第35話 狩猟と野営

 魔石取りとしっぽの回収という重労働をロペスに押し付けている間に

 荷物をまとめて移動の準備をする。


 なぜなら血が出る物は魚くらいしか触れないからだ。


 ロペスは熊の胸を切り開いて中に手を突っ込んで引っこ抜いて血まみれになった。


 首が落とせるなら剣で解体もできたんじゃなかろうか。


 アグーラで丸洗いをして移動を開始する。



 次の目的は巨大猪グレートボアの狩猟。


 魔物ではないが大型で獰猛な雑食性の野生動物なので人を見かければ

 持っている食料を目当てに襲うし、人里近くに移動すれば畑を荒らす。


 この時期に狩れれば冬の数十人分の食料になる。


 問題は大きさ故の運搬の難易度の高さだ。


 その場で解体しても肉の量は100㎏を超えるため知識がない場合は

 300㎏ほどの死体を持って帰らなくてはならないのだ。


 また半日分の距離を移動して巨大猪グレートボアがでるという里山に入る。


 背の高い木は葉を落としているが、

 背少しより高い常緑樹が多いせいで視界が悪かった。


 火を焚いて木に登り、食料を狙ってきた巨大猪グレートボアに樹上から奇襲をかける作戦だ。


 火事にならないように枯れ葉を飛ばしてから木を組んでいるとイレーネがもじもじしていた。


 木に登れないのかな? と思っていると俯いて考え込んだり空を仰いだりしていた表情がきゅっと締まり

 私をロペスに声が届かない所まで引っ張っていき小声で話した。


「カオルはトイレ大丈夫?」


 あぁ、それか。


 どうやらイレーネは切羽詰まるまでトイレが無いということに気が付いていなかったようだ。


 女性で軍人やハンターへのなり手が少ないのがこの理由だ。


「大きいほうは我慢が必要だけど小さいほうなら大丈夫だよ」


 はて、と頭を傾げたイレーネに続けて言った。


「トイレなんて用意できないし、ゆっくりしていたらどこから襲われるかわからないからね。


 ここ来る途中に走りながらした。」


 というとイレーネは驚愕の表情を浮かべる。


「あとは走りながらアグーラで洗って熱風アレ・カエンテで乾かした。」


「だから後ろ走ってたんだ・・・」


「ちなみに、どうしてもしなきゃいけなくなったら全力で幻体ファンズ・エスかけてからカエンテでつむじ風を作ってするつもりです!」


 というと、イレーネはおおおお! と歓喜の声を出しがしっと両手で握手をした後

「先に戻ってて!」といってどこかに走っていった。


 大きいほうは穴を掘って埋めるんだよ、と心の中でアドバイスして歩き出した。


 適当に太目の枝を拾いつつロペスの所へ戻る。


「カオルか、イレーネはどうした?」


 適当に重ねた薪はきれいな円錐形に整えられ、理想的な焚き火の形を取っていた。


「お花を摘みに行ってるよ」


「危険だとは思わないのかな」


幻体ファンズ・エスを全力で使うといいって言っておいた。」


「なるほど、それはいいな」


 ほどなくして本当に花を摘んできたイレーネがやってきた。


「お待たせ!」小さな白い花を私に差し出して言った。


「はい、おつかれー」と迎え渡された小さな白い花をロペスの髪に刺した。



 さて、気を取り直して作戦を始めようか。


 ロペスが組んでくれた薪にフェゴで火をつけ、干し肉を放り込み

 イリュージョンボディをかけてロペスは樹上に登り私とイレーネで火の管理をするために

 焚火を囲んだ。


 木を足しながら巨大猪グレートボアを待つ。


 焚火は良い、心を癒してくれる。


 無心になり火を見つめていると邪魔が入った。


「ねえ、カオル、カオル」目を向けるとイレーネが手をひらひらさせていた。


 なんだね邪魔だな、と思っているとイレーネが私の後ろを指さした。


 今度はなんだよ、と後ろを振り向くと牛ほどの大きさの猪がブゴブゴ鼻を鳴らしながら

 食料を探しているところだった。


 叫びだしそうになる衝動を押し殺して慌ててイレーネと逃げ出した。


 焚火の周りをぐるぐる回りながら臭いの元を探す巨大猪グレートボア


 ロペスを見るとナイフを握りタイミングを計っていた。


 動いていると狙いづらいのかな、と思い干し肉を投げることにした。


 ロペスに背を向けるタイミングで頭の近くにいくつか放り投げると

 突然現れた肉に警戒せずにすぐに食べ始めた。


 ロペスはナイフを逆手にして両手で握り意を決して樹上から飛び降りた。


 自由落下の速度と身体強化された膂力によりナイフは巨大猪グレートボアの分厚い頭蓋骨を貫き

 必殺の一撃となった。


 ずん、と音を立てて崩れ落ちる巨大猪グレートボア


 しばらく巨大猪グレートボアの上でナイフを動かしぐっと力を入れて頭から引き抜いた。


 大きく息を吐いてナイフについた血とナニカを近くの木の幹で拭っていた。


 私とイレーネが逃避先から戻って無事? と聞くとロペスが安心したように笑った。


「傷一つ無いが思ったより緊張したよ。でも脳天に一撃さ、やるもんだろ?


 さあ、カオルは解体を手伝ってくれ」とロープを渡してきた。



 だくだくと頭頂部から血を流し動かなくなった巨大猪グレートボアの左右の後ろ足をそれぞれロープでつなぎ、

 血抜きと内臓の処理のためにハンモックの様に木から吊り下げ肉の保護のために凍える風グリエール・カエンテをかける。


 血の匂いに気持ちが悪くなりそうになる。


 川まで持っていければさらして置けるのだが、獲物は重すぎるし近くに川もない。


 吊り下げた所で日は落ちここでキャンプせざる負えない感じになった。


 そこら中に血が流れないように地霊操作テリーア・オープで深めに穴を掘り、血だまりを作る。


 明日起きたら内臓の処理をして仕事の依頼をした村へ肉を届けにいき、受領証をもらえば2つ目の仕事は完了だ。


 巨大猪グレートボアの近くで改めて焚火を囲み、交代で寝ることにした。


「だれか解体とかしたことある?」イレーネが火を見ながら言った。


「鳥ならあるんだがなぁ」とロペスが言った。


「趣味でな、弓を担いで父と兄と三人で狩りにでかけてその場で処理をしてくるんだ。」と言った。


「じゃあ、できたも同然だね。」と私がいうと


「ああ、期待していてくれ。」とにやりと笑った。


「それよりも凍える風グリエール・カエンテが使えるなら丸ごと凍らせて

 ロープをかけて引っ張っていった方がよかったかもな。」というと


「それでは血抜きができなくなりそうだから駄目ではないか? いやしかし、明日聞いてみるとしよう」


 そうして夜は深けていき、交代で見張りをすることにして就寝となった。


 日の出と共に起き、美味しくない朝食をとる。


 不慣れながらも仕事の受注時に指示された通りに内臓の処理をしながらアグーラで洗っていく。


 よく冷えた肉を背中側から支えると手から全ての体温を持っていかれる気がした。


 大事なのは血抜きと肉の汚染を防ぐこと。わかってはいても冷たすぎる。


 掘った穴に捨てた内臓に土をかぶせて処理をする。



 イレーネにアグーラをかけてもらい、水浸しにした巨大猪グレートボアの毛皮に凍える風グリエール・カエンテをかけ

 繰り返すことによって氷のソリの様にしてロープをひっかけて引っ張っていく。


 イレーネが先に駆け背の高い草や低木を切り裂き、

 後ろを駆ける私とロペスが後ろ足に結んだロープを引っ張っていく。



 1時間くらい走ったところで村が見えてきた。


 村を守る木の柵をぐるりと回り入り口を探す。


 見張りの人、おそらく持ち回りの村人に依頼を受けて猪を狩ってきた。というと村長の所へ行ってくれ。と門を開けた。


 村内を見渡すと男性は農作業か狩りへ出たのかあまりおらず、女性は服やパンを入れた籠を抱えてあちこちで立ち話をしていた。


 見慣れない子供が巨大な猪を引っ張って歩いている様をぎょっとして見ていた。


 お騒がせして申し訳ない。


 村の中のメインストリート? を進み比較的大きな木造の平屋の前に立つ。


「すーいーまーせーん、仕事の依頼を受けてきましたー」と叫び、

 身体強化をかけたままだという事を忘れドアをダムダムと叩いた。


 2回目のノックで木枠の中の板の1枚が割れてしまった。


「おいおい、仕事は家の解体じゃないぞ。よく来てくれた。」と想像より比較的若い、

 恐らく40~45歳前後の村長がドアを開けて迎い入れてくれた。


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