灯火

「太宰くん、一寸付き合ってくれないか?」

 その誘いに乗ったのが間違いだった。

「卯羅?終わりそうにも無いや。先に帰ってて。今日は彼処に寄るから、寝てて善いよ。うん、解った」

 首領がエリス嬢に降誕祭の贈呈品を買うからと、要は荷物持ち。護衛なんて体の善い嘘。

「何してるの?置いていくわよ!」

「はいはい。今行きますから。……こんな感じな訳。だから、気にしなくて善いからね。じゃあ」

 部下に指示を出していたら、嬢に急かされ、仕方無しに電話を切る。

「首領、まだ回るの?」

「あとそうだなぁ……二、三軒かな」

「ええ……複合商業施設ショッピングセンターで済ませないの?今更だけど」

「それがねぇ、お気に入りの個人店が沢山あるから、順に回らないと」

 普段は効率が何だ、どうだ、と云う癖に、エリス嬢が絡むと、こうも変わる。

「太宰くんも、部下に贈呈品を選んだらどうだい?」

「芥川くんに?」

「いいや、もう一人居るだろう?」

 卯羅か……だが、何を贈ろう。あの子の事だ、訊いたところで、気を回さなくて善いと云われて終わる。

 玩具屋で、嬢がぬいぐるみを選び始めた。ぬいぐるみね……ぬいぐるみ。この兎、なんか見たことあるのだよね。

「このぬいぐるみがほしいの?」

「いや、何か見たことあるなぁって」

「私がリンタロウに強請ってあげる!リンタロウ!このウサギも!」

 きっとあの子なんだろうなぁ。あの子に見えてる。笑ってるのに寂しそうな眼とか。抱き締めて欲しくて伸ばして、少し諦めた様な腕とか。

「はい!持って帰るのは自分でして!」

「ああ……どうも」

 紙袋と包装が四、五個。そしてぬいぐるみ。重い。純粋に重い。

 それなのに、あの口紅、似合いそう。

 見世物窓ショーウィンドウの前で止まってしまった。濃く、紅葉よりも濃く、深い紅。彼女のぽってりと、魅力的な下唇に纏わせたら。

「此処も寄ろうか」

「いえ、先へ行きましょう」

「いいや、エリスちゃんもお年頃だから、お化粧に興味があるだろうからね」

 私はスリのように例の口紅を手に取り、会計を済ませて所定の位置に戻った。

「太宰くん、支えてくれる異性の存在は、大切にした方が善いよ。特に私達のような男にはね。見てごらんよ、エリスちゃんの愛らしさ。日頃の疲れが吹き飛ぶよ」

「吹き飛んでるのは森さんの思考でしょ?」

 結局、エリス嬢へは何も買わず、ただ、私の用の為に寄った形になってしまった。

「あとはあっちの洋服屋に寄って……」

 まだ寄るのか。歩道の車止めに腰を掛けて、荷物を足元に置いた。

 疲れた。

 本当に疲れた。

 贈呈品を持つのも辛い。歩くのも面倒。

 エリス嬢は呼んでいるし、はぁ。


「っていうことがあった!」

「それは大変でしたね」

「だからお利口さんの私に贈呈品があっても善いだろう?」

「太宰のは無いな」

 何時もの酒場。

 何時もの友。

 矢張此処が落ち着く。

「それで、目的の物は買えたのですか?」

「目的の物?私は連れ出されただけ」

「その割には、お前らしくない物を持って歩いていたな」

「あれ?あれは押し付けられたんだよ」

 二人とも、各々に贈呈品の紙袋を携えていた。織田作のは子供達への物だろう。安吾は誰へだろう。高級そうな、腕時計かな。自分用だろうか。「太宰くんへはありませんよ」

「えぇ……酷いなぁ!今日一番の善い子だろうに」

「お前は帰ったらとびきりの贈呈品が待っているだろ」

「卯羅?あの子、そろそろ、自分が贈呈品とか云い出しそう」

「卯羅さんに限ってそれは無いのでは」

 帰りたいような、帰りたくないような。

 彼女への贈呈品は、誤魔化そうと思って楼閣へ置いてきたから、取りに行かないとだし……酒を飲んだから、車は乗れない。うーん、困った。

「卯羅に迎えに来てもらおうかな……」

「何を云い出すんですか」

「卯羅は絶対呑んでないもの。私が帰るまで絶対起きているし」

 それから話は、贈呈品に何を選んだか、どう選んだかに及び、私は今日の行程を凡て暴露する事となった。

「太宰くんは、贈り物にも、花言葉のような意味があるのをご存じですか?」

「いいや、知らない」

 安吾はそうですか、と一言だけ云って、酒を煽り、口紅はですね、と勿体ぶった。そしてその意味を聞いた私は硬直し、織田作は静かに笑った。

「全くもって笑い事ではないよ?」

「潜在意識の表れだろう」

「太宰くんは卯羅さんが本当にお好きですね」

「仕方ないじゃないか」少し大きい声を出してしまった。それにバツが悪くなり、何時ものように伏せ「彼女、するりと私の内に入り込んで来るんだもの」

 するとややあって、友人二人は、さも楽しそうに、そして面白そうに笑った。

 笑うことは無かろうと、抗議の声をあげたが、聞き入れられる事はなかった。余計に面白くなったのか、次々に茶々を入れる。終いには、彼女へ連絡を入れろという始末。

「全く、質の悪い酔っ払いだよ、二人とも」

「お前達の甘ったるい話のお陰でな」

「肴が美味しいので、悪酔いせずに済みました」

 厚い雲の下、各々に挨拶をしながら、解散した。

 また両手に荷物を抱えながら、暗い道を歩く。拠点へ戻る途中、織田作に西洋菓子を押し付けられた。贈呈品を回収して、貰ったそれと一緒に抱える。

「太宰さん!」路肩に停められた車から、声を掛けられた。世話人だった。

「御利口さんだね」

「だってきっと、お疲れだと思って」

 後部座席に荷物を置き、助手席に乗り込んだ。安全帯を締めるのと同時に出発。彼女の運転、なかなかに乗り心地が善いのだけど、滅多に運転してくれない。

「お勤めは、無事に?」

「嗚呼、とても無事に」

「なら善かった。お夕飯は彼処で?」

「軽くね」

「矢っ張り?そう思って、軽食を作っておいたの。若し、食べ足りなかったら、召し上がって」

「ありがとう」

「森先生は喜んでらした?」今晩はよく喋るなあ、彼女。喋るけど、積み込んだ荷物には触れない。

「エリス嬢よりも喜んでいたよ」

「それは何よりね」

 自宅に着くと、さっさと車を降りようとする、卯羅の手を掴んだ。先延ばしにしても、どうせ拗れるだけだ。

「森さんの世話しながら、私も、選んでみたんだよ。そしたら、織田作と安吾に揶揄られてね、酷いだろう?」

 後ろへ手を伸ばし、二つ。兎と口紅。紙袋と、巻かれたリボンを見て、拍子抜けた顔をしたが、直ぐに笑って、ありがとう、と抱き付いてきた。

「なあに?そんなに嬉しいの?」

「勿論!だって、大好きな恋人から貰うんですもの。私もね、用意したのよ、気に入ってくださると善いのだけれど」

 素直に、可愛いと思った。

 もっと喜ばせてやりたいと思った。

 織田作が子供達への贈呈品を選んでいた時、こんな気持ちだったのだろうか。

「治さん、これから先生に付いて御仕事なさったり、代理で出張に往く事も増えるでしょう?その時に、襟締留ネクタイピンがあった方が善いかと思って」

「……寂しがり屋」

 襟締留を贈る意味。きっと彼女は、そんな事は考えていない。ただ、本当に、私に必要だろうから、と買ってくれた。それなのに、私を抱き締める手には、彼女なりに力が入り、心細かったのか、帰らない事が恨めしかったのか。

 隣に居て欲しいのは、彼女か、私か。

「どうやら、私たちは互いに束縛したがりな様だね。さ、中に入ろう。織田作がね、西洋菓子をくれたのだよ。温かい紅茶と一緒にいただこうじゃないか」

「そうね、冷えてしまうわね」

 温もりだとか、そういう物とは、一生無縁な筈だった。必要無いはずだった。それは蝋燭の灯のように、か細くて、暖かい。私には少なくとも、それを灯してくれる人が、三人。何よりも暖かい灯はいつも隣に。


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