第34話 旅立ちと討伐

 やっぱりイベントがあると思うと早起きしてしまう。


 訓練用の制服を着て防寒具のマントの準備をしている間に

 エリーが来て朝食をとる。


 これからしばらく文化的な食事がとれないと思うと

 楽しみな反面、気が重くもある。


「イレーネさんと一緒に無事に帰ってきてくださいね。」


 そう言われ頷くと手を振って別れた。


 貸与品の丈夫で小汚いリュックを背負い待ち合わせに行く。


 待ち合わせ場所にはすでにロペスが立っており暇そうにしていた。


「早いね」と声をかけると

「いつも遅刻だと言われたくないからな」と笑っていた。


 それからほどなくしてイレーネがやってきた。


 イレーネも訓練用の服だった。


 やっぱり汚れてもよくてスカートでなく、

 動きやすい服というとここの女性服は制約が多い。


「さて、じゃあ行こうか。」とロペスが身体強化をかけた。


 私とイレーネも併せてかける。



 まず初日は

 熊の魔物の手長熊が発生したので

 討伐してほしいという仕事の依頼だ。


 初めから魔物として生まれてくるものと違って

 血液が毒になってしまっているので食べられない。


 そのため、好き好んで狩りにいく人が少なく、

 後回しにしているうちに成長してしまい

 依頼をしなければいけなくなるころには十分に育ってしまっている。


 魔力がないと人数で一斉に押しつぶすしかないため、

 報酬がよくても参加人数の頭割にすると大した金額にならないし、

 死傷者も多いという人気のない仕事になっている。



 不思議なこと初めから魔物として発生する豚頭オークやら角兎アルミラージは食べられる。



 今回の依頼の手長熊は両腕が発達してゴリラのようになった熊で

 ただでさえ強力な腕力がより強化されている。


 熊としての習性を幾分か残していて木に爪でマーキングをするのだが、

 強化された力によって直径30㎝程の木も半分近くえぐれてしまい、

 立ち枯れするか折れてしまう。


 他に熊の魔物と言えば鬼熊という物があり、

 通常であれば2m50㎝ほどの熊が単純に大きくなるというもので、

 過去に出現した最大の物は6mを超えると言われている。


 こちらのマーキングは普通に木を折ってしまうので逆にわかりづらい。


 手長熊なら依頼料は金貨で2枚、鬼熊なら5枚は硬いのに残念だ。


 金貨4枚もあれば平民はなんとか1年暮らせる金額だという所を考えると

 やはり熊の魔物の脅威度が推測できる。


 常人であれば休憩をとりながら丸一日徒歩で移動する距離を2時間ほどで踏破し、

 件の場所周辺にたどり着いた。


 使える体力も速度も完全に計算外だった。


 警戒しつつ休憩をとる。


 季節も冬が近いために常緑樹の葉は落ち、

 視界が開けているため過度に緊張しなくてよくて助かる。


 ロペスがちょっと行ってくるといってどこかにいき、

 イレーネと二人で焚火を囲んだ。


「思ったより早く来ちゃったけど手長熊に攻撃通じなかったらどうしようね」


 イレーネが不安なのか落ち着かない様で、焚火を枝でかき回しながらつぶやいた。


「光量強めの光よイ・ヘロで目くらましをして逃げたらいいよ、

 それに魔法なくても討伐はできるみたいだからどうにかなるよ。」


 干し肉をあぶりながら唾液かスープでふやかさないと

 まったくもって歯が立たない固パンを一つ口に入れる。


 おいしくないから干し肉の塩分がないとつらいな、これは。


「カオルといると社交も恋バナもなくて楽でいいわ」


「貴族じゃないしあんまり人のプライベートに興味ないからね。」


「社交にでるとそんなのばっかりでさ、1回でいやんなっちゃって

 お父様とお母さまのいう通りにしてたら

 一生これをやるのかと思った時の絶望っていったらなかったわ」


「魔力もちょっとはあったし、

 国のためって無理言って最低限お金出してもらって学校に行かせてもらえたけど」


「きっと生まれる家を間違えたんだわ」


「お貴族は大変だね」放っておくとネガティブの沼に沈んでいきそうだ。


「ほんとに」というと肩をすくめて見せた。


 それにしてもロペスは遅いな、迷ったのかな?


 と思って辺りを見回してみると遠くに姿が見えた。


 走りながら何か叫んでいるようだが聞こえない。


 イレーネにあれどうしたんだと思う? 

 と聞いてみると何かあったんでしょと立ち上がった。


 ぜえぜえと息を吐きながらロペスがやってきた。


「すまない、連れてきてしまった」といって指をさした。


 首を向けてみると遠くに黒い影が走ってきているのが見えた。


「兎でも取れればと思って狩りに行ったんだが獲物がかぶってしまってね」


「あー、はいはい。じゃあ、かけるよ」と言って


 ハードスキン


 シャープエッジ


 イリュージョンボディ


 ファイアエッジ


 を立てつづけにかけた。


「あーこれは強力だ、ペドロとルディがすさまじく強かった理由がわかったよ」


 といって剣を抜いた。


 イレーネと下がりロペスを援護体勢に入る。


 援護といってもなんてことはない、

 距離を取って移動しながら魔法攻撃するだけだ。


「さて、おれの初陣に付き合ってもらおうか」

 ロペスが手長熊の前に立ちはだかった。


 しかし、イリュージョンボディのせいで視認阻害が働いているおかげで

 立ち止まった熊は辺りの臭いを嗅ぐだけで

 戦いが始まりそうな感じにはならなかった。


「やーい、拍子抜け-」とロペスをいじってみる。


「うるさい」そう言ってとびかかっていった。


 うおおおと叫びながら斬りかかっていったために

 熊には何かが近くにいるということが伝わっており、

 とりあえず手を振り回し始めた。


 慌てて剣で受けて吹っ飛ばされるがきちんと着地したし

 特にダメージはないようだ。


「何してんの」あきれてどういう意図だったか聞いてみる。


「騎士は正々堂々と雄々しく戦うものだろう?」


 きらりと歯を光らせて答えた。


「騎士じゃないしイリュージョンボディの意味ないじゃん」


「ああ、まったくもってその通りだな」そう言って気を取り直して駆け出した。


 完全に警戒しているし援護の一つもしようか、と思って

 イレーネと小声で相談する。


「手を何とかしたいね、イレーネは左手、私は右手になんかしてみる」


 炎の矢フェゴ・エクハを使うと熊がこちらに気づいた。


 イリュージョンボディを使っていても

 出した魔法にはかかっていないのだということに気が付いた。


 それをみたイレーネは私から離れて風の刃ヴェン・エスーダを使う。


 炎の矢フェゴ・エクハをその場に残して逃げ出す。


 ロペスを無視して宙に浮いた炎の矢を叩き潰し使用者の私を探した。


 ロペスは熊の後ろから、今度は黙って背中に切りかかった。


 剣は思ったより簡単に背中の毛皮を切り裂きどす黒い血が噴き出した。


 今度は傷を負わせた犯人を捜して暴れまわる。


 完全に攻めあぐねているロペスは放っておいて

 イレーネと二人で首を狙って風の刃ヴェン・エスーダを放つ。

 風の刃といっても真空で切れるものなんて

 表面上の数センチ、下手すれば数ミリが切れる程度の威力しか出ないが

 姿を隠して使えるという点で急所を狙って使われる。


 うまい具合に首の前側を切り裂き、血を噴き出した。


 首からダラダラと血を流しながら臭いをたよりに

 空を攻撃しているが段々動きが鈍くなってきた。


 このままだと放っておいても死ぬだろうが

 そろそろロペスにとどめを刺してもらおう。


地霊操作テリーア・オープ!」熊の足元の地面をえぐり取り転ばせる。


 必死に立ち上がろうとするが血糊で滑って立ち上がれないようだ。


「任せてもらおうか!」

 あまり役に立たなかったロペスが見せ場を作るために

 熊の側に立ち剣を上段に構えた。


「はい、どうぞー」やる気のない返事をすると

 ロペスはぬん、と気合を入れて首を胴から切り離した。


「おぉーお見事」イレーネと一緒に拍手をして剣の冴えを褒めたたえた。

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