第37話 迷宮突入前の宿泊

 徒歩移動で1日の距離にあるアーグロヘーラ大迷宮。


 そして、大迷宮の周りを切り開き探索者を目当てにした商人による集落が作られ、


 ぽっかりと口を開けた迷宮の入り口の脇には保険会社とガイドブックの販売の広告が立ち


 屋台では生ハムを挟んだパンやみたことのない色の野菜の酢漬け、肉の串焼きや


 焼いたソーセージもあり、見ていると今まで空いていなかったお腹が空き始める気がする。



 頑張って全部持ってこなくてもここで保存食買えたな、とちょっとがっくりきた。


「せっかくだから食べない?」ロペスが串焼きの肉の屋台の前で言った。


「いえーい、食べるー!」イレーネは串に刺した野菜の酢漬けが気になるようだ。


 私は肉と炭水化物が欲しい。



 今の時刻は夕方前だが、今から迷宮に入るには遅いが1日が終わるにはまだ早い。


 今日はロペスの魔力アップでも提案してみようか。



「銀貨かー、銀貨なんて釣りだせんよ」


 恰幅のいい髭の店主は頭に巻いた手ぬぐいの上から頭をかきつつそういった。


 両替はあっちだぜ、と指をさした。


 両替商の所へ行き、それぞれ銀貨1枚ずつ大銅貨に変えてもらう。


 手数料は5%、銅貨10枚とられた。



 元の屋台通りに戻り、各々食べたいものを買って集まる。


 食べながら歩こうと思ったらイレーネとロペスはなんだかんだで育ちがいいのか、

 ちゃんと座って食べたいと言った。


 面倒なやつらめ。


 屋台通りから外れた所に置かれたテーブルにつき買ってきたものを食べ始める。


「この後、寝るまでロペスの魔力を鍛えようかと思ったりしたんだけど、どうかな」


 と提案してみる。


 ロペスは目をキラキラさせてありがたい! と叫んだ。


 ロペスは大急ぎで食べ、期待いっぱいの目で見つめてくる。


 イレーネと目を合わせ笑った。



 大音量がなるので集落から離れて改めてイレーネとロペスが殴り合う。


 拳と拳を打ち合わせるだけだが。


 身体強化で弾き飛ばされない様にし「魔法障壁マァヒ・ヴァル!」バリーン! 「魔法障壁マァヒ・ヴァル!」バリーン!


 しばらく打ち合っているとロペスが辛そうになってきた。


 やはり積み重ねがあるからイレーネの方が持つなぁ、と思って眺めていると

 最後の時が来たようだ。


 魔法障壁マァヒ・ヴァルが破けた瞬間に脱力して崩れ落ちた。



「最後に1発だけ私とやろうか」ロペスを転がしたままイレーネと向かい合う。


 魔力を込められるだけ込めた魔法障壁マァヒ・ヴァルを打ち合わせた。


 昔は数をこなしていたが使った魔力の総量が同じなら結果は変わらないということに気づいてからは

 イレーネとは最大量を1発で済ませる。


 イレーネはよろよろと後ろによろめいてから崩れ落ちた。


 私も軽いめまいを覚える。



 日が傾いてきた所でロペスとイレーネを起こして宿をとるために迷宮に向かう。


「なるほど、毎日隠れてこんなことをやっていたのか。これはきついな。」


「魔力を回復する回復薬でもあればいいんだけど。」


「必要な者が少ないから中々な。」貴族にしか需要がないものは店売りしないか。



 色々な店があるなぁ、とみてみると薬屋、武器屋、防具屋、レストランはあるが、

 食材を売る店があまりないことに気づく。


 観光で成り立つ街の様だ。


「防具とかって買った方がいいのかなぁ」ロペスに聞いてみると


「我々は魔法があるからなぁ、奇襲されない限り平気だからな」と防具の購入には否定的だった。



 迷宮の入り口から遠い宿に入る。


 なぜなら宿賃が安いからだ。



「3部屋、素泊まりで」


 カウンターに左ひじを乗せてポーズをとる。


「1泊大銅貨1枚前金で。あと宿帳に名前と住所おねがいします。」


 事務的に対応された。


 先にイレーネとロペスに書いてもらって住所を書き写す。


「じゃ、あとで」夕飯の約束をして部屋に入る。



 部屋に入り、荷物を広げる。


 持ってきた布をアグーラで濡らし体を拭く。


 この世で一番いやな時間だ。


 早く自分の体を取り戻したい。


 なんなら性別が変わる魔道具か薬でもないものか。


 そんなことしたら返す時に困るか。


 第一なんだこの胸は! 動きづらいし揺れれば痛いし!


 あぁ、だめだ。


 思考が暗い方向に流れてしまう。


 頭をガシガシと掻きむしると脂と砂埃でゴワゴワになっていた。


 きっと臭いもすごいことになっているのだろう。



 服を着なおしてイレーネの部屋をノックする。


「イレーネ、晩御飯どう?」と声をかけると


「今出る!」と返事が返ってきた。


 バタバタと中で音がしてぎゃあと悲鳴がしてしばらくしてイレーネが慌てて出てきた。


「無事?」


「ちょっとトカゲがでただけだから!」


「あぁ、隙間多くてでそうだもんね。さ、ロペスを拾いに行こうか。」


「起きてるかな」


 反対側の隣の部屋の前でノックする。


「ローペースくーん、あーそびーましょー」


 いないのか、寝てるのか返事はなかった。


「寝てるかな」


「寝てそうだね」


 夜食を買ってくるだけでいいか。


「そういえば」ん? とイレーネがかしげる。


「石鹸ほしい。」というと、


「持ってるよ、後で貸してあげるね」と言った。


「ありがとう、ビネガーはあるかな」


「ビネガー? 何に使うの? 石鹸食べるの?」


「石鹸で洗った後にビネガーとかレモン汁を髪に使うとゴワゴワするのが直るのさ」


 へぇ、と言ってロペスの部屋のドアを見た。


 さて、どうしようか。


 ちょっと強めにノックして声をかけてみる。


「あぁ、ちょっと待ってくれ」そう言って寝ぼけまなこのロペスが出てきた。


「飯の時間だよ」というと


「あぁ、行こう。」とすぐ出てきた。


 フロントに鍵をあずけ街に繰り出す。


 余裕が出たので少しよさげな、大衆向けのレストランに入る。


 ワインと、おすすめを聞くと牛肉の煮込み料理が今日のおすすめだった。


 あとはサラダと、パンを頼んだ。


 牛はこちらでも牛らしい。見た目はしらないが。


 パンによく合う甘く味付けされたソースと柔らかい牛肉は


 まともなものを食べれなかったこの3日間で最高の味だった。


 ソースをパンで拭い最後まで味わう。


「最高においしい」思わずつぶやいた。



 食事もそこそこにロペスがどこかに行き、手に何かをもって戻ってきた。


「カードを借りてきたよ、食事のあとはワインとカードだろ?」


 と言ってカードの束を置いた。


「あたしやったことないよ」とイレーネがいう。


「まあ、そうだろうな。」とロペスがいうがわかっててなんでやろうと思ったか。


「じゃあ、初心者でも遊べるものにしようか、ロペスは何ができる?」


「よくやるのはポーカーだが、あとはバカラ、ブラックジャック辺りだな」


「遊びにいくと途中で抜けてたのは色街じゃなくてカジノに行ってたのか。」と聞くと


「そりゃあそうだろう、両手にこんなにかわいい花を抱えて何を抱きにいくというんだい」


 と笑った。そこに私は含めないでほしい。


「じゃあ、ブラックジャックだね、ディーラーできるから」と立候補した。


「お、それはいい」といってカードの束をこちらに置きなおした。


 私はカードの束を裏返し、スライドさせ、すべてのカードをプレイヤーに見せる。


 きちんと順番通りに並んでいるようで安心した。


 ダイヤ、クローバー、ハート、スペード。


 元の束に戻し、半分に分けシャッフルする。


 そうするとダイヤ、ハート、クローバー、スペードの順番に並ぶので、クローバーの8の上を持つ。


 多い束と少ない束で別れるので、2対1の割合でシャッフルし、もう一度シャッフルする。


 これで準備が整った。


「ブラックジャックは最低ボックス数が2だから2つかけてね。」といって

 銅貨を2枚置かせた。


 ロペスの前にシャッフルした束を置き、切ってもらう。


 ディーラー、プレイヤー1、プレイヤー2の順番で配り、カードを表にする。


 私の1枚目のカードは9なのでシャッフルはうまくいった様だ。


 2枚目のディーラーのカードは伏せ、プレイヤーのカードはやはり8以下となった。


 このシャッフルは順番が狂わない限りディーラーに9以上のカードが配られるというもので、


 HITの関係ですぐに狂うのだが。


 イレーネにルールを説明しながらゲームを進める。


 イレーネはふむふむと聞きながらロペスとゲームを進めていく。


 最初のゲームではロペスが2ボックスともバーストしてしまった。


 やるからには徹底的にかっぱぐ、そう、かっぱぎ王なのだ。


 軍資金は今日両替した銅貨の残りと決め、イレーネも参加し遅くまで遊び、


 何回かシャッフルしてゲームを続けたが、イレーネは初めてのカジノゲーム体験に


 ハンカチを持っていればギリギリと嚙み千切りそうなほど悔しがり、


 ロペスはこのディーラーの勝ち方はおかしいと不審がるのだった。


 イカサマはしていない。


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