物おいて帰ってくれねえか?」


 リーダーらしい背の高い男がナイフをブラブラさせながら言った。


「なんだお前ら」ロペスが対応する。


 ツカツカ、と大柄の男がロペスに近寄ると無言でロペスの顎を拳で打ち抜いた。


「ほらすぐに出さないからミケルが警告しちまったじゃねえか、こっちは殺して身ぐるみ剥いでもいいんだぜ」


「去年のガキどもみたいにな」太った男がそう言った。


 毎年こうした盗賊行為を繰り返しているのか。


 殴られたロペスは特に気にすることもなくミケルという男の顎を殴りつけた。


 身体強化によって膂力を上げられた拳はいとも簡単に男の意識を刈り取った。


「おい、話とちげえじゃねえか」


 太った男がリーダーらしき男に文句を言う。


「そうだな、しょうがねえ、今年も殺すか」そう言ってギラリ、と私を見た。


「強えのは男だけだろうからお前がやれ」と太った男と痩せぎすの男に指示をする。


「メスガキどもはおれがやる」そう言って二手に分かれる。


 イレーネは剣を抜き両手で構え、私は金属棒を水平に向けて構える。


 リーダーの男はもう1本ナイフを取り出し2対1で相対する。


 流石に一人で二人相手をしようとするだけあって腕力も技術もあるようで、


 2本のナイフで私の棒とイレーネの剣をさばいて見せた。


 強化無しならこんなもんか、と思いなおし身体強化をかける。


 身体強化ありなら魔力を持たない普通の人なんてなんのその。


 棒の両端から少し内側を持って腰の回転で左、右、と打ち込む。


 最初の一撃でナイフが折れ、次の一撃で左上腕の骨がゴギリ、と折れる音がして私の手に気持ちの悪い感触が伝わる。


 あとはこれでハンター協会に突き出すだけでいいのかな、と思った瞬間


 イレーネがすい、と前に進み出てリーダーの男の心臓に剣を突き刺した。


 えっと思った瞬間イレーネは刃に鋭刃アス・パーダをかけ血糊を払った。


 どうしていいかわからずロペスの方を見ると、ロペスは痩せぎすの男の首に刺した剣を抜くために足蹴にしたところだった。


 太った男は血の海に沈んでいた。


 えぇっ殺すの!? というとロペスとイレーネは口々に力ない貴族とはいえ、平民の盗賊が害そうとした。


 それだけでここで殺しても突き出しても結末は変わらないから問題ないということだった。


 ギルド証こと、ドッグタグをハンター協会に出して処分した、というだけで十分らしい。


 捕まえて突き出さないのかと聞いたら、たかだか平民の賊のために自分らが


 予定を遅らせる必要があるのかわからない、という話だった。


 血の匂いに胃がぎゅっと掴まれたように痛み、


 胃酸がせりあがってくるのを感じるが我慢する。


 私が気持ち悪そうにしているとイレーネが心配して背中をさすってくれた。


 しばらくさすってもらってなんとか持ち直した所で移動を開始する。


「人が殺されるところとか血の匂いとか苦手でね」というと


「カオルはずいぶん平和な所から来たんだね」とイレーネが驚いていた。

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