第2話 親父の店


―無人島に連れ去られる1日前―


「お待たせしました。当店自慢の冷製コーンスープです」


俺は出来るだけ優しい笑みと共に客にコーンスープを提供した。


たまには、シェフ本人が客の元へとおもむくのも悪くはないだろう。


俺の名前は黒田玄人。シェフをやっている。


この店は俺が本場、フランスを離れて日本に帰ってきてから初めて作った店だ。


内装にはしっかりとこだわっていて、とても豪華絢爛なレストランとなっている。


そんな店に来てくれた客に俺は今から当店自慢のコーンスープを提供する。



「あぁ…ありがとうございます。あ!あなた、黒田シェフですか!?」


「はい…ご存知ですか」


俺は恥ずかしそうな顔で後ろ髪を掻く。


「もちろんですよ!なにせ、あなたは日本人初の本場ミシュランで三ツ星を取ったんですから」


「いえいえ……私なんかが取って、恐縮です……」


「もっと、自信をもってくださいよ。このコーンスープも―。」


客はコーンスープをスプーンですくって、すする。


「美味しいです!やっぱり、自信をもってくださいよ。貴方は偉大なシェフなんですから」


「……ありがとうございます。ですが、まだまだ親父には勝てないままです」


俺は少し下を俯いた。


「黒田シェフのお父さん…?有名なシェフのかたでしょうか?」


「いえいえ、小さな町の路地裏でこじんまりと店を開いている者です」


客は不思議そうに首を傾げる。


「え……だとすれば黒田シェフの方が断然、能力は上だと思いますけど……」


「いや、でも私は1回も親父に料理の腕で勝てた覚えがないんです……」


「そうなんですか……一度、食べてみたいですね。黒田シェフのお父さんが作った料理」


「……凄いですよ、ほんとに」


俺は三ツ星シェフになった今でも、親父に勝つことが出来ない。


何故なのだろうか……


父を超える為に俺はやるべき事は全てやった。


父を超えるだけのためにフランスに10年間も滞在していたし、ずっと料理の研究を重ねてきていた。


ミシュラン三ツ星なんて、その過程に過ぎない。


俺は全て残さず、やるべき事をやった。


だか、不思議な事に親父だけには勝てなかった……


親父と俺……


何が違うって言うのだろうか。


「是非、ごゆっくり」


俺はぺこりと深くお辞儀をした。





―次の日―


〜無人島に連れ去られた当日〜




俺は久しぶりに親父の店に向かうことにした。

親父を超えるヒントが隠されているかもしれないと思ったからだ。


所要時間は飛行機で1時間弱くらい。


「あれ?どこだったけな…」


俺はいつも親父の店に着く直前に道が分からなくなってしまう。


ルートが入り組んでいるから。


しばらく迷って、同じような場所を右往左往していたが、やっとの思いで親父の店がある路地裏を見つけることが出来た。


「あぁ……あの路地裏だ…」


へとへとになってしまった身体を引っ張るように、俺は路地裏の中に入っていった。


何回もここには来ているが、やはりここの路地裏は狭い。


肩をすぼめないと入れないのだ。


こんな所に客なんて滅多に来ないはず。

それなのに、親父の店はいつも賑わっているのだ。


路地裏を進んだ先にあったのは『漢の料理』という看板を引っさげた古びたドア。


これが親父の店だ。


やっぱりいつ見ても店名が古臭すぎる。まるで昭和を彷彿とさせてしまう。


ドアを開けて俺は中に入った。


店はなんと、全席満席。


多くの客が「美味しい」や「来て良かった」などと口々に言っている。


店内こそはボロいものの、客が沢山いて、とても親父の店は賑わっていたのだ。


うるさいくらいの客の声。こんな騒がしさはうちの店には一切ない。


うちの店はみんな静かに料理を楽しんでいる。


俺は相変わらずの盛況ぶりに驚きながら、親父のいる厨房へと向かっていった。


「おぉ、玄人久しぶりだな」


親父は大きな中華鍋を振りながら、俺にそう言ってきた。


「まだ、凄い賑わいなんだね」


「あたりめーだろガキンチョ」


厨房の目の前にあるカウンター席に腰掛けている常連客の「火村さん」はビールジョッキを右手にもちながら言った。


「あぁ、火村さん…こんにちは」


「この店が廃れるなんてことなんてねーよ。マスターが生きてる限りな!ハッハッハっ」


火村さんは酒が回っているせいか、なにやら陽気なテンションだ。


そう言えば…俺の店には火村さんのような熱狂的な常連客はあまり居ないよな……


「おらぁ、まだ死なねーぜ」


親父もそれに合わせて、陽気なテンションでそう言った。


「それより玄人、お前飯食ったのか?」


親父は俺の方をみる。


「いや……まだだけど…」


「待っとれ!俺が作ったるから」


「さっすがーマスター!優しいねぇー」


火村さんはビールジョッキを持ち上げながら言った。


「あったりめぇだろ」


親父の中華鍋を振るスピードは心無しか早くなる。


しばらく、待っていると親父がチャーハンを俺の前に出して来た。


「ほら、食え」


俺は言われるがままにチャーハンを食べてみる。


「…………」


「どうだ?」


美味かった……悔しいくらいに美味かった。


この味は俺には絶対に真似出来ない。そう食べた瞬間に悟ったのだ。


「……美味い」


「だろぉ!?」


親父は満足げに笑う。


なんだこの美味さ……


隠し味に何を使えばそんなに美味くできるんだ?


本当に親父の料理を食べる度に分からなくなってしまう。


俺の料理と何が違うのかと……


俺はたまらず、親父に聞いて見た。


「なんで……親父はこんなに美味いものを作れるの?」


「え?お前の料理の方が美味いだろ」


「いや、親父の方が美味い……」


その言葉を聞いた親父は「うんうん」と相槌をつちながら、俺にこう言った。


「まぁ、料理は味が全てじゃないからな…」


「え?どういうこと?」


「自分で考えろ」


そして、親父はまた中華鍋を振り始めた。


まだ、この頃の俺はこの言葉の真意を知ることは出来なかった。


でも、ここに料理の真髄が含まれているのだろうということだけは明確に分かったのだ。



第一話 〜fin〜


















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